238 小百合寮の朝
月曜日の朝、藤城皐月はいつもより朝早く目が覚めた。これから小学校へ行けることが楽しみで、起きた瞬間からテンションがマックスだ。
大好きな栗林真理と教室で会える。高嶺の花のような二橋絵梨花や、文学の香りがする吉口千由紀とも会える。
土曜日に二人で自転車で豊川市内の神社を巡った神谷秀真や、日曜日に二人で豊橋駅周辺で鉄道の撮影をした岩原比呂志とも会える。
今日の昼休みには3組とドッジボールの試合がある。球技が好きな皐月は昼休みのクラス対抗戦が何よりも楽しみだ。
自称キャプテンの村中茂之からは、今日こそは付き合え、と誘われていた。助っ人で女子の筒井美耶も参戦するので、茂之がいつも以上に張り切っている。
美耶はエースの月花博紀にもひけをとらない身体能力だ。今日の6年4組はベストメンバーだから、絶対に負けられない。
放課後の修学旅行実行委員会ではアンケートが各クラスから集まってくる。みんなが修学旅行でどこに行くのを楽しみにしているかがわかるので、今から楽しみだ。
修学旅行のしおり作りは副委員長の江嶋華鈴と、書記の水野真帆と皐月の三人を中心に進めてきた。この作業が片付けば委員会の終わりが見えてくる。
児童会を兼任している二人と一緒にする仕事は小気味好くて、自分まで有能になったような気になれる。皐月が委員長としてやってこられたのは華鈴と真帆のお陰だ。
皐月が自分の部屋を出て洗面所で顔を洗おうとしたら、すでに及川祐希が念入りに身なりを整えていた。
「おはよう、皐月」
「祐希、おはよう。今朝は早いね」
「今週から少しずつ文化祭の準備をしなければならないからね。早く学校に行かなくちゃいけないの。帰りも少し遅くなるから、夕食はお母さんと二人で食べててね」
「うん……わかった」
普段通りのルーティーンをこなしている祐希を見ていると、昨日の夜のことがなかったかのように思えてくる。皐月も昨晩の祐希とのやりとりを思い出すと恥ずかしくなるので、祐希にならって普段通りに振舞った。
顔を洗い終わった皐月は、祐希のドライヤーを借りて髪をセットした。皐月は最近、一部の女子から格好良くなったと言われるようになった。それは祐希にドライヤーの使い方を教えてもらったからだ。髪を手入れするようになって、自分でもビジュアルがワンランク上がったと思う。
「美紅がね、皐月と会えるのを楽しみにしてるんだよ」
「ふ〜ん」
「文化祭、絶対に来てね」
皐月が顔を洗い終わっても、祐希は髪を整えていた。皐月も祐希の友だちの黒田美紅とは会ってみたいと思っている。美紅から自分の知らない祐希の話をいろいろと聞いてみたい。
だが、文化祭に行っても祐希の恋人とは会いたくない。鏡越しに祐希を見ながら、皐月はまだ祐希に対して恋心が残っていることを知り、複雑な気持ちになった。
一階に下り、台所に顔を出すと母の小百合と祐希の母の頼子が朝食の準備をしていた。二人はお喋りしながら楽しそうにしている。皐月はこの光景を見ると幸せな気持ちになる。
「おはよう……」
「皐月ちゃん、おはよう」
小百合と頼子が二人でいる時は、いつも頼子が先に挨拶を返してくれる。
「おはよう。今朝はいつもよりも早いね。ご飯はまだできていないから、一人でモーサテでも見てればいいよ」
「今日も見なくていいや。ご飯ができるまでの間、勉強してる」
「最近は勉強熱心なのね」
「うん。算数が面白くて。それに、できるようになりたいし。千智って俺よりも算数ができるんだよ。たまに勉強を教えてもらうんだ」
「千智ちゃんってまだ5年生でしょ? 6年生のあんたに勉強を教えられるの?」
「千智は賢いよ。真理よりも勉強ができるんじゃないかな」
「まあ……凄いのね」
皐月は居間で『応用自在 算数』を読み始めた。問題量が多いので、皐月は解くのをやめて、どういう理屈で解答を導くのかという理解に重点を置くことにした。
読むだけなのでどんどん先に進む。もうすぐ読み終わるので、次は一度挫折した『特進クラスの算数』だ。
最近は学校の小テストでも120点が取れるようになってきた。100点以上の20点は中学受験の問題が出る。最近は皐月でも真理や絵梨花のように小テストの力試しの問題なら解けるようになった。
だが、入試で出題されるようなガチの応用問題はきっと無理だろう。自分で勉強をし始めて、真理や絵梨花、そして入屋千智の凄さがわかった。
祐希が二階から下りてきた。制服に着替え、スクールバッグを持った祐希が家の中にいるという状況に皐月はまだ慣れていない。
セーラー服姿の祐希は私服の時よりも3倍はかわいい。今でも皐月は登校前の祐希を見るたびにドキッとする。




