226 児童会役員たちの実務能力
児童会室で江嶋華鈴と水野真帆と三人で修学旅行実行委員の仕事をしていると、藤城皐月は不思議と幸せな気持ちになる。それは女子を異性と感じるようになり、男としての幸せを知ったからだ。華鈴や真帆と一緒にいると、ふとした瞬間に胸がときめく。
華鈴はこんなに魅力的だったのか。真帆はこんなにかわいかったのか。皐月は今までこんな簡単なことに気付かなかった。これを恋心と言っていいのかどうかはまだわからない。
今では華鈴や真帆だけではなく、クラスの女子全員が魅力的に見える。まるで自分の頭がおかしくなったようだ。皐月はやたらと女子のことがかわいく見えるようになった時に、友だちの花岡聡から言われたことを思い出した。
「お前、マジで女好きが加速してんじゃねえか? 思春期っていうより発情期だな」
その時の皐月は、毎日が楽しくご機嫌でいられたらどう思われても構わない、と答えた。その気持ちは今でも変わっていない。
そして今の皐月は聡に言われた通り、女の子が大好きだという気持ちが加速している。もしかしたら発情期かもしれない、という自覚がないこともない。
「これで終わりだな。思ったより早く終わったね」
皐月は早く委員会を終わらせたかった。帰宅後に栗林真理に会いに行くからだ。1秒でも早く下校して、少しでも真理の家での滞在時間を長くしたい。
「委員長、今から入力したデータをしおりに書き込んでしまいたいんだけど、いい?」
真帆に委員会の延長を申請され、皐月は少し切なくなった。
「いいけど、それって最終下校時間までに間に合う?」
「すぐに終わるよ。会長にも手伝ってもらうから大丈夫。ねえ会長、ドキュメントの同時編集をしたいんだけど、お願いできる?」
「ああ、あれね。いいけど、事前準備は水野さんにお願いするね。私そういうのあまり詳しくないから」
「わかった。じゃあ児童会のアカウントでアクセスできるようにしておくから、会長もタブレットを使えるようにしておいて」
「は〜い」
華鈴が楽しそうにランドセルからタブレットを取り出した。真帆は北川先生から手渡された今年度の修学旅行のしおりのファイルを児童会のアカウントにアップロードしておいた。
二人のやりとりを見ていると、皐月は下校時間まで委員会を続けてもいいかなと思い始めた。
華鈴を従えている真帆も、真帆をサポートしている華鈴もかわいい。皐月は修学旅行実行委員会で今までの学校生活で経験したことのない楽しさを感じていた。
「水野さん、俺に何かできることってある?」
「う〜ん……。委員長は特にないかな……」
「え〜っ! ないの?」
「『集団行動と約束』と『旅館での過ごし方』の二つしか編集するところがないから、二人いれば十分なんだよね」
「なんだ、用無しか。俺もドキュメントの同時編集っての、やってみたかったな」
「委員長にはアンケート結果の入力を手伝ってもらう予定だから、月曜日はお手伝いしてもらうんで、よろしくね」
「オッケー。俺、キーボード入力はそこそこできるよ」
真帆と華鈴が北川先生からもらったファイルを共有して、それぞれの担当するところへ音声入力したテキストをコピペし始めた。
華鈴は真帆の指示に従ってフォーマットを整え、誤変換を直しながら編集作業をする。作業スピードは真帆が圧倒的に早いが、華鈴もなかなか仕事ができる。二人とも皐月よりも実務能力が高い。
真帆の背後で作業を見ていると、しおりがどんどん出来上がっていくので、見ていて面白い。注意事項にポジティブなコメントを入れるというアイデアはなかなかいいな、と改めて思った。
真帆が作業を終えたので、皐月は黄木昭弘から預かったイラストを見てもらうことにした。華鈴はまだ作業をしているので、とりあえず真帆だけに見せた。
「これは……いい表紙ができたね。黄木君、すごいな」
「この8人って俺たちなんだって。水野さん、かわいく描いてもらってるね」
「この眼鏡の女の子って私? こんなにかわいくないよ……」
「そんなことないって。水野さん、かわいいじゃん」
「えっ?」
真帆の耳が赤くなったのを皐月は見逃さなかった。真帆はあまり男子から容姿を褒められることに慣れていないようだ。初心な反応をするので、普段のクールな感じとのギャップが面白い。
「黄木君、みんなのいいところを引き出そうと思って描いたんだって。上手いよね」
華鈴が作業の手を止めて、皐月の肩越しにイラストを覗き込んできた。華鈴の顔がここまで近くなったのは初めてだ。
「じゃあこれが私ってこと? これじゃあまるで美少女じゃない」
華鈴が描かれたところに指をさしたせいで、さらに密着度が上がった。華鈴の温かい吐息が皐月にかかった。皐月は華鈴の吐息を吸い込んでしまい、変な気持ちになるところだった。
「美少女だろ、江嶋は」
「からかわないでよ、もうっ!」
華鈴が軽く腿に蹴りを入れてきた。全然痛くなく、皐月にはただ温かいだけだった。
「藤城君はすっごく美形に描かれているね。こんな風に描かれて、恥ずかしくないの?」
「全然。黄木君の心の眼には俺のことがこう見えてるんだろうな。心のイケメンってやつ? 素直に嬉しいよ」
「はぁ〜。相変わらずいい性格してるね、藤城君は」
真帆がサッとイラストをクリアファイルに戻した。席を立とうとしたので、華鈴が身を引いた。
「黄木君のイラスト、早速取り込んでしおりの表紙も完成させちゃおう。会長、ちょっと職員室のコピー機でスキャンしに行ってくるね」
「うん、わかった。私も仕事を終わらせておくから」




