239 芸妓と外で会う約束
藤城皐月と及川祐希は居間で朝食ができるのを待っていた。皐月の母の小百合と祐希の母の頼子が朝食を居間へ運んできた。焼き魚とおひたしと味噌汁という、オーソドックスな献立だ。
「わあっ、美味しそうだね」
「ありがとう、皐月ちゃん」
「ママって魚料理、全然作ってくれなかったから、こういうのって嬉しい」
「ちょっと皐月、私だって魚料理くらい作ったでしょ?」
「刺身買って来て、切っただけじゃん。あっ、切ってある刺身か」
「しらすだって出してあげたでしょ。あとヤマサのちくわも」
頼子が爆笑すると、小百合も大笑いした。だが皐月は苦笑いしかできなかった。
小百合が BGM 代わりに録画中のモーニングサテライトを追っかけ再生した。経済ニュースに付き合わせるのは祐希と頼子に悪いんじゃないかと、皐月は小百合に聞いたことがある。
小百合曰く、一般のニュースは暗い世相や政治家たちの腹立たしい言動、悲しい事件が報道されることがある。朝から嫌な気持ちになりたくないとのことだ。
経済ニュースならそこまで負の感情になることはないと小百合は言うが、自分が持っている金融商品が値下がりすると機嫌が悪くなる。こういう時、皐月は朝から嫌な気持ちになる。
小百合のいる四人で食事をしている時は、小百合がいない三人の時よりも会話が弾む。小百合と頼子は高校時代の同級生だったこともあるのか、二人が話し始めると止まらなくなる。
だからといって、二人だけで盛り上がるわけではなく、皐月や祐希にも話を振ってくれる。だから皐月は四人の朝食の時に疎外感で寂しい思いをしたことがない。
「皐月。今度、明日美と一緒に服を買っておいで」
「えっ? なんで明日美と?」
「だってあんた、私が選んだ服、嫌がるでしょ? タクシーの中でそんな話をしてたら、明日美が服を選んであげるって言うのよ」
「ホント? それは嬉しいな。前に明日美の私服姿を見たことがあるんだけど、すっげーカッコ良かった。明日美が選ぶ服なら間違いない」
「どうしてあんたは私が選ぶ服を嫌がるのよ?」
「え〜っ、だってママの買ってくる服って地味じゃん」
「地味じゃなくてシックなんだって」
「でも微妙にオッサン臭いんだよな……」
皐月は華やかなファッションに憧れているので、渋好みの小百合とは趣味が合わない。
「満もあんたに服を買ってあげたいって言ってるのよ。どうする?」
「満姉ちゃんも? 嬉しいけど、変な服を着せられそうだな……」
「あの子はあんたのことを着せ替え人形にして遊びたいんだろうね。断っておこうか?」
「いや、いいよ。俺、満姉ちゃんと服、買いに行ってみようかな。面白そうだし」
「わかった。じゃあ、二人に話を通しておくね。メッセージのアカウント、教えちゃってもいい?」
「いいよ」
「じゃあ、後はあんたらで話をつけておいて」
皐月はこんな形で明日美と会えることになるとは思ってもいなかった。
皐月はまだ明日美とプライベートで会ったことがない。明日美の仕事や体調のことを考えると、皐月は会いたくても自分から会いたいとは言えなかった。
だが、明日美の連絡を待っていれば会える時が必ず来るようになった。こんな嬉しいことはない。
食事を終えると、すぐに祐希が登校のために家を出た。頼子と小百合が台所で片づけをしに行くと、皐月は自分の部屋に戻り、ランドセルを持って再び居間へ下りてきた。スマホでタイマーをセットして、登校時間まで勉強を始めた。
皐月は今、『応用自在 算数』の第6編「さまざまな文章題」のところを読んでいる。線分図や面積図を使って問題を解くのは面白い。
入屋千智は最近、文章題を方程式で解く練習をしているという。中学で習う連立方程式や一次関数を使って解くのは、中学の数学の先取りになるらしい。
千智は抽象的な数学も面白いけれど、直観的な算数の方が解いていて楽しいと言っていた。




