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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第4章 深まる季節
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221 ほんの70メートルでも一緒にいたかった

 二橋絵梨花(にはしえりか)がバイオリンのレッスンがあると言うので、藤城皐月(ふじしろさつき)は歩道橋上の立ち話を切り上げることにした。絵梨花は塾がない日でも忙しそうだ。

 歩道橋を下りて姫街道沿いを歩いていると、あっという間に踏切の手前まで着いた。もう絵梨花と別れなければならない。絵梨花は踏切を渡って、坂を少し下ったところに家があるらしい。もっと話をしていたい、と寂しくなった。

 踏切の手前に姫街道と交差する細い道がある。皐月はこの道を左に行かなければならない。

 信号のないこの交差点を横断するのは少し危ない。安全を考えるなら、一つ手前の信号を渡って、姫街道の向こうへ行っておかなければならなかった。皐月がそれをしなかったのは、ほんの70メートルでも絵梨花と一緒にいたかったからだ。

 踏切警報機が鳴り始めた。遮断器が下りるのをぼ〜っと眺めていると、さっき歩道橋の上で目が合ったタクシーの運転手、永井のことを思い出した。

 列車進行方向指示器が右方向、豊橋・国府(こう)方向を指している。名鉄豊川線の車両が来るのか、JR飯田線の車両が来るのかはわからない。さすがに時刻表は頭に入っていない。


「ちょっとこっちに来て」

 皐月は絵梨花の手を引いて、皐月が帰る逆方向の脇道に入った。ここだと鉄道の死角になる。今から来る列車に同じ学校の誰かが乗っているかもしれないと思うと、絵梨花と一緒にいるところを見られたくなかった。

 踏切を列車が通過した。駅を出たばかりの列車はまだスピードに乗っていなかったけれど、踏切警報機の音にジョイント音が加わってかなりうるさい。会話のできる状況ではなくなっていた。皐月は列車が通り過ぎるまでの間、ただじっと待っていた。

「どうしたの、急に」

 絵梨花の言葉に応えて思わず見つめると、彼女は頬を赤らめていた。

「なんでもない」

 皐月と絵梨花はまだ手をつないだままだった。皐月は無意識に絵梨花の手を取っていたが、学校帰りの高学年の小学生の男女が手を繋いでいるのは尋常ではない。いつしか皐月は女子に触れることに慣れ過ぎていた。

 皐月が絵梨花を見つめていたのはほんの刹那のことだったが、嫌がっていないことはわかった。少しはにかみながら、皐月は自分から手を離した。

「俺、帰り道むこうだから一緒に帰れるのはここまでだな……」

「うん」

「二橋さんと学校の外で話をするのって初めてだね。楽しかった。またこうして話せたらいいな」

「いつでも話せるよ」

「そう?」

「うん」


 絵梨花がランドセルを下ろしてスマホを取りだしたので、皐月も絵梨花にならった。

「連絡先、交換しない?」

「いいよ」

 絵梨花から連絡先の交換をしようと言ってきた。絵梨花も皐月もアプリの使い方に慣れていなかったので、二人はしどろもどろになりながら連絡先を交換した。

「勉強とかの気晴らしでもいいから、気が向いたらメッセージ送ってよ」

「真理ちゃんもそんな風に藤城さんにメッセージ送ってくるの?」

「あいつは幼馴染だからな。遠慮がないんだ。まあ、あいつはたまにしか送ってこないけどね。二橋さんも遠慮しなくていいよ」

「ありがとう」

「オンラインじゃなくて、またこうして会ってお喋りしたいな」

「うん」

「じゃあ俺、帰るね。バイバイ」

「うん。また明日」

 絵梨花に見送られながら、皐月は慎重に姫街道を横切った。絵梨花に手を振った後、(きびす)を返して家に向かって歩き出した。後ろを振り返ることはしなかった。今は背中に視線を感じながら歩きたかった。


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