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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第4章 深まる季節
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234 上弦の月に照らされて

 藤城皐月(ふじしろさつき)栗林真理(くりばやしまり)の二人は夕食を買って、ドラッグストアから外へ出た。ネットカフェとマンションしかない豊川駅の東口へ続く道は、車は走っていても人は歩いていない。商店街で育った皐月には殺風景に映る。

「あのさ、ここなら手を繋いでもいいんじゃない? 暗いし、誰にも見られないだろ」

 さっき店内で手を振りほどかれたことが、今になって効いてきた。真理に心細い思いをさせないつもりで手を取ったが、本当は自分が寂しくて真理に触れようとしたことに気が付いた。

「マンションの前では手を離すからね」

 真理の手は温かかった。これから冬になり寒くなると、この温もりをもっと欲しくなるだろう。帰りの夜道は上弦の月に照らされていた。


 マンションの玄関は夜の闇を忘れさせるほど明るかった。真理はまだ手を離そうとしなかった。そのままエレベーターに乗り、真理の部屋へ入った。部屋に入ると、すぐに真理からキスをしてきた。

「私の部屋に行ってて。飲み物を持ってくるから」

 真理の部屋には勉強机とベッドしかない。皐月の部屋のようにテレビはない。かわいいインテリアで女の子らしくしているが、よく見ると勉強の妨げになりそうなものが何もない。

 真理がお茶を持って来た。グラスにはサンドブラストで加工されたフリージアが描かれていた。小ぶりの花がかわいいフリージアを見ていると気持ちが和む。検番(けんばん)でフリージアの彫刻がなされたガラスの足付きのタンブラーを見たが、豊川の芸妓(げいこ)の間ではフリージアが流行っているのかもしれない。

「なあ、どこで晩飯を食べるんだ?」

「床でいいでしょ。カーペット、ふわふわだし」

「リビングは?」

「ダメ。皐月がこの家に来た痕跡をできるだけ残したくないの」

「なんでだよ?」

「だって、皐月と会ってるの、お母さんに知られたくないから」

「ああ、そうか……」

 二人は買ってきた食べ物を直にカーペットに置いた。皐月はかつ丼を、真理はツナのおにぎりとチョコの菓子パンを買った。

「真理、そんなんで足りるの?」

「足りなかったら家にあるものを食べるよ」

「真理も弁当を買えばよかったのに」

「私がお弁当買ったら、ゴミが二人分出ちゃうでしょ。お母さんって目敏いから、一応警戒をしておこうと思って……」

「そんなことまで気にしなきゃいけないのか……」

 もし二人で会っていたことが凛子に知られると、ヤバいことになるかもしれない。そのくらいは皐月にもなんとなくわかる。

 だが、真理がここまで恐れるのは少し想像を超えている。ただ、真理が二人の関係を守ろうとしていることはわかるので、真理の隠蔽工作にはとことん付き合おうと思った。

「ねえ、私にもかつ丼ちょうだい」

「いいよ。じゃあ俺はパンをもらうね」

 真理の食べっぷりを見て、皐月は真理が本当に食べたかったのが弁当だとわかった。

 真理は昔からご飯が大好きだ。だが、最近は真理がサンドイッチを食べているところをよく見る。これはきっと、食べながら勉強をしやすいものを選んでいたのだろう。本当は特にサンドイッチが好きというわけではないのかもしれない。

「これ、美味いな。いっそのこと、かつ丼と交換しない?」

「いいよ。そのパン、週2くらいで食べてるから、今日は食べなくてもいい」

「本当? じゃあ貰っちゃうぞ」

 このパンは見た目は全然良くない。形の悪い茶色い生地に練り込まれたチョコチップは吹き出物に見えなくもない。だが、味は美味しい。

「ねえ、おにぎりも食べる? パンだけだと物足りないでしょ?」

「真理はいらないのか? ご飯、好きだろ?」

「そりゃあ、好きだけど……。じゃあおにぎりは一緒に食べようね」

 二人はおにぎりを割らずに、交互にかぶりついた。具は真理の好きなツナマヨで、これは皐月も大好きな具だ。三角形が台形になったところで、おにぎりを二つに割った。真理は具の多い方を皐月に差し出した。

「じゃあ私、ちょっと化粧直ししてくるね」

 おにぎりを少し残したまま、さっき買ったリップを手にして真理は部屋を出ていった。皐月はこれから起こることを考えると、緊張と興奮でドキドキと鼓動が速くなった。


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