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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第5章 楽しい小学校生活
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242 朝から絶好調

 6年4組の後ろの出入り口のところで野上実果子(のがみみかこ)と別れて、藤城皐月(ふじしろさつき)は教室に入った。近くの席の松井晴香(まついはるか)がずっとこっちを見ていた。

「おはよう。どうかした?」

「おはよう。藤城って野上さんと仲いいんだ」

「5年の時、同じクラスだったからな。半年くらいずっと席が隣だったし」

「ふーん」

 実果子は晴香にとって苦手なタイプなんだろうな、と思った。

 お洒落な晴香にしてみれば、いつもジャージ姿の実果子とは趣味が合わないだろう。それに晴香に限らす、気が強く言葉が乱暴な実果子は男女問わずみんなから恐れられている。見た目が金髪なのも近寄りがたい雰囲気を出している。

「松井はいつもお洒落でかわいいな」

「ありがとう……」

「野上も松井くらいお洒落(おしゃ)になれば、いい女になると思うんだよな〜」

「そう思うなら、藤城が言ってやればいいじゃん。自分好みに育てたら?」


 晴香の視線を背中に感じながら、皐月は自分の席に向かった。皐月の周りの吉口千由紀(よしぐちちゆき)二橋絵梨花(にはしえりか)栗林真理(くりばやしまり)はすでに席についていた。岩原比呂志(いわはらひろし)神谷秀真(かみやしゅうま)はまだ登校していない。

「おはよう」

 自分の席まで来た皐月は三人に声をかけた。

「おはよう」

「おはようございます」

 千由紀は読んでいた本にしおりを挟み、絵梨花は読んでいた問題集を机に置いた。少し遅れて真理が振り返った。

「おはよう」

 真理の表情がいつもよりも柔らかかった。皐月は席に座り、机の中にランドセルの中身を入れながら真理に話しかけた。

「今日は何の勉強をしてんだ?」

「ん〜、国語。私ね、昨日の夜から急に国語ができるようになったみたい。ブレイクスルーがあったかも」

 あれから勉強したのかよ、と皐月は真理の精神力に驚いた。ただ余韻に浸っていた自分とは大違いだ。

「ブレイクスルーって、何か限界突破でもしたのか?」

「苦手だった国語の記述問題がはっきりとわかるようになってきた。あれって一度わかるようになったら簡単なのね。あとは時間短縮の訓練を積むだけだわ」

「へ〜、なんかすげーな。どうして急にできるようになったんだ?」

「私もよくわかんないんだけど、大人になったのかな」

 意味深なことを言う真理だ。皐月は大人になったという言葉にドキッとした。真理が学校では絶対にしない艶めかしい顔をしていたので、絵梨花や千由紀に二人の関係を気付かれやしないかと冷や冷やした。


「最近は塾の推薦図書じゃない小説を読んだり、千由紀ちゃんや絵梨花ちゃんと文学の話をするようになったから、そういう体験が良かったのかも」

 千由紀も絵梨花も真理の話を興味深く聞いていた。

「そんなんで成績が伸びるのか? 真理の今までの努力が結実しただけなんじゃないの?」

「そうだったら嬉しいけど。でも千由紀ちゃんや絵梨花ちゃんとの本の話をするようになったのがきっかけってのは確かだと思う」

 最近は三人でよく文学談義をしている。皐月もその話題に混ざりたいと思うこともあるが、比呂志と鉄道の話をしたり、秀真とオカルトの話をするのも楽しいので、女子の仲間に入れてもらっていない。

「苦手だった国語が克服できそうで良かったじゃん。合格が見えてきたんじゃない?」

「かもね」

 皐月がランドセルを片付けに行くと、真理たち三人は楽しそうにお喋りを始めた。一学期はそれぞれがずっと一人でいた三人だが、こうして仲良くしているのを見ると、皐月は胸に熱いものが込み上げてきた。


 ランドセルを自分の棚に入れて、席に戻ろうとすると、花岡聡(はなおかさとし)と目が合った。皐月が軽く手を上げると、聡が近付いてきた。

「先生、朝から絶好調だな」

「聡、久しぶりじゃん。お前、最近俺のこと避けてただろ?」

「まあな」

「寂しいことするなよ……」

(わり)ぃ……」

 皐月は聡の絵梨花に対する想いを聞いてからは、教室では絵梨花と仲良くし過ぎないようにと意識していた。だからいまだに絵梨花のことを二橋さんと呼ぶようにしている。

 だが、教室外では既に絵梨花との関係は深くなっていた。一緒に下校したこともあるし、メッセージのやり取りもしている。いつか学校外で会うこともあるだろう。このことは絶対に聡に知られてはならない。

「藤城って雰囲気変わったよな?」

「そうか?」

「ああ。なんか大人っぽくなった」

「それはあれだよ。花岡に相手にされないようになって一念発起したんだよ」

「一年勃起?」

発起(ほっき)だって……。一年も勃起(ぼっき)してたら死ぬわ」

 いつもなら大きな声で言うところを、今日は周りに聞こえないように小声で言った。久しぶりに聡と皐月はバカ笑いしたが、この時の皐月は少し無理をして聡に合わせて笑った。

「俺はお前にふさわしい友人になろうと思って、男を磨いてたんだよ」

「なんだ、それ。でも、なんか修行してたみたいだな」

「修行?」

「そう。女の修業。藤城ってマジで先生になっちゃったよな。もう俺とは違う世界に生きてるって感じ」

(勘がいい奴だな)

 少なからず性的な経験を済ませている以上、皐月は今までのように聡とは下ネタ話で盛り上がることができなくなっていた。これからは聡とどういう付き合い方をしていこうか……。


「藤城、花岡」

 村中茂之(むらなかしげゆき)が機嫌良さそうな顔をして近づいてきた。

「今日の3組との試合、頼むぞ」

「今から楽しみだぜ。最近、委員会ばっかで全然ドッジできなかったからな」

「あいつらの飽和攻撃と戦えるのは藤城しかいないからな。花岡のコントロールも頼りにしてるぜ」

「そういう展開にならないように先攻しないとな」

 最近はボールの数を増やしてドッジボールをするようになった。最初は2個に増やしたが、今ではエスカレートして3個になったので、ゲーム展開が早くなって時間切れの引き分けがなくなった。

 新ルールでは皐月のボールを避けるのと受けるのが上手い能力と、聡のコントロールの良さが今までよりも重宝されるようになった。


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