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エルデ、その身の『禍』を『奇貨』とし、以て、世界の『 理』を結い戻す。

 

 重い沈黙が、静謐に閉ざされた居間に広がる。 既にグモン様は永遠の罰を覚悟しておられる。 ドカリと座った御姿は、疲れ果て後悔に打ちひしがれたモノ独特の『哀愁』と『悔恨』が見て取れた。 それ故に…… 私は自身の為すべき事柄を見出したといえようか……




「グモン様。 確認したき事柄が御座います。 もし、私が認識している事柄と、グモン様が成した『特命』( ・・ )が同じ成らば、グモン様の厳罰を解く鍵になります故」


「……なに?」




 不穏当な言葉の響き。 全てを諦めきった方が、『希望と云う名の光』に引き寄せられ、そして、裏切られる事を予測しての『声音』の響き。 重ねた『贖罪』の日々が、如何に過酷なモノであったのか。 それが、グモン様の短い言葉に『如実』に出ているのよ。




「グモン様。 わたくし、第三位修道女エルは、アルタマイトで有ったとあるヴィクセルバルク(取り換え子)の『解消(・・)』の話を存じております。 そして、その状況がグモン様の語られた事柄に酷く似て居ると、そう思われました。 決して、好奇心からではなく、グモン様の『贖罪』に終止符が打たれるかもしれない可能性についての、ご質問です」




 心を落ち着かせ、そう言葉に乗せる私の覚悟。 もし、本当にグモン様が私とヒルデガルド嬢との『取り換え子(ヴィクセルバルク)』を成した方であれば、グモン様の過酷な拷問の日々に終止符が打てる。 妖精様方は、云わば精霊様方の手足と成り、世界の隅々に精霊様の『ご加護』の断片を ” お与え下さる存在 ”。


 私達この世界に生きとし生ける者達と、神様の御意思を受けた精霊様方(・・・・)との間を取り持つ、『高貴な存在』でもあるの。 グモン様は、その中でも齢を重ねた妖精様。 つまりは、強く『人世界』と『神域』を繋ぐ方。


 教皇猊下の御部屋で幻視により垣間見た、あの天と地を結ぶ巨樹。 アレはきっと、この『世界の理』を視覚的に顕わしたモノだったのよ。 天と地を結ぶ巨樹はただの一本きりしか無かった。 妖精様の加護が何処かに囚われ、そして本来あるべき巨樹の成長を阻害しているのだとすれば?


 それに、あれだけ神聖な巨樹が、あれ程の『呪詛』( 厭魅 )に犯され穢されていた。 この世界の『 理 』に対して、何者かが『 理 』を破綻させようと、意図したそんな感じさえ、今になっては受け取れる情景。 天と地を結ぶ尊き方々の権能が歪められ、断絶に至っていたとしたら?


 あの時、私があの場所で、『呪詛廃滅』の【聖女が祈り】を行使して居なければ、天と地の繋がりが途絶え、この世界に『理』が完全に失われていた。


 解消されていない『取り換え子(ヴィクセルバルク)』により、『世界の理』の天秤は大きく傾ぎ、祈りにより強い『(あざな)える縄』で有った『禍福』は、その(えにし)を解かれ、均衡を失った。



 ……詰まる処、世界は安寧から遠ざかり、人々の間に疑心暗鬼と権謀術策が蔓延り、やがて世界を巻き込んだ戦乱に至る。



 そして…… 世代を重ねるうちに、戦乱は拡大し、使用するであろう武器や魔法も強く、強大に成り『世界』そのものを壊してしまうに違いないわ。 誰がそんな未来を望んだと云うの? この世界にはこの世界の『理』が有るのよ? この世界のモノでは無い、神様や精霊様方と同様な御力を持つ『 存在 』の意思なの?



 ――― 有り得ない。 馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。



 そんな壊滅的な未来を憂いた(幻視された)我らが神様と精霊様方が、最後の手段(安全弁)として、準備していたのがきっと、『風の精霊様』と『刻の精霊様』の両精霊様方が発動された、『巡星の祈祷』。



 ――― もっと言うと『刻を巻き戻す』、精霊極大魔法。 



 でも、如何な大精霊様であろうと、それが二柱で掛かろうと、天と地の繋がりが途絶えてしまったら、その威力も半減どころでは済まないわ。 圧倒的に『祈り』が少なく、足りない状態での、術式の行使では、問題と成る『時間結節点』までの遡上が精一杯であった…… のだと思う。


 それが、二十七回の過去への巻き戻りの…… 


 『 真実(・・) 』


 そして、なにより、その『火種(引き金)』と成るのが、この私だったと云う事。 この問題を引き起こした『外なる存在』が、私達の世界へ『強制介入(ヴィクセルバルク)』した時の『片割れ(エルデ)』の『()』だったよ。




 だけどね……




 ―――― 今世、私は抗った。 




 グモン様より、一生涯分だけ早く、覚醒した。 だから、私に『禍』のみが降りかかる事は無い。 そう、既に、『人生の分岐点』は踏破し、今までの世界とは『異なった行く道』に、進んでいるのだもの。 『記憶の泡沫』が、魂に刻み込まれていたのは、私だけじゃ無かったと少し安堵もしている。 だって、あの『悲惨な死』を悼んで下さった方を、知ってしまったのだから。 


 少なくと、私を、私だと認識して、憐れんで下さったのですものね。


 そしてそれを、ご自身の罪だと、重い刑罰に文句も言わず、耐えられていたのよ。 そんな方に、恨みなど抱く事は出来はしない。 だから、グモン様の苦悩にも終止符を打ちたいのよ。




「重ねてお伺いします。 グモン様が『取り換え子(ヴィクセルバルク)』を成した、嬰児二人と御生家について。 一家は、今を時めく聖女様であらせられます、ヒルデガルド嬢の御実家、リッチェル侯爵家。 そして、もう一家は、アルタマイト神殿にて孤児として収監された娘の実家である、実質的に廃せられたグランバルト男爵家。 如何でしょうか?」


「…………確かに。 リッチェル家の嬰児とグランバルト家の嬰児である、『娘』二人を入れ替えた。 しかし…… アルタマイト? その様な遠方で何故、お前が『事象』を詳細に知っているのだ?」


「アルタマイトはリッチェル領が領都。 それ故に、あちらでは有名な御話になっております。 リッチェルの者が緘口令を敷こうと、民草の口に戸は立てられませんし、まして、私はアルタマイト神殿の修道院に在籍しております故。 グランバルトの娘御が、ヴィクセルバルクから十一年の歳月を経て、最終的にその身を置いた場所に御座います。 …………そして、もう一つ、御話すべき事柄が御座います」


「なにか。 わざわざ、囚われ妖精に詳しく語るべき事柄とは?」


「はい、グモン様。 わたくしが、アルタマイト神殿の修道院に入ったのは、十一歳の時。 その前は、リッチェル領、領都アルタマイトの御邸に於いて、リッチェル侯爵令嬢、エルデ = ニルール = リッチェル として過ごしておりました。 私の神名は『 エルデ 』。 その名に聞き覚えが御座いましょうか?」


「エルデ? エルデ………… エルデッ!! そうだ、エルデだッ!!! 『取り換え子』の神名は、『エルデ』 と 『ヒルデガルド』だッ! お前がッ お前がそうなのかッ! 誠かッ!」


「はい。 誠に御座います。 グモン様。 グモン様が御心にある、絶大なる罪の意識に於いて、最大のモノは何でしょうか?」


「それは…… 未だにヴィクセルバルクが解消されていない状況だ。 ヒルデガルドはリッチェルに立ち戻った。 しかし、エルデは…… その身に降りかかる禍により、還るべき家、暖かく迎え入れる両親すら、すでに失われている。 これでは、ヴィクセルバルクは、完了しない。 永遠にだ……」




 グモン様が心に抱えられている問題の内の一つは、既に解消されているわ。 私が覚醒した事により、あの日あの場所あの時に。 わたしがグズグズせず、アルタマイト神殿にヒルデガルド嬢をお迎えに上がる事を提案し、そして、ヴィクセルバルク(取り換え子)解消を完成にさせる為に、わたしはリッチェルの娘として生きた全てを放り出して、神殿に向かったんだもの。




「グモン様が仰っておられました、『取り換え子(ヴィクセルバルク)』の期限を超えてはおりました。 が、『取り換え子(ヴィクセルバルク)』は完了しております。 魂に『記憶の泡沫』が刻まれた、わたくしの意思(・・・・・・・)で、完了させました。 わたくしにも、魂に刻まれし二十七回分の『記憶の泡沫(過去の記憶)』が御座いました。 そして、あの日、あの場所で、それらが統合され、一つの完全なる記憶と成りました。 その結果、二十七通りの悲惨な末路が脳裏に浮かび、その『蘇りの記憶』を幻視しました。 抗ったのです。 わたくしは、そんな予定されている未来に、精一杯抗ったのです」


「私がなしたヴィクセルバルクは…… 『解消』…… されていただと? それに…… お前も、私と…… 同じだと?」


「はい。 余りにも多くの符合する点が御座いました。 わたくしは確信を得ました。 グモン様の行った『取り換え子(ヴィクセルバルク)』の『禍子』は私であると。 ……わたくしはグモン様の御話にも有った通り、幾多の苦難にも巡り逢いました。 しかし、それは『苦難』ではあっても、決して『禍』では無かった。 そう、強く感じております。 魂を磨く為に必要な修練だったのだと、思っております。 感謝こそすれ、御恨み申し上げるべき事柄では有りません。 苦難を通して、大聖女オクスタンス様にお逢いできた事が何よりの証。 そして、わたくしは、偉大なる先達の『導き』により、秘匿されし『神聖聖女』と相成りました。 と同時に、尊崇の念を捧げるべき、至高なる精霊様方の御加護を戴いております」


「なんとっ!!」


「よって、今世ではグモン様に対し、『許し』を差し上げる事は出来ません。 ……烏滸がましいにも程が有ります。 私がグモン様に差し出せる真摯な想いは『感謝』です。 わたくしの魂を磨き、崇高な『誓約』を結ぶに至った『試練』を、お与え下さったのだと…… そう云っても過言では御座いません。 そして、その『感謝』の意を顕わすに、わたくしが持つ『権能』と『(わざ)』をもって、グモン様を(さいな)むモノから解き放つ事が出来るでしょう。 ……いえ、わたくしにしか出来ない事柄と、愚考致します」


「それは…… どういう意味か」


「言葉通り。 わたくしに天より授けられし『権能』を持ち、わたくしが持つ『(すべ)』を駆使し、グモン様が囚われる事の無きよう、偉大なる精霊様に奏上申し上げます。 …………お聞きしたい事が、一つ。 グモン様の祖精霊様は、偉大なる精霊様方の内、どの尊き御方なのでしょうか?」




 ジッとこちらを見詰める双眸。 深い懐疑と、微かな希望が浮かび上がっている。



 そもそも、歳を経た妖精様の前に立ち、こうやってお話をする事自体が極めて稀な出来事なの。 妖精様方は極めて奔放な性格をしておられると、そう伝えられているのよ。 


 そして、私達『人』を、『人』が『家畜』を見る様な目で見ている…… と、云われているわ。 だから、人は極めて丁重に相対するものなの。 だって、それ程に隔絶した存在なんだもの。 


 だから、私の申し出が信じられないのでしょうね。 真っ黒な拘束が、常に自身を(さいな)んでいたとしても、そんな『人』からの『施し』のようなモノを受けられるか。 その誉れ高き矜持が、許すのか。 極めて、個人的な感想だけど、私には彼等が妖精族という方々が受け入れるとは、思えないのよ。 


 だけど、このままの状況を放置するのはいけない事だと、魂が囁くの。 それこそ、『天命』の様にね。 普通ならば言葉にする事の無い申し出。 それを妖精様に…… グモン様に申し出たのは、一重に『精霊誓約』の賜物。 グモン様を囚われの身から解放する事が、神様と精霊様の御意思ならば、私はそれを成す事が『使命』となる。 


 真摯な思いを緑の双眸に乗せ、グモン様を真っ直ぐに見詰めるの。 静謐に包まれた、この空間。 空気が固まったかのように静まり返って、双方の息遣い迄が聞こえる様な、そんな中…… 緩やかに解ける様に、グモン様が微かに漏らされる、『言の葉』。




「…………私の『祖』は、大地が大精霊ガイアード様。 五大精霊様が御一人。 多数の『地』由来の精霊様方が崇める、高貴な方。 私との『祝福』( 繋がり )は…… 既に失われているがな」


「大地が大精霊ガイアード様に御座いますね。 『嘆願』いたしましょう。 我が権能(聖女が祈り)を以て、真摯に」




 私が出来る事は、『神聖聖女』が祈りを捧げる事。 お願いすべきは、大地が大精霊ガイアード様。 妖精王様が編み上げた、妖精術式を解き、昇華できる力をお持ちなのはきっと、グモン様の祖精霊様たる『大地が大精霊』ガイアード様の他にはいらっしゃらないだろう。


 懐の深い、それはそれは慈しみ深き精霊様と文献に記載されているの。 『大地』とは、この世界に生きとし生ける者達の(肉体)の根源であり、(たましい)の時が終わる時に、肉体が還る場所でも有るのだから。 大精霊ガイアード様は、その内懐に深く深く優しき闇(・・・・)を内包されているのよ。 だから、きっとお許しに成るわ。



 ……でも



顕現嘆願(精霊降ろし)』の秘儀を成す為には、相応の供物が必要。 祈りの功徳を積んだ、そんな供物が…… 穢れを嫌う、精霊様方にご満足いただける様なそんなお供物が、どうしても必要に成って来るのよ。 どうしよう……


 そう云えば……


 わたし、今、持っているわよね。 ええ、ええ、そうよッ! 市井の人々が、『貧者の一灯』として、私に託して下さった、『豊穣祭(・・・)』への供物(御喜捨)がッ! 私が持つ御喜捨は、市民街の人々の、純粋な『感謝の祈り』が十分に込められているわ。 人々の真摯な祈りが籠った、この御喜捨ならば、きっと精霊様もご満足頂けるわ。 使うべきよ。 これは、きっと、神様からの思召しなのよ。 強く、『神意』が胸を打つの。


 加工されていない穀物は、大地からの贈り物だもの。 大精霊ガイアード様に『顕現嘆願(精霊降ろし)』を願うならば、感謝を込めて奉じるべき、なんの穢れも無い『尊い供物』と成るのよ。


 うん。 使おう。 これは、きっと、神様の思召し。 そうよ、お祭り(豊穣祭)の供物は、もう一度『托鉢(アルムス)』に出ればよいだけなんだもの。


 幸いにして、十分な大きさの『祭壇』すらある。 そう、アイツが組上げた、どうにも神聖とは言い難い。豪華な祭壇がね。 だから、精一杯の【精進潔斎】の術を『その祭壇』に施し、一切の穢れを払い取ってから、『顕現嘆願(精霊降ろし)』の精霊術式を施す事にしたの。



 聖杖を水平に持ち上げ、聖典の聖句を口に乗せ、精神を集中するの。 紡ぐは、『精進潔斎』の精霊術式。 練り込んだ体内魔力を糧に、術式が起動する。 青白い輝線がお部屋に縦横に走り、穢れし場所を潔斎して行く。 当然の事の様に、祭壇に置かれていた『相応しくない供物』は灰になり、血で穢れた『供物』も又、『昏き闇』に没する様に消える。


 祭壇からは虚飾が剥ぎ取られる様に『昇華』され、こびり付いた穢れの気配が完全に失われた。 一連の術式の稼働で、更にこの空間の神聖性は向上し、『静謐』と『神聖』により、御部屋(・・・)が整えられたの。 ええ、小聖堂の聖壇に匹敵するほどにね。


 これで、下準備は終わったわ。 これからが本番。 どのくらいの体内魔力を使用するか判らないけれど、遣り切らねば成らないのよ。 フッと息を整え、祭壇上に『托鉢(アルムス)』で集めた供物を並べようとしたの。


 一つ、不味い事に気が付いた。 


 そう、高杯が無いのよ。 高位の方々に捧げる御供物は、『地』から極力切り離して置かねば成らない。 それが、作法だから。 お皿に…… それも、『銀のお皿』に供物を置くのは以ての外。 周囲を見渡したし、それに類するものは無いかと、思案する。


 応接室と云う事で、小振りで古めかしいけれど、立派な飾り棚があった。 その棚に、ファンデンバーグ家の宝物と云うべき、白磁の絵付け皿があったの。 十枚一組になっている、由緒正しきお皿。


 ……使わせて頂こう。


 高杯ではないけれど、大地より選別された土を用いたお皿。 なるだけ、祭壇から高くへ上げたいと思って、飾り棚を見ると、一組の酒器があった。 ガラスで出来た、背の高いグラス。 ……これ使えるかも?


 不安定ではあるけれど、グラスの上にお皿を重ね、高杯の代わりにしたのよ。 それを祭壇の四隅と中央に置く。 お皿の上に、斜め掛けしたバックの中から、『托鉢(アルムス)』で御喜捨戴いた、芋、栗、粟、稗、麦 を載せる。 最後に、お皿に乗せたのは、特別な供物。 わたしの『嘆願』を叶えて頂く為に、特別に聖別された供物が必要だったの。 そして、その心当たりも有った。 聖別された作物の一つである……



黒曜豆(オブシディーン)



 ここで、役に立つとは思ってもみなかった。 つやつやと黒い丸い豆は、邪気を払い『豊穣への祈り』を ” その実 ” の内に深く納め、『豊穣祭』の供物としては最高のモノ。 今回の『請願』に於いても、対象が『大精霊様』であっても、きっと ” お慶び ” に成られる御供物。 だから、これは、手元に置いて…… 捧げ持つの。


 新たな聖句が私の口から紡がれていく。 神聖聖女が権能の一つ。 『顕現嘆願(精霊降ろし)』の秘儀の聖句。 幾つもの重なる和音が、重複する様に口から漏れだす。 幾重にも、幾重にも、重なる福音の和音。 精霊様方の御手による、鐘の音、笛の音、竪琴の音が、何処からともなく奏でられ、遠くから近くに、和音と共に聖句が部屋中に広がる。


 左手に聖杖握りしめ。 右手にお皿を持ち、高く捧げる。


 そして…… 精霊術式は完成する。







 …………光の粒が舞い降り、重厚で神聖な静謐が、静々と天から舞い降りたの。






              ――― § ―――






 巨大な光が降臨したわ。 やがて、その光は収斂し、ひときわ美しい御姿が私の緑の(まなこ)に写り込んだの。 大きな銅鑼を鳴らす音が耳朶を打ち、神聖で魂が震える様な荘厳な御声が頭の中に響き渡る。




「……我を呼ぶは何者ぞ」


「アルタマイト神殿 薬師院が第三位修道女エルに御座います。 大地が大精霊ガイアード様におわしましては、この日、この場所、この時を以て、御光臨いただけました事、絶大なる感謝を。 此処に我、アルタマイト神殿が修道女エルは、『嘆願』(ほう)(たてまつ)ります」




 声が震えない様に、力をお腹の下に込めて、声を紡ぐ。 『人』として、為しては成らない禁忌でもある、『顕現嘆願(精霊降ろし)』。 十分な神意を得なくては、軽々しく行使する事が出来ない『聖女が権能』。 でも、今は、おすがりするしかないのよ。 この身に罰を受けようとも。




「ふむ。 ” 善き供物 ” を以て、我を呼ぶのは、何故(なにゆえ)ぞ」


「大精霊ガイアード様に『嘆願』したき儀が御座います。 大精霊ガイアード様の御身より生まれ出流る『妖精グモン=パーデル』。 この世界の理と、妖精が掟を破りし者。 しかし、彼の者は既に十分に罰を受けました。 その成したる技も、既に解消しております。 よって、わたくし、修道女(シスター) エル は此処に『嘆願』を(ほう)(たてまつ)ります。 何卒、彼の罪を償いし妖精様の戒めを解き、今一度、御手の御使いに成さしめん事を、伏し願い奉らん」


「…………グモンか。 アレは…… 大罪(禁忌)を犯した。 妖精王が命を以て、囚われの虜囚となり、その命たる魔力を吸われて続ける罰則を受けている。 それを許せと云うのか?」


「禍福の解かれし縄は、新たな縄として編み直されました。 禍福の均衡は取り戻され、『世界の理』に対し如何なる傷も与え得ません。 その証拠に、『取り換え子(ヴィクセルバルク)』の忌子…… 『禍子』で有るわたくしは『修道女が道』を歩み、尊き先達の導きにより『神聖聖女』たるを誓約いたしました。


 ――― これは、全てグモン様が成された事により発現した事実。 


 また、その命を下した者により、『特命』すら忘れ去れらる様に命じられても居られました。 その非はグモン様には御座いません。 成した『罪』は『罪』として、既に断罪され罰則を与えられ、十分に苦しまれ、償われたと勘案致します。


 取り換えられた嬰児達は、どちらも、『世界の理』の中に回帰したと。

 解かれし禍福の糾われた縄は、個別の縄として均衡を取り戻したと。


 改めて嘆願申し上げます。 何卒、彼の罪を償いし妖精様の戒めを解き、今一度、御手の御使いに成さしめん事を、伏し願い此処に『嘆願』を(ほう)(たてまつ)ります」




 必死よ。 もう、ホントに、必死。 どんどんと体内魔力は吸い取られて行くし、体力的にもきついのよ。 足元から冷たくなって行くのが判る程なのよ。 この世ならぬ者との対峙には、空間の同期が必要なのよ。 だから、強引に天と地の中間たる空間をこの場所に招き、『天に住まう者』と『地に生きる者』が言葉を交わせるようにするのよ。 でも、それを成すには絶大な魔力が必要なの。 年月を掛けて練りに練った体内魔力を消費して、この場を作り上げたのよ。 もう既に、危険なほど魔力は減っているわ。 お願いします。 どうか…… どうか……




「…………そうか。 禍子のエルデが『嘆願』か。 その身を削る真摯な願いと祈り。 よかろう。 これだけの供物もまた、十分な対価と成ろう。 グモンよ。 良かったな。 お前を案じる者が此処にいた。 我と縁を繋ぎ直す。 以て、理を結い直さん」




 と、通った……


 フラフラになりながらも、感謝の祈りの聖句を口に乗せる。 御姿が光の奔流と成り、吹き上がる。 部屋いっぱいにその光が満ち溢れ、グモン様の真っ黒な御身体がから、色が抜けていく。 純白とも云える美しい肌となり、襤褸だった着衣が大妖精に相応しい物に変化して行く。


 頭を垂れ、跪拝の姿勢を取っておられたグモン様。 背に見えていた破れた羽根は、大きく展翅し漲る魔力に薄緑色に光り輝く。 ビリビリとした神威を肌で感じつつ…… 意識を保つ事に精一杯な私。



 美しく、完成された大妖精 グモン=パーデル様。 二節名の大妖精様は跪拝を解き立ち上がり、光の奔流の中に旅立たれる。




「エルデ。 感謝を。 祖に繋がれた。 祖と又、種を撒ける。 其方のお陰だ。 感謝する。 これより、大地の大妖精グモン=パーデルは、善き修道女エルが守護となる。 グモン=パーデルが『加護』を、其方に」




 耳朶を打つ声。 畏れ多いその言葉に、身体が自然と震える。 もう立っていられない程に消耗している私は、聖杖を床に横たえ、捧げたお皿をその前に置いて、跪拝の姿勢を取る。 首は上げず、感謝の聖句を口に只々真摯に祈りを捧げる。 大きな銅鑼の音が頭蓋の中に響き渡り、空間が閉じられるのを感じたの。


 最後に、大地が大精霊ガイアード様から、祝福が与えられたわ。





 ” 善き哉。 善き哉。 神聖聖女エル。 神の御意思に沿う、其方の行い誠尊きもの。 我が祝福を与えん ”





 空間が閉じ切る前…… ガイアード様の御許にグモン様がお入りに成った事が知覚できた。 これで…… これで、大地と天の間に、もっと繋がりが出来るわ。 多分…… あの幻視の巨樹だけでなく、もっと、もっと、沢山の繋がりが生まれ、世界が安定して、大地に安寧が広がるわ……






 光の奔流が消えた後…… お部屋の床に崩れ落ちたのは……



 体内魔力が殆ど枯渇したから。



 私の様なちっぽけな存在の、『小さな代償(魔力枯渇)』で、世界に安寧を導けるのも…… きっと……



『神聖聖女』の権能なのだろうなと……



 薄らぎつつある意識の中で、そう思っていたの。









 ドンドンドンドン!


 ”修道女(シスター)エル!! 中に居るのかッ! 許可は貰えずとも、入らせて貰うッ! ”


 良く聞き知った、それでいて、酷く焦った声が、扉の向こう側から…… 意識が途切れる寸前に、扉が開く気配が私の背後でしたの……


これにて、一件落着。 やり過ぎエルデ嬢は、きっと怒られます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 怒られちゃうの。 ちょっと奇跡を起こして、魔力枯渇して、ぶっ倒れただけなのに。 (ダメ)
[気になる点] ヒルデガルドはこの世界に送り込まれた刺客なんでしょかね。自覚の有無はともかく。 いっちゃん最初にちょい出ただけでまともな描写ないけど、不穏な伏線がちりばめられて溜まる一方… [一言] …
[良い点] 二十七回もの非業の死を、魂の研鑽だと言い切って原因の妖精に感謝すら告げるエルの高潔な心。 [気になる点] 改めて考えさせられるのは、エルが高次視点から感じたこの世界への悪意の凄まじさかな。…
感想一覧
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