240 集団登校
藤城皐月は登校前に母の小百合と住み込みの及川頼子に挨拶をして家を出た。
皐月の家の前が班登校の集合場所だ。皐月が一番乗りだったが、すぐに3年生の岩月美香と4年生の山崎祐奈がやって来た。
「美香ちゃん、祐奈ちゃん、おはよう」
「皐月君、おはよう」
「おはよう、皐月ちゃん!」
美香は皐月のことを「皐月ちゃん」と呼ぶ。前に入屋千智と美香の教室に行った時に、千智の前で皐月ちゃんと呼ばれて以来、千智からも時々「皐月ちゃん」と呼ばれるようになった。
「あれっ? 美香ちゃん、カラーし直した?」
「うん。ちょっと色が落ちてきちゃったから。皐月ちゃんも染め直した方がいいよ」
「そうだね……修学旅行前に一度、美香ちゃんのお店に行こうかな」
「おいでおいで〜」
美香の家は美容室だ。皐月は髪のカットは馴染みの床屋でしているので、カラーだけを美香のお母さんにしてもらう。
「祐奈ちゃんもカラーする?」
「私はいいかな……。だって美香ちゃん、先生に嫌なこと言われたんでしょ?」
「うん。でも友だちはみんな褒めてくれたよ。それに髪を染めたら、皐月ちゃんが心配して教室に来てくれたの」
「え〜っ。皐月君なんかが来て、何が嬉しいの?」
皐月は祐奈になんか呼ばわりをされ、苦笑するしかなかった。でも祐奈が相手だと腹は立たない。
「皐月ちゃん、アイドルみたいな女の子を連れて来てくれたんだよ」
「えっ? それどういうこと? ねえ皐月君。美香ちゃんのとこに女の子と一緒に行ったの?」
「ああ。祐奈ちゃんが好きな入屋さんと一緒に行ったんだ」
「嘘っ! マジで? 美香ちゃん、入屋さんとお話したの?」
「少しだけ話したよ。皐月ちゃんが私の友だちに『美香ちゃんのこと守ってあげてね』って言ってくれたから、友だちが『いいよ』って言ってくれて、それで入屋さんが友だちに『ありがとう』ってお礼してくれたの。その後、私の髪のこと褒めてくれた」
「いいな……。ねえ、皐月君。私のクラスにも入屋さん連れて来てよ」
「なんだよ。さっきは俺なんかが来て何が嬉しいのかって言ってたくせに」
「入屋さんがいるなら話は別!」
祐奈は同じ町内の月花博紀に憧れているので、皐月はあまり優しくしてもらえない。
祐奈を見ていると、同じクラスの松井晴香のことを思い出す。晴香は博紀のことが一番好きだが、自分のことも嫌いではないと思っている。
それどころか博紀に次いで二番目に好かれているような気がする。皐月は祐奈に晴香と同じ雰囲気を感じる。
「祐奈ちゃん、千智は俺には絶対にそういう言い方しないよ」
皐月にしては珍しく、祐奈を冷たい目で見下ろした。祐奈の顔色が変わったタイミングで背を向けると、祐奈が皐月の腕を掴んだ。
「おはよ〜。朝から仲がいいね〜、祐奈ちゃんと皐月君は」
喫茶パピヨンのマスターの息子、今泉俊介がやって来た。俊介はいつも朝から元気がいい。俊介の的外れの言葉に、祐奈は何も言い返せなかった。皐月は祐奈の肩を抱いて話しかけた。
「こないださ、俊介と千智と一緒に麻雀したんだ。直紀と博紀もいたよ。今度そういう機会があったら、祐奈ちゃんも一緒に遊ぶ?」
「えっ……いいの?」
「ああ。麻雀じゃなくて他の遊びでもいいよ」
「皐月ちゃん! 私も一緒に遊ぶ!」
「そうだね。美香ちゃんも一緒に遊ぼうか」
無邪気に喜ぶ美香の横で祐奈がほっとした顔をしていた。皐月は軽く祐奈を引き寄せた後、にこっと笑って祐奈から離れた。
「皐月君。僕さ、最近入屋さんと挨拶ができるようになったよ」
「へぇ〜。千智が他のクラスの男子と挨拶するなんて珍しいな」
「でも、話はまだできていない。廊下ですれ違った時に僕が手を上げると、入屋さんが帽子のツバをクイッってやってくれるだけ。一緒にいた友だちに羨ましがられたな」
「それって適当にあしらわれているだけなんじゃないの?」
「そんなことないって。バカだな〜、皐月君は。女の人にとって帽子は服装の一部だから、挨拶でいちいち帽子を取らなくてもいいんだよ。それに、僕は入屋さんに反応してもらえるだけでも嬉しいんだから」
アイドル好きの俊介のことだから、千智のことも好きに違いないと皐月は予想している。今の千智は整形なしでも並みのアイドルよりもかわいい。
「そっか……。一度は一緒に遊んだ仲だもんな。敬意を表してくれたんだ。でも、千智は校内ではなるべく男子と話をしないようにしてるんだから、そっとしておいてやれよ」
「えっ? なんで?」
「いろいろあったんだよ。女子の間の問題だから、直紀に聞いてもわかんないと思う。俺に聞いても、何も教えてやらないからな」
「んん……、わかった」
皐月の家の隣の旅館に住んでいる近田兄弟がやって来て、班のみんなが揃った。皐月としてはもっと早く学校に行って、クラスのみんなとお喋りをしたいところだが、集団登校だとそうはいかない。
東京に住んでいた千智は個別登校だったと言う。皐月は個別登校に憧れたこともあったが、今朝のようにこうして近所の子たちとお喋りするのも楽しい。だが、嫌な奴が同じ班にいたら地獄だろうなと思う。




