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エルデ、問題を紐解く糸口と成る者との友誼を結ぶ。 (挿絵 エルデ)

少々長くなりました。 分割不可能の一連の御話。 楽しんで下されば、幸いに御座います!


 まずは彼女の御母堂様の容態を確認せねば成らないわよね。 彼女を促し、市民街の薬師処を退出したのよ。 ええ、薬師の方には能々(よくよく)場所を使わせて貰ったお礼を述べてね。 その際にちょっとした指摘を添えて。



 ”求められたとしても、高効能のお薬は渡さない方が宜しいかと。 副作用を含め、蓄積型のモノも御座います故。 そうそう、王都治癒所組合( C. H. O. )が、倖薄き人達への診療を始めるとの事に御座いました。 そちらをお勧めになっても、宜しいかと思います”



 薬師の人、ちょっとびっくりしたような顔をされ、そして破顔されたのよ。 まぁ、お金に成らない人達を相手にするよりも、ちゃんと対価を払ってくれる人にお薬は売りたいのでしょうね。 それは、あちら側の思惑の内の事。 私にはどうしようも無い、『人の業』と云う所。


 取り敢えず、彼女の家へと急ぐの。 この所、陽が落ちるのが早くなっているし、陽が落ちたら急に寒くなるんですものね。 周囲の目を憚る様に、彼女は深くフードを被り直し、私を先導して石壁の内側(貴族街)への道を突き進むの。


 見て取った通り、彼女は徒歩だったわ。 仮にも貴族階級の子女が徒歩で市民街の…… それも、あまり上品ではない場所へ足を向けるなんて、本当に切羽詰まっていたのね。 可哀想に…… 思わず、そんな言葉が心に浮かんだの。 自身を顧みる心の余裕は無かったって事ね。 


 そう、『侯爵令嬢』が、『聖堂の守り人』の姿で、市民街の市場に於いて、『托鉢(アルムス)』をしている。


 一部の人を除き、貴族籍に有る方が発狂する様な状況なのよ、今の私。 ふと、そう云う思いが、心に浮かんだのは、石壁に穿たれた玄門を通り抜け、誘われるままに街区の整備された道を歩んでいる最中。 



     特に、一軒の御邸の前を通り掛かった辺りでね。



 見知らぬ御邸だったの。 屋敷の周囲に有る鉄柵は、濃い緑の生垣が浸食して、翠の城壁の様になっている上、門扉には蔓薔薇絡みついて、開きそうにも無い程。 窺い知れる御邸にしても、既に何年もの間放置されて、まるで廃神殿の様相を浮かべていたの。


 貴族街の中でも、結構よい街区よ、ここ。 ちょっと興味が湧いて、尋ねてみたの。




「もし…… ファンデンバーグ様」


「はい、何でしょうか?」




 先導して歩いていた彼女は、足を止め振り返る。 立ち止まって、その御邸を見詰めながら問いかけた私に応えてくれたの。 なんだか、変なのよね。 此れだけの構えの有る屋敷が、完全に封鎖されている上に、ちょっと形容の出来ない様な、真っ黒な霧雨の様なモノが漂っているんだもの。




「此処は…… どうして、これ程 ” 厳重 ” に、封鎖されているのですか? 何か…… ご存知かなと、思いまして」


「えぇ…… その御邸の事ですね。 とある男爵様の王都の御邸でした」


「”でした”? それは、どういう意味なのでしょうか?」


「とても由緒ある、財務系の男爵家でしたが、なんでも重大な涜職をされたとか。 それでも、由緒ある建国以来の男爵家でしたので、その名跡を惜しまれた王宮の方々が、保全されたと、聞き及びます。 名跡は王家預かり、家門の財産は、ご領地を含め、全て名義を凍結の上『財務部』が管理。 個人資産は、故男爵様の遺児が全て受け継がれ…… 南方の教会付属の修道院にお入りに成られ、いずれ、その方が成人の暁に『家名』を復活させるのだとか。 そう噂されております」


「その男爵様は…… 今、『()』と、お口に成されましたが…… 病死かなにか…… でしたのかしら?」


「涜職の罪の重さに耐えきれず、『自死』されと…… 公告にて、ご説明が御座いました。 この区画の者達は誰も信じては居りませんが」


「……何故?」


「『聖職者』様であれば、この屋敷に何か有ると、お分かりかと。 今も、その類の噂や現象等は、深く静かにこの区画の者達が口にしてましてよ。 わたくしも、兄にその話を聴かされ、絶対に面白半分で入ってはいけないと、そう云われておりました。 多分…… 口封じ。 高位の方の身代わり。 そんな所でしょうか。 事実、その『涜職』の全容は公開されておりませんし、どのような事件だったのかも、同じ財務に勤務していた者ですら、知り得なかったとか。 でも……」


「でも?」


「グランバルト男爵様は、それすらも『予見』されていたのでしょう。 そうでなくては、愛妻家として有名であり、且つ、御令嬢も溺愛されていた男爵様が、奥様を全ての権利を放棄させた上『離縁』され、愛娘を孤児院に預けるなどと、考えられないと…… そう、この街区の者達は言います。 それが、どれ程『無念』であったか。 どれほどの心残りであったか。 故に、この屋敷には『その存念』が、色濃く漂っているのだとか……」


「グランバルト男爵家の、王都の御邸に御座いましたか。 ではッ! リッチェル侯爵邸は、この近くなのでしょうか?」


「リッチェル侯爵邸……? あぁ、それならば、この街区より、南に一区画、中央へ二区画 行ったところにに有りますわ。 ええ、一区画丸ごと入る大きさの、大きな御邸です。 それが?」


「い、いえ…… わたくしの『神籍』のある、アルタマイト神殿は、南方リッチェル領に御座います。 その男爵様の御令嬢の御話とよく似た『御話』を存じておりましたもので……」


「南方、アルタマイト…… リッチェル侯爵様の御領地でしたわね。 だからですか。 ええ、ええ、その様ですね。 詳しくお知りになりたくば、母に…… あぁ…… 今は衰弱して、とてもお話出来るとは思いませんが、もし…… もし、修道女エル様が快癒して下されば…… きっと……」


「ごめんなさい、要らぬ事でしたね…… 『お話』は、また別の機会にしましょう。 今は、御母堂様の御身体を視なくては。 ごめんなさい、道行を止めてしまいました」


「いえ。 同道して下さるだけでも、どれ程、心強いか。 この先の街区に我が家が御座います」


「はい。 行きましょう」




 驚いた。 心底、驚いた。 ……そっかぁ。 あそこで生まれたんだ、私。 直ぐに『取り換えられた』けれども、あそこが私の『生家』( ・・ )だったんだ。 この場所の『記憶』は、私の中には欠片も無い。 ただ、此処で生まれたと云う事実は、変えられないのだけど、にわかには信じられないし……。


 そうか…… 私は、此処で生まれ…… 妖精様に取り換え(ヴィクセルバルク)を、行われていたんだ。


 それならば、この雰囲気は…… おかしくない。 あの黒い霧雨のようなモノ…… アレ…… 妖精様方の ”怒り ”とか、 ”情念 ”の残滓みたいなモノ。 それも…… かなりのモノを溜め込んでいるみたいね。 これは…… 『()』を…… この地に呼び込むのならば、いずれ浄化をしなくてはならないかも…… 


 ブンブンと頭を振り、今は、今やるべき事に集中する事にしたの。 


 未来は…… どうなるか判らないんだものね。





           ――――― § ――――――






 其処から二街区歩いたところに、ファンデンバーグ法衣子爵家は有ったの。 全体をなんだか、こう…… 重い雰囲気が包み込んでいる。 誰かに見張られていると云う感じというか…… ジッと見詰められていると云うか…… 良く無いモノかと云われると、そうだと断言するには、何かが足りない、そんな感じなの。


 誘われるまま、邸内に入ると、空気は更に重くなるの。 感じ悪いわ。




「あの…… ほ、本来であれば、神官様をお迎えするのならば、客間へ……」


「時間が無いのでしょ? 御母堂様の下へ。 貴女の大切な方の『容態』を、確認せねばなりません」


「はいッ! あの、先程は…… し、失礼を……」


「良いのです。 それだけの事を、不逞の神官達はして来たのですから。 こちらですか?」




 ほら、この子はこんなにも素直。 ご家族に愛され、ご自身もご家族を愛し、そして、その愛する者が害されているとなれば、あんな風にもなるわ。 ええ、その気持ちは、理解出来るのだもの。 聖杖で、軽い結界を張り、この屋敷の中で一番『雰囲気』の軽い場所へと足を運ぶ。


 彼女がちょっと驚いた表情を浮かべ、私の後に続く。




「あの…… わたくし達の事をご存知だったのですか?」


「いいえ。 『聖職』に就いて居るモノならば、感じられるのですが、貴女方ご家族方が、大切な人を少しでも良い場所で療養させようと努力されている事に。 その跡を追っているのですよ」


「えっ?」


「御母堂様が寝ていらっしゃるであろう場所。 その方が一番落ち着くのでは?」


「え、ええ…… 恥ずかしながら母は本来の居場所である、法衣子爵夫人の自室でも、我が家の執務室でも、清浄に努めている客間でも、具合が悪くなるのです。 だから…… 一番よく眠れる場所で……」


「そうでしょうとも。 ええ、判ります。 ご家族の真摯な気持ちと、御母堂様に対する慈しみの心。 それが故に、この現象の根源と成るモノも、強く手出しが出来ないのでしょう。 精霊様の御加護ですね。 そして、それは今も強く御母堂様をお守りしている。 ……その根源たるは、御母堂様の家族を慈しむ心と、神様と精霊様への感謝の祈り。 ご家族に…… それも愛してやまない貴女への、 ”愛情 ” と云う名の、眼に見えぬ【結界】が、今の御母堂様の『護り』と成っているのでしょう」


「えっ? 私への?」


「御自身の私室では無いのでしょうか? 今、御母堂様が居られるのは」


「な、なぜ、それを……」


「先程の御話と、明らかな『祈り』の気配。 この屋敷に棲まう、古き精霊様の息吹。 それが、一所を指しているのですよ。 そして、そっと私に囁くのです。 ”救い、癒せ” と」




        ――――――




 上位巻物(エルダー・スクロール)に問われた言葉。 全てに『是』と、応えた私。 今も鮮明に刻まれているの、私の心に。


 汝が手に託される人々の幸の為に身を捧ぐか

 汝が知り得た事を余人に漏らさぬか

 汝は研鑽を常とし、より高みを望めるか

 汝は善きものと悪しきものを見極め、善き道を進むことが出来るか

 汝は慈愛を以て勤めを精勤するか

 汝は、神と精霊に問いかけに対する答えを実行すると誓えるか


 大聖女オクスタンス様に授けられた、『秘匿されし聖女』の 言上げ(誓約)。 神様と精霊様に託された、倖薄き人々への献身。 その為に与えられた、『聖女』の知覚。 存分にその力を行使せよとの思召し。 ならば、私が成す事は唯一つ。


 指し示られたかのように、私の前に行くべき場所が浮かび上がる。 固く閉じられた扉の前に立ち、彼女を見ると、明らかに動揺した彼女の顔が有ったの。




「わ、わたくしは、誰も…… わたくしの部屋に招待した事なんて無いのに…… もう、使用人すら居ないと云うのに…… なぜ、この方は…… 知っているの?」





 小声で呟く彼女に、笑みを浮かべながら待つの。 この扉を開ける事が出来るのは、この中に大切に護られている人を、愛する人しかいない。 無理にこじ開けようとしたら、危うい均衡の上にある、この部屋の結界めいたモノが霧散する。


 一時的にではあるけれど、その守りの強化は必要ね。 内側の護りの結界には触れぬ様に、聖杖をトンと床に落とし、そこから聖結界を紡ぐ。 悪しき者が、侵入できない様に、愛する者への慈愛を持たぬ者が入れぬ様にと。


 トントントントン。


 ノックの音。 自室でも、礼法は護る彼女の姿に、淑女の矜持を見るの。 あぁ、彼女は貴族たるを心得ている。 扉を開け、入室する彼女の後ろに立ち、入室許可を待つ。 ええ、入っていいと、そう云われるまでは、私は部外者でしか無いもの。




「どうぞ、修道女エル。 お入りください」




 暫時の間をおいてから、部屋内から声が掛かる。 ゆっくりと息を吐きだし、その吐息に聖句を載せる。 これからが正念場だと、自身に言い聞かせ、足を動かし入室したの。


 明るい部屋だった。 調度品は少ない、しかし、決して寂しい感じはしない。 十分に配慮された、そんなお部屋の様子。 奥の寝室から、声が掛かる。 彼女の声の時を、推し進めた感じの柔らかで有り、大人な声。




「このような場所でお迎えする事をお許しください。 わたくしは、エミリア = ソフィア = ヴァル = ファンデンバーグ。 ファンデンバーグ法衣子爵の妻に御座います。 身体が思うように動きませぬ故、寝台の上より失礼いたします」


「アルタマイト神殿 薬師院に『神籍』を置く、第三位修道女 エル に御座います。 第二級薬師を戴き、治癒師としても神様と精霊様の『御役目』( 御意思 )を全うする者に御座います。 お嬢様より、ファンデンバーグ法衣子爵家の窮状を知り、また、王都聖堂教会に所属する者が、不逞なる行いを成したる事、深くお詫び申し上げます」


「……聖堂教会は、立ち戻ると。 そう、思っても良いのですか?」


「教皇猊下の御意思は、経典に有るが通り。 立ち戻る…… では無く、それ以外を切り離す。 ですわ。 神様と精霊様が御意思の御手先。 それが、『神職』に有るが者の務めで有ると。 そう、宣せられました」


「ならば…… 下々の者達が『真摯な祈り』、天に通じたと…… 善き哉」


「真摯な祈りを感じられた、神様と精霊様が御意思により、わたくしはファンデンバーグ法衣子爵家に誘われました。 そして、『神の御業』を行使せよとの思召し。 夫人、御手を取り、脈を診る事をお許しください」


「……修道女エル。 許します。 『祈り』が、天に通じたるを慶び、『感謝の祈り』を捧げます」


「有難き御言葉。 では、失礼いたします」




 この方…… もしかしたら、『神籍』に有ったのかも? それが故の神様と精霊様方の加護?



     ―――― 今は、そんな事を言ってられない。 



 御手を取らせて貰って、感知魔法を口の中で唱える。 衰弱しているのは判る。 ええ、とても。 でも、その原因が判らない。 全体的に体調が凋落していると云えるのよ。 


 でも、それは予測していた事。 あの子もそう云っていたし、王宮治療院の治癒師の見立ても同じなんだもの。 これは、あくまで確認の作業。 そう、この方の御身体の方に何も問題は無いと云う事の。


 では、本命。 精霊魔法術式を編む。 読み取るのは、魔法学的に云えば、観測不可能な『精霊様の息吹』の流れ。 それを観測し調べる事が出来るのは、精霊様の御加護を持つ者しかできない。


 崇高なる魔法使いが使用する『魔法』と、高位神官が神様の御手として顕現を願う『精霊魔法』の違いのようなモノね。 


 精霊様に祈り願う。 倖薄らぐ、この尊き方。 何者が『幸せ』を奪うのか。 何の『情念』が、その邪な願いを成就させているのか。 それこそが ” 呪い ”( ・・ ) の本質。 聖句を口に、神様と精霊様に伏し願う。 その根源たるを我が目に映して欲しいと。


 眼に精霊様の聖紋が浮かび上がり、そして、彼女の御母堂様の身体に巻き付く蔦の様な ”悪意 ”が映る。 根源たるモノから、薄く伸びそして絡め捕っているその蔦のようなモノ。 部屋のあちらこちらから伸びている。 まるで、城壁石組みの隙間から生える草木の様に。 堅固な城壁すら突き崩す、細やかで強靭な ”邪悪な思い ”( ・・・・・ )


 邪悪? そうかしら? コレって…… 何かを訴えているの様な気もするのよ。 這い出る蔦の様なモノに施されているのは、紛れもなく神官様達が使用する『精霊術式』。 でも、拙いの。 とても、拙い。 その上に、何かの『意思』を感じる。 いえ、その意思そのものを、『精霊魔法』の原動力としている…… 感じもする。



 …………そして、術式に力を与えている『モノ(・・)』が、人では無い()か。


      ―― つまり、召喚術と精霊魔法の混合物。 ――




 こんなモノを扱えるのは、既存の呪術師や魔法使いではありえない。 唯一、神官であれば……、可能か。 しかし、この術式を見るに、使用したのが神官ならば、その方は決して研鑽などしていないのは確か。 術式の構築も甘い。 制御術式のいくつかは破綻している。 さらに、術式を綴った魔力は、全く練れていないのよ。


 まるで、聖堂に入りたての侍者(アコライト)が紡ぐような、幼さ稚拙さも感じるわ。


 ならば、遣り様も有る。 私は、眼に《精霊術式》を載せたまま、その蔦が這い出ている場所に向かう。 手に持っている聖杖を掲げ、精霊様の息吹を宿し……


 叩く。




      カツン……


                     カツン……


           カツン……





 御部屋の中。 壁より這い出ていた全ての蔦を断ち切り叩き潰す。 叩かれた蔦は、一様にその姿を無くし、昇華し、光と成って虚空に消える。 穴に成っている場所には『丁寧』に処理を施し、塞ぎ切るの。 もう、二度とこのお部屋に出入りできぬ様に。


 御母堂様に巻き付いていた蔦の様なモノは、根を断ち切られると、白化し始めやがてその存在を固定できなくなり、ボロボロと崩れ落ち灰になる。 窓から入る風が、その灰を丁寧に持ち去っていく。 


 そこまでしてから、ベッド脇に立ち『聖杖』を掲げ聖句を唱える。 『血と智(魔力)』が、身体を巡り、練り上げた魔力が、《精霊魔法術式》を紡ぎ出す。 そして、発動の為の『言上げ』を始まるの。




「聖女が魔法【清浄】【浄化】【快癒】。 神様、精霊様方の御力を持って、此処に展開す。 我、エルデが魔力を以て、尊き人の命に…… 安らぎと慈しみを与えん」




 トンと『聖杖』を、床に落とす。 杖の石突から一気に広がる魔法陣。 クルクルと周り、拡大し、そして部屋を一杯に広がり発動する。 トントンと二回、更に床に聖杖を落とす。 術式に【不壊】を上乗せ。 さらに、こんな状態にした元凶に対し、神の鉄槌を振り下ろす。




「神の息吹にて、邪なる者に報いを与えん!!」




 遠くに木霊する、絶叫。 幾つも重なり、和音の様な響きを持つ 『崩壊』の音。 


 私が、成したのは聖女の秘術。 知る者は居ない、そんな神様から直接戴いた、聖なる秘術。 両手に聖杖を持ち、目の高さに引き上げ、紡ぐは大聖女様より受け継ぎし、『聖女が祈り』。 秘匿せよと思召した、私の秘密。 理由は唯一つ。


  ―――――― 相手が『人』では、無かったから。 


 並みの魔術式では、太刀打ちできない。 故に、魔法使いでは対処が不可能。 それは、魔術を心得る治癒師でも同義。 神官でさえも、相当な階位の者でなくては、対処すら出来ない相手。 だから、秘匿されている、私の『業』( ・ )の使用に踏み切った。


 神聖な空気が部屋の中に満ちる。


 強大な加護が、この部屋を中心に、御邸に広がっている。 そう、認識できたの。 後は…… そうね、失った生命力を取り戻してもらうだけ。 コレは、余り難しい事は無いわ。 念のためにと、斜め掛けにして来た、鞄の中に薬品とポーションがあるのだもの。


 まずは、御身体を中から清めなくてはね。




「お嬢様、水差しとカップを」


「……………………は、はいッ!!」




 目に映る光景が信じられないのか、彼女は私の声に暫く反応が出来ていなかった。 でも、持ち前の気丈さで、覚醒するとバネが弾け飛ぶようにお部屋を出て行ったの。 静謐に包まれる御部屋の中。 ベッドの上で、身体を起こした法衣子爵夫人が、此方を見詰めておられた。 聡明そうな顔。 そして、その瞳に幾つもの『思案』が浮かび上がっている。 怖い程、深い目の色ね。 やがて…… 静かに言葉を紡がれるの。




「幾つもの噂を聞きました。 低位の者達の中でも、御城の深い場所にて献身を差し出されている方々の」


「はい…………」


「塔に、光が灯ったと。 また…… 南方辺境域から、王都に続く途上にある幾つもの貴族家の者達からも、様々な噂話が届きました。 散文的に、一つ一つは単に喜ばしい事柄ながら、繋がり等…… 全く見えぬ事柄の数々でした」


「はい……」


「王都では、病に侵されていた、教皇猊下がその力を取り戻された。 王城では、『塔』に光が灯った。 南方より、大聖女様の愛弟子が『王都』に来られた。 南方辺境域では、奇跡の業が発現し、神様が倖薄き人々への『慈しみ』を示された。 聖堂教会に聖櫃(アーク)が、アルタマイトより戻された……」


「はい」


「噂話は、噂話。 病に倒れている、病弱な法衣子爵が夫人の戯言。 でも、ファンデンバーグの妻として、これらを勘案し、繋ぎ合わせますと一つの事実に収斂していきます。 ……エル様。 いいえ、『神聖聖女』( ・・・・ )エルデ様。 我が家にお運びに成られた事、神様と精霊様に感謝申し上げます。 その上、わたくしを救って頂き、有難く存じます」


「…………貴女無くしては、法衣子爵家の存続は叶わぬと、お嬢様が申しておられました。 真摯な祈りを捧げる崇高な魂の持ち主を、神様は見捨てはしないのです。 その為に、神様は、私を御遣わしに成られた。 ……『神聖聖女』( ・・・・ )の件は、お聞きしなかった事に。 『噂』になっている…… 『小さな事柄』だけ…… なのですから」




 ジッと私を見詰める、法衣子爵夫人の静かな瞳。 やがて、諦めたように目を伏せ、そして言葉を紡がれたの。 残念そうな音が、言葉の端に浮かんでいるの。




「…………『秘匿』は、密やかに そして、厳重にですわね。 ええ、承知いたしました。 まだ、主人にも伝えては居ない、考察ですので、広がる事は無いでしょう」


「……つまり、ファンデンバーグ法衣子爵家は、そう云う御家柄なのですか?」


「……御推察、誠に」




 そっか…… 頭脳明晰な訳だ。 ファンデンバーグ法衣子爵家は、小さな事柄を積み上げ、統合し、組み合わせ、そして全体像の解像度を上げる事が出来るし、それを生業としてきた御家門だったのよ。 そう云えば、彼女にファンデンバーグ法衣子爵様の前職を聴いて無いわ。 多分…… そう云った関連の職務についておられた…… のだろうと思う。


 そして、法衣子爵様の片腕にして、『頭脳(・・)』が…… この法衣子爵夫人ね。




「修道女エル様。 と云うより、エルディ=フェルデン侯爵令嬢様と御呼びした方が宜しいかしら?」


「……この場で、この姿ですので、修道女エルと」


「成程、『小聖堂の守り人』たる『神職』を奉じておられる方ですのね。 では、わたくしの事は、ソフィアと。 貴女と友誼を結ぶのは、わたくし個人ではなく、ファンデンバーグ法衣子爵家として…… では、如何でしょうか?」


「…………ソフィア夫人。 それでは、まず、御身体を治して頂かなくては」


「ご指導をお守りいたします事、お約束いたしましょう」


「御令嬢も安心なさるでしょう。 幾多の不幸を真摯に真っ当に耐えられたファンデンバーグ法衣子爵家に幸あらん事を」


「神様と精霊様に感謝の祈りを」




 期せずして…… 私は、法衣子爵夫人と、ファンデンバーグ法衣子爵家と知己を得る事が出来たって事ね。 そして、そこに敵意は存在しない。 これは…… すこし…… 私の使命の実現に、近づいたのではないのかしら? 下位貴族の社会の中で、この方はどうやら ”強い影響力 ”を、持っておられるらしいんだもの。


 ―――― パタパタと走る音。 


 息せき切って、彼女がお部屋に駆け込んでくるのよ。 その手には、水差しとカップの乗った銀盆。 ちょっと…… ハシタナイデスワヨ。



 さて…… 対処は終わった。

        これから、根源に対峙しなくては……



 現段階では、根本的な解決には至らない。 それなくして、ファンデンバーグ法衣子爵家の未来は常に暗雲に覆われてしまう。 でも、その前に、この掴み処の無い、精神的に屈強な御夫人の、命を繋ぎ、長く生きて貰う為の……






「ソフィア夫人、治療を始めましょうか」






挿絵(By みてみん)

https://24799.mitemin.net/i822425/


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― 新着の感想 ―
AIさんは指が苦手なんだなあ。
[一言] 初めまして、いつも素晴らしい作品を更新していただきありがとうございます。貴方様の作品の凛として流されず、バランス感覚のいい主人公達に、励まされています。 私はいつも沖麻実也さんや船戸明里さん…
[良い点] お忙しい中更新ありがとうございます。 話が急展開し深まり、とても読み応えのある回でした。 AIイラストもイメージ通り。この可愛さで内側は意外と口が悪いところがいいですね。 [一言] 王国の…
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