エルデ、内なる声に導かれ、天命とまみえる。
貴族学習院の小聖堂と、フェルデン別邸の小聖堂を往復するような日々。 私の行動は、貴族の方々の心には、未だ届かない。 学習院の小聖堂に祈りに来る方は、一向に増えなかった。 と云うよりも、誰も寄り付きもしなかった。 特別な ”密会 ”に使用される人の他は……
まぁ、そんなものよね。 私が穢れを払い、澱みを流したとしても、それは『その場所が清浄に成った』と云う事にしか成らないんだもの。 人の気持ちは、変わる筈もなく、今なお教会への貴族の不信感は根深いのよ。
―――― 時を見計らって、学習院の『治癒所』にも、足を運んでみたの。
あの時、約束したから、足を運んでみたのよ。 ピンキー様の居られる時間と云う事で、色々な人達が居られたのは、最初の一回だけ。 どんな所か興味もあったから。 まだ、どんな所か判らなかったから、単にお邪魔しただけなのよ。 ピンキー様の人柄か、色々な方々が見えられていたわ。
でね、次にお邪魔したら、モノの見事にピンキー様以外の人は居られなかったわ。 ピンキー様も困った顔をされて居たわ。 まぁ、そうなるわよね。 仕方の無い事だと諦めたの。 それで学習院の治癒所での製薬も諦めたのよ。 だって、そんな私が製薬したなんて、噂が広がろうものなら、学習院の『治癒所』に来られる、本当に治療の必要のある方でさえも、足が遠のくわ。
だから…… 『治癒所』に、お邪魔する事自体を、控えるようにしたのよ。
学院の貴族の方々は、教会関係者を徹底的に『無視』『排除』する事を、心がけられているのね。 まぁ、そんな所よ。 それでも、フェルデン卿と交わした『義務』は『義務』。 登院日には、必ず学習院に登院し、小聖堂に於いて祈りを捧げ、時間が来るまで人気の無い図書室で過ごす事に成ってしまったのよ。
徐々に、周囲の目が厳しくなるのは、多分…… フェルデン侯爵家の御継嗣様が、高等部初日に登院されてから、その後、一日も登院されていないから…… 事情を知らない高位貴族の方々の胡散臭げな視線と、『怒り』を感じる事が有ったから……。
今の所、貴族学習院での、私の『御役目』は、全く成されて居ないと云う事だけは『事実』なのよ、困った事にね。
―――§―――§―――
秋風が樹々から葉を散らせ舞い踊らせるそんな季節になった。
王都の秋。 空が高く澄み渡り、収穫された穀物の香を運ぶの。 実りの秋。 冬への支度時ね。 フェルデンの小聖堂でも、秋に行う豊穣への感謝を捧げる『御祈祷』の準備に入ったの。 大切な『豊穣祭』が、もうすぐ行われる季節になったもの。
私も、『小聖堂の守り人』。 この小聖堂に於いても、『豊穣祭』の ”お勤め ”をする義務が有るのよ。 聖典に記されている、『聖職者』の義務としてね。
念入りに清掃を行い、各種の『大地の実り』を捧げ物として準備する。 主食である小麦や大麦。 雑穀類、葉物野菜などを準備しているのよ。 野菜はフェルデンの厨房方が、浄財として喜捨して下さるの。 これも貴族の家の義務だと、そう仰られていたわ。 有難くその申し出を受ける事にしたの。
『豊穣祭』では、聖壇に供え、実りを与えて下さった神様と精霊様方への、捧げ物とするの。 お祭りとしては、国を挙げてのお祭りである『収穫祭』とは異なり、教会が主導するのが『豊穣祭』。
国を挙げて盛大に祝われるのは、『収穫祭』であり『豊穣祭』とは違うのよね。 一般の方々は同じような物だと考えられているけれどね。 『収穫祭』は、『税』が恙なく収められ、王国の藩屏たる貴族家に収穫物が確実に収められた事を祝する物。 そして、国庫が満たされた事を祝する物。
――― 『人の営み』であり、『歓び』であり、そこに『祈り』は無いわ。
それに対して、誠実に大地からの恵みに感謝を捧げるのが『豊穣祭』
『豊穣祭』では、感謝の祈りを捧げた後、聖壇から供物を頂き、 『 調理(理を調え)』して、倖薄き人達への振舞うの。 王都聖堂教会でもする筈だし、王領内の各管区の教会だってするわ。 王領外でも辺境域の大聖堂でも『豊穣祭』では、それはそれは、盛大に行われるのよ。
下町で、孤児院で、貧窮院で、いつもは下を向いて暮らしている人々が、憂いなくお腹いっぱいに食事がとれる日なんだもの。 顔を上げて交わす笑顔は、精霊様方への最高の『奉祝』ともいえるわ。 慈しみ加護を与えた者達からの『感謝の祈り』。 それは、尊い祈りに違いないのだもの。
私も、フェルデンの小聖堂にて、それをするの。 神官の端くれとして、小聖堂の守り人として、遣らねば成らない事なんだものね。
フェルデンの小聖堂の『豊穣祭』を祭するには、『供物』を準備しなくては!
御供物は、私自身が街で『浄財』を托鉢で、集めなくてはならない。 私が使えるお金は、無いわ。 第三位修道女としてはね。 聖堂教会 薬師院での『お勤め』も、市井に流す医薬品も、対価は祈りなんだもの。 よしんば、現金が有ったとしても、供物を購入する事は聖典では、良しとされないのよ。
――― ”浄財 ”として幾許かの ”現物 ”を、集める事が神意に叶うのよ。
勿論…… 「フェルデン侯爵令嬢」としては、予算も組まれているし、其方を使っても問題は無いとバン=フォーデン執事長とミランダからは云われているのだけど、やっぱり、そこは教義の問題。 『神職』に有る者としては、やはりそれなりの方法で準備するのが当然と云え、義務だと捉えているの。
下町の市場に出向くには、「侯爵令嬢」の姿では不自然に過ぎる。 まして、托鉢を その姿では出来る筈もない。 だから、私が着るのは勿論 修道女の装い。 茶色の式服に、髪を隠す様に頭巾を被り、その上に式服と同色のベールを被る。
一般の修道女と違うのは、既に「小聖堂の守り人」と云う「神職」に着任しているから、その役職を示すストラを掛ける事。 フェルデンの小聖堂に赴任する事が決まった際、リックデシオン司祭様から直接授けられた『聖職者』の証でもあるのよ。
『聖職者』とは言え、最下層の修道女である私が掛けられるストラは、白無地のストラ。 首の後ろと端に聖堂教会の紋章が紅色の糸で刺繍されている、お腹くらいまでの長さの短いもの。 それが、『小聖堂の守り人』の役職に就いている神職である事を示すモノなのよ。
肩から斜め掛けにした鞄は、頂いた浄財を入れる為の袋。 ガッチリと固めた足元は、王都迄歩き切った時に使った靴。 準備が整い、フェルデン別邸の裏門から外へと。 玄門を護る聖堂騎士の方に声を掛けられたの。
「修道女エル様。 その御姿は、托鉢ですか?」
「ええ。 『豊穣祭』の供物を托鉢に」
「それは、それは。 しかし、御一人でしょうか。 それは、不味い。 街に出られるならば、護衛が必要ですが、その旨を貴女から 「お知らせ」を、頂いておりませんので、人員が……」
「えっ? どういう意味なのでしょうか。 托鉢は一人で、勤行するモノに御座いましょう。 御心配には及びませんわ。 托鉢は、基本的な勤行に御座いますし、慣れておりますの。 ……夕刻までは戻ります」
「いや、しかし……」
「聖堂騎士様の『お勤め』は、玄門の警護に御座いましょ? 『お勤め』に感謝を。 ご苦労様です」
困惑し、押し留めようとする聖堂騎士様方の横をすり抜け、私はすたすたと玄門をくぐり抜けたの。 あぁ、気持ちいい風ね。 そのまま御邸街の広い通りを通り抜け、下町に向かうの。 人々の往来が少ない貴族街は、警備しやすいように、私の背丈の倍ほどの石壁がぐるりと取り囲んでいるわ。 貴族街自体は、王城を中心とした円状に広がっているから、丁度、王城と石壁の間に貴族街が有る感じなのよ。
その外側に、市民が暮らす街が広がっているわ。 ずっと外側に、王都城壁がその偉容を誇っているのが、微かに見えるのよ。 その市民街と貴族街の間に在る石壁には、幾つかの玄門があるの。 東西南北には大きな玄門。 その間に幾つかの小玄門が存在するの。 私は、フェルデン侯爵家別邸に程近い、北西にある小玄門を通り抜ける。
抜けた先には市民街が広がるわ。 治安の良い王都ならでは、活気のあるそこは市民の生活の場があるのよ。
もうすぐ王国主催の『収穫祭』があるから、街の活気は普段以上に熱いとも云える。 まして、今日は月に四度有る『蚤の市』の開催日の第四日目。 小さな露店が大通りの両脇に並び、串焼きの食欲をそそる匂いが漂っていたのよ。 その他にも、色々な食べ物を扱う露店も有り、もう、私は誘惑を撥ね退けるのに必死よぉ。
街中の市場に入り、穀物を扱う商店の前に立ち、聖句を口ずさむ。
祈り豊かな人は、これで、聖職者の托鉢と判るし、そして、なにがしかの布施を戴く事が出来るの。 あまり信心深くない人もいる。 聖句は四節。 それが決まりみたいになっている。 もし、その四節を口にしている間に、御布施を頂けなかった場合は、速やかに立ち去るの。
ほら、忙しいのかもしれないし、迷惑に思っているのかもしれないし、信心している神様が違う場合も有るもの。 頭を下げて、聖句を唱える時間を戴いた事に感謝を捧げるの。 此処まで遣り切って、 ”儀式” としての、托鉢が、完成するのよ。
何軒かのお店の軒先に立ち、その内の何軒かから御布施を戴く。
戴けたお店に対しては、深く頭を垂れ、神様と精霊様方の祝福と御加護あらん事を言祝ぐの。 聖杖を持ち、ストラを首にする私が、托鉢をしている事から、市民街の方もどこかの小聖堂の守り人の『お勤め』と思って下さるのよね。
市場を歩き回り、必要な分の『御喜捨』が集まったわ。 芋、栗、粟、稗、麦、そして、豆。
最後に立ち寄った小さな穀物店の御店主様は、奮発して黒曜豆を、喜捨して下さったの。 もう、感激しちゃったわよ。 だって、とても高価なのよ、作付けも面倒で、その収穫量も少ない、稀少な豆だもの。 勿論、お薬の原料にもなるのよ。 主に、【悪霊除け】のね。
盛大に感謝の祈りを捧げると、そのお店と御店主様に【精霊様方の加護】が、降り注いだのが見えたの。 神職では無い方々には、良く判らないけれど、『修養した眼』を持つ方々には、このお店が精霊様に祝福されたお店だと、直ぐに判るくらいにね。
――― 感謝申し上げます。
さて、帰ろうかと思っていると、偶然に下町の『薬師処』が目に入ったの。 いつも通り、倖薄い人達で溢れているのよね。 お金の無い でも、調子が悪い人達。 不調の元を調べるのは、『治癒所』なんだけど、そうすると診察代金が彼等の生活を圧迫するのよ。
だから、万能薬的に体力回復ポーションとか、傷薬なんかを、何でもいいから買い求めるの。 私が『祈り』を対価に下町の『薬師処』に卸している医薬品類が、そこにピタリと当て嵌まるのよ。 だって…… ねぇ。 購入代金が掛からず、それでもって、市販のお薬と同じ効能を持っていて、自分で販売価格を決められるなら、『薬師処』の方々にとっては、これ程都合の良いモノは無いもの。
事情を斟酌して、殆ど無料で処方する事も出来るし、他の薬師から仕入れた医薬品と同じ価格で売っても良い。 利益は、街の人々が必要とする医薬品の購入に充てられるのだから、私がとやかく言う事はないんだもの。 全てを救う事は出来ない。 ただ、最も多くの倖薄き人達が救われたら…… と考えて居ないと、遣り切れなんだもの。
そんな中、その薬師処から一人の女の子が叩き出されてきたの。 罵声を浴びせられて、放り出されているのよ。 ちょっと、それは無いんじゃないの?
「こんな下町に、お貴族様の娘が何の用だッ! 金も無いくせに、高品質ポーションを寄越せとは、どういう了見だッ! こちとら、なけなしの金で効くかどうか分かんねぇ薬に頼んなきゃなんねぇんだッ! 帰れよッ。 お貴族様らしく、自前の治癒師に頼めよッ!」
「そ、そんな…… で、出来れば、やってます。 ここでは、品質の良いお薬が安価で手に入ると聞いて来たんです。 お願いします。 どうか、お願いします。 お、お金は…… よ、用意します」
「今直ぐに『代金』が払えないなら、帰れよ。 貧民には、ココが最後の砦みたいなもんだ。 お貴族様なら、お貴族様らしく、親戚やら ”お友達 ”に頼めよッ」
何となくだけど、事情は読み解けた。 暴言を吐いているのは、この薬師処の店主や薬師様じゃ無いわね。 『最後の砦』…… ねぇ。 まぁ、そうなるかな。 でも、不思議。 ”貴族の令嬢 ”とか言ってたわよね、あの男の人。 あの子…… 無茶な要求をしたのかしら?
それでもう、失うモノが無い、あの男の人が貴族に対して反抗したのかしら? 周囲の同じような境遇の人達も、あの男の人の言葉に同調していて、だれも女の子に ”同情 ”すらして無いのかしら?
でも、コレは見逃せない。 良く見ると、その女の子…… 豊かな暮らしを送っている筈の貴族としては、少々問題が有る装いをしているのよね。 秋口だと云うのに、フード付きの薄手のコートと、コートの下の薄い服地のドレス。 安価な装飾品。 痩せ細った手足……
貴族街の『薬師処』では無く、下町の薬師処に薬を購いに来ている事。
そして、道端に放り出され、尻もちをついていても、誰も彼女に手を差し伸べる事はおろか、護衛すら周囲に居ない事。 もう一つ、彼女…… 徒歩で此処まで来たみたい。 乗り物が近くに居ない。 余り治安と云うか『お上品な方々』が居ない場所に『単身』やって来る貴族令嬢は……
――― 居る筈も無い。
でも、このままじゃぁ、この区画の倖薄き人達に禍が降りかかる。 彼女がもし、この仕打ちを『巡邏の警邏官』に、告げようものなら、それこそ大事に成るわよ。 貴族に対する市民の暴虐とされてしまえば、この薬師処に居た全ての人々が罪に問われ、処されてしまう。
それ程に、この国の『階級制度』は、強固で容赦の無いものなのだから。 倖薄き人々の命が脅かされていると感じるの。 短絡的で、感情的な市井の最下層の人達には…… 俯瞰的な視点など、持ち合わせていないのだから。
……しかたない。 介入しよう。
「どうかしましたか? 此処は倖薄き人々が利用する『薬師処』。 貴族階級の方が、参られるような場所では御座いませんが? 何か、事情が御有りに成るのでしょうか? 良ければ、御話を伺いましょうか?」
「……あ、あなたは?」
「聖堂教会が第三位修道女に御座います」
「せ、聖堂教会ッ!!」
「どうか、致しましたか?」
「い、いえ…… 」
口籠る『何処の誰だかも判らない』、貴種の血統を持つ彼女。 顔はフードで覆われているけれど…… ちょっと煤けているけれど、立派な淑女だとは思うのよ。 何はともあれ、取り敢えず手を取り立たせるの。 突き飛ばされたまま、道端で座り込んでいるのは、どうかと思ったから。
薬師処に来ていた方々は、もう興味すら失って薬師処の中に入って行った。 そりゃ、自分の事の方が大変なんだものね。
フードから覗く口元をへの字に曲げて、困り果てている彼女。 事情を聴こうにも、心を閉ざして何も語らないのよ。 強く…… 本当に強く、『聖堂教会』に、不信感を持っているのは、明らかだったわ。 困ったなって思っていてたら、薬師処の路地に面した裏口から、一人の薬師様が出てこられたの。
私を…… 『聖堂教会の修道女』を、見知っている訳では無いけれど、私が薬師処の前で困っているのを見かねて出てこられた…… そんな感じでね。 本心は、市民街の『薬師処』で、いざこざを起こした、”うら若き貴族女性 ”に、何かを言いに来た? それとも、『警邏の警邏官』に訴えられない様にする為? ……そんな所よね。
そして、認識するのよ。 私が彼女に手を貸して、立ち上がらせていた事に。 そして、話を聴こうとしている姿を。 様々な思惑を持った瞳が、私を捕らえているの。 見るからに困っている感じの私を見て、頬に仄かに笑みを載せながら、その薬師様が声を掛けて下さったのよ。
「修道女様…… いえ、そのストラから『聖堂の守り人』様に御座いましょうか? 『豊穣祭』の托鉢ですか?」
「はい。 お役目を戴いている小聖堂にて、『豊穣祭』を執り行う為に、供物の喜捨を募っておりました」
「左様で。 どちらの所属で?」
「所属は、アルタマイト神殿 薬師院 第三位修道女に御座います」
「えっ? アルタマイト神殿? あの南方辺境域の? ……えっと、それではもしや、貴方様が『辺境の聖女 エル様』なのですか?」
「なんですか、それは。 でも、修道女エルに相違は御座いませんわ。 あの…… 私をご存知なのですか?」
「それはもうッ! 何時も、ありがとう御座います!! 貴女が製薬して下さった医薬品の数々は、こちらとしては、大助かりなのです!! 聖堂教会を通じて、こんな街の『薬師処』に優先的には配布して下さるなんて! いやぁ、此処で お逢いできるなんて、思ってもみませんでした。 神と精霊様方に、真摯で絶大なる感謝を!! 貴女の献身により、最下層の者達がどれ程救われたかッ!」
私と薬師様の会話をポカンと口を開けてみていた彼女は、何かを察したように俯き加減ながらも、口を開き言葉を紡ぐの。 必死で切実で、もう、それしか望みが無い様な、そんな切迫した声色をしていたの。
「あ、貴女が安価で効能の高いお薬を作られている修道女なのですか? も、もし、聖堂教会が慈悲の心を持ち合わせているならば、お、お母様をッ! お母様を救ってッ!」
「えっ? はい? お母様…… ですか? 事情が判りませんが、とても切迫しているのは、感じられます。 その…… 事情を御聞かせ願いませんか? それによっては、聖堂教会 薬師院に行くか、一度 任されている小聖堂に戻りませんと……」
「ぐぅ…… やはり、聖堂教会は『欲』に塗れて…… お金ですか? それとも、何かしらの権利を欲するのですかッ!! もう、我が家には…… 差し出せるようなモノは、何一つないと云うのにッ!!」
「いえいえ、その様な事は…… それでは、御事情を御聞かせ願えませんか?」
「聞いてどうするのよッ! どうせ、お金が無ければ、見捨てるのでしょ!!」
ハァ…… コレじゃぁ、どうしようもないわね。 でも、ココは一つ我慢して、この方の凝り固まった偏見をどうにかしておかなくては、色々と不味い状況に成る事は必至ね。 立ち話で済ます訳には行かないわ。 ならば、何処かできちんと『お話』を、聞かなくては。
「 ……薬師様。 お店の調剤所の片隅で構いませんので、場所を貸して貰えれば……」
「宜しいですよ。 まぁ、お貴族様を、あのように放り出したと成れば、警邏の者に何を云われるか判りませんから、此方としても、誠意を見せたと云う事で。 どうぞ、此方に」
「痛み入ります。 では、お嬢様。 事情をお聞かせ頂きたく。 中へどうぞ」
「え、ええ…… 判りました。 此処を最後にと思っておりましたから、宜しいですわよッ! 最後の最期には、我が身を投げ打って……」
口元が歪み、まるで呪詛の様な声音。 相当に思い詰めて居られるのかな。 なにせ、事情をお聞きして、御母堂様の御様子を御聴き取りしなくては、どのような対処が出来るか判断も付かない。 切迫した様子から、御母堂様の御命の炎は揺らぎ消え入りそうなのかもしれない。 対する手立てが無く、こうやって、その手立てを探す為に、市民街まで彷徨う事態になったのかも……
色々な状況を想定しつつ私は、彼女を伴い、薬師様の後に続き路地の面した小さな扉を抜ける事に成ったの。
困難に直面した人に救いと癒しの手を差し伸べるのは、『神職』に有る者ならば当然の事。 でも、それ以上に、私は背中を押されたと認識していた。 そう、何かしらの予感めいたモノがあった。 心に、響く深い『鐘の音』が、身体の奥深くで反響していた。 それは、神様と、精霊様方の御導き。 彼女と出会った事は、『死の末路から逃れる事』を願う私の……
『偶然』 にして……
『必然』 だった…… のかも…… しれない。
物語は加速する。