224 児童会のやり方
児童会室にはすでに水野真帆が来ていた。江嶋華鈴はまだ来ていない。真帆はタブレットを立ち上げてマイクのテストをしていた。
「会長、少し遅れるって」
「わかった。ところで水野さん、どうして江嶋のこと会長って呼んでるの? 児童会じゃない時くらい、名前で呼んだらいいのに」
「んん……、慣れかな。会長とは児童会以外では話したことないし」
「へ〜、そうなんだ」
真帆が華鈴と児童会以外で交流がないというのは意外だった。藤城皐月には二人は仲良く見えるし、信頼し合っているようにも見えるからだ。でも彼女らがプライベートで何を話しているのかと考えると、皐月にはなにも想像できない。
「俺のことも委員長って呼んでるよね。でも、修学旅行が終わったら委員長じゃなくなっちゃうじゃん。この先も俺のこと、ずっと委員長って呼ぶの?」
「どうだろう……まだわからないけど、修学旅行が終わったら委員長と話すこともなくなるんじゃない?」
「そんなことない! 話すよ」
「そう?」
「当ったり前じゃん!」
どうして真帆がこんな寂しいことを言うのか、皐月にはわからなかった。真帆は自分と華鈴の会話のログを「私の小学校生活の大切な思い出」と言ってくれた。真帆が自分に関心がないわけがないと確信している。
「でも、クラスも違うし、もう委員長と一緒に仕事する機会はないと思うよ」
「別に仕事以外で雑談したっていいだろ? 校内で見かけたら俺から声かけるよ」
「……うん」
「もしかして迷惑?」
「ううん。別に迷惑じゃないけど……でも、私と話しても楽しくないよ」
「そうか? 俺、今超楽しいんだけどな」
「私、雑談って苦手なんだよね。まわりの子と共通の話題がないから、話が続かなくて……」
「共通の話題とかどうでもいいじゃん。話なら俺がいくらでも続けるよ」
「……委員長って変わってるね」
華鈴が児童会室に入って来た。走って来たのか、息が上がっている。
「ごめんね、遅くなっちゃって。早速やろうか。水野さん、準備はできてる?」
会議用テーブルに並んで座っていた皐月と真帆だが、皐月が真帆の向かい側に移動して、華鈴が皐月の横に座った。
「すぐにでも始められるよ。じゃあ打ち合わせ通り、私がしおりを読んで、会長と委員長が意見を出し合うってことでよろしく」
真帆が事務的に進行した後、 AI議事録自動作成ツールを開いた。これでマイクを通して入力された声が文字起こしされる。
「なんか緊張するわ……。このスピーカーみたいな機械、すごいな。俺、こんなの初めて見た」
350ml缶よりも少し大きな円筒状の機器はスピーカーフォンというもので、360度全方位から集音できる無指向性マイクだ。
「お父さんがテレワークで使っていたのを借りてきた。いつも借りられたら委員会でも使いたいんだけど、そういうわけにはいかないんだよね」
皐月と真帆が喋っている言葉が次々と文字に変換されていく画面を見て、真帆が嬉しそうな顔をしている。
「水野さん、何ニヤニヤしてんの?」
「委員長、これ見てよ」
真帆が皐月にアプリの画面を見せた。
「お〜っ、スゲ〜。ちゃんと文字になってる。今喋ってる言葉もどんどん文字になる。たまに変な変換してるのもあるけど」
「このマイク、調子いいみたい」
真帆はタブレットを元の向きに戻した。
「じゃあ作業に入るね。まずは『集団行動と約束』から。……ん〜、どうしよう」
「どうしたの? 水野さん」
「会長、この小見出しの『集合』と『点呼の仕方』は直さなくてもいいんじゃない?」
『集合』には「速やかに行う」と「静かに行う」と書かれていて、『点呼の仕方』には「○組○班です。○名、全員そろっています」という台詞が書かれているだけだった。
「そうだね……実行委員と班長がわかっていれば済むことだよね。ここは省略しよう」
「じゃあ3番の『気をつけること』から読むね」
華鈴が資料を読み始めた。
「『時や場をわきまえて行動する。特に神社仏閣などの見学地や公共の場では、礼儀正しく、周囲の人に迷惑をかけないように、お互いに心がけましょう』。これ、何か付け足すことってある?」
「文が長い。二つ目の文で『時や場をわきまえて行動する』の理由が説明されているから、これ以上何も付け足さなくてもいい」
皐月の存在を気にもせず、華鈴と真帆がサクサクと作業を進めていく。皐月は二人のやりとりを見て、これが児童会のやり方なのかと感心した。だが、もう少し自分のことも気にしてもらいたい。
「ちょっと俺も言っていい? ここに『地元の人や観光客に良く思われたらいいことがあるかも』って書き加えたらどう?」
「何、それ? 補足説明になってないよ。それに『いいことがあるかも』って適当過ぎない?」
華鈴が児童会長モードに入っている。これではどっちが委員長なのかわからない。




