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エルデ、学習院に於いての『基本行動』を確定する

 


「エルは、当面、第一王子殿下には直接接触はしないつもり…… なのだろ?」



 にこやかに笑うルカ。 その笑みは、深みを増しているの。 よく私の事を観察していると思うの。 そして、私が意識の上では、『小聖堂の守り人』である事をしっかりと認識しているのよ。 なんたって、探索者ギルドや、市井の診療所との間の、重要な運び手でもあったんだしね。



「そのつもりでは居るの。 殿下に接触するのには、現在殿下の周囲に侍っておられる方々の御推薦が無くては、殿下のサロンへの道は開かれないのは周知の事実。 最も可能性が有る従兄弟である、フェルデン従伯爵様には、まるっきり相手にして貰えなかった。 こちらを見る事も無かったことから、あの方がわたくしを殿下に紹介する事は無いでしょう」


「確かに…… フェルデンの本邸と別邸の間には相当な温度差が有るのも事実だよ。 それは、出入りの商人の立場から見ても明らかだしね。 誰かほかの方に、御紹介を頼む…… なんて事もエルはしないでしょう?」


「ええ、しませんね。 わざわざ、特別な『借り』を作って迄、殿下の御側に行くメリットも見当たりませんし」




 そう云うと、ロザ様が眼を剥く。 同じように王都錬金術士協会(アルケミストギルド)協会長が御子息、ベンターゼン=ガルフ=ノリザックもまた。 不思議な事でも無いでしょ? 王国史を習得していて、大所高所から上意下達で成された、『心情』に関わる ”勅命 ”が、何を引き起こし、どのような混乱を王国に齎したか……




「え? でも…… 色々と私達にだって、『貸し』が有る貴族は……」


「それは、ロゼ様やノリザック様の個人的、家系的な『貸し』であって、わたくしの『貸し』では、有りません。 よしんば、その『貸し』を使って、繋がりを持てたとしても、その結果を負うのはわたくし。 あなた方の『貸し』は、貴方方の話を聞いたと云う事で、貸し借りは消滅。 その上で、わたくしに対し、何らかの『報酬』( ・・ )が求められる事でしょうね」


「……そ、そうかな? それは、余りにも……」


「ええ、殿下に繋ぎを付けれるような、そんな家格の貴族としては、当たり前に要求するでしょうね。 それが、この国の貴族の交渉術と云うモノですもの」



 私の言葉に、驚きを隠していない。 家系的には貴族家そのものだけど、こういった思考方法は、余りされて居なかったみたいね、エステファン家ではね。 探索者ギルドの長ともなれば、多くの探索者の相手と成り、束ねなくては成らない立場。 そこに貴族的な思考など、欠片も無いはずよね。


 命を糧に、依頼をこなす一騎当千の古強者は、まどろっこしい会話など必要としないし、依頼の条件や周辺の状況収拾に最大限の注意を払うのは世の常よ。 そんな環境で暮せば、其方の思考方法に慣れてしまう。 ロゼ様が貴族学習院に於いて、居心地の悪さを感じているのは、そう云った迂遠且つ曖昧な物言いと、本音と建前が交錯する、複雑な感情と思考の表現方法な故ね。


 そこに、何処までも冷徹で論理を優先する人が声を出し言葉を紡ぐ。 低く感情が伴わない、醒めた声だけど、彼女の言葉には、何故か重みを感じるわ。 王都治癒所組合( C. H. O ) 組合長が御息女、アベリア=ピンキーベルズ=クインタンス嬢。 生と死を見つめ続けていた、治癒師独特の感性だと思うの。




「エルディ様の御言葉は誠に御尤も。 しかし、教会と王家より課された『使命』は、どうされる御積りでしょうか。 奈辺に御心積もりが有るのかを、お聞きしたいわ」


「ピンキーが言うのも、正論だ。 エルディ嬢、何処から手を付ける。 不作為の脱法行為や習慣に抗えば、今以上に貴族の者達からの目は厳しく成ろう」




 王都の市井の者達から、毎日毎日幾多の法務相談(貴族への不満)を受け付けている王都法曹協会( C. O. O. ) の関係者だからこその『ご指摘』。 市井の人々は、貴族の意向に従わねば、王都に暮らす事もまま成らない。 余り無茶を言う貴族に対しては、集団で王城の法務局への陳情となる。 その際に彼等は、その法的根拠を以て嘆願するのが『仕事』。


 彼等が法を犯さば、その設立理念から逸脱するし、何かと手助けしようと思召しても、不可能となる。 立脚する王国法を犯した行動には、彼等の方が敵に回りさえする。 それが、協会幹事が御子息 ベルナルド=ポール=デュー=ブライトン様が言いたい事。




「わたくしが思うに…… 小さなことから、始めようかと。 わたくしは、聖堂教会が『聖職』に就く者。 王立貴族学習院の学舎の中にも、学習院小聖堂(祈りの為の場所)は御座います。 其処場所に於いて、神様と精霊様に対し祈りを捧げ、学習院内の彼方此方にある『穢れ』( ・・ )を、払えるやもしれません。 過ごしやすく勉学に勤しめる場所を確保する。 『穢れ』に侵され、邪な感情を増幅させられる人が少なく成れば、それだけでも有用かと思われます。 先ずは、そこから…… に、御座いましょうか」


「そうですか。 祈りによって、『穢れ(・・)』を払う ……のですか。 つかぬ事をお聞きしますが、一つ気に成る事が御座いまして、お答え頂ければ幸いに存じ上げるのですが……」


「何でしょうか、クインタンス様」


「夏季休暇が終わり、初めての登院日に先立ち、わたくしが学園より依頼されている『任務』と成ります、学習院の医務室に訪問した際に、大食堂を利用させて頂きました。 あの場所の『重い空気感』が…… 相当に薄くなっております。 いえ、どちらかと云うと、清浄な空間…… と、云えました。 人が居ない時であっても、あれ程の清浄なる静寂(・・)静謐(・・)は望めません。 【探知】を駆使して、あの場所を探りました。 重い空気を打ち払ったのは…… ”祈り”でした。 仄聞するに、『見極め』の折、あの場所でエルディ様は祈られたとか…… コホンッ! 第三位修道女エル様の市井への献身(●●)は、市井の治療院関係者として、深く存じ上げております。 その献身に、頭の下がる思いでは御座います。 その上でお尋ねいたします。 あの祈りも又、『エル様』の祈りであったのですか?」


「……穢れたる場所を見て、その穢れの浄化を躊躇う神職は居りません。 聖堂教会が聖典に記載されている聖職者たる者の使命にございます。 聖典はわたくしの行動の規範と成りますので、違える事は出来かねます。 護らねば成らないのは、倖薄き人々なのです。 この国の未来を担う方々が、劣悪なる『穢れ』の元に集う事は、即ち 倖薄き人々が苦しむ結果と成りましょう。 それ故の行動(祈り)でした」


「左様でしたか…… わたくしは、エルディ様の御思案に『賛成』致しましょう。 今では、あまり生徒が立ち寄らぬ、貴族学習院の小聖堂にて祈りを捧げる。 真摯な祈りは学習院にとっても…… 王国に取っても善き事だと。 それを知る者が出現する事を期待し、第一歩となさる事を。 ……それとは別に、わたくしから ”一つ ”ご提案が」


「何でしょうか、クインタンス様?」


「ついでの時…… と云うか、お時間が有ればの話では御座いますが、学習院の『治癒所』にも、お運び頂ければ幸いに御座います。 お噂では、辺境に於いては、薬師であると共に、治癒師でもあったと、そう『お噂』を、お聞きしております」


「…………あまり、表に立つ事は出来ませんが、医薬品の錬成につきましては、ご協力できるかと思います」




 そう静かに応えるの。 クインタンス様の声音があまりに平坦で、でも、内に秘める『強き思い』が滲む御言葉に、ちょっと感心してしまったから。 冷静に、どんな修羅場も慌てる事無く対処を義務付けられる、治癒師の(かがみ)の様な人ね。 ほんとに…… 凄い人。 


 別の場所から御声が掛かるの。 予想はしていたわ。


 王都錬金術士協会(アルケミストギルド)協会長が御子息、ベンターゼン=ガルフ=ノリザック様。 勢い込んで、身を前に乗り出し、言葉を重ねられるのよ。




医療錬金(製薬魔法)ですねッ! 名は広く錬金術師協会で聞く事は有っても、実際は、あまり見た事が無い特殊錬金術。 王宮薬師院の中でも、使いこなす人は少ない筈。 教会では使い手が多数いるのですか?」


「ええ、まぁ…… わたくしは広範囲に使用しますが、三級薬師ともなれば、製薬の幾つかの行程魔法で行います。 魔法陣の改変も常ですし…… 力ある魔術師ならば、可能な範囲ですわよ」


「い、いや、待ってください。 魔法陣の改変? ですか? それは、王立魔導院の御許可を取ってですか?」


「いいえ、許可は取っておりませんわ。 その必要が無いからです。 教会薬師院は王国の組織とは権能も権利も離れておりますし、聖典、王国法典にその旨は記載されております。 それに、現場で緊急に必要な製薬に対して、いちいち王都の王立魔導院に対して御許可を伺う事は、不可能です。 個人の資質と、薬師教務修道士様方らの教育によって、その力は手に入れられますので、安全には十全たるを心がけております。 また、使用する魔法陣も極小規模の物ですから、その辺りは攻撃魔法を主とする王立魔導院とは事情が異なります」


「な、成程…… そう…… なんですね。 王領の治癒師は、国家資格でもあります。 所管は王国医務薬師院。 使用する魔法陣はすべて管理されております上、改変等は厳しく制限されております故…… そうか…… 教会の医薬品の精度が特段に高い理由も、各教会に品質にばらつきが有るのも…… それが理由でしたか」




 驚くだけ驚いてから、納得顔になり、深く深く思考を始めるのよ。 根っからの研究者ね、多分。 錬金術士らしく、『術式』を愛して、魔法陣の精度を高めるために、自分の持つ内包魔力を純粋に練り上げる鍛練をした方特有の、こだわりが有るのかもしれないわ。


 高みに登れば登る程、自分の立脚した部分には、気が付かないもの。 普通はね。 でも、極一部の天才(●●)と云われる方は、努力型の秀才の方々が思いもつかない場所に疑義を抱かれるの。 最初から全てを疑って掛かっている…… でも、鍛錬の手は抜かない。 そんな感じね。


 多分…… ノリザック様は、本物の天才。 僅かな会話の中から、長年の疑問に回答の糸口を見つけ出され、今盛んに頭の中で私の伝えた事柄の『検証作業』を、行われているのよ。 それだけは、判るの。 やおら御尊顔を上げられ、輝く様な笑顔で懇願されたのには、びっくりしたわ。




「エルディ嬢! 学習院の治癒所にて、ピンキーが手伝いをと云うお話でしたが、その際、わたくしも同席させて頂けないでしょうか。 興味が在るのです。 エルディ嬢が使われる医療錬金術に。 魔導術式に、改変が加えられて居られると、そう仰られたが どの辺りまで改変されたのか。 実際にどう動くのか。 非常に興味深くあります。 是非、その術式を間近で見てみたい」


「え、ええ…… まぁ…… 製薬の実際を御見学(・・・)されても、問題は御座いませんわよ。 別段、隠している訳では無いので、ご自由にとしか。 あぁ、クインタンス様の御許可は受けて下さいませ」


「勿論です! ピンキー頼むよ。 お願いだよ…… 魔方陣の改変なんて、夢見たいな話を前に、同席しない錬金術士なんて居ないよ。 今使われている錬金術式なんて、何年前に造られたかすらも判っちゃいないんだよ。 改変するにしても、その正確な術式改変方法すら、王宮魔導院の門外不出の知恵となってから久しいし…… まさか、教会でそんな事が日常的に行われているなんて、思ってもみなかったんだ。 頼むよ~」



 熱心にそう頼み込むノリザック様。 手を取らんばかりに、身を乗り出し、クインタンス様に懇願しているのよ。 それを醒めた瞳で見詰めつつ、低く溜息を漏らされつつ、お答えに成られる彼女。 視線は冷え冷えとして、ノリザック様の熱意の熱量を霧散させる程だったわよ。




「……馬鹿ですか? ガルは錬金術が関わると、途端に頭が悪くなりますね」


「いや、俺の本質だよ。 だから、頼むってば」


「……エルディ様が良しと云われているので、私から禁止する事は出来ないと、何故理解出来ぬのですか。 本来、魔法陣に関する知識は、人に見せるべきモノでは無いのを御存じないとは云わせませんよ? それなのに…… ほんと、馬鹿ですかガルは」




 なんだか、とっても面白いわ。 その余りの掛け合いの面白さ、非貴族的な本音のぶつけ合い。 心地よく感じてしまうのは、やはり、私も『生粋』とは言えない『侯爵令嬢』(擬態)だからかな? まぁまぁ、と二人を落ち着けさせ、ともあれ、そう云った方針を確定できた。


 討論は善き物。 自分では考えても居なかった、様々な問題を白日の下に曝け出してくれる。 法的、慣習的、そして、貴族的に有り得ない方策は取れないし、取りたくない。 横車を押しても善き事など、一つも無い。 実績を積む。 その一言に集約されるのよね。


 一気に解決する策など、無いのだもの。


 ふと、嫌な記憶が湧きあがる。 記憶の泡沫からのモノでは無く、直近の 『 見極め 』 からだったの。 第一日目の午前。 筆記試問の最終問題。 あの試問の 『 正答 』 とされるモノ。 あの作問を思い出すに、アレは『討論』でまだ固まっていない『施策』が正答だったんじゃないかしら? 


 あれ程の不備を重ね合わせた様な設問。 逆にその正答にしか辿り着けなくするための設問。 一応…… 腹案は有ったのよ。 でも、それを面に出す事は、私の『秘密』を曝け出す事と同義なのよ。 大聖女オクスタンス様、教皇猊下の私への慮りを、無下にしてしまう。


 ええ、有るには、有るの。 多分だけど、私の持てる全ての術式の知恵と、聖櫃(アーク)よりもたらされた、過去の聖女様方の試行錯誤が糧になる。 極大の魔法術式を編み、王国全土を覆う【重結界】と、その内を満たす、神聖聖女が魔法【清浄】【浄化】【快癒】を以てね。


 一気に色々と解決できる問題も多々。 設問に在った、半数くらいの問題はコレで快癒出来る。 でも、それは一過性のモノ。 今後を鑑みれば、たった一人で成した事など、どれ程のモノか。 また同じような問題が発生して、また、同じように個人にそれを解決させるのかと云う問題にも直結する。


 団結し、周知を集め、知力の限りを尽くし、未来を見据えて解決策を討議する。


 個人の力など、その前には芥も同じ。 困難を乗り越えた達成感を、数多くの人達が共有した時、それは、初めて未来へ歩む力と成るのよ。 どこかの優れた人が、対価も無しに問題を解決してくれる…… なんて、本当に夢物語なの。 庶民や貴族達にとって、これ程都合の良い話は無いけれど、本当に倖薄き人々にとっては、一時凌ぎにも成らない。 


 本来、救うべき人達が中途半端な手助けにより、より困難な状況に落ち込むのは、判って居る筈だもの。 それを、有象無象の切り捨てる対象と見ている ”設問 ”に、何より腹が立ったんだもの。 救う対象を絞った策。 自身の眼の届く範囲しか、対象に入れない傲慢さ。 諸々の『善意』と云う、独善に……


 過去の私の思考が垣間見られたの。


 それは、自身の罪深さを目の前に突きつけられたのも同じ。 ”怒り ”を強く感じたのも、そのせい。 でも…… 目の前の人達は違う。 ええ、視点が多岐にわたっていて、欠けたるも熟知されて居る。 お互いの知見を持ち寄り、どうにか良き方向に答えを見出す為に努力を重ねられている。


 善き人達と出会えた。


 神様と精霊様に感謝の祈りを。 ルカにも、感謝しないと。


 こうして、当面の間の私の為すべき事は決まったの。

  





 このサロン……


 と云うべきモノは、これからの私にとって、

            必要不可欠となるだろうな…… って、







   ―――― 確信したわ ――――











 

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― 新着の感想 ―
[良い点]  こうして得たエル殿の『知見』を拝読するに、  初代神聖聖女のなされたことは、まさに(誤解されるのを敢えて口にすれば)急拵えのモノで、ここからゆっくりと皆……この世界の者たちで善き物にして…
[一言]  まずは、ここから?
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