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閑話 夕暮れ時の薬師院。 漢達の交わる思惑。

 

 夕暮れが近くなる王都。 


 王都聖堂教会に付属する薬師院でもそれは変わらない。 市井の喧噪も、夜の訪れと共に小さく弱くなり、一日の働きに応じた充足感と倦怠感が其処此処に浮かんでは消えている。 疲れたように足を引きずる者、家に愛する者が待っているのか、浮足立って歩く者。 そんな者達を分け隔てなく優しい橙色(オレンジ)に染め上げる陽光。 


 一日の終わりに近い、そんな時間。


 そんな秋の景色をその双眸に刻み込む様に、王都聖堂教会付属の薬師院の入口受付の近くに一人の漢が佇んで、見詰めていた。 漢は、『何か』を考えるようでも有り、ふとした面持ちは思慮深く、なにより表情は酷く昏い。 略式の法衣は、彼が高い役職に就く『神官』である事を示していた。 胸に有る徽章は『薬師』の徽章。 首に掛かるストラは、その最高位を示す紫紺のストラ。



 聖堂教会 薬師院別當、リックデシオン司祭であった。



 奥の院の近くに執務室を抱えているが、今はその場所にいる事さえ億劫に成っていた。 その理由は、酷く彼を悩ませても居る。 神官として祈りを捧げる者としては、あまり表沙汰にはしたくない職務を彼は負わされてたからだった。


 その現実が彼をして憂いを心に抱える理由でもある。 彼の《表の顔》は薬師筆頭であり、薬師院の『別當』でもある。 しかし、その他に彼の能力と見識ゆえに、法王猊下より下賜された特別な『職位』もあった。 その、『裏側の職務』に関しての報告が、幾つも幾つも入ってきており、遣り切れない思いを胸の内に抱え込んでしまっていたからだった。


 常設はされない、そんな役職。 《異端審問官》


 しかし、一旦事あらば、それこそ眠る暇もない程の忙しさが彼を襲う。 そして、今現在がその状態だった。 神官が犯す過ちを過不足なく検察する為の役職。 『配下』には、それこそ様々な経歴を持つ、表にはとても出せない者達が当たっている。 彼等もまた、神官であり、修道士であり、修道女でもあった。 


 心に闇を抱えつつも、神に帰順し、『祈り』の道に入った者達。 しかしながら、彼等の魂は既に穢され、純粋なる『祈り』を心に据える事が難しい者達ばかり。 そんな者達をして、道を誤った『神に仕えし者』について調べ上げる事を命じられている。 




 ” 且つて通った道ならば、それを阻止するのも容易い。 信仰を心に持ち、道を過った者達を導き、その導きが得られぬ程の『罪』を犯した者達には、神の鉄槌を『人』として与えよ ”




 教皇猊下が苦悶に満ちた表情で、臨時に召集される『異端審問官』達に述べられる情景を脳裏に浮かべる。  何とも心寒い情景なのだろうと、彼は思う。 そんな彼等を率いるのは、やはり心に闇を宿す自分しかいないのだろうとも、嘆息を一つ溢す。


 人の心を癒し、心に宿す闇を払い、真っ当なる人生を歩めるように教導するべく、様々な方策を考え実行するのが『神官』であると、そう認識している。 長い時を聖堂教会に置き、且つては大聖女オクスタンス様にも師事していた自分。 ” 罪深き者ならば、より一層の信仰を持つ者と成るだろう ” と、大聖女様に告げられた遠い昔、一生涯を教会に捧げる覚悟を決めた。


 薬師院での『製薬』も(しか)り、治癒院での『治療』も、貧窮院での倖薄き者達への『援助』もまた。 聖堂教会の規範でもある『聖典』の理解に研鑽したのも事実。 大聖女様より、その道を授けられたと、そう自認もしていた。 全ては『生きとし生ける者達』の安寧の為に。


 しかし、裏の顔である『異端審問官』には、その様な慈悲の心は無い。 必要が無いからだった。 聖典に綴られている聖句に、真実を見つけ、その真実に反する行いをした者達への断罪を司る者。 神の正義の代理人であり、裁定者であり、そして、『神の鉄槌』を振り下ろす『人』でも有ったからだ。


 王国の社会とは隔絶した教会内部で『検察』、『裁定者』、『執行者』を兼務している、絶対者でもある。 故に、常設では無い。 人がそのような権能を振るうのは、非常の時と定められている上、その人選は教皇猊下の専権事項。 その事を知る彼は、神では無い『人』である限界も、(おの)ずと理解もしている。 故に、その取り調べは公平に公正に厳格に冷徹に…… 



 ―――― 『罪なき者』を、『罪人』にしない為に。 



 問題の事象は三日前。 突然の『神威』に教会が混乱した。 王都のど真ん中で、申請も許可も無い、巨大な『精霊魔法陣』が出現した。 それ自体は、まだ隠蔽も出来よう。 しかし、その後の現象が隠蔽するには、事が大きすぎた。


 巨大な光柱が貴族街に建ち、周辺に『祝福』を齎した。 それも、非常に衰えつつある、大地の精霊の『祝福』。 濃密な精霊が息吹が、一陣の風を伴い四方に広がる様を、教会関係者は呆然と見詰めるしか無かった。 


 あれ程の術式を展開し、大地が大精霊を顕現せしむに至る術式を編むには、聖堂教会が神官総出でも、そうは叶う事は無い。 万が一、精霊様の怒りを買おうものならば、大地が『祝福』は、より減少し、王領内の農業は少なくとも不作に見舞われる事、間違いない。


 よって、教皇猊下により、その大精霊魔法陣を展開した不明なる人物に対し『異端審問』が即時決定され、リックデシオン司祭を長とした『検察』が実施されるに至る。 そして、彼がその『奇跡』の中心と成る場所。 ファンデンバーグ法衣子爵家に、多くの者達と一緒に辿り着いた時、自身の目の前に有る光景に、深い憂慮を見出した。




 ” 『神聖聖女』エルデ様は、何処にいても、油断がならない ”




 彼女の紡ぎ出した『奇跡』は、まさに『聖女が奇跡』。 僅か十五歳にして、聖堂教会の高位神官ですら叶わぬ『祈り』を顕現させる少女。 その扱いは特に配慮を求められる少女。 そんな彼女が、護衛も無く、フェルデン小聖堂から護衛一人も付けずに『托鉢(アルムス)に出た』と、彼女の護衛にと遣わしている聖堂騎士からの報告が有ったのも同日。


 そんな行方の知れない彼女が、ファンデンバーグ法衣子爵家の居間で、魔力枯渇で倒れていた。 ファンデンバーグ法衣子爵家に到着し、精霊様の残滓が色濃く残る中、昨今の貴族との間柄に於いては無茶(・・)な事を承知の上で邸内に侵入し、居間で見つけた時には、心臓が止まるかと思った。 


 周囲の情景に、随伴した『訳知り』の者達は『絶句』し、幼い少女に神聖を見た。 その後、如何にか撤収はした。 彼女が絡むのならば、そこに「異端」は無い。


 しかし、彼女は別の厄介事に巻き込まれる。


 聖堂教会 神秘院のジジィに目を付けられたと云う事。 彼女を一旦『神秘院』の聴聞(取り調べ)に回したが、その事も又、とんでもなく厄介な結末を迎える。


 あのジジィが改心したのだ。 教条主義で、聖句至上主義者の頑固者に、慈しみの心を植え付けたのだ。


 教皇猊下ですら手を焼く頑固者(神秘院別當)に対し、『祈りへの回帰』を願う少女に…… 神秘院の神官達は『神』を見た。 と、言わしめるに至る。 どう、報告書を作成すれば良いのか? そんな、非現実的、超常的事柄を、記録に残して良い物かどうか。


 その上、彼女は一人の『修道士補』の罪について、告発を行っていた。 それは、八つ当たりに近いかも知れない感情を引き起こした。


 報告書に記載出来ない事実の数々。

 その事実を引き起こした、『神に仕えし者』の罪。


 『憤怒』という、聖職者が囚われる事を厳しく戒められている感情を持つ事を、許して欲しいと、彼は神に祈るに至る。


 そんな者への『検察』は、既に三日も費やし、罪は次々と明らかにされて行く。 短時間の仮眠すら怪しいまでに精励した程。 配下の者達も、彼の鬼気迫る表情を見詰め、そして下すは精緻な捜査と証拠集め。 彼等の集める膨大な捜査資料が集まるのは彼の元。 特に夜の帳が下りる直前から、深夜に掛けてが『繁忙時』となる。




 ――― 息が詰まる職務に疲れを感じ、ほんの一時の息抜きにと、薬師院の玄関先まで歩を運んだのが現状だった。




 顎に手を遣りつつ、周囲を睥睨する姿は、普段の彼とは纏う雰囲気が全く違う。 さながら、前線に進駐し、全軍の動向を全て睥睨しつつ、最善の行動を考えられるだけ考える、軍最高作戦参謀長の様な表情と云えよう。


 進むも引くも、相当なる被害が予測される、そんな戦闘の真っ最中、無茶な将軍や国の命令をどうにか実現させる為に、獅子奮迅の働きを期待されている様なモノだと……


 ――― 彼は、そっと溜息を一つ落とす。


 事は、そう簡単な事では無いのだ。 《異端審問官》の職責とは違い、薬師院の別當としても同様の想いが募る。 現在の所は、まだ状況を抑え込めている。 厄介な『神秘院の爺様』が、折れてくれた。 いや、凹んでいたと云っても過言でも無い。 


 彼女には、その意識すら薄いのではないか。 ” 報告書を纏める、私の身にも成れ ”  そう心の中でボヤくも、彼女の愛らしくも美しい顔に浮かぶ、無垢なる表情を見ると何も言えなくなる。 二日前に「奥の院」に匿った その少女(・・・・)の事を思うと、自分が授けられた職責の重き事を改めて認識するに至る。 緩やかで暖かな夕刻の陽光の中、一人彼は思う。




 ――― 幼き彼女(神聖聖女エルデ)は、たった一人きりで、世界を救おうと云うのか。




 彼女の仕出かした事を考えると、空恐ろしい思いが胸中を締め上げる。 それ程までに、成した事の《事跡》が大きすぎた。


 彼女の仕出かした事を大々的に教会の名の下に発表すれば、それこそ、彼女は神聖視され『黄金の聖壇』の上に、祭り上げられるのは自明の理。 しかしながら、彼女の師である前大聖女様であるオクスタンス様も、そして何より、聖堂教会が至高の存在である教皇ライトランド猊下も、それを『是』とは、しなかった。 彼女の存在を隠蔽しようと、様々な術策を弄せられているのだ。


 振り返って、我が身を鑑みれば、尊き方々の御手先にしかならない。


 隠蔽せよと命じられたら、証左の一片たりとも残さず、隠蔽もしよう。 「異端審問官」の権能をもってすれば、それも容易い。 対象を抹殺する事さえ辞さない。 その抹殺の痕跡すらも残さず、何もかもを『闇の中に葬る事』は、自分の職責の一部だと考えても居た。


 しかし……


 『彼女を害する(彼女を永遠に送る)』事無く、その存在を『隠蔽』にせよと命じられている。 そんな事は、ほぼ不可能に近い。 彼女の歩む道には、必ず《神と精霊様方の恩寵》が示される。 その様な者を、どうやって秘匿できると云うのだ。


 あの娘は、神と精霊様方に愛された幼子なのだ。


 立ち居振る舞いから、その行動に至るまで、『加護』を与えられている様なモノ。 そして、何より彼女自身、聖女たる『精霊誓約』を結んでしまっている。 故に、神官である『神に仕えし者達』は、神の御意思(エルデの行動)には逆らえない。 行動に掣肘を加える事すら許されない。





 ―――― つまり、いつかはヤラカス(・・・・)のだ。




 隠蔽するには大きすぎる事跡を、無理のない理由を付けつつ、彼女以外にその根源たるを求め、記録し、そして、封印する為に。 彼女の成した、様々な『奇跡』について、知る者に対し緘口令を敷き、一般庶民に対しては、神秘院の所業とする事を…… アノ爺ぃ(神秘院別當)に承諾を取った。 




 ” しかし、『神降ろし』とは、恐れ入った。 そんなモノまで、神聖聖女の権能の一つだったとは…… これは、誰か、後見としてフェルデン侯爵家小聖堂に入らねばな。 私では与えられている『神職』がアレだから無理だが……

 誰ぞ、” その筋 ” の見識を持った、有能な者が同道せねば、これからもっと危うくなる。 エルの道行の先が、昏く閉ざされてしまう事になるのだが……  そんな事は…… させぬよ。 皆が必死でそうならぬ様にと、想っているでな。 はてさて、エルの結んだ『精霊誓約』とは、エルの身を想う者達からすれば、彼女の害悪ともなるだろうな。 ……『神秘院』辺りは、本気で囲い込みに来そうな気がするが…… ”




 (かんばせ)を夕刻時の日の光に染め上げながら、深刻な事態に未だに陥っていないのは、本当に神の御加護だと、そう嘆息せずにはいられなかった。 当面の問題として、修道女エルを野放しにしておくことは、とても危険であると、そう教会上層部の意見は一致している。


 教皇猊下も彼女の自由意志の尊重と云う、厳守事項はそのままではあるが、彼女の行動(神の意思の具現化)を、穏やかな方法にする為の方策を練らねば成らないと認識された。 あちこちで、ポンポンと『神の奇跡』を行使されては、護るものも護れないと、結論付けされている。


 そして、その人選に於いては、教皇猊下が御宣下に依るものと、王都に在している複数人の十八人委員会の枢機卿様方の総意でもあった。 事、『神聖聖女』に関する事は、教皇猊下に裁定して頂かねば、それこそ聖堂教会が割れる。 彼女を旗頭に、何かを画策する輩が居ない事に……


 ―――― 神に感謝した。


 もし、貴族派の枢機卿や、その配下が今、聖堂教会に残っておれば、どのような混乱に陥っていたか、判ったモノでは無い。 それこそ、彼女を至高と据え、教皇猊下に対立するやもしれない。 そして、幼い彼女を傀儡として、教会のあるべき姿を歪め……


 神と精霊様方から、聖堂教会は見放される事と成っていたかもしれない。 そして、その考察は、限りなく実現しそうな未来しか考えられなかった。 不逞の輩共の排除が完了している現在を、複雑な心境と共に、飲み込むしか無かった。






   ―――― § ――――






 ゆっくりと夜の帳が下りて来る。


 天空は赤みが減り、青から濃紺へ そして黒へと移り変わる。 星々の中でひときわ明るく輝くモノが、大空にその光を見せ始めてもいた。 急激に気温が落ち、穀物の香が内包される風が冷たくなる。 家路に向かう人々の脚も、早くなる。


 そんな中、リックデシオン司祭の姿を見つけた、一人の修道士がにこやかな笑顔を壮年の渋い(かんばせ)に浮かべ、ゆったりと歩き近寄って来た。 堂々とした体躯。 銀髪を流した総髪。 神官の衣では無く、修道士が装い。 腰に下げる聖鎚矛(メイス)は、リックデシオン司祭のモノよりも長く力強い。 武闘派の修道士が常用しているモノと遜色は無い。


 が、リックデシオン司祭は彼に気が付くと、先程迄の厳し気な表情が崩れ、自然と笑みが零れる。 出自の知れない、その修道士とは幾度となく『聖典』の解釈について強烈な『議論』を交わした事も有る。 それ故に、彼が全てにおいて『善性』であると、そう看破もしている。 故に、荒んだ心に、彼の登場は安らぎを覚えさせたのだった。




「リック!」


「あぁ、アーガスか。 どうした、修道院から出るとは珍しい」





 普段ならば、修道院に在し、『聖典』が研鑽に勤しみ、聖堂での『祈り』に邁進している筈のアーガス修道士が、夕暮れ時とはいえ、外を出歩くとは本当に珍しいとリックデシオン司祭は感じている。 アーガス修道士の専門は、『祭祀』。


 神と人を結ぶ儀式でもある。 その外見とは違い、彼の『お勤め』は修道院内での祭祀でもあった。 よって、幾多の祭祀に関しての知識は広く深い。 その体躯故に、戦闘修道士(バトルクレリック)と思われがちだが、実際の所は護衛修道士(モンク)なのだ。


 勿論、そちらの方面でも、有能なのは間違いは無い。 しかし、リックデシオン司祭の中では、彼こそが一級品の『神官』である事に変わりは無かった。




「いや、まぁ、新しい『御役目』を、教皇猊下から戴いた」


「ほう、教皇猊下にか? アーガスに『命令』を下せる方は、彼の尊き方以外には居らぬが…… それで、何故に、私に?」


「いや、ほら、お前さんの『お気に入り(・・・・・)』の護衛(・・)を仰せつかったのだよ」


「な、何ッ!!」


「ほら、彼女…… まだ、幼いだろ? 世間を知らない可能性もあるんだ。 いや、能力は知っているよ。 考課票も見せて貰った。 出自も、そして、アルタマイトで何をしていたかも。 でもなぁ……」


「知っているのならば、問題はなかろう? ……ならば、何が疑問なんだ?」


「いや、そんな『優秀な幼子』の護衛なんて、必要なのかなと思ってな。 ……でも、それだけじゃ足りないと教皇猊下から申し付かったのだよ。 『王侯貴族達』のやり方を、私ならば、知っているからと」


「おい…………  それは、誰も知らぬ筈の、アーガスの『出自』( ・・ )故の教皇猊下の御判断(・・・)か?」


「まぁ……ね。 この国(・・・)の王侯貴族も、そうは変わらんだろうし」


「…………迂闊な事を云うな」


「そうかな? まぁ、そうだな。 忘れてくれ」


「教皇猊下がお前に特別にと、命じられたのだろう? その見識や知見をもって、あの少女を助けてやれと」


「…………まぁね。 でもさ、本当に要るのかね?」


「私が思うに………… 彼女にとって本当に必要(・・・・・)なのは、近くに居る事。 相談できる大人(・・)として、側にな」


「リックの言葉からすると………… 本当に警戒心の強い野良猫のようだね。 為人は善。 内容魔力は『闇』 侯爵家令嬢として教育された、貴族籍を持たない男爵家庶子。 領政、政務全般の知識を持ち、辺境の御婦人方を自在に操る手腕を持ちつつも、全てを剥奪されて、教会孤児院に…… 堂女(アコライト)から、特段の事情により第三位修道女に任命されて、研鑽をあの大聖女オクスタンス様のもとで積んだ…… 今は準一級薬師にして、治癒師の徽章も戴いていたっけ。 なんとも、二面性に溢れる御方だ。 その上、『教皇猊下』と『国王陛下』、たっての願いを受けて、両方の組織の溝を埋めるために、『小聖堂の守り人』にして、『フェルデン侯爵令嬢』…… 盛り過ぎだな。 あぁ、神様の思召しにより、単一の人に、それ程の役割を与える事も有るのは、知っているけどなぁ…… 『勇気あるモノ』の称号持ちの様に。 それでもなぁ……」


「余りにも…… 余りにも多くを抱えた幼子。 わたしも常に側に居れる訳では無い。 アーガスよ、『職責』としては、何を与えられた?」


「『小聖堂が守り人』。 ……今回の件で、あの小聖堂の格は、否が応でも高まるんでな。 二人体制を敷く事が決定したから。 『神官』を配する案も有ったが、『事情』を知り『上手く状況を捌ける』人材がいなかったから、俺にこの話が来たんだと」


「『祭祀』が知識を持ちつつも、普段からフラフラしているからか……」


「まぁ、『お調子者』の『のんき者』って処も買われたと、教皇猊下が苦笑を以て教えてくれた」


「あの子の警戒心を解きほぐせるならば…… 身近な大人(・・・・・)として、頼って貰えるのならば…… アーガスの『軽さ』も、捨てたモノでは無いのかも知れんな」


「一時期は、神官らしくないと、云われ続け、未だに ” 修道士(・・・) ” なんぞ、やっているからな。 まぁ、俺も拘っちゃいないし、今回の事もまぁ、『色々と抱えた女の子の補助』位に捉えているんだ。 アレは、可哀想だよ。 すでに『精霊誓約』に囚われすぎているんだよ。 その辺も追々伝えにゃならんと思っている」


「頼んだ。 アーガス、なにか困った事があれば、遠慮なく言ってくれ」


「そうだな、さしあたり…… お前の秘蔵のワインを一本。 お前の代わりにあの子の傍に就くんだ、それ位、いいだろ?」


「グッ、何を!」


「寝酒はほどほどにな。 お前が倒れたら、だれが『異端審問』をするんだ? 公平公正に、冤罪を作らぬようにと、一切の偏見(バイアス)を取らぬ様にと…… 友人すら作らないお前なんだし。 身体は資本だよ、リック。 飲み過ぎは良くない。 だから、ちょっとばかり肩代わりをだな……」


「…………お前が飲みたいだけだろう」


「ベシュルン 42年モノ。 バリュート共和王国産出の逸品。 持ってるんだろ?」


「それが、目的か? 『面倒な仕事』を、受ける代わりの……」


「バレたか、アハ!」


「お前なぁ…………」


「出向くのは、あのお嬢さんの回復後、一緒にだよ。 それまでに届けて欲しいな」




 軽く手を上げ、夕闇に去るアーガス修道士を目で追いつつ、少し嘆息を零したリックデシオン司祭。 飄々と闇に紛れ市井に居りていく彼の背中をジッと見詰めつつ、心の中で祈る。




 ” どうか、どうか、彼にも祝福を ”




 と。 異端審問官故に知り得た、アーガス修道士の秘匿された過去。 


 彼も又、闇を抱えし者ならば、その行く末に光あらん事を願う………………




 リックデシオン司祭だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 異端審問官はジャ○ジ・ドレ○ドだった!? [一言] 晩餐会後の後継ぎ一同に対する宰相様の説教(物理)や、異端審問官様の審問(物理)を閑話で見てみたいですね。本人視点で。
[一言] フェルデン卿とのやりとりも出来るぐらいには政治に見識を持ち、 血筋は他国のものらしい事、最後に所望したワインの産地、 そしてかつて出た共和王国の設立経緯……そういう事か。 グウェン卿の異名も…
[良い点]  ヤンチャで無邪気な妹御の振る舞いに、頭を抱える歳の離れたお兄ちゃん……リックデシオン司祭様、お疲れ様でございます。  本当に神聖聖女エルデ様を『隠蔽』したいのであれば、現状の環境から解放…
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