閑話 『鵺(アーガス)』
ご注意: 長文です。 長いです。 分割しようかと思いましたが、出来ませんでした。 ご容赦の程を!
フェルデン別邸に於いて、『豊穣祭』を挙行する事になったんだ。 まぁ、ね。 それは、良いんだ。 だって、フェルデンの小聖堂だし、ちょっと早いけれど、そういう時期だし、聖堂の格も今じゃ中聖堂級に上がっているし。
流石は『神聖聖女』様が『聖堂の守護者』なだけの事は有ると思うんだよ。 嬢ちゃんは、やる気に満ちているんだよ。 小っちゃいなりして、その気概は一端の神官のそれと同等。 流石だねぇ……
でもねぇ……
当の嬢ちゃんが、自分の事を全く理解していない。 『神聖聖女』様が、全く、ちっとも、これっぽっちも、自身が神聖聖女とか、尊き女性神官とか、そんな自覚を持っちゃ居ないんだ。 それが故に、こっちに皺寄せが来るんだよなぁ……
絶大なヤラカシと、同郷の修道士補の罪を告発した為に、ちょっとばかしその身がヤバくなった彼女。 更に言えば、その修道士補がこの国の重鎮達の子供達のお気に入りの導師ときたもんだ。 古馴染みの異端審問官は、杓子定規な性格の上、お嬢ちゃんの親族並みに彼女を護りたがってってな。
その修道士補を罪に問う際に、告発したのがお嬢ちゃんだったのが、何処からか漏れて、お嬢ちゃんを害してやろうって奴が出ないでもないから、『件の修道士補』が その資格を永遠に失ったうえ、生家の公爵家によって、遠くに放りだされる『筋道』が付くまで、聖堂教会 薬師院 奥の院で匿うって決めたんだよ。
まぁ、それもアリなんだよ。 実際、教皇猊下から聞かされた彼女の事跡を聴いたら、まぁ、リックが思いも間違い無いと思ったね。 あれ程の才能を持つ修道女。 護らない方がオカシイ。
それに、教皇猊下、大聖女様の想いも又、重い、重い……
あれだけの加護と、祝福を与えられたら、そりゃ普通は舞い上がる筈だよ。 でもさ、あの子、自分から精霊誓約を結んじまった。 この世に生きる者達を安寧に導くんだと、思い込んでいる。 いや、誓っているって言ってもいいね。
そんな状況下にありゃ、普通の女の子なら…… 心が壊れるよ。
現実には、倖薄き人に手を差し伸べたって、感謝される事なんて無い。 どんなに世話をしたって、元気に成れば、はいそれまでよ…… ってな。 普通の神経してたら、耐えられんでしょ?
更に言えば、彼女…… 辺境の貴族夫人相手に相当、遣り合って勝利しておるのよ。 なにそれ…… どんだけ、メンタル強いのよ。 おかしいでしょ。 アイツ等、淑女の皮を被った悪鬼だぜ? 信用したら裏切られるし、甘い顔を見せれば、どこまでも付け上がる。
それを統治し支配した? はぁ? なに報告を盛ってんだよって、思ったね。 でだ、教皇猊下から極秘の文書を渡された。 宛ては教皇猊下様。 発は…… アルタマイトの神官長様。 いや、十八人委員会所属の枢機卿様の御一人と云ってもいいか。
其処に綴られていたのは、あの子が十一歳までリッチェル侯爵領、領都アルタマイトでリッチェル侯爵令嬢として暮らした軌跡。 あの地の狐狸がどの様に、あの子を利用してあの地を治めたのかの歴史。 いや、まぁ、絶句したね。
おかしいよ、全く。 僅か九歳で辺境伯夫人やら連枝家門の海千山千の夫人達を、貴族の遣り口でやり込めて、それ以来、主導権を掌握して領政に邁進した…… なんて、信じられるか?
リッチェル領の女主人として、立派にその役割を果たしていた…… とか、嘘だろ? 領の行政官達は、最初は体のいい『お飾り』として、利用する手筈だったのが、王国の法典関係にめっぽう強い彼女の前に陥落、そして忠誠を誓ったとか、冗談としか思えねぇ……
実際には、だれか裏に人が居たんだろって思ってたんだ。 あぁ、くそッ、考えが纏まらねぇ……
――― § ―――
ちょっと考えを纏める必要が有るな。
思考を纏めるにも、暗い修道院の中で座ってちゃ、纏まる物も纏まらないんだよ。 だから、王都の街中を歩きながら、嬢ちゃんの王都での足取りを追ってみたんだ。 実際、どんな所で、誰と、どんなことをやっているのか、それが気に成ったんだ。 護衛…… と云うからには、嬢ちゃんの立ち回り先なんかを、実際に知る必要も有ったしな。
身体だけは鍛えていたんで、そんなには苦にはならんのよ。 広い王都を歩き回っても、まぁ、疲れなんて感じない位にはな。 だから、時間の有効活用って事で、考えを纏め乍ら、嬢ちゃんの足取りを確認していたんだ。
――― 教皇猊下との『謁見』での事を思い出しながらな。
脳裏に鮮明に映し出されるのは、猊下の居室での事。 わざわざ、『勅命』にて俺を呼び出して、その上での極秘謁見と云う形を取ったんだ。 外に漏れると困るからってんでね。 修道院での直属の枢機卿殿は、ちょっと困惑の表情だった。 まぁ、そうだよな。 平の修道士である俺を直接呼出して『謁見』するなんて、前代未聞な訳で、俺だって、吃驚したさ。
猊下の御前に進み出て、深く膝を折り、首を垂れつつも、疑問で頭ん中が一杯だった。 で、最初の疑問を心に浮かべたとたんに、猊下はニヤリと黒くは無いが悪そうな笑みを浮かべて、俺に伝えて下さったんだ。
あの爺さん、こっちの心の中の言葉を、口にせずとも察しやがる。 洞察力とか読心術とか、ヤバ目の能力持ちじゃねぇのか、ありゃ…… まぁ、教皇にも成ってんだから、その位の事をやっても、不思議じゃねぇしな。
” …………幼少頃より、リッチェル侯爵領、領都アルタマイトに於いて、リッチェル領の女主人として、領政に邁進したと、アルタマイトの神官長が報告してきておる。 更に言えば、様々な施策は民に寄添うモノであり、倖薄き者達を救い上げ、その生活を補助するような施政を施していたと。 ……十一歳にして、アルタマイト神殿に入った後、あの地にはリッチェルが御継嗣殿が入られて、領政を引継がれたが、うまく機能しなくて、彼女に教えを請うたと…… そう、報告してきたのよ。 のう、アーガス。 どう思う ”
いや、まぁ、その…………
――― 有り得んだろッ!!!
もう、二の句が継げないってあの事だと思う。 そんで、そんな出来過ぎる彼女の護衛を頼むと云われたんだよなぁ…… 俺が? この、厄介な背景を持つ、単なる修道士である俺がか?
” お主の主幹は『祭祀』だったな。 特に祭祀関係の精霊術式については、神秘院の古老も一目を置く存在。 お前ならば、神聖聖女の行いを上手く誘導できようから、頼みたい。 何もせずに置くと、聖女が権能を、何処で使うかわからんでな ”
隠せと? 隠匿しろと? なんでまた? それほど優秀で、神と精霊達に愛された上、既に『聖女』が名も受けているのならば、表だって祭り上げて、上級聖堂騎士達に護らせればいいんじゃねぇのか? がっつりと、聖堂教会の奥深くでさ。 なんで、名も無き俺が、それも貴族家の小聖堂で?
” 囲いたくないのだよ、アーガス。 アレの行動に掣肘を加えるのは、神と精霊方の御意思に反する。 アレの『動き』を押し留めるだけで、神の鉄槌が落ちるやもしれん。 また、神の御導きに対し、アレが拒むような事が有れば、アレに対し鉄槌が落ちかねぬ。 オクスタンスも危惧して居った。 余りにも、余りにも愛されておるでな ”
マジか…… そんなにか…… 精霊誓約の約定は? 精霊誓約を捧げるにしても、何を捧げたんだ?
” 聖女が『誓い事』を丸ごと…… 誓約されたな、あの子は。 故に、王城尖塔のあの部屋の呪いを打ち破り…… 初代様の聖杖が安寧の眠りに着いた。 大地が大精霊様へ、大切な御手先である大妖精の帰還を願い、叶うという離れ業すらやり通しよった。 祈りが全てであると、そう言い切りよった。 ……神秘院の頑固者が、素直に頭を垂れよったよ ”
だからこそ、大々的には表舞台に立てられないと。 稀代の聖女と云われている、廃大聖女オクスタンス様ですら、その様な事跡を挙げられていない。 オクスタンス様の事跡を軽々と超える様な人物は、今の王国の中ではどう貴族共に見なされてしまう…… か。
” 危険な程に、求心力を持つ『神聖聖女』 ”
成程…… そういう事か。 只でさえ、危うい王国貴族と、教会の間に決定的な溝が生まれるな。 民は救いを求め、聖女に群がる。 抑えきる事は難しい。 貴族の権威が蔑ろにされ、奴等の面子は丸潰れに成りかねない。 貴族だけでは無く、王家もまた……
祭り上げて、過去の聖女達の様に、聖堂教会に囲い込んで、王国の為に祈るだけ…… なんてのは、神と精霊様方が許さないって事もあるな。 猊下の口ぶりからして、嬢ちゃんの行動は決して掣肘すべきモノでは無いと云う事なんだな。 いや、まぁ、どれ程の『使命』を抱えとるんだ、あの娘はッ!
嬢ちゃんの誓約は…… 荒野で、街で、村で、海辺で、険しい山で…… 倖薄き人々に直接加護を授け、もって、祈りを世に広げる事なのか…… それが、神様と精霊様方が『真に望みし事』なんだろ? 経典にも記載が有るし……
でもさ…… あの子、今幾つだ? 老成した聖女でも、そんな事…… 無理だろ?
” 私もそう思ったのだが、大聖女が教えは、それを可能にするほど苛烈であった。 それを素直に、実直に受け入れ、あの聖女巡礼の旅も愚痴一つ吐き出す事無く、完全に全うした…… いや、嬉々として倖薄き人々に慈愛を分け与え、感謝を胸に対価を差し出そうとする者達に、『神と精霊方に感謝の祈りを捧げて欲しい、それが対価と成ります』と…… これが、アレの巡礼の考課簿だ。 まぁ、何処に行っても絶賛されておるよ。 行く道で、まだ、聖女が認定を受ける前にも拘わらず、聖女の誓いを建てる前に、『聖女が権能』を行使して高貴なる魂の持ち主を救い出して居る程にな ”
それは…… いや、本当に、その娘って何者なんですか? ほんとうに 『 人 』 なんですか? 神より使命を授けられし、『神人の類』じゃないんですか? まさか、『勇気あるモノ』とか……
” それは無い。 こちら来てから、色々と調べてもみたが、第三位修道女でしか無いのだよ。 ただ、精霊様の『御加護』がな。 …………多くの精霊様方より授けられているのが違いといえば、違いだな ”
だから、それが、おかしいのですよ、教皇猊下。 『精霊の加護』が、一つでも受けられたら、『聖人』として認定できるのですよ。 それを二つ以上ですと? 何をやらかしたら、そうなるんですッ!
” その内の一つは、お主も知っている出来事だよ。 大地が大精霊様からの加護。 それを保持している。 リックデシオン司祭が極秘で調べたところ、少なくとも『風』と『刻』の大精霊様方の加護も戴いておる。 そして、自身の魔力の源泉たる『闇』の大精霊様も…… な。 実際の所、幾つの加護を戴いておるのかすら、不明なのだ ”
ん~~ ん~~~ ん~~~~~!! 精霊様、それも、大精霊様方に御加護を戴けているって!!! マジか…… はぁ…… 光の大精霊様と対になる、『闇』の大精霊様の加護ですかぁ~ 『世界の摂理』である、『光』と『闇』の片方の大精霊様の加護と、時を推し進め、神の御意思の下、『世界の摂理』の均衡を取る『風』と『刻』の大精霊様とも? 有り得んですよ。 そんなの、『世界の摂理』の意思そのものじゃないですかッ!!
本当に、その子、『 人 』 なんですか? 間違いなく、『 人 』 なんですかぁ?? あぁ~~ そうですか、そうなんですね。 教皇猊下にすら、手に余る人物なんですね。 猊下ですら、どう扱っていいか、判らない程の人物…… ですか……
神聖である事には違いないけれど、組織が内に引き込むと組織自体が崩壊する事、間違いないんだ…… 彼女の意思が即ち神の御意思。 どんなに聖典を読み込み、そこに有る全てを得、なにか重大な決断をしたとしても、『彼女の意思』がそれを『否定』するならば、それは否定されてしまう……
――― 教会の権威なんざ、簡単に吹っ飛びかねない。
嬢ちゃんは…… 性格は『善』。 善き修道女と、精霊様方に呼称されているんですって? 万が一、その事実が貴族達に知れれば、どんな事態になるか…… 全てを明らかにして、彼女が何者かを教会が表出した後、あちら側に囲われでもすれば…… 考えただけでも、そら恐ろしいですね。
そんな人物の真実は、マジで表に出せないですよね。 はぁ…… そこは、判りました。
でも、彼女…… もう既に実績を積み上げている『神聖聖女』殿を秘匿する場所が、これまた厄介な場所でもあるんですよね。 フェルデン侯爵家別邸にある小聖堂に於いて、『小聖堂が守り人』でしたっけ。 なんでまた?
あの子のヤラカシで、神秘院が薬師院と諮って、あの小聖堂の格を爆上げしたとか、聴いているんですけれど? その辺は、どうなんでしょうかね、教皇猊下。
” 本来ならば、善き修道女エルを、司祭級、若しくは 準司教級の役職に就けた上で、聖堂の守護者として任じなくてはならないのだが、それも出来ぬのよ ”
なんで…… ですかね?
” フェルデンとの約定があるのよ。 あの娘は今は仮初にもフェルデン卿の『娘』の資格を有している。 『養育子』 と、云う立場らしい。 私もそんな法が有ったとは知らなかった。 王国の法典を熟知するあの子ならでは解決策と云えるだろう。
お前の考えている理由により、ハッキリとはこちらも……あの娘に関しての情報を開示していない。
うっすらと理解されている国王陛下に於かれても、王侯貴族と聖堂教会を橋渡しする人物が高位の神官では困ると…… そう思召しなのも有る。 あちらも、波風は立たせたくないのだろう。 色々と貴族社会の均衡を保つ為に、艱難辛苦を重ねられておられる故にな。 ”
あぁ…… 教皇猊下は、あの娘に、王侯貴族と、聖堂教会の間を溝を埋める役目を負わしているんですか…… それは、余りにも重大で且つ、達成が非常に難しいのでは? それを善き修道女エルは達成しようと、躍起に成っているのですか……
マジですか? アホですか? どこまで、重荷を負わせるのですか?
それに、フェルデンの『養育子』って、自身の『神籍』を失わない為の方便って奴ですか、もしかして? 正式に養子に入るのでは無く、成人まで後ろ盾と成り、養育する為に、仮初で家名を与えるって奴。 自身が身軽で居られる様にと、貴族と教会の狭間で動けるようにと…… 自身を規定する事まで、やりおおせているのですかッ! どこまで、頭が切れるんだよ、嬢ちゃんはッ!
” アレを人知れず護れる者は………… 済まぬが、お前くらいしか、思いつかぬ。 為人、能力、知識は聖堂教会の十八人委員会でも、反対する者は居らぬ。 それに、善き修道女エルには、側に『大人』が付くべきなのだ。 頼れる大人がな。 その為には、『貴族の世界』を良く知らぬ者では、役に立たぬ。 熟知したうえで、透徹した眼で見詰める事が出来る『人』が、あの子には必要なのだ。 それも生半可な者では、どうにも成らない。 アーガスよ。 お前しか居らぬのだ。 どうだ、頼まれて呉れまいか? ”
受けない訳にはいかなかった。 聖堂教会がどうの、キンバレー王国がどうの と云う話じゃない。 余りも…… 余りにも『重い使命』を授けられてしまった、幼い少女が不憫でならなかった。 神は、希求する者にしか、その役目を与えない。 しかし…… 此れでは……
―――― まるで、『贄』ではないかッ!
ここまで、口を開く事無く、黙って首を下げていた俺が、口を開くのは、たった一度切り。 飄々と軽い俺が、覚悟を決めた。
” 承りました。 その任、お受けいたします ”
大狸のジジイめ。 全てを知り尽くした上で、退路を閉じて袋小路に追い込みやがったよ…… 憮然とする俺に、とても良い笑顔で、” 頼んだぞ ” と、頷かれる教皇猊下。 まぁ、まさに、嵌められたと云う訳さ。
そうか…… もう、引き込まれて居るんだ、俺は。
―――― 考えは纏まった。
―――― § ――――
それから、何日もかけて、善き修道女エルの足跡の追跡に時間を費やした。 まぁ、元来、あまり表に出る様な方では無かったので、事前調査は直ぐに終わるが…… その行く先々での『事跡』は、やはりトンデモナイものだらけだったのには、面食らったよ。
リックには、まぁ…… お目付け役を引き受けた事を伝えて、アイツの秘蔵のワインをせしめたのが、収穫と云ったら、収穫でも有るんだが…… まぁ、裏の意味も判ってるんじゃねぇかな、異端審問官様なんだし……
それで、俺は件の修道士補の処遇が貴族達の思惑に委ねられた後、善き修道女エルと一緒にフェルデンが小聖堂に身を移す事になったんだ。 まぁ…… 保護者みたいな顔をして、護衛修道士の役割付きで、『小聖堂の守り人』の主幹って立場でな。
少なくとも、子供を矢面に立たせるべきじゃない。 それは、大人の役目だ。
ほら、未成年で特別な許可の元 第三位修道女に成っている嬢ちゃんを、これ以上の『御役目』を与えるべきでは無いって云う、思召しなんだよ、教皇猊下の。
小聖堂の格が、爆上がりした結果、普通なら正規の神官…… それも、司祭級の神職が付かなきゃならん様な場所に成っちまったんだ。 まぁ、それは、フェルデンにとっては朗報でもある。 なにせ、色々と曰く付きの小聖堂なんだしな。
嬢ちゃんが居てこその『格』なんだが、事情を知らねぇ奴等なんかは五万といる。 で、更に特別な許可を嬢ちゃんに与えたとしたら…… 女性で、未成年で、第三位の修道女の職位が『司祭』?
あぁ、嬢ちゃんが『神聖なる、善き修道女』って知っている者なら、納得もするが、聖堂教会内でも秘匿事項として扱われていて、知っているのは教皇猊下を含む幾人かの枢機卿と神秘院、薬師院の別當だけなんだ。 事実を開陳してしまえば、嬢ちゃんの自由は完全に失われる。
それは、神様と精霊様方の『御意思』に、反するってんで、それはそれは、厳重に秘匿されているんだ。
つまりは、聖堂教会内でも嬢ちゃんの聖職位の下賜は、認められない。 いや、やっちゃいけない事と認識されて居るんだ。 聖櫃経由で、オクスタンス様と、教皇猊下が意見の交換をされて、そう決まったとも云える。
――― 慈愛深い方だからなぁ、あの方は。
まぁ、そう云う訳で、一応、俺がフェルデン王都別邸 『小聖堂の守り人』と云うことに成るらしい。 嬢ちゃんは、その補佐と成るんだ。 まぁ、祭祀関連に強い、背中に苔の生えた修道士だからな。 正規の王領内各管区の教会やら聖堂からしてみれば、貴族家の中にある祈祷所あがりの『小聖堂』は、余り重要視されない。 言ってみれば下に見られるんだ。
だから、別に俺が単なる『修道士』でも、『小聖堂の守り人』に任命された所で、誰からも『恨み』を買う事は無いって事だ。 格は爆上がりしているのに、未だ、フェルデン別邸小聖堂と呼称されるのは、その為でもある……
あのジジイ…… そこまで見越して、俺にこの役を押し付けやがったか…… まぁいい。 あの立場が不安定な嬢ちゃんの役に立てるんならな。
あの子の立つ場所は、危うい。
――― 本当に、危うい。
嬢ちゃん自身の行動もそうだが、その周囲に漂う様々な思惑もまた、嬢ちゃんの未来に暗闇を置く可能性は捨てきれない。 何時、囲い込まれるか、何時、暗殺されるか、いつ王侯に目を付けられ、その身を縛る様な事を言われるか…… いや、ほんと、マジで。
フェルデン別邸に、必要以上に豪華な一行で向かったのは、理由が有る。
そう、聖堂教会からの示威行為だ。 下手な真似すると、聖堂教会の重鎮たちが暴走するぞって事で。 嬢ちゃんは嫌がっては居たけどな。 まぁ、それは、大人の事情だから、諦めてくれ。
嬢ちゃんの存在自体が、相当に危険な所迄きているんだ。 用心に越した事はない。
でだ……
なんだ、ココは。 フェルデンの別邸に到着したら、『化け物』達が、待ち受けていたんだ。 フェルデン側には、俺がくっ付いて行く事は了解済み。 当主自ら、了承の意思を示した手紙を聖堂教会に差し出している。 まぁ、そこは良い。
豪華な一行が、小聖堂のプロムナードに入って、正玄関先に到着すると同時に、正玄関に居並んだ使用人達が、深々と頭を下げている。
……マジか。 あれ、鉄血宰相の懐刀だった…… アルタール = バララント = ファス = バン=フォーデン上級伯じゃねぇか。 その後ろに立っているのって…… オイオイオイ…… 宮廷女狐共の総取締だった…… 元後宮上級女官庁、総女官長 グロリア = ミランダ = エステファン子爵
ってか!
なんだ、ココは。 かつてのキンバレー王国の王宮か? 二の句も告げず、バン=フォーデン執事長の後を歩き、引き込まれたのは、別邸執務室。 そこで対面するのは、フェルデンが当主、及び、宰相府事務次官。 マジかぁ~~~
一応、対等に口を利く許可は取ってある。 護衛修道士の名は、王侯貴族に対しても、結構使える。 軽口やら、揶揄やらひっくるめて、不敬には問わないと言質は取ってある。
まぁ、色々と…… 遣り取りは有った。
嬢ちゃんに対し、フェルデン卿は、この本棟に居る限り、伯父と姪として対応する事を求め、嬢ちゃんは了承した。 「養育子」としては、それは正解。 そして、フェルデン卿はそれを喜んでいるようにも見えた。 実際、喜んでいるんだよ、この御仁は。
でもまぁ、フェルデン卿は、嬢ちゃんの事情もよく呑み込んでいてな。 その上、教皇猊下や廃大聖女様の御意思も、ちゃんと尊重している。 更に言えば、貴族的な考えを放棄して、『嬢ちゃん自身の倖せ』について、考えても居られるようだ。
まぁ、何にせよ、対貴族と考えれば、分厚い防御壁には成りそうだ。 …………この事務次官は油断がならんがな。
まぁ、一つ貸しでも作っておくかと、例の法衣子爵家の取り込み方、忠誠の得方、それでもって、誰もそれ程 ” 懐 ” が痛まない方策を『ご教授』した。 鼻白んでは居られたが、それは想定内。 色々と腹の探り合いをした結果、まぁ、フェルデン卿とは、一応の『紳士協定』は結べたこととしよう。
その後、嬢ちゃんは本棟の御部屋に。 俺は、小聖堂に向かう。
まぁ、あんまり期待して無かったんだよ、最初は。 小聖堂だぜ? それも、祈祷所に毛が生えた程の。 そう云う話だった。 裏庭に有る小聖堂への小道を辿るにつれ、俺の認識が甘かった事が判明してくる。
―――― なんだ、コレ?
その辺の管区の聖堂よりも立派じゃねえかッ! さらに調剤室も付随する上、寝泊りできる場所さえ完備。 いや、一通り生活できるくらいに調えられているんだよ。 流石に沐浴は出来なさそうだが、潔斎に使用可能な水回りも完備。 いや、リックの奴、どこまで此処の整備に力を入れたんだよ?
あぁ、あの嬢ちゃんが快適に棲む為にか……
納得できるョ…… 出来てしまう。 神官たらんとしている善き修道女だもんな、嬢ちゃんは。 なら、それが可能なように、整えるのも『見守る愛』って奴か。 リック、頑張ったんだなぁ~
ふと視線を巡らすと、重結界が巡らされている、別邸の塀の一部に通用門が打通して、聖堂騎士達の詰所が有りやがる…… 見知った顔の『聖堂騎士』が、深々と胸に手を当て首を下げてきやがったから、こっちも深々と頭を下げて答礼しておく。
社交辞令だが、交わす礼法の意味は……
” お互い、とんでもなく大変な場所に派遣されましたなぁ ”
” 全くですなぁ~ まぁ、気張っていきましょうや ”
なんて、お互いを慰め合う様な不格好なモノとなってしまったよ。 偽らざる心境の吐露って訳さ。 見守るのも、一つの愛情の形だからな。 いや、嬢ちゃん、愛されておるね。
――――
結局、あのボケナスの処遇が決まるまで、嬢ちゃんは学習院には登院しない事になった。 そうだよ、警備上の理由だよ。 ボケナス擁護のお馬鹿さんが居るらしい。 その上、どっかから、嬢ちゃんがこの件に絡んでいると、漏れたらしい……
あれだけ、盛大にヤラカシたんだ、完全な緘口令と封殺は、いかなリックでも出来んかったか。 嬢ちゃんはこれ幸いに、連日小聖堂でのお勤めに、嬉々として従事していたな。 まぁ、そうなる事は知っては居たけどなぁ……
――――
「アーガス様。 小聖堂にて『豊穣祭』を勤めましょう。 少々…… 早いですが、祭壇の準備は終えております。 後は供物ですが、この間の件で全て失ってしまいました。 リックデシオン司祭様には、許可を得ております。 アーガス様が同道して下されば托鉢も。 良いでしょうか?」
「…………ダメと云っても、聴かぬでしょう? ならば、私の目の届く範囲で行動して頂きたく」
「あら…… そんなに、信用されておりませんの?」
「有体に言えば。 街に出て、万が一、死にかけている幼子を見つけようものなら、きっと突撃して、盛大に権能を御振るいになるに違いありませんしな。 そうなる前に、此方で処置を……」
「処置?」
「ええ、薬師院、治療所に手配を」
「あぁ、それは良い事。 では、街のそぞろ歩きも?」
「あ”ぁ~ 調子に乗ってはいけませんな」
「ゴメンナサイ……」
幼子らしい、無邪気な笑みを浮かべ、悪戯に失敗したような顔を俺に向けて来るんだよ、この嬢ちゃんは。 これが、廃大聖女オクスタンス様も、成し得なかった事柄を成した者…… なんだよなぁ~~ あぁ、感覚が狂う。 物の認識が歪む。 修道士としての常識が散歩を始める…… そんなこんなを経て……
―――― 『豊穣祭』は、恙なく開催された。
托鉢も、問題無く終わり、十分な供物が手に入った。 俺が一緒に同行する事によって、嬢ちゃん一人の時よりも、多く喜捨が集まった事に、大層…… 喜んでもらえた。 くそ強面の俺が、一緒だったんだ。 そりゃそうなるよ。
嬢ちゃんは、『豊穣祭』に二人の招待客を呼んだと、俺に伝えて来た。 なんでも、” 別邸本棟に逗留中の外国の方 ” との事だった。 まぁ、外国人なら、教会の祭祀である『豊穣祭』なんか、見た事無いだろうし、良いんじゃねぇか?
物珍しいだろうし、興味があるんなら、見せても問題は無いだろうしな。 まぁ、秘匿されてはいるが、嬢ちゃんが主祭だから、とんでもねぇ事になるのは、判り切っている。 それでも、この場所は、外界から隔離されている場所。 聖堂教会も『お目こぼし』を、してくれるだろう。
祭祀自体の事すら知らないだろう外国人ならば、ちょっと吃驚するくらいか……
などと、考えて居た時間もあったな。
登場したのが二組の外国人。 それぞれに、従者を伴って小聖堂に遣って来た。 俺の眉は、久方ぶりに顰められた。 う~ん、こいつ等…… 問題が有るよな。 さして、重要人物でないような顔をしているが、その実、トンデモナイ奴らなのは、一目見て理解できた。 交わす言葉の端々から、嬢ちゃんと友誼を結んでいるらしい事もな。 いや、いかんでしょ。 マジで……
―――― 一人は、蓬莱人。
見るからに高貴な漢だと、その装いが物語る。 蓬莱の公家が、祭祀に際し着用する『衣冠束帯』を身に着け、手には長大な長弓。 腰は反り返った大太刀。 背には黒塗りの矢筒。 まぁ、なんだ。 武官も武官。 公家の武官そのままの姿。
隙も無いその漢の顔に見覚えがある。 いや、伝聞だから、聞き覚えか。 厳つい大きな身体。 恫喝するような面構え。 束帯の地模様から、『権ノ輔=代継家』の者だと、読み取る。 あの家は文官であり、皇家の予備とも云える家柄。 その中で武官と云えば……
” ……征夷大将軍 ……に成り損ねた、伊右衛門 = 二種 = 権ノ輔= 代継。 ……『 暴乱の赤鬼 』 だと?!?! ”
口の中で呟いたにも拘わらず、赤鬼の視線が俺に向く。 その瞳には、暗く揺らぐ『黒い炎』…… 俺を見定める様に…… ジッと見詰めてきやがった。 まるで、嬢ちゃんを害するつもり有れば、この場で叩き斬る と、云わんばかりに。
いや、なんてモンと友誼を結んでるの? どういう、選定基準なの? 嬢ちゃん、なんで、そんな満面の笑みなの?
「凛々しい御姿ですね、シロツグ卿」
「いや、エルディ殿。 『新嘗祭』と、同等の祭祀だと御聞きしました上は、相応の装いは必要な事。 さて、この場をより清浄なるものとせねば成りますまいな。 新嘗の祭と同様に鳴弦にて、邪を払いましょう」
そう云うと、聖堂の聖壇の前にて、手に持った長弓を満月に絞り…… 放つ。
ビッ ビッ ビッ
それを合図に、小聖堂の周囲に散った、四名の従者…… 巫女装束の女官が四人…… 同じように長弓を絞り…… 放つ。
ビッ ビッ ビッ
元々、神聖な空間。 清々しい空気で満たされていた場所。 それを上回る鮮烈な『精霊が息吹』が降り注ぐ。 ……これが、噂に聞く『魔を滅し、神を導く』の 鳴弦なのか…… 蓬莱にも…… こんな術式が有るのか…… いや、まて…… この術式により召喚するのは…… 『戦』の精霊アスーラ様…… だと?!
まて、まて、まて!! 王都のど真ん中に、なんてモノを!!
嬢ちゃんが、聖杖を水平に掲げ、深く首を垂れている。 次元の扉が開き、『精霊の息吹』が顕現した事に、感謝の祈りを捧げている…… お、俺も呆けている場合じゃねぇ。 同じく、感謝を捧げ、心開き、受け入れなければッ!
なんてモノを呼びやがった、赤鬼めッ!! 悪鬼羅刹の類、浮遊する悪霊、邪悪な意思を持つ輩…… 真摯に神に祈り捧げぬ者達に鉄槌を下す、神の御手…… 祈らねば、真摯に祈らねばッ!! この息吹によって、『遠き時の接する処』まで、吹き飛ばされてしまうッ!!
…………
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我らの『感謝の祈り』に、ご満足いただけたのか、次元の扉が閉じる。
ふぅ…… なんとか…… 何とかなった。 蓬莱じゃねぇんだよ、ココはッ!! トンデモナイ精霊様を勧請するんじゃねぇ!! 表情を消して、元凶の方を見遣ると、満足気であり、壮絶とも云える笑みを浮かべるシロツグ卿に、俺はどんな対応をしていいか、判らなくなったぜ。 全く、この御仁はッ!
…………『豊穣祭』は恙なく執り行われ、嬢ちゃんが、精霊様方に豊穣を導いて下さった事を言祝ぎ、一層の加護を願われる。 対価は祈り。 今年の豊穣への感謝の聖句が紡がれる。 唄う様な聖句の連なり。 遠くから近くへ、重なり合う和音の調べ。 風に乗り、精霊様方奏でる『鐘の音』、『笛の音』、『琴の音』が複雑に、優雅に交差する。
やがて、荘厳なる大鐘の音が四度鳴り響き、天空に神界へ続く『扉』が姿を見せ、そして、開く。
聖壇に供えられた『供物』に、光が降り注ぎ、光の粒がキラキラと二重螺旋を引きながら天空に開いた門に吸い込まれて行く。
” 善き哉 真摯なる『豊穣が祈り』、しかと聞き届けた。 ”
御顕現の御言葉。 この耳で聞けるとは、思わなかった。 一層深く首を垂れ、真摯に一途に祈る。 この地に豊穣を導いて下さました事に感謝を奉じます。 祈りは…… 天に通じていた。
蓬莱人も、呆然とその様子を見詰めている。 こんな経験はまずできないからな。
とても、素晴らしい 『 豊穣祭 』の祭祀を勤められたと、そう胸を張りたい。 まぁ、後で聖堂教会からお叱りは有るだろうけどな。 何と云うモノを勧請したのかッ! ってな。 そんな事、今はどうだっていい。 嬢ちゃん…… いや、神聖聖女エルデ様の元で祭祀を勤められる、この慶びと比べたら、神秘院のクソジジイの説教位、なんて事は無いね。
あぁ…… 神様、精霊様方。 この歳になって、本物に出逢わせて下さった事に、感謝を。 絶大な感謝を! 自身の全てを捧げ、感謝を奉じ奉ります。
さて、問題が一つ出てきた。 そうだよ、もう一集団の外国人達。 まさか、コイツが此処に逗留しているとは思わなかった。 いや、情報はあったんだ。 だが、完全に掴めていなかった。 それほど、韜晦するのが上手いんだ。 まぁ、実物を見たら、一発なんだがな。 その頭領に向かって歩を進める。
祭りは、皆で供物を食する段階だ。 なに、ちょっと抜けても問題は無い。 嬢ちゃん自ら腕を振るう、旨そうな粥を横目で見つつ、この厄介な男を小聖堂の影に連れ込む。
「フェルデン別邸に居たか、渡り鴉は。 それで、お前は何を画策しているのだ?」
「…………で、殿下」
「その呼称を用いるべきでは無いな。 特に祖国の外では。 それに、お前達が望んで放り出したのであろう、祖国から、この私を」
「…………い、いえ、し、しかし……」
「今は一介の修道士。 其処を外すな。 良いな。 でだ。 何をしているのかと聞いている。 万が一、善き修道女エルに、ちょっかいを掛けようと考えているならば…… 私も考えねば成らんよ。 …………かつての名に於いて、渡り鴉に命じる。 手を出すな」
「そ、それはッ! で、殿下…………」
小聖堂の影に連れ込んだ厄介な男に、特大の釘を刺した。 いや、脅した。
あのな、今、俺はとても気分が良いのだ。
だから、水を差すなよ?
お願いだから、俺の気分を最悪なモノにしないでくれ。
冷たく…… 冷酷に…… 冷徹に…… バリュート共和王国 グウェン=バン=フュー 商務官補と名乗る、バリュート革命軍 諜報参謀長に対し、別の衣を着た、曾ての私の様に尊大に見下ろす。 此奴らの遣り口は熟知している。 あの時は、思う所有り、お前達の策謀に乗っかってやったんだ。
気に入らなければ、ひっくり返す事も出来た。
それをしなかったのは、何故だと思う? 諜報参謀長。 そうだ。 民の苦しみを見過ごせなかったからだ。 お前達が国を担えると、そう宣したのだ。 腐り果てた祖国を立て直すのだと。 そして、出来るだけ流血沙汰を避ける手筈を気に入ったからだ。 少なくとも、庶民の命は取らぬと、そう云ったからな。
まぁ、親兄弟姉妹は見せしめの為に、虹の橋を渡ったがな。 そうなっても仕方無いような奴等だったし、そこは眼を瞑ろう。 それが無ければ、革命軍などと云うモノは、存在すらしないからな。 俺は、神輿に乗る愚は犯さない。 アイツ等が望むままに祖国を脱出した。 だから……
今は、何の権能も持たぬ、可哀想な『 甥 』が居るばかり。
しかしな、その牙を剥けては成らない者がいるのだよ。 狙うな。 視界に入れるな。 よしんば、視界に入れて、手を出そうなどと考えたら……
――――― 今度は、俺が牙を剥き、爪を立てるからな。
言外の言葉を、グウェン=バン=フュー商務官補は、良く理解してくれたようだ。 未だに、曾ての俺を待ち望んでいる者達が居た事を思い出してくれて、……ありがとう。
恐れているからな、お前達は。 そして、そいつらの重要性を知っているからこそ、国というモノを成立させる為には、粛清も出来ぬからな。 その為の密約でも有ったんだ。 糾合し、対立せず、祖国を出て、俺は一切に於いて、革命には関わらない事を条件に、心ある者達を暴虐から遠ざけたんだ。
だから、俺が伝えれば…… お前らが悪さをしていると、伝えれば…… バリュート共和王国の闇に潜む牙は血濡れ、爪は引き裂くよ。 どんなに、警戒しても、どんなに、固めようと、どうにも成らない。 今度は、国を亡ぼす事になるな。 あぁ、なるよ。 そして、そいつらは、俺を首魁に据える。
” 鵺は夜に鳴き、戦火の炎に身を投じ、不死鳥と成って蘇る ”
そんな、御伽噺が有ったよな。 アレは暗喩だ。 俺が暴虐から遠ざけた者達が、ばら撒いている、暗喩だ。 ……そんなモノには成りたくは無い。 鵺は、鵺のままでいいんだよ。 ならば、判っているな。 俺の意思を具現化せよ。 さもなくば、我が祖国は炎に焼け落ちるぞ。
―― お前が陰謀術策の渡り鴉と云われるように、
俺は夜の闇に棲む 『鵺』 なのだから。
それにしても、あの赤鬼も、どうやら、嬢ちゃんに対して、並々ならぬ程の守護を誓ったようだな。 何を思ってそんなことに成ったかは、しらんよ。 またいつか、聴けることもあるだろうし、今は、それでいい。 嬢ちゃんを害するつもりが無く、護ってくれるのであれば、文句は無い。
魑魅魍魎の跋扈するキンバレー王国の王都に於いて…… フェルデン別邸は、神聖聖女の御座所として、この上なく好ましい場所となったのは、間違いない。 これ程までに堅固に護られている場所は、王国広しと云えど、二つは無い。
鉄血宰相の懐刀。
宮廷女狐共の総取締。
冷酷宰相であり、伯父。
氷の事務次官。
聖典の守護者 異端審問官とその手下。
暴乱の赤鬼 と、その『耳』と『目』と『手』と『口』。
バリュート共和王国の渡り鴉と鴉達。
慈愛と安らぎを与える教皇猊下……
そして、俺。
夜の闇に棲む 『 鵺』
王都の中だけでも、中々の陣容じゃないか。 こりゃ、面白くなって来たな。 この陣容ならば、権謀術策は御手のもの。 暴力を以て、嬢ちゃんを害そうとすれば赤鬼が黙っちゃいない。 悪い噂を建てようものなら、それを覆す噂が蹂躙する。 王国の社交界の遣り口は熟知している。 キンバレーの王族が牙を剥かば、『黒き翼』が『白き聖女』を救い攫う。
教皇猊下、人生も終わりに近づいた期に、楽しい時間を下さいましたな……
――――――――― 感謝申し上げます。
閑話とは思えない長文、誠に申し訳なく。 一気に綴ったアーガス修道士の『立ち位置』と、善き修道女エルの『護られっぷり』。 ご堪能して戴いける事を祈らずにはいられません。