エルデ、その身の『禍』を『奇貨』とし、以て、世界の『 理』を結い戻す。
重い沈黙が、静謐に閉ざされた居間に広がる。 既にグモン様は永遠の罰を覚悟しておられる。 ドカリと座った御姿は、疲れ果て後悔に打ちひしがれたモノ独特の『哀愁』と『悔恨』が見て取れた。 それ故に…… 私は自身の為すべき事柄を見出したといえようか……
「グモン様。 確認したき事柄が御座います。 もし、私が認識している事柄と、グモン様が成した『特命』が同じ成らば、グモン様の厳罰を解く鍵になります故」
「……なに?」
不穏当な言葉の響き。 全てを諦めきった方が、『希望と云う名の光』に引き寄せられ、そして、裏切られる事を予測しての『声音』の響き。 重ねた『贖罪』の日々が、如何に過酷なモノであったのか。 それが、グモン様の短い言葉に『如実』に出ているのよ。
「グモン様。 わたくし、第三位修道女エルは、アルタマイトで有ったとあるヴィクセルバルクの『解消』の話を存じております。 そして、その状況がグモン様の語られた事柄に酷く似て居ると、そう思われました。 決して、好奇心からではなく、グモン様の『贖罪』に終止符が打たれるかもしれない可能性についての、ご質問です」
心を落ち着かせ、そう言葉に乗せる私の覚悟。 もし、本当にグモン様が私とヒルデガルド嬢との『取り換え子』を成した方であれば、グモン様の過酷な拷問の日々に終止符が打てる。 妖精様方は、云わば精霊様方の手足と成り、世界の隅々に精霊様の『ご加護』の断片を ” お与え下さる存在 ”。
私達この世界に生きとし生ける者達と、神様の御意思を受けた精霊様方との間を取り持つ、『高貴な存在』でもあるの。 グモン様は、その中でも齢を重ねた妖精様。 つまりは、強く『人世界』と『神域』を繋ぐ方。
教皇猊下の御部屋で幻視により垣間見た、あの天と地を結ぶ巨樹。 アレはきっと、この『世界の理』を視覚的に顕わしたモノだったのよ。 天と地を結ぶ巨樹はただの一本きりしか無かった。 妖精様の加護が何処かに囚われ、そして本来あるべき巨樹の成長を阻害しているのだとすれば?
それに、あれだけ神聖な巨樹が、あれ程の『呪詛』に犯され穢されていた。 この世界の『 理 』に対して、何者かが『 理 』を破綻させようと、意図したそんな感じさえ、今になっては受け取れる情景。 天と地を結ぶ尊き方々の権能が歪められ、断絶に至っていたとしたら?
あの時、私があの場所で、『呪詛廃滅』の【聖女が祈り】を行使して居なければ、天と地の繋がりが途絶え、この世界に『理』が完全に失われていた。
解消されていない『取り換え子』により、『世界の理』の天秤は大きく傾ぎ、祈りにより強い『糾える縄』で有った『禍福』は、その縁を解かれ、均衡を失った。
……詰まる処、世界は安寧から遠ざかり、人々の間に疑心暗鬼と権謀術策が蔓延り、やがて世界を巻き込んだ戦乱に至る。
そして…… 世代を重ねるうちに、戦乱は拡大し、使用するであろう武器や魔法も強く、強大に成り『世界』そのものを壊してしまうに違いないわ。 誰がそんな未来を望んだと云うの? この世界にはこの世界の『理』が有るのよ? この世界のモノでは無い、神様や精霊様方と同様な御力を持つ『 存在 』の意思なの?
――― 有り得ない。 馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。
そんな壊滅的な未来を憂いた我らが神様と精霊様方が、最後の手段として、準備していたのがきっと、『風の精霊様』と『刻の精霊様』の両精霊様方が発動された、『巡星の祈祷』。
――― もっと言うと『刻を巻き戻す』、精霊極大魔法。
でも、如何な大精霊様であろうと、それが二柱で掛かろうと、天と地の繋がりが途絶えてしまったら、その威力も半減どころでは済まないわ。 圧倒的に『祈り』が少なく、足りない状態での、術式の行使では、問題と成る『時間結節点』までの遡上が精一杯であった…… のだと思う。
それが、二十七回の過去への巻き戻りの……
『 真実 』
そして、なにより、その『火種』と成るのが、この私だったと云う事。 この問題を引き起こした『外なる存在』が、私達の世界へ『強制介入』した時の『片割れ』の『死』だったよ。
だけどね……
―――― 今世、私は抗った。
グモン様より、一生涯分だけ早く、覚醒した。 だから、私に『禍』のみが降りかかる事は無い。 そう、既に、『人生の分岐点』は踏破し、今までの世界とは『異なった行く道』に、進んでいるのだもの。 『記憶の泡沫』が、魂に刻み込まれていたのは、私だけじゃ無かったと少し安堵もしている。 だって、あの『悲惨な死』を悼んで下さった方を、知ってしまったのだから。
少なくと、私を、私だと認識して、憐れんで下さったのですものね。
そしてそれを、ご自身の罪だと、重い刑罰に文句も言わず、耐えられていたのよ。 そんな方に、恨みなど抱く事は出来はしない。 だから、グモン様の苦悩にも終止符を打ちたいのよ。
「重ねてお伺いします。 グモン様が『取り換え子』を成した、嬰児二人と御生家について。 一家は、今を時めく聖女様であらせられます、ヒルデガルド嬢の御実家、リッチェル侯爵家。 そして、もう一家は、アルタマイト神殿にて孤児として収監された娘の実家である、実質的に廃せられたグランバルト男爵家。 如何でしょうか?」
「…………確かに。 リッチェル家の嬰児とグランバルト家の嬰児である、『娘』二人を入れ替えた。 しかし…… アルタマイト? その様な遠方で何故、お前が『事象』を詳細に知っているのだ?」
「アルタマイトはリッチェル領が領都。 それ故に、あちらでは有名な御話になっております。 リッチェルの者が緘口令を敷こうと、民草の口に戸は立てられませんし、まして、私はアルタマイト神殿の修道院に在籍しております故。 グランバルトの娘御が、ヴィクセルバルクから十一年の歳月を経て、最終的にその身を置いた場所に御座います。 …………そして、もう一つ、御話すべき事柄が御座います」
「なにか。 わざわざ、囚われ妖精に詳しく語るべき事柄とは?」
「はい、グモン様。 わたくしが、アルタマイト神殿の修道院に入ったのは、十一歳の時。 その前は、リッチェル領、領都アルタマイトの御邸に於いて、リッチェル侯爵令嬢、エルデ = ニルール = リッチェル として過ごしておりました。 私の神名は『 エルデ 』。 その名に聞き覚えが御座いましょうか?」
「エルデ? エルデ………… エルデッ!! そうだ、エルデだッ!!! 『取り換え子』の神名は、『エルデ』 と 『ヒルデガルド』だッ! お前がッ お前がそうなのかッ! 誠かッ!」
「はい。 誠に御座います。 グモン様。 グモン様が御心にある、絶大なる罪の意識に於いて、最大のモノは何でしょうか?」
「それは…… 未だにヴィクセルバルクが解消されていない状況だ。 ヒルデガルドはリッチェルに立ち戻った。 しかし、エルデは…… その身に降りかかる禍により、還るべき家、暖かく迎え入れる両親すら、すでに失われている。 これでは、ヴィクセルバルクは、完了しない。 永遠にだ……」
グモン様が心に抱えられている問題の内の一つは、既に解消されているわ。 私が覚醒した事により、あの日あの場所あの時に。 わたしがグズグズせず、アルタマイト神殿にヒルデガルド嬢をお迎えに上がる事を提案し、そして、ヴィクセルバルク解消を完成にさせる為に、わたしはリッチェルの娘として生きた全てを放り出して、神殿に向かったんだもの。
「グモン様が仰っておられました、『取り換え子』の期限を超えてはおりました。 が、『取り換え子』は完了しております。 魂に『記憶の泡沫』が刻まれた、わたくしの意思で、完了させました。 わたくしにも、魂に刻まれし二十七回分の『記憶の泡沫』が御座いました。 そして、あの日、あの場所で、それらが統合され、一つの完全なる記憶と成りました。 その結果、二十七通りの悲惨な末路が脳裏に浮かび、その『蘇りの記憶』を幻視しました。 抗ったのです。 わたくしは、そんな予定されている未来に、精一杯抗ったのです」
「私がなしたヴィクセルバルクは…… 『解消』…… されていただと? それに…… お前も、私と…… 同じだと?」
「はい。 余りにも多くの符合する点が御座いました。 わたくしは確信を得ました。 グモン様の行った『取り換え子』の『禍子』は私であると。 ……わたくしはグモン様の御話にも有った通り、幾多の苦難にも巡り逢いました。 しかし、それは『苦難』ではあっても、決して『禍』では無かった。 そう、強く感じております。 魂を磨く為に必要な修練だったのだと、思っております。 感謝こそすれ、御恨み申し上げるべき事柄では有りません。 苦難を通して、大聖女オクスタンス様にお逢いできた事が何よりの証。 そして、わたくしは、偉大なる先達の『導き』により、秘匿されし『神聖聖女』と相成りました。 と同時に、尊崇の念を捧げるべき、至高なる精霊様方の御加護を戴いております」
「なんとっ!!」
「よって、今世ではグモン様に対し、『許し』を差し上げる事は出来ません。 ……烏滸がましいにも程が有ります。 私がグモン様に差し出せる真摯な想いは『感謝』です。 わたくしの魂を磨き、崇高な『誓約』を結ぶに至った『試練』を、お与え下さったのだと…… そう云っても過言では御座いません。 そして、その『感謝』の意を顕わすに、わたくしが持つ『権能』と『術』をもって、グモン様を苛むモノから解き放つ事が出来るでしょう。 ……いえ、わたくしにしか出来ない事柄と、愚考致します」
「それは…… どういう意味か」
「言葉通り。 わたくしに天より授けられし『権能』を持ち、わたくしが持つ『術』を駆使し、グモン様が囚われる事の無きよう、偉大なる精霊様に奏上申し上げます。 …………お聞きしたい事が、一つ。 グモン様の祖精霊様は、偉大なる精霊様方の内、どの尊き御方なのでしょうか?」
ジッとこちらを見詰める双眸。 深い懐疑と、微かな希望が浮かび上がっている。
そもそも、歳を経た妖精様の前に立ち、こうやってお話をする事自体が極めて稀な出来事なの。 妖精様方は極めて奔放な性格をしておられると、そう伝えられているのよ。
そして、私達『人』を、『人』が『家畜』を見る様な目で見ている…… と、云われているわ。 だから、人は極めて丁重に相対するものなの。 だって、それ程に隔絶した存在なんだもの。
だから、私の申し出が信じられないのでしょうね。 真っ黒な拘束が、常に自身を苛んでいたとしても、そんな『人』からの『施し』のようなモノを受けられるか。 その誉れ高き矜持が、許すのか。 極めて、個人的な感想だけど、私には彼等が妖精族という方々が受け入れるとは、思えないのよ。
だけど、このままの状況を放置するのはいけない事だと、魂が囁くの。 それこそ、『天命』の様にね。 普通ならば言葉にする事の無い申し出。 それを妖精様に…… グモン様に申し出たのは、一重に『精霊誓約』の賜物。 グモン様を囚われの身から解放する事が、神様と精霊様の御意思ならば、私はそれを成す事が『使命』となる。
真摯な思いを緑の双眸に乗せ、グモン様を真っ直ぐに見詰めるの。 静謐に包まれた、この空間。 空気が固まったかのように静まり返って、双方の息遣い迄が聞こえる様な、そんな中…… 緩やかに解ける様に、グモン様が微かに漏らされる、『言の葉』。
「…………私の『祖』は、大地が大精霊ガイアード様。 五大精霊様が御一人。 多数の『地』由来の精霊様方が崇める、高貴な方。 私との『祝福』は…… 既に失われているがな」
「大地が大精霊ガイアード様に御座いますね。 『嘆願』いたしましょう。 我が権能を以て、真摯に」
私が出来る事は、『神聖聖女』が祈りを捧げる事。 お願いすべきは、大地が大精霊ガイアード様。 妖精王様が編み上げた、妖精術式を解き、昇華できる力をお持ちなのはきっと、グモン様の祖精霊様たる『大地が大精霊』ガイアード様の他にはいらっしゃらないだろう。
懐の深い、それはそれは慈しみ深き精霊様と文献に記載されているの。 『大地』とは、この世界に生きとし生ける者達の魄の根源であり、魂の時が終わる時に、肉体が還る場所でも有るのだから。 大精霊ガイアード様は、その内懐に深く深く優しき闇を内包されているのよ。 だから、きっとお許しに成るわ。
……でも
『顕現嘆願』の秘儀を成す為には、相応の供物が必要。 祈りの功徳を積んだ、そんな供物が…… 穢れを嫌う、精霊様方にご満足いただける様なそんなお供物が、どうしても必要に成って来るのよ。 どうしよう……
そう云えば……
わたし、今、持っているわよね。 ええ、ええ、そうよッ! 市井の人々が、『貧者の一灯』として、私に託して下さった、『豊穣祭』への供物がッ! 私が持つ御喜捨は、市民街の人々の、純粋な『感謝の祈り』が十分に込められているわ。 人々の真摯な祈りが籠った、この御喜捨ならば、きっと精霊様もご満足頂けるわ。 使うべきよ。 これは、きっと、神様からの思召しなのよ。 強く、『神意』が胸を打つの。
加工されていない穀物は、大地からの贈り物だもの。 大精霊ガイアード様に『顕現嘆願』を願うならば、感謝を込めて奉じるべき、なんの穢れも無い『尊い供物』と成るのよ。
うん。 使おう。 これは、きっと、神様の思召し。 そうよ、お祭りの供物は、もう一度『托鉢』に出ればよいだけなんだもの。
幸いにして、十分な大きさの『祭壇』すらある。 そう、アイツが組上げた、どうにも神聖とは言い難い。豪華な祭壇がね。 だから、精一杯の【精進潔斎】の術を『その祭壇』に施し、一切の穢れを払い取ってから、『顕現嘆願』の精霊術式を施す事にしたの。
聖杖を水平に持ち上げ、聖典の聖句を口に乗せ、精神を集中するの。 紡ぐは、『精進潔斎』の精霊術式。 練り込んだ体内魔力を糧に、術式が起動する。 青白い輝線がお部屋に縦横に走り、穢れし場所を潔斎して行く。 当然の事の様に、祭壇に置かれていた『相応しくない供物』は灰になり、血で穢れた『供物』も又、『昏き闇』に没する様に消える。
祭壇からは虚飾が剥ぎ取られる様に『昇華』され、こびり付いた穢れの気配が完全に失われた。 一連の術式の稼働で、更にこの空間の神聖性は向上し、『静謐』と『神聖』により、御部屋が整えられたの。 ええ、小聖堂の聖壇に匹敵するほどにね。
これで、下準備は終わったわ。 これからが本番。 どのくらいの体内魔力を使用するか判らないけれど、遣り切らねば成らないのよ。 フッと息を整え、祭壇上に『托鉢』で集めた供物を並べようとしたの。
一つ、不味い事に気が付いた。
そう、高杯が無いのよ。 高位の方々に捧げる御供物は、『地』から極力切り離して置かねば成らない。 それが、作法だから。 お皿に…… それも、『銀のお皿』に供物を置くのは以ての外。 周囲を見渡したし、それに類するものは無いかと、思案する。
応接室と云う事で、小振りで古めかしいけれど、立派な飾り棚があった。 その棚に、ファンデンバーグ家の宝物と云うべき、白磁の絵付け皿があったの。 十枚一組になっている、由緒正しきお皿。
……使わせて頂こう。
高杯ではないけれど、大地より選別された土を用いたお皿。 なるだけ、祭壇から高くへ上げたいと思って、飾り棚を見ると、一組の酒器があった。 ガラスで出来た、背の高いグラス。 ……これ使えるかも?
不安定ではあるけれど、グラスの上にお皿を重ね、高杯の代わりにしたのよ。 それを祭壇の四隅と中央に置く。 お皿の上に、斜め掛けしたバックの中から、『托鉢』で御喜捨戴いた、芋、栗、粟、稗、麦 を載せる。 最後に、お皿に乗せたのは、特別な供物。 わたしの『嘆願』を叶えて頂く為に、特別に聖別された供物が必要だったの。 そして、その心当たりも有った。 聖別された作物の一つである……
『黒曜豆』
ここで、役に立つとは思ってもみなかった。 つやつやと黒い丸い豆は、邪気を払い『豊穣への祈り』を ” その実 ” の内に深く納め、『豊穣祭』の供物としては最高のモノ。 今回の『請願』に於いても、対象が『大精霊様』であっても、きっと ” お慶び ” に成られる御供物。 だから、これは、手元に置いて…… 捧げ持つの。
新たな聖句が私の口から紡がれていく。 神聖聖女が権能の一つ。 『顕現嘆願』の秘儀の聖句。 幾つもの重なる和音が、重複する様に口から漏れだす。 幾重にも、幾重にも、重なる福音の和音。 精霊様方の御手による、鐘の音、笛の音、竪琴の音が、何処からともなく奏でられ、遠くから近くに、和音と共に聖句が部屋中に広がる。
左手に聖杖握りしめ。 右手にお皿を持ち、高く捧げる。
そして…… 精霊術式は完成する。
…………光の粒が舞い降り、重厚で神聖な静謐が、静々と天から舞い降りたの。
――― § ―――
巨大な光が降臨したわ。 やがて、その光は収斂し、ひときわ美しい御姿が私の緑の眼に写り込んだの。 大きな銅鑼を鳴らす音が耳朶を打ち、神聖で魂が震える様な荘厳な御声が頭の中に響き渡る。
「……我を呼ぶは何者ぞ」
「アルタマイト神殿 薬師院が第三位修道女エルに御座います。 大地が大精霊ガイアード様におわしましては、この日、この場所、この時を以て、御光臨いただけました事、絶大なる感謝を。 此処に我、アルタマイト神殿が修道女エルは、『嘆願』奉じ奉ります」
声が震えない様に、力をお腹の下に込めて、声を紡ぐ。 『人』として、為しては成らない禁忌でもある、『顕現嘆願』。 十分な神意を得なくては、軽々しく行使する事が出来ない『聖女が権能』。 でも、今は、おすがりするしかないのよ。 この身に罰を受けようとも。
「ふむ。 ” 善き供物 ” を以て、我を呼ぶのは、何故ぞ」
「大精霊ガイアード様に『嘆願』したき儀が御座います。 大精霊ガイアード様の御身より生まれ出流る『妖精グモン=パーデル』。 この世界の理と、妖精が掟を破りし者。 しかし、彼の者は既に十分に罰を受けました。 その成したる技も、既に解消しております。 よって、わたくし、修道女 エル は此処に『嘆願』を奉じ奉ります。 何卒、彼の罪を償いし妖精様の戒めを解き、今一度、御手の御使いに成さしめん事を、伏し願い奉らん」
「…………グモンか。 アレは…… 大罪を犯した。 妖精王が命を以て、囚われの虜囚となり、その命たる魔力を吸われて続ける罰則を受けている。 それを許せと云うのか?」
「禍福の解かれし縄は、新たな縄として編み直されました。 禍福の均衡は取り戻され、『世界の理』に対し如何なる傷も与え得ません。 その証拠に、『取り換え子』の忌子…… 『禍子』で有るわたくしは『修道女が道』を歩み、尊き先達の導きにより『神聖聖女』たるを誓約いたしました。
――― これは、全てグモン様が成された事により発現した事実。
また、その命を下した者により、『特命』すら忘れ去れらる様に命じられても居られました。 その非はグモン様には御座いません。 成した『罪』は『罪』として、既に断罪され罰則を与えられ、十分に苦しまれ、償われたと勘案致します。
取り換えられた嬰児達は、どちらも、『世界の理』の中に回帰したと。
解かれし禍福の糾われた縄は、個別の縄として均衡を取り戻したと。
改めて嘆願申し上げます。 何卒、彼の罪を償いし妖精様の戒めを解き、今一度、御手の御使いに成さしめん事を、伏し願い此処に『嘆願』を奉じ奉ります」
必死よ。 もう、ホントに、必死。 どんどんと体内魔力は吸い取られて行くし、体力的にもきついのよ。 足元から冷たくなって行くのが判る程なのよ。 この世ならぬ者との対峙には、空間の同期が必要なのよ。 だから、強引に天と地の中間たる空間をこの場所に招き、『天に住まう者』と『地に生きる者』が言葉を交わせるようにするのよ。 でも、それを成すには絶大な魔力が必要なの。 年月を掛けて練りに練った体内魔力を消費して、この場を作り上げたのよ。 もう既に、危険なほど魔力は減っているわ。 お願いします。 どうか…… どうか……
「…………そうか。 禍子のエルデが『嘆願』か。 その身を削る真摯な願いと祈り。 よかろう。 これだけの供物もまた、十分な対価と成ろう。 グモンよ。 良かったな。 お前を案じる者が此処にいた。 我と縁を繋ぎ直す。 以て、理を結い直さん」
と、通った……
フラフラになりながらも、感謝の祈りの聖句を口に乗せる。 御姿が光の奔流と成り、吹き上がる。 部屋いっぱいにその光が満ち溢れ、グモン様の真っ黒な御身体がから、色が抜けていく。 純白とも云える美しい肌となり、襤褸だった着衣が大妖精に相応しい物に変化して行く。
頭を垂れ、跪拝の姿勢を取っておられたグモン様。 背に見えていた破れた羽根は、大きく展翅し漲る魔力に薄緑色に光り輝く。 ビリビリとした神威を肌で感じつつ…… 意識を保つ事に精一杯な私。
美しく、完成された大妖精 グモン=パーデル様。 二節名の大妖精様は跪拝を解き立ち上がり、光の奔流の中に旅立たれる。
「エルデ。 感謝を。 祖に繋がれた。 祖と又、種を撒ける。 其方のお陰だ。 感謝する。 これより、大地の大妖精グモン=パーデルは、善き修道女エルが守護となる。 グモン=パーデルが『加護』を、其方に」
耳朶を打つ声。 畏れ多いその言葉に、身体が自然と震える。 もう立っていられない程に消耗している私は、聖杖を床に横たえ、捧げたお皿をその前に置いて、跪拝の姿勢を取る。 首は上げず、感謝の聖句を口に只々真摯に祈りを捧げる。 大きな銅鑼の音が頭蓋の中に響き渡り、空間が閉じられるのを感じたの。
最後に、大地が大精霊ガイアード様から、祝福が与えられたわ。
” 善き哉。 善き哉。 神聖聖女エル。 神の御意思に沿う、其方の行い誠尊きもの。 我が祝福を与えん ”
空間が閉じ切る前…… ガイアード様の御許にグモン様がお入りに成った事が知覚できた。 これで…… これで、大地と天の間に、もっと繋がりが出来るわ。 多分…… あの幻視の巨樹だけでなく、もっと、もっと、沢山の繋がりが生まれ、世界が安定して、大地に安寧が広がるわ……
光の奔流が消えた後…… お部屋の床に崩れ落ちたのは……
体内魔力が殆ど枯渇したから。
私の様なちっぽけな存在の、『小さな代償』で、世界に安寧を導けるのも…… きっと……
『神聖聖女』の権能なのだろうなと……
薄らぎつつある意識の中で、そう思っていたの。
ドンドンドンドン!
”修道女エル!! 中に居るのかッ! 許可は貰えずとも、入らせて貰うッ! ”
良く聞き知った、それでいて、酷く焦った声が、扉の向こう側から…… 意識が途切れる寸前に、扉が開く気配が私の背後でしたの……
これにて、一件落着。 やり過ぎエルデ嬢は、きっと怒られます。