閑話 侯爵夫人の矜持
―――王都、フェルデン本邸。
バルコニーに設えられた茶席に、一人の貴族夫人が静かに座っていた。 物憂げに…… よく手入れされた裏庭を見詰めながら、フェルデン侯爵夫人は、手も付けず冷めつつあるカップを前に、思考の深淵に落ち込んでいた。
” 何故、自分は…… 見えなかったのか ”
その思いが、彼女の視界を昏くする。 そして…… 思考の暗闇の中で…… もがき続けるしか無かった。 己の矜持と貴族の常識が、悔恨に変わるとは思ってもいなかった。 先日行われた、息子が主宰した晩餐会。 あの日、あの時、あの場所での事が……
侯爵夫人の物憂げな表情の原因。 貴族女性としては、些か、表に出過ぎた悔恨の表情は、取りも直さず、心を苛み続けていた過日の事柄に対しての、悔恨から来るモノだった。
―――― § ――――
フェルデン侯爵家。 キンバレー王国でも特に貴ばれる名家。 侯爵家としての序列は第一位。 当然のことながら、その夫人もまた社交界で、一目を置かれる存在であった。 彼女の一挙手一投足は、他の貴族家の淑女達にとって、重大な意味を持つに至っている。
” 栄耀栄華思うがまま ”
と、社交界では噂されるフェルデン侯爵家。 しかし、内情はそうでは無い。 フェルデン侯爵家がキンバレー王国の『宰相』の職位を代々受け継ぐ家系。 ならば、『公平、公正』を旨にせねば、到底国の舵取りなど出来はしない。 家政、財政の健全さは云うに及ばず、家門、連枝、寄子家の支配を完璧に行わなければ、何処で足を掬われるか判ったモノでは無い。
その上、主人たるフェルデン侯爵は、宰相としてキンバレー王国に、その身を捧げている。 よって、夫人が侯爵の代理としての役割であるのも又、『必然』。 つまり、彼女自身も又、当主である夫と共に、全てを束ね無ければならない立場にもあった。
――― その重責は、彼女に重くのしかかる。
厳密な身分制度を敷くキンバレー王国。 国王 ゴッラード=ベルフィーニ=アントン=エバンシル=キンバレー陛下を頂点に、彼の尊き方が任命されし貴族により、国家は運営されている。 幾多ある貴族の派閥を纏め、キンバレー王国の未来に光を導くために、フェルデン宰相家は存在している。
――― その重責は、誰もが知る処。
当主であるフェルデン侯爵は元より、その家人である妻 フランソワ=アレス=デル=フェルデン侯爵夫人もまた、深く認識していた。 自身の生んだ二人の子供に対しても、宰相家の『在り方』を、教育していた。
序列一位の侯爵家に嫁ぐ彼女の生家は、序列五位の侯爵家。 婚約が決した時には、『覚悟』もあった。 貴族の令嬢、それも 『高位貴族』たる、自身の出自に強く誇りも感じていた。 教育を受け、淑女として十分以上の評価も受けていたが故の…… 驕りが有ったのかもしれない。
誇り高い彼女の心は、序列一位にして宰相家たるフェルデン侯爵家の家風によって『一撃』を受けていた。
貴族の婚姻に『愛』だの『恋』だのという、湿った感情はあまりない。そこには義務と矜持が色濃く塗りこまれていたからだった。 ゆえに、『愛情』が発生する余地はあまりないともいえる。 そこに有るのは『情』。 家族、眷属、一門に対する、義務感にも似た『情』が、存在するばかり。
覚悟の上での婚約ではあった。 しかし、フェルデンの家風は、それを軽く凌駕するモノでもあった。 宰相としてのフェルデン卿は、万人に評価されるべき人柄でもある。 『公正無私』にして、『苛烈』と。
取りも直さず、家庭人としての側面から見れば『最悪』とも云える。
当主である、夫ウィル=トルナド=デ=フェルデン侯爵の為人は、歴代の宰相たる錚々なる顔触れのフェルデン家当主達と比べても、『 苛烈 』であり 『 厳格 』でもあった。 それ故に、実子に対しても常に『公平・公正』を求めるに至り、親子の情を育む隙間が著しく少ないと、そう夫人は感じても居た。
だから……
彼女は息子や娘に対し、『愛情』を深く注ぎ、父から与えられる『愛情』が不足している ” 我が子二人 ” に対し、その『愛情』を示す事は、大切な事だとそう思っていた。 『貴族の矜持』を護る為には、自身を愛してくれる人が居なくては、『非情の決断』など出来はしない。
幼子達の『行動』や『考え』を、『肯定』し、心を守ってやらねば、『人』として壊れてしまう。 フェルデン侯爵夫人と、フェルデン卿は、いわば『飴』と『鞭』の関係性…… そう侯爵夫人は認識すらしていた。 そして、それは今まで十全に機能していた。 息子は父親に対し、尊崇の念を抱き、娘は母親に対し全幅の信頼を置いていた。 そう……、あの日までは。
『 厳格な当主 』
『 包み込むような愛情を与える夫人 』
王都フェルデン本邸に於いて、フェルデン侯爵家の兄妹は、それはそれは、大切に育てられており、『黄金の揺り籠』の中に居たと云っても差し支えない。
が、そこに陥穽があった。
――― あの日の出来事は、痛恨の極み。
夫が夫の妹の忘れ形見をフェルデン侯爵家に受け入れた。 教会と王侯貴族の間の溝を埋めるために必要な事であるとの説明は受けた。 しかし、その娘は男爵家の教育しか受けていない。 十全に淑女となる教育を受けていた形跡も無い。 夫の妹と云う事も有り、嫁ぎ先の男爵家の情報はそれなりに収集もしていた。
それ故、その幼子を、諸手を上げてフェルデン侯爵家に受け入れる事は出来はしないと、そう考えていた。 家格が天と地ほども違う。 さらに、その娘は訳アリの貴族子弟を保護するアルタマイト教会に保護されていたとも云う。
貴族とは言えぬその身。 貴族としての『知識』も『知恵』も、『矜持』すらも何もかも不足している娘を、序列一位の侯爵家の娘として遇せるか? その問いに対し夫人は『否』と答えを出していた。 それも又、貴族の在り方であると、そう自負もしていた。
息子が初めて任された『晩餐会』。 主人たるフェルデン侯爵より、全てを差配する事を命じられた。 出席者は近親者と家門の重臣達。 フェルデンを支える、連枝の主だった者達。 ここで、完璧に晩餐会を開催する事で、フェルデンが継嗣として、家門一同に対し表明する場でもあった…… と、考えてしまった。
実際の所は別にあったのに……
その旨も又、貴族らしい文言で、息子に伝えられていたと云うのに…… 主人の命は直接聞かなかった。 聴いてはいけなかった。 何故なら、息子に対しての、試金石と成るモノでも有ったから。 よって、晩餐会の全ては、息子が取り仕切った。
そう、彼に侍る者達を手足に使い、自身の面目を立てる、素晴らしい機会でもあったのだ。 夫人は一人考える。 もし、夫から晩餐会の本来の主賓の事を聴いていたとしたら…… と。 その上で、またもや思考の深淵に飲み込まれる。
夫が主賓にと定めていたのは、夫の実妹の忘れ形見。
あの、聖堂教会から特別の配慮をもって、フェルデン別邸に遣って来た娘。 所詮は男爵家の令嬢と…… 侮っていた。 そもそもの話、あの晩餐会に於いて、男爵家の者は招待すらされない。 伯爵家以上の家格の者達ばかりだった。 その中に、例え侯爵家の『 養育子 』とはいえ、家格が下の者が交流を持つなどと云う事は、貴族的常識に於いても容認できなかった。
あの日の後、様々な事柄決し其々に相応の対処が求められた。 忸怩たる思いを胸に、言い渡された者達も、既に日常に復帰している。 しかし、夫たるフェルデン侯爵に様々な情報を聞かされた後も侯爵夫人は『猜疑心』と共に、あの娘に関しての情報を集めていた。
貴族学習院から流れて来るあの娘に関する噂話も、学習院に通う娘から聞き及んでいる。 フェルデン侯爵家の威光を以て、特別に中途入院した下級貴族の娘。 なにも成さず、なにも語らず、貴族らしい社交には一切顔を出さず、貴族学習院の小聖堂と文書館を訪れる毎日だと。 娘とも交流を持たず、ただ、ただ、一人きりで。
――― 交流が有ったと確認できたのは、下々の者達だけ。
所詮、庶民並みの者なれば、そうだろうと、思いもした。 それでは、学習院に通う意味など無い。 あの場所は、貴族の社交を目的とする場所。 教えを受ける為には、自ら動かなければならない場所。 それなのに、自ら動く事も無く、ただ神に祈り、書籍に知恵を求めるのは 『貴族の在り方』としては、絶対に認められない行いだった。
時期も悪い。 リッチェル侯爵家の御令嬢に対し、聖堂教会の枢機卿を含む神官達が不敬を働いた。 それを以て、リッチェル卿は激怒し、教会との間に深い溝ができたのだ。 夫は…… 何故、そんな時に教会の息の掛かった娘をフェルデンに迎え入れたのか。 夫からの話を聴くまでは、その真意すら判らなかった。
” 決まった時、聴けばよかったのよ…… その手間を惜しみ、周囲の雑音に惑わされたのが…… 全ての原因なのね。 コレはわたくしの罪。 あぁ…… あの子になんと謝罪すべきなの…… 導き手が予断のみで、現実を見ないでどうするのよ…… ほんとに…… 馬鹿な私…… ”
しかし、主人からの叱責と、説明を受けた後…… 彼女は心から悔いた。 あの日、あの時、あの晩餐会で、あの娘を貴族では無いモノとして遇した自分に、悔恨の念を覚える。 あの夜の事は、今でも心に重くのしかかる。 それ故に、素直には認める事が出来ぬままに日々を過ごしてしまった。
主人の右腕というべき、フェルディン卿が血相を変えて談話室に駆け込み、そこにいた者達へ強い非難と冷徹なまでの視線を向け、主人の命に何故従わなかったのかを問うた。 重臣達の目には動揺が浮かぶ。 そうなのだ、彼等は何も知らされていない。 知っているのは……
――― 継嗣ヴィルヘルム = エサイアス = ドゥ = フェルデン 従伯 のみ。
晩餐会の全ての差配を任されている事は、周知の事実。 実際、今回の晩餐会は彼の試金石とも云えるモノ。 さすれば、侯爵夫人たる自身の介助すら不要とされて居る。 そして、失態有れば即ち息子の失態と成るのだ。
冷たい視線のフェルディン卿がエサイアスに対し、酷薄な口調で言葉を紡ぐ。 その場に居たフェルデン家の重臣達も、当主が何を思いこの晩餐会を開いたかを理解した。 そして、その事を告げられていた息子に対し、冷たい視線を投げつけていた。
いや、お前達も同様では無かったか。 自身の行動を顧みない表情に夫人は憤りを感じる。 が、それもこれも、すべて我が息子の仕出かした事。 逍遥と首を垂れるしか方策は無い。
「従伯。 君にこの晩餐会の差配を任せた事は、フェルデン卿の想いでもあるのだ。 フェルデンに忠誠を誓う者達の前で、次期当主としてフェルデンが意思を見せつける時であった。 振り返って、貴殿の行動はどうだ。 世評に惑わされ、思い込みで行動する。 それがフェルデンの為すべき態度か? 周囲に侍る阿諛追従の輩共の言葉は、それ程貴殿の行動と思考を惑わせるのか。 ならば、方策は無い。 その身に受ける栄誉は、責務の重大さの上に立脚するものなのだ。 これでは、フェルデンが次代を託するに値しない。 研鑽は果てしなく、限りも無い事を心せよ。 失態を取り繕う事は出来ぬ。 すでにフェルデン卿には遣いを出した。 その身に於ける重大な『フェルデン当主』をしての、資格への疑義を晴らすのは、御身自身と心得られよ。
従伯の心を惑わせし者達に告ぐ。 生家に帰れ。 フェルデン本邸への出入りを禁ずる。二度と本邸に立ち入るな。
家門連枝の諸卿に告げる。 付和雷同と阿諛追従はフェルデンには不要。 その身を律する者のみが、フェルデンに仕える事が出来よう。 ならば、諸卿の為すべき事は何か。 当たり前すぎて、言葉も紡げぬが敢えて言う。 その身に受ける権能権益を国の為に使え。 懸命に、真摯に。 宰相家が矜持は伊達では無いのだ。 理解出来る者しか、付いてこなくても良い。 寄子を離れるも自由、連枝から離脱するのも勝手。 庇護などと云う『甘え』は、最初から与えていない。 それが、フェルデンの在り方でもあるのだ。 理解出来たら散会せよ。 沙汰は追って通達する」
フェルディン卿の言葉に心が寒くなる侯爵夫人。 息子に通達されて居た夫からの晩餐会の趣旨を、この時初めて知る。 晩餐会は散会し、息子は部屋に蟄居。 娘と一緒に、これからの事を思いつつも、主人の帰邸を待った。
――――
晩餐会の有った日の夜…… 自らの情報収集能力の欠如に心からの悔恨を抱く。 取り換え子が、妖精様により行われていたなどとは…… 初めて聞く事柄に、混乱に拍車が掛かる。 リッチェル卿がひた隠しにしていた事実を、夫から聴く。
夫から告げられた、あの娘の背景情報。 彼女が何処で生まれ、何処で育ち、何を学び、何を成したか。 遠くリッチェル領、領都アルタマイトでの彼女の軌跡は、想像を絶するものであった。
貴族家……
それも序列二位という貴顕の家柄であれば、『致命的な疵瑕』として、王都の社交界の笑いものとなってしまう。 誉れ高いリッチェル卿がそれに耐えられるはずもなく…… それが故に、殊更にリッチェルが娘ヒルデガルド嬢に対しての対応が有ると…… そう感じた。
打ちひしがれる夫人に対し、フェルデン侯爵は言葉を紡ぐ。 夫人が予想していた正反対の労わりの言葉の数々。 夫人はその事実に混乱を来した。
叱責が来る筈であると。 フェルデン侯爵家の当主ならば、継嗣の監督不行き届きとして、この身は『離縁』されても『然るべき』だと……
「アレス…… 君にも済まなく思う。 王国の秘事にして、国の運営に重大な危機を齎せるような、貴族間の均衡を揺るがす様な事実。 少しでも漏らせば、王城は大騒ぎになる。 よって、エルディの出自に関しては『秘匿』した。 エルディに関する誹謗中傷も、全てに関し眼を瞑り、事態を鎮静化させねば成らなかった。 それを易々と対処できるほどに、エルディは『貴族淑女』とは何たるかを『熟知』している。 アノ狸が、何よりも畏れるのは、家門家名を穢す瑕疵。 とてもヴェクセルバルクが発生していたなどと、口が裂けても言えまいて」
「……それが故の、ヒルデガルド嬢への優遇処置。 ……なのですね。」
「まぁな。 どの程度の思惑が働いているのかは知らぬし、関知しない。 しかし、影響力の大きい方だから、漏らす『感想』に過敏に反応する輩も多くいる。 そして、それを良しとする家風でもあるからな。 しかし、フェルデンは…… そう云う訳にはいかない。 公平公正を旨に、国王陛下の藩屏たるを矜持とし、この国に光を齎す事を『家命』としているのだから。 アレス…… 私は、家庭人としては落第だ。 もっと、家人と心を寄せていれば、このような事態にはならなかった。 そして、エサイアスも過ちを犯す事も無かった筈だ」
「それは…… わたくしの責でもありましょう。 あなたが厳しく接せられるのは、フェルデンとしても当然の事。 であれば、私の役目は息子たちの心を護る事とだと…… そう自認しておりました。 が、それも行き過ぎでは…… かえって道を誤らせてしまった」
「アレスは良くやっている。 フェルデンに嫁し、その身で重責を担っている。 わたしの妻として、君ほど相応しい者など居ない。 …………エサイアスの …………学習院での研鑽はやめた。 不必要と判断した。」
「えぇ? どういう事でしょうか? 貴族社会に於ける、交流の基盤となる場所では御座いませんか」
「エサイアスにとって、学習院での研鑽は害毒にこそなれ、有益な事は何も無い。 宰相家としては、これ以上の ” 馴れ合い ” は不要と断じたのだ。 朋という甘美な響きは、時として、自身の判断を大きく狂わせる。 そして、我が息子は存外に人の意思に引き摺られる。 フェルデンが継嗣としては、些か資質に欠けるとも云える程にな。 よって鍛え直さねば成らない」
「つまり…… 御領での研鑽をと思召しなのですか?」
「あぁ、あちらには、王領王都には無い厳しさがある。 いや、フェルデンが立脚する全てが有ると云ってもいい。 もし…… もし、それで潰れる様ならば、アレに宰相職は勤まらない。 勤めるべきではない。 エサイアスにとっても不幸と成る。 『心優しき』だけでは、魑魅魍魎の相手は勤まらない」
「今回の晩餐会は…… まさに試金石であったと」
「そうだな。 試金石。 甘やかな…… 本当に、他愛もない、事柄であったにもかかわらず、アレは完膚なきまでに失敗したのだよ、アレス。
問題なのは、エサイアスのエルディへの態度なのでは無いのだよ。 本質的に、” 上位の存在の宸襟を知り、そして、その実現に向けて全知全能を傾けて行動する。” それが、出来なかった。 誰を主と仰ぎ、その主に対し、どのような心構えが必要なのかを失念していた。 個の想いなど、どうでも良いのだ。 これは心の問題となる。 だから、エサイアスは『鍛え直し』となるのだ。
成人まで、あと二年と半年ある。 いや、” しか無い ” のか。 下地は出来上がっている。 あとは、『心の弱さ』を自覚し、己の道を歩む『強き心』を、養うだけ。
信念を持ち、上位者の宸襟を知り、善き事ならば邁進する、悪しき事ならばその身を持って箴言を紡ぐ。 それが、必要なのだよ、アレス。 これからは、私も手を差し伸べる。 今回の事で肝が冷えた。 家庭人として欠点だらけの私ではあるが、『善き導き手』としてエサイアスの手を引こう」
「旦那様が自らにございましょうか?」
「今まで、関わらなさ過ぎた。 宰相職に関しては、フェルディンが良く補佐をしてくれている。 エサイアスがモノに成らなければ、アレが次の宰相となるだろうな」
「…………まさしく」
「済まないと思う。 我妻、アレスとしては納得も行かぬであろう。 堪えてくれ。 今より後は、もっと言葉を交わそう。 片腕たる君がいなくては、フェルデンは体を成さない」
「勿体なく……」
隣で目を白黒させていた娘もまた…… フェルデン卿の言葉に深く頷き、これからを注視するとの言葉を受け入れた。 フェルデンが正娘として、何を成し、何を思い、何を考え、どう行動するか。 娘にもまた、重き責務が課せられた。
――――― § ―――――
あれから幾日も経った。 悔恨は胸を打ち、自身の驕慢さに『貴族の矜持』は酷く傷付いた。 物憂げに、手入れされた裏庭を眺めていたフェルデン侯爵夫人は、思考の深淵から浮かび上がる。 そして、一人の人物を呼ぶ。 彼女の傍らに立つフェルデン本邸の家政婦長である者に告げる。
「ぺルラ」
「はい、奥様。 此処に」
「この目で見、この耳で聴き、感じなくては正しい判断は下せないと思うの。 世評は世評。 事実は事実。 ならば、わたくしは、自ら見定めなくてはならないわ。 先触れを」
「別邸に…… で、御座いますか?」
「ええ。 あの娘。 フェルデンが名を背負う『養育子』が、どのような人物なのかを、自身の目で確かめねば成りません。 あの子の背負う、重大な責務を思うに…… 旦那様が、あの子をして『淑女の何たるか』を知ると仰っていた事も鑑み…… わたくしも又、動かねば成らぬでしょう。 だから…… 見極めます」
「承りました。 十全に、万事過不足なく」
「ありがとう」
夫人は立ち上がり、裾を捌いて邸内に戻る。 その瞳には、失いつつあった……
” 貴族の矜持 ”
が、蘇っていた。