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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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114 小説も漫画も同じ

 放課後の校庭でバスケをして遊んでいた藤城皐月(ふじしろさつき)花岡聡(はなおかさとし)と別れ、それぞれの帰路についた。

 皐月の通学路には学校の教科書を取り扱う、福永書店という新刊書店がある。皐月は学校で話題にのぼった芥川龍之介の『羅生門』を探しに書店に入ると、その店に芥川の本は一冊も置いてなかった。家に帰った後で別の書店で探してみようと思った。


 皐月は芥川龍之介の小説を買いに、豊川稲荷の表参道にある竹井書店という古本屋へ出かけることにした。

 皐月にとって自分の小遣いで小説を買うのはこれが初めてだ。漫画ならよく買っていたし、漫画以外だと、鉄道の本や時刻表もときどき買っていた。漢字検定の問題集や、最近では中学受験用の算数の参考書も買った。

 しかし小説にはあまり関心がなかったので、わざわざ買ってまで読んでみようとは思わなかった。読書感想文を書くために小学生向けの物語なら、学校で買わされたことがある。皐月の読書体験はその程度のものだった。

 課題図書がつまらなかったというわけではないが、皐月にとって、学校の宿題が積極的に小説を読んでみようというきっかけにはならなかった。

 皐月が小説を読んでみたいと思ったのは、隣の席の二橋絵梨花(にはしえりか)の一言だった。

「小説も漫画も同じだよ」

 この言葉は目から鱗だった。絵梨花は同じ小説を何度も繰り返し読むという。後ろの席の吉口千由紀(よしぐちちゆき)に至っては好きな本を繰り返し読むだけにとどまらず、話の途中から読んだり途中でやめたりといった読み方もするという。

 適当な読み方をしていると千由紀は自嘲するが、皐月も同じ読み方で漫画を読んでいる。漫画は一冊で終わるものが少なく、大抵は何冊もの分冊になっている。漫画を繰り返し読む場合、最初の1巻から読み返すこともあるが、好きな巻だけ繰り返し読むことは普通によくあることだ。

 要は面白い小説を読めばいい……あまりにも単純なことで、皐月には盲点になっていた視点だった。皐月はまだ何度も繰り返し読みたくなるような面白い小説に出会っていないだけだった。


 千由紀は川端康成の『雪国』をクズ男とキチガイ女の胸糞悪い話だと評した。嫌いな小説だと思いきや、美しい表現が好きで何度も読み返していると言う。

 絵梨花は『羅生門(らしょうもん)』を受験勉強のために繰り返し読んでいる。『羅生門』を極限状態に置かれて切羽詰まった人間を描いた小説だと言えるくらいだから、絵梨花も好きで読んでいるに違いない。皐月はとりあえずすぐに読み終わる短編の『羅生門』を読んでみようと思った。

 皐月の買いたい本は学校で絵梨花が読んでいたものと全く同じ本だ。それは少年少女日本文学館シリーズの『トロッコ・鼻』で、お目当ての小説はこの中の『羅生門』だ。

 千由紀は『羅生門』なら読むだけならネットの青空文庫というサイトで全文読めると教えてくれたが、皐月は小学校の読書タイムで読む紙の本が欲しかった。家のPCで読めば、わからない言葉があってもすぐにネットで調べられる。学校で読むのなら辞書でいちいち言葉の意味を調べるのは面倒なので、注釈が多い本がいい。

 絵梨花の読んでいた少年少女日本文学館シリーズは装丁がいかにも小学生向けという感じがして、ええ格好しいの皐月にはそれが気に入らない。皐月には千由紀の読んでいる小さな文庫本が格好よく見えた。

 時々見せる千由紀の肩肘をついて、片手で文庫本を持って読む姿が知的で大人びている。皐月はそこに魅力を感じ、できることなら自分も千由紀のような雰囲気を身につけたいと思った。

 絵梨花の背筋を伸ばして堂々と小学生向けの本を読んでいる姿も美しい。だが、皐月はそんな絵梨花は自分の手の届かない世界に住んでいるような気がして、とても真似できないと諦めている。


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