205 背、高くなった?
起床してから家を出て、通学班のみんなと学校へ行き、教室に入って自分の席につくまでに、藤城皐月は同じことを何度も聞かれた。
「背、高くなった?」
洗面所で顔を洗っていると、真っ先に及川祐希から「背、高くなった?」と聞かれた。学校へ行く時に、母の小百合と祐希の母の頼子からも同じことを聞かれた。
通学班のみんなで登校する時、4年生の山崎祐奈と3年生の岩月美香からも聞かれた。5年生の今泉俊介や低学年の近田兄弟ら男子は何も気付いていなかった。
校門の前の男の先生からは身長については何も言われなかったが、校内で会った女性の校長、伊藤先生は皐月の変化に気付いて、声をかけてきた。
「藤城君、背が伸びたみたいね」
「校長先生までそんなことを言う……。どういうわけか今日はみんなから背が高くなったって言われるんだよね。一日でそんなに背が伸びるわけがないじゃんね」
「だってあなたは6年生でしょ? そういうこともあるのよ。あとはそうだな……藤城君はいつもよりも背筋が伸びているのかな? それで身体が大きく見えるのかもね」
「じゃあ先生、俺のこと格好良くなったって思った?」
「あらイヤだ。わかっちゃった?」
「はははっ。バレバレだよ。それも最近よく言われるからさ、もしかしたら校長先生もそう思ってるかなって思ったんだ。俺、自惚れちゃってもいいのかな?」
「いいんじゃない。自分に自信を持つのはとてもいいことよ。でも自信過剰には気をつけてね」
「自信過剰か……わかった。自分でいい気になってんな、って思った時は校長先生の言葉を思い出すようにするね。ありがとう」
校長先生に手を振って、皐月は6年4組の教室へ向かった。校長の背後からこちらを見ていた北川先生の視線を意識しながら。
教室に入った皐月は脇目も振らず栗林真理のところへ行った。教室の最前列にある真理の机に前から両手をつくと、勉強していた真理が驚いて顔を上げた。
「おはよう」
「おはよう。いきなり前に来くるから、びっくりするじゃない」
「元気?」
「うん。大丈夫だよ」
「そうか。よかった」
皐月は昨夜のメッセージのやり取りが気になっていた。真理が自分から会いに来てほしいと言ってくるのは珍しい。明日美のことを考えると真理とは会いづらいが、求められたら真理のもとへ行かないわけにはいかない。
皐月は隣の席の二橋絵梨花と、後ろの席の吉口千由紀に挨拶をした後、自分の席に勉強道具を詰め込んで、後ろの棚にランドセルを片付けに行った。
以前は花岡聡が教室の後ろの壁際で皐月の来るのを待っていたが、最近は新しい修学旅行の班の男子たちと談笑している、皐月は聡とバカ話をすることがなくなり、少し寂しくなった。
教室に月花博紀が入って来た。ファンクラブの女子たちが次々と博紀に声をかける。博紀は穏やかな笑顔でそれぞれに対応をしている。
女子を引き連れてきた博紀が皐月の近くにやって来ると、取り巻きの女子たちが自然と博紀から離れていった。
ファンクラブの女子たちの間では、博紀が男子の友だちと話をしようとすると、黙って離れるのがルールらしい。これは松井晴香が提唱したことだが、その場に晴香がいなくても統制が取れている。
「あれっ? お前、背伸びた?」
「そうらしいな、今日はよく言われるよ」
男子から背が伸びたと指摘されたのは博紀が初めてだった。自分に関心のある男子は博紀だけか、と皐月は少し寂しかった。
「お前、色が白くなってきたよな。日焼けが取れるの早くねーか?」
「よく見てるな〜。お前、俺に気があるんじゃねーの?」
「気持ち悪いこと言うな。バカ」
博紀が自分の席に行くと、今度は男子の友だちが寄ってきた。相変わらず男女問わず人気があるな、と思って博紀を眺めていると、背後から晴香が声をかけてきた。
「藤城、あんた雰囲気変わったよね。何かあった?」
「いや、特に何もないよ」
「そう……。なんかちょっとだけ格好良くなったね」
「マジか! じゃあ博紀とどっちが格好いい?」
「月花君にきまってるでしょ!」
辛辣なことを言いながらも、晴香の顔は少しにやけていた。晴香は博紀のことが好きなくせに、皐月のことを気にかけている。だがそれは博紀が皐月のことを妙に意識しているからであり、親友の筒井美耶が皐月のことを好きだということで、皐月のことを気にかけているに過ぎない。
晴香の笑顔を見るたびに、皐月はこのことを間違えてはいけないと自分に言い聞かせている。晴香の笑顔にうっかり自惚れてしまうと、後で自分が傷つくことになってしまうだろう。




