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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第4章 深まる季節
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225 放課後の約束

 修学旅行実行委員会は児童会会長の江嶋華鈴(えじまかりん)と書記の水野真帆(みずのまほ)の主導で進められた。委員長の藤城皐月(ふじしろさつき)は二人について行くのに必死だった。

「つまらない注意事項に少しでも関心をもってもらえるなら、子供っぽい書き方の方がいいじゃん。それに俺、適当に言ったつもりはないんだけど。いいことはあるかもしれないし、ないかもしれないけど、少なくとも悪いことはない」

「んん、それはそうだけど……。でも地元の人や観光客に良く思われたかどうかなんて、その場じゃわからないでしょ?」

「わかるよ、雰囲気とか視線で」

「そうかな……」

 華鈴は納得がいかない様子だ。これは皐月の感覚的な話なので、華鈴には理解されないかもしれないとは思っていた。

「会長、採用でいいんじゃない? 誌面が楽しくなるし」

「そうそう。水野さん、いいこと言うね」


「じゃあ、それでいいよ。次にいこう。『京都班別行動について』」

 華鈴が作業スピードを上げてきた。テンポよく進む作業は気持ちがいい。

「じゃあ読みます。『まわりを見て行動しましょう』」

 真帆は文字起こしされた文章に改行を入れながら作業を進めようとしている。

「まわりを見て行動って、『人や物にぶつからないように気をつけよう』ってことかな?」

「多分、江嶋の言う通りだと思うんだけど、それじゃあ、つまんないな」

「なによ、つまらないって」

「実行委員が先生の代弁をしてもしょうがないだろ。それに『ないように』みたいな否定語を使うと、文章が暗くなるじゃん」

「じゃあ、『まわりを見て行動しましょう』にはどんな文を追加するの?」

「そうだな……『初めて見る町は、どこを見ても楽しいよ』なんてどうかな?」

 とっさに考えたので、いまいちいい文章が思い浮かばなかった。

「それじゃ、私の言ったことと意味が違ってくるじゃない。藤城君、さっき私の言う通りだって言ったよね? 同じ意味で言い換えるのかと思った」

「これから旅行に行くんだから、ちょっとでも楽しくなりそうなことを書いた方がいいかなって思ったんだけど……」

「いいんじゃないの、会長。私もこっちの方がいいな」

「もう、水野さんまで……。水野さんって藤城君に甘くない?」

「いいじゃねーか、甘くたって。江嶋も俺に甘くしてくれよ」

「頭から砂糖でもかけてあげようか?」


 華鈴は昔から先生の立場になって物を言う癖があったな、と皐月は5年生の時の華鈴を思い出した。皐月はそういう考え方のできる華鈴のことを尊敬する気持ちもあるが、お前どっちの味方なんだよ、と思うこともある。

「私は委員長の『実行委員が先生の代弁をしてもしょうがない』っていう言葉を聞いて、なるほどって思ったの。注意事項なんかネガティブなことしか書いていないんだから、片っ端からポジティブ変換していった方がいいんじゃないかな」

「ポジティブ変換か……そうだよね。なるほど」

「それに会長。私、委員長に甘くしているつもりはないよ。ただ意見が合うだけ」

 規則の理由づけは、最初のうちは皐月と華鈴の意見が合わず、遅々として進まなかった。だがポジティブ変換というコンセプトが定まったことで、作業効率が上がってきた。

 「集団行動と約束」が終わり、「旅館での過ごし方」へ移ろうとしたところで予鈴が鳴った。

「放課後、続きやってく?」

 皐月は華鈴と真帆に恐る恐る尋ねた。二人の自由時間を拘束するのは気が引ける。

「私はいいよ。水野さんはどう?」

「私も大丈夫」

「ありがとう。じゃあまた児童会室でやろう」


 放課後の作業の再開を約束して、三人は教室に戻った。皐月が教室に戻ると村中茂之(むらなかしげゆき)が話しかけてきた。

「今日は勝ったぜ!」

「マジか! やったな」

「今日は苦しい戦いだった。でも筒井さんが助っ人で来てくれて助かったよ。あの子、大活躍だったぞ」

「筒井、やるなぁ。あいつ、運動神経だけはいいからな」

「筒井さんも実行委員だろ? 委員会に出なくてよかったのか?」

「ああ。今日の仕事は副委員長と書記の三人でやってたから。他の委員にはなるべく負担をかけないようにしてるんだ。今日も放課後は三人だけの委員会だ」

「そうか……あまり無理するなよ」

 茂之は遊びの場以外では冷淡なところがあるのに、優しい言葉をかけてもらえたのが嬉しかった。

 茂之は筒井美耶(つついみや)に気があるんじゃないか、と皐月は思っている。クラス対抗戦をしている時、美耶がいると茂之はいつも以上に張り切っているし、美耶を見る目が完全に恋する少年なので分かりやすい。

 茂之は美耶が自分のことを好きなのが気に入らないから、自分に対して当たりがきついんだ、と皐月は思うようになった。

 一学期までの皐月は恋愛感情に疎かったので、そういうことに気付かなかった。だが、恋することを知った今なら、皐月にも茂之の気持ちがわかる。


 席に着くと、前の席の栗林真理(くりばやしまり)が後ろを振り向いた。今日は振り向く向きが逆で、二橋絵梨花(にはしえりか)に背を向けるようにして皐月の方を見た。

「今日のお座敷は安城(あんじょう)だって」

「うちも同じだ」

 交わした言葉はこれだけだった。小さな声だった。

 今晩のお座敷は(りん)百合(ゆり)も安城まで遠征するから、帰りが遅くなるということだ。皐月は放課後の委員会の約束を少し後悔した。なるべく早く委員会の仕事を終えて、真理の部屋に行こうと思った。


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