エルデ、自身の置かれる立場を認識する。
第一日目の 『 見極め 』 は、私なりに全力を尽くしたつもり。 先ずは、筆記試問だったわね。 きっと、貴族学習院の十五歳までの『三年分』の内容に関して、何処までの知見を持っているかの確認。 お昼ご飯では、マナーの確認。 まぁ、そんな感じだったと思うの。
筆記試験に関しては、設問が多いのは想定内だったけれど、内容は本当に基本的な事ばかりだったわね。 その上、設問自体に不備が多かったし…… 淡々と採点をされて居る、見知った教諭陣は、皆さん、顔色を悪くされていたけれど、まさか、設問を作ったのが、あの人達じゃ無いよね。
沢山の前世の記憶の中で、貴族学習院では 『 絶対的指導者 』だったんだもの。 勉強会での高圧的で支配的な指導は、未だに記憶に有るわ。 怖かったんですもの、その時は。
『 記憶の泡沫 』には、いらっしゃらない貴族学習院副学長である、ウルティアス大公閣下にお逢いでき、作法に関しては 『 合格 』 と、伝えて下さったのは、良かった事なのよね。
多分…… フェルデン侯爵家令嬢として、フェルデンの家名に『 傷 』を付けずに済んだんだもの。
―――― あの尖塔の頂上にある小部屋の事は、秘匿事項。
制限が掛けられていないと云う事は、誰にも伝えては成らないって事。 つまりは、私の胸の中に治め、誰にも言わぬ様にと云う事。 ええ、ええ、判っております。 貴族と教会の間の溝を埋める為には、双方にとって秘匿すべき事は、秘匿しなくてはならない事を。
もちろん、私が教会によって、秘匿された『神聖聖女』 である事実も、大公閣下には秘匿して頂ける筈。 その旨の言質は既に戴いているもの。
”廃大聖女 オクスタンス様は、お伝えに成られませんでしたか。 君を縛る事を良しとされなかったのでしょう。 理解しました。 私も廃大聖女様の御心に沿いましょう。 ――― これは 『 見極め 』の一環。 どの様な結果になっても、私の権限で胸に秘めましょう。 ”
とね。 そのお約束は、護って頂ける筈。 いえ、仮にも神職の装束を纏っていた時に口にされた御言葉だから、神に『 言挙げ 』 されたのも、同義。
その上、あの方の 『 秘された教会の職位 』 は 、装束から察するに、十八人委員会所属の上位枢機卿様なのよ。 教会内に於いては、それこそ教皇猊下に次ぐ御立場なのよ。
それも ” 秘された ” と云う、特殊事情。 表立って、その御立場で耳にし、目にした事を公言する事は、憚られるのよ。 二重に課された、ウルティアス大公閣下への守秘義務。 ならば、心配は無用と云う事ね。
『 見極め 』の出来栄えについては、私には判らない。 そして、その事をバン=フォーデン執事や、エステファン家政婦長も理解している。
―――― だから、何も、聞かれない。
首に掛かる『斎戒のストラ』を、直接『 聖櫃 』の中に収納してから、エステファン家政婦長に装いを解く様に願う。
「ミランダ、” 装い ” を、解きます」
「承りました。 明日は……」
「同じ装いで。 丁度、良かったのです、この装いで。 悪目立ちもせず、侮られず」
「承知いたしました。 沐浴の準備が整っております。 晩餐は、沐浴後と成っております」
「判ったわ。 少々、疲れました。 早めに休みます」
「承りました」
交わす言葉は事務的だけど、彼女の言葉と視線は、私に対してとても優しい。 気が付けば、浴室に放り込まれ、丁寧に洗われているのよ。 そして、用意された部屋着は、体に優しいもの。 華美では無いけれど、相応に瀟洒な佇まいを見せる物。 飾り気は無いけれど、ほどほどに髪を結い、薄く化粧迄して下った。
ミランダ配下の侍女達の手際は、洗練され技術力も高く、本当に気持ちがいいのよ。
『掌会話』 と、『仕草会話』で、何度もお礼を述べた程。 晩餐にしても、重いモノは少なく、身体を気遣ってくれるモノばかりで構成されていたわ。 『掌会話』に料理長への感謝を伝えてと、ミランダに願ったの。
頭を使って、気を使って、魔力枯渇寸前まで体内魔力を使って…… ほんとうに散々な一日だったのよ。 『 お勤め 』 であり、神様と精霊様方の御意思で無かったら、途中で投げ出していたかもしれないわ。 それ程の疲れを感じ、晩餐後は 与えられている部屋に戻り、泥の様に眠ったの。
深く……
深く……
夜中に、私がつい癖で展開する、【 気配察知 】の警戒線に、何者かが触れたのは知っている。 だけど、怠くて眠くて、対象者が攻撃的な意思を持たない者だと見えたので、そのままにしたわ。
部屋の扉が一度開き、そして閉じた。
中に入っては来ない、そんな気配は、暫く廊下の外に佇んでいたけど、やがてそれも去り…… 静かな夜になった。
―――――― § ――――――
二日目の朝も早い。 そして、私が侯爵家の御令嬢を 『 擬態 』 するのも、今日が最後。 帰ってきたら、『小聖堂の守り人』に立ち戻るの。 そのお約束は、初日にしていたのよ。 ミランダがとても残念そうに、そして、なにか執念の様なモノを、その瞳の中に宿して、私を見据えてくるの。
「どうかしましたか、ミランダ」
「はい。 一つ」
「何でしょう」
「エルディ御嬢様の今後に関してに御座います」
「今後? 周囲の目を欺く為に、この様な姿、そして 擬態をしているのですよ? 今後は 『 小聖堂の守り人 』 に立ち戻る手筈でしょうに」
「お嬢様の御意思は、別邸の者は皆、理解しております。 が、事はそう簡単な事では御座いません」
「と、云うと?」
「今回の『 見極め 』に於いて、貴族学習院への編入が認められたと仮定します。 あくまでも仮定の話に御座いますが、考慮に入れて頂いた方が、今後のお暮しについても、御考え直しして頂ける『可能性』があると愚考します」
「もって回った言い回しね。 それで、その仮定が、現実のものと成った場合、わたくしが『小聖堂の守り人』と云う、神職に就く者としての立場を、『考え直さねば成らない』のですか」
「編入資格を取得成された場合、御当主様の『姪御様』と云う、御立場でのご入学と成ります。 例え、お嬢様が御自身が『養育子』で有ると主張されても、ご主人様の御意思は変わりませんので、確定に御座います」
「成程、それで?」
「はい、ご存知では無いと思いますが、貴族学習院では安息日から安息日の間に四日の登校日を義務付けられます。 つまり、週に四日。 その日は如何されるのでしょうか。 その際、小聖堂をあのように硬く結界で覆われるのでしょうか」
「……そのつもりでした。 学習院へ行く日を局限化して、貴族子弟の方々とは顔を合わさぬ様にと、考えておりました。 たしか…… 貴族学習院では、成績優良なるモノは、必須取得項目を治めたる証左を提示できれば、次年度の必須取得項目を受ける事が出来るとか。 それを利用して、早々に卒業必須項目を取得する事を念頭に置いておりました」
「……左様に御座いますか。 しかし、それは不可能に御座いましょう。 お嬢様と同じ年度に、王太子殿下が居られます。 公務との兼ね合いにより、殿下の跳次は、陛下がお認めに成っておりません。 それ故……」
「臣も…… ですか。 厄介な……」
「皆様は、お慶びに成っておられます。 王族と交わえる時間が有るのだと。 特に低位の者達が。 その時間の中で、高位貴族の御子弟以外に、才能有る者達と交流を深める事に、陛下は意義を見いだされて居られるのです」
「つまり…… 三年間は、週に四日、出席の義務が課せられると云う事なのですね」
「御意に。 わたくしは、エルディ御嬢様の御生活を鑑み、ご提案を申し上げます。 神聖なる聖職を疎かにする事無く、事態に現状をすり合わせるならば、お嬢様の生活の場はこの本棟に置くべきに御座いましょう。 『お勤め』に、小聖堂に赴き、神様への祈りを成す。 聖職としての製薬も、此れを執り行う。 ですが、寝起される場所は、この本棟に。 また、食事に関してもこちらでご用意いたしましょう。 お時間の節約になりますから。 勿論、お出しする物は、お嬢様の思召しに叶うモノとさせていただきます。 お仕えする侍女は固定しません。 お嬢様が ” 専属 ” を、お望みに成られないのは承知しておりますので。 何卒、御再考を」
「”配慮”は……して頂ける…… のですね。 判りました。 もう一度、考えてみます」
ミランダはそう云うけどねぇ…… 彼女の云う事は一理あるのよ。 貴族学習院に通う事が義務付けられているのも知っていた。 そして、軽く考えていたわ。 前世では色々と勘違いしていて、好きな時に出席して、好きな時に休んでいた。 でも、それは、あくまでヒルデガルド嬢の付き人と云う立場で、学習院に登録されていたからだったんだわ。
高貴なる人に仕える人…… としての認識から、出席なんかも目溢しされていた。 つまりは、そう云う事。 居候の身で、自身が侯爵令嬢だと思っていた愚者の相手など、誰がするモノかッ! 曾て、恋心を以て、纏わりついていた方々が、『冷笑』と共に私の行動を”蔑んで”いた事が、今の会話で理解できた。
ホントに、何やってたんだかッ!
ミランダの提案を噛みしめる。 フェルデン卿の姪として、貴族籍は取得しないけれど、準貴族として出席せねば成らなくなるのね。 ……はぁ、ホントに落としてくれないかしら? 次年度への繰り延べって形でもいいのよ。 そうしたら、『身に余る栄誉』とか云って、編入を一年以上遅らせる事が出来るのだものね。
まずは、ご相談しなくてはいけない、案件ね。 フェルデン卿はお忙しい方なのは知っているわ。 なんとか、お時間を戴けないかしら?
朝の支度も終わり、第二日目に向かう。
昨日と同じ様に、今日もバン=フォーデン執事長がエスコートに就いて下さったの。 ミランダのいうように、編入が決まった場合、これも如何な物かと思う。 別邸の最高責任者ですもの、バン=フォーデン執事長は。 まだ、決まった訳では無いけれど、ちょっと考えてなくては。
日が昇り切っていない街路を、侯爵家の馬車は行く。
昨日と同じ、今日が始まる。
ウルティアス大公閣下が仰った 『 茶番 』 が今日も、繰り返される。 何を『見極め』られるのか。 今日の予定すら知らされない。
―――― そんな 『 見極め 』 が始まる。
思惑の渦が轟轟と音を立てて流れる渦中に、飛びこまねば成らない事は、鬱憤が溜まる。
心を落ち着かせる為に……
胸に手を組み、神様と精霊様方に祈りを捧げていたの。