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閑話 深淵を覗き込み、見つめ返された者達 2。





 エルディ嬢は、何処まで何を知っているのか……





 知識として…… 何処で手に入れたのか……


 貴族淑女の礼節として、不必要な程に高度なマナーを何処で手にしたのか。 これだけで、十分に『王族の妃』の為の教育の数分の一は、不要と判断出来さえする。


 王家の姫であっても、僅か十五歳でこれは…… 無い。 有り得ない。


『 正昼餐 』 形式の、『 見極め 』 は、私を混乱に落とし込んだ。   『 尊き者(神と精霊に愛されし者) 』 で、あるならば、ある程度の 淑女の礼節は、教会でも学ぶ。 しかし、それを遥かに凌駕するモノを、この娘は…… エルディ嬢は保持している。 一体何時、誰が、何処まで、何の為に、教え込んだのだ……


 それも…… 完璧に…… 


 此処まで美しい所作は、現王妃が手塩を掛けて、育てている第一王女でも…… いいや、現王妃自身ですら、難しい筈。 ……どういうことだ?


 私の混乱の内に、正昼餐は終わる。 完璧な仕草と、王宮で使用されている 『掌会話(ヴォイレスサイン)』 と、『仕草会話(ムヴェトク)』までも、体得していると、誰が予想できるのか。


 様々な話題が『 俎上 』に、上がり そして、それを捌く姿など、本物の貴婦人…… いや、王妃殿下を思い浮かべもした。 王妃殿下の特徴的な、『仕草会話(ムヴェトク)』を交える会話など、卒倒するかと思ったほどだった。


 そして、会話の中から、エルディ嬢の真意が伺えた。 彼女は自身の使命を、自覚している。 壊れかけている、王国貴族と聖堂教会の関係を修復する為に、敢えて望みもしない貴族学習院への編入を、許容していると。


 最後の黒茶を飲み干す。 予見と疑念は、最高潮に達する。 この方に、あの部屋にお越し頂かねば。 もしかしたら、積年の希望が叶うやもしれない。 その想いから口に出る、言葉。




「マナーの『 見極め 』は、 『 優 』 としか言いようが無い。 多くの王族でも、君ほどに上手く ” 正昼餐 ” を、捌く事は出来ないと思う。 『満点』( ●● ) だ。 今すぐにでも、王族の妃として、立ってもおかしくはない。


              ………………がしかし、君はそれを望まない」


「与えられし 『 使命 』 は、聖堂教会と王侯貴族の方々の間の、関係修復。 仮定として、わたくしが王族のどなたかと…… とならば、多くの貴族家の方々の反発は、 絶大(・・) なモノとなりましょう? それは、火を見るより明らか。 その様な危険な選択を、尊き方々が、御考えに成る筈は、御座いませんもの」


「上手い言い回しだな、エルディ嬢。 自身の意見を述べず、状況から否定する。 誰にも 『 傷 』  が、付かない。 そして、自身の望む立場を言外に主張する…… か。 よかろう。 考慮に入れる。 ……エルディ嬢。 君をフェルデンに還す前に、一か所、寄って貰いたい場所がある。 良いだろうか」



 誘い文句と云われれば、そうだとしか言えない。 目の前の この淑女 が、十分に貴族的知識を持つ事は明白。 そして、私は既に自身の爵位を彼女に伝えている。 侯爵家の『養育子』が、大公家の意向に背く事は無い……


 無いのだが、私は其処に畏れを感じてしまう。 彼女をあの場所にエスコートするには、私は大公家の者という立場を辞め…… 本来あるべき姿で、エスコートしなくてはならぬと、心を決めた。


 当然と云うように、エルディ嬢は私の申し出に頷いてくれた。 神に感謝を……


 長い回廊を伝い、且つて 初代大聖女がお暮しに成った場所へと向かう。 貴と尊が交わる場所で、私は自身の装束を改める。 勿論、その姿を見て、エルディ嬢は驚くが、納得もしてくれたようだ。 そして、向かう場所が、曰く付きの聖なる場所であり、内包する者が途轍もなく厄介なモノである事を、薄々感じても居たのだろう。


 悪くなる足場も、彼女にとっては問題無く歩を進められる道。 もう、間違いない。 交わす言葉で、彼女が、『 聖女の試練 』 を、真っ当に遂行した事さえ理解できた。 伊達に、上位枢機卿…… 十八人委員会に名を連ねている訳では無い。 


 しかし、何故、教皇猊下は彼女の存在を、上位枢機卿に迄、伏せているのか…… 昨今の状況を鑑みると、教会に新たな 『 神聖聖女 』が誕生したと喧伝するのは、まるで、ヒルデガルド嬢に対抗して擁立したと、そう思われるのを嫌悪したのか。


 やがて到着する、「巡星の祈祷所」 その名を告げても、彼女は知らなかった。 つまり…… 大聖女様も彼女に伝えては居なかったと云う事。 ある意思を感じる。 教会の崇高な方々は、エルディ嬢に太く重い鎖を付けたくなかったのだと……


『 神聖聖女 』である事を公表すれば、尊崇の念を受ける事は間違いない。 が、それ故に、彼女が自由に動けるようには成らない。 縛り付けられるのは、かつての 聖女様方 の在り様を鑑みれば、当然とも云える。 囲い込まれ、息をするのも難しい程、見守られる。


『黄金の檻』ほど、神様と精霊様方に愛でられた 『 神聖聖女 』 様に相応しい場所では無いのだと…… そう、云われたような気がした。



 ” かつての過ちを繰り返す事無かれ。 神聖聖女が心は、神聖聖女が物。 決して犯すべからず ”



 大聖女オクスタンス様より、そう告げられたような気がする。 やがて、あの場所に着く。 神聖にして封印されて然るべき場所。 回廊が終わる場所には二つ…… 扉があった。 一つはこの回廊の行き着く先。 もう一つは、王宮の奥に繋がる扉。 ヒルデガルド嬢をこの部屋に招いた時に使った扉。


 エルディ嬢には必要のない扉でもあるのだ。 そう、彼女は既に 『 聖女の試練 』(  巡礼の旅  ) を、乗り越えたる者。 艱難辛苦は彼女を磨き、どのような道程でも、難なくこなす、それだけの力が備わっている。 だから、彼女にはこちらの豪奢な扉について、何も言う事は無い。



 大聖女オクスタンス様は、彼女にこの部屋の事を告げているのだろうか?



 そっと口にするのは、その疑問。 間を置かず、彼女は応える。 『 否 』 と。 予測は間違いではない様だ。 大聖女様は敢えてこの部屋の事を告げずにいる。 つまり、彼女をして『 神聖聖女 』である事は秘匿すべき事柄。


 そして、国王陛下にも、その事を告げていない 『 聖堂教会 』 は、もう(いにしえ)の誓約に関し、協力するつもりも無くしてしまった…… と、云う事に他ならない。 教皇猊下は、我等、王侯貴族が繰り返す愚行を、もう耐えるつもりは無くしてしまわれた。


 ……これが。  



  ―――― 最後の機会かもしれない。 



 重く、その事実が私の心を昏くする。 既に、私も神籍から抜けた、” 貴族たる者 ” と、認識されておられるのだろう。 特例にて、未だ上位枢機卿の権能を保持しているが、あくまでも貴族側の人間である事には変わりは無い。 世俗の柵は、私を神聖な道から離脱させ、祈りの生活から遠ざけた。 多くの者達の思惑と意思は、私を大切なモノから遠ざける。


 暗澹たる気持ちを抱えつつ、私は最後に成るであろう、『 神聖聖女 』をこの部屋に招待する時を迎えたのだ。


 厳重に封印してある扉を開け、中に彼女を誘う。 中に入ると同時に、彼女の意識が、中央の聖壇に向かうのが判る。 聖職者としては、決して許されない情景が、そこに有るからだった。


 聖杖が、聖壇に付き刺さる情景。 まごう事無き、神への冒涜。 しかし、神も精霊方も、それを成した方に、鉄槌は落とされなかった。 いや、それを成した初代様への深い慈愛すら与えられたのだ。 全ては、人の愚かさ故……


 彼女に状況を説明する。 大聖女オクスタンス様が、この聖杖を封じる事が出来る可能性が有る者は、『神聖聖女』だけである。 そう告げられた事も。 そして、彼女は許諾した。 この情景を見詰め、如何に不安定な上に、呪いの拡散が抑えられているのかを見て取ったのだろう。


 本当に聡い。


 更にはこの事を知る者を尋ねもする。 実際、この部屋に入れる者は少ない。 いや、極限られた者にしか、許可を与える事は出来ない。 斯く云う私も、渦巻く霊気に少々、辛さを感じ始めていた。 長くこの場所に留まる事は、私にとって…… と云うよりも、『 人 』 として、耐えられるものでは無かったから。


 彼女はその行いと、平然とこの部屋に滞在すると云う、神の御業に等しき事を、やってのける。 言外に、彼女は自身が 『 神聖聖女 』 である事を言っているのも同じ。 ヒルデガルド嬢とは、格が違った。


 彼女は、聖杖の封印を試みると、そう言ってくれた。 神の御導きを強く感じ、私は扉迄下がる。 精神統一を妨げては成らない。 開け放した扉に、不可視の結界も張らねば成らない。 聖杖が封印されよと、されなかろうと、彼女の安全は護らねば成らない。


 立ち会う、上位枢機卿として…… ウルティアス大公家の血脈として、誓約を結びし家門のモノとして……



 ―――― 初代大聖女様の血脈を引く者として……



 それだけは、護り通さねば成らない、義務であると、そう魂に刻み込んでいた。 私の視界に入る彼女は、聖杖に指先を付け、聖典の文言を口にする。 聖句であり、対話であり、歴代の聖女様達が誰も行おうとしなかった方法での、アプローチだった。


 渦巻く霊気。 過去の思念は未だ健在。 哀しみと、憤怒。 破壊の衝動。 そんな感情とも云える残留思念渦巻く中…… 彼女の周りだけは 静謐(●●) が占めている。 何人たりとも…… 彼女を侵す事は出来ないだろう。 それ程、彼女は強力な加護に護られている。 時を重ねた魔女の様に、時間さえ超越したかのように。


『闇』の気配(術式)が前触れも無く、彼女から放たれる。 幾つもの魔方陣が周囲に拡散し、そして収斂していく。 詳細は見えない。 ただ、部屋の中に渦巻いていた、ありとあらゆる残留思念が、囂々と音を立てて、彼女の手より紡がれた魔法陣に吸い込まれて行く。


 静謐が広がる。 ……聖杖の光輪が再び蘇った。 文献にある、聖女が聖杖と同じように。 かつての神聖さを取り戻したかのように……


 誰もが成し得なかった、『 聖杖 』が『聖壇』から引き抜かれる。 するりと、力を込めた様子も無く、聖杖がまるで、自分の意思で抜け出たかのように……




「想いを護りぬく『役目(・・)』を全うせしめたる聖杖よ。 神と精霊が加護により、あなたを ” 然るべき場所 ” で、『永久の眠り』に誘わん」




 彼女の口から、『言祝ぎ』 が紡がれ、聖杖の封印が 『言挙げ』 される。 何人も二度と 手に出来ぬ様に。 深く、深く、眠りに着かせ、『 呪い 』 を封じ込める為に……


 あぁ、これで、長きに渡る、王家と我が家の悲願は達成される。 エルディ嬢は、 『 初代様の聖杖 』 を、押し頂き、且つて初代様が祈りを捧げた場所まで、下がられる。 其処に有るのは、聖杖の保管箱。 聖杖が護られるために、強固な石造りの石櫃。


 その蓋を彼女はずらし、中に 『 聖杖 』 を、横たえた。 聖句と共に、蓋は閉じられる。 周囲の魔石に格納されていた、『 聖なる力 』 が、聖壇に向かって走る。 連綿と受け継がれた我が家の文献にある通りの情景が目の前に広がる。


 エルディ嬢の顔を困惑に染まる。 今の彼女は、体内魔力の殆どを使い切り、聖壇に刻まれた魔法陣の制御など、不可能。 そして、その解法は、我が懐の中に有る。 連綿と続く、王宮魔導院の魔導士達の研鑽。 初代様の御住まいに詰めていた神官、修道女たちの献身。 解析と研究。 そして、時来たらば、失われた聖壇の魔法陣を安定化させる為の、特殊魔法陣が継承されている。


 幼き頃から、魂に刻み付け、決して ” その時 ” に、慌てぬ様にと。


 自分が張った結界をもどかしい思い乍らも引き剥がし、足早に傷付いた聖壇に向かう。 このまま放置すれば、この部屋諸共吹き飛んでしまう。 彼女の献身に応える為にも、私は成さねば成らない。 口に聖句を手に魔法陣を紡ぎ出し…… 穿たれた穴にそれを落とし込む。 長い年月で解析と研究された、聖壇の魔法陣。 安定した出力を引き出す為に、何が必要で、どうすれば良いかを、一つの術式に落とし込んだモノ。


 研鑽は…… 努力は…… 祈りは…… 裏切りはしなかった。


 周囲から流れ込む 『 聖なる力 』 を、聖壇の魔法陣は受け止める事が出来た。 そして…… 長い長い停止の時を終え、その機能は回復する。 自己修復機能は、年月を経た魔法陣を修復し…… 『 護りと豊穣 』 の ” 力の脈動 ” を…… 放ち始めた。


 崩れた姿勢でも、彼女は神に祈る。 




 ” 建国当初の厳しい時代に、この国を護り、育てて下さった、過去の英知と、見守って下さった、神様と精霊様方の慈愛に、深き感謝を ” ……と。




 私も『 言挙げ 』 をする。 長き時、王家と我が家を縛っていた 『 聖約 』 が此処に成就した。








「 神聖聖女(・・・・) エルデ(・・・) 様。 その『奇跡の御業』に、感謝を捧げましょう。


 神様と精霊様方。 『神聖聖女エルゼ(●●●)様』を、昏き闇の間(・・・・・)に遣わせて下さり、深い感謝を捧げます。 奇跡の御業により……


      王家と我が一族が誓いし 『使命(・・)』と『請願(・・)』、



     此処に、『 満願成就(●●●●) 』 を成した事、献呈し奉ります」











          ――――― § ――――――




 最後の機会を掴み取った安堵は、歴代この役目を負った我が家の者達へ、奉じなくては。 そして、神の御業を成して下さった、今代の 『 神聖聖女 』 エルディ嬢に、万感の思いを載せて、感謝を捧げるのだ。



 疲れ切った彼女を抱き、部屋の外へ出る。 そして、この部屋は硬く硬く、封印を施す。 この事実をお知らせるのは、国王陛下のみ。 御宸襟を安んじる事も出来よう。 秘匿するべき事は、秘匿する。 聖堂教会側の意思は、確かに受け取った。


 この奇跡を成した、エルディ嬢は栄誉を求めてはいない。 


 ただ、この世界の安寧を願う、一人の高潔な 「 神職 」 である、第三位修道女 エル で在りたいと願っている。 十全にその願いを理解したうえで、私も、その力と成ろう。 その身が脅かされぬ様に。 




 が…… 彼女には、もう一つの 『 役割 』 が、求められている。 貴族と教会の溝の修復。 



 彼女をフェルデンに御送りした後、私は執務室に戻り、彼女の採点された答案を見詰め、頭を抱える。 彼女を計るには、『 見極める 』 には、貴族学習院では荷が重すぎる。 出された設問を全て答えるのも、回答はおろか、設問の不備を指摘するのも、完全に想定外。


 どこまで、優秀な頭脳を持つのか、あの淑女は。


 私の手に余る事は、明々白々。 時間も無い。 


 恥を忍んで、ご相談せねば成らない。




 彼女の伯父であり、この国の文官職、最高権力者に。



 あぁ、ご相談申し上げるよ……





 ウィル=トルナド=デ=フェルデン宰相閣下。







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― 新着の感想 ―
[良い点]  二十七回の生死と、今の生の積み重ねがあるとはいえ、  エル殿も昼餐会の儀礼は一回しか習わなかったみたいなことを仰っていましたから……  やはり傑物に違いない。 [気になる点]  告解はま…
[気になる点] ≻彼女を計るには、『 見極める 』 には、貴族学習院では荷が重すぎる。 主席卒業者すら歯牙に掛けぬ実力を見極めるのは、所詮子供たちを大人へと養成するための学び舎に過ぎない貴族学習院で…
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