エルデ、王国の『 傷 』に気が付くも、沈黙を守る
ウルティアス閣下は、私の耳にもはっきり聞こえる程の声音で、そう感謝の祈りを奉献されたわ。
閣下の祈りの祝詞に、色々と、思う所は有る。
” 王家と我が一族が誓いし 『使命』と『請願』 ” って、なんだろう?
尊き方が、私を『この御部屋』に、誘われたのは、それが故なの? アルタマイトの大聖女オクスタンス様、それに大聖堂の教皇猊下は、この御部屋の事を知っておられると、閣下は仰っていたわよね。 でも、私には告げられて居なかったのよ? つまりは、私には、秘匿しようと、そう思われていた。
何らかの支障があったのかな…… 私が知る事によって、なにか『不都合』が生じる可能性が有ったのかな? …………多分、そう思われていた為よね。
そうでなければ、こんなにも『悲しい残滓』が残り、国を守護する上で、重要な魔法陣が損壊していると云う事実を、たとえ秘匿されているとは云え、『神聖聖女』に、伝えない訳は無いもの。 神職に有る者。 信心深い者。 神様と精霊様方に愛された者。 そんな者達が、この状況を看過出来る筈は無いもの。
状況を打破出来る可能性を持つ者が、” 神聖聖女 ” だけ、なのだもの。
頼りにされて居ないの? 伝えるには幼な過ぎると、考えられたの?
―――そうならば、とても残念な事。
それに ”此処に、『 満願成就 』” って…… どういう事?
遠い昔、この国の礎が定まった頃に、王家とその一族が、初代大聖女様に何かを誓われたの?
それとも、何かの『お約束』を反故にして、その対価として差し出したモノが成就したと云うの?
―――― 考えられる選択肢は、『 後者 』
長きに渡り、封印され、こんな状況に落ち込んでいるのに、それを誰も解決できていなかった。 ただ、ただ、『封印』していただけ。 でも、それすらも、不備が有ったのよ。 もし…… 初代様が、御自身の聖杖で、聖壇に施されていた魔法陣を損壊して居なかったら……
単に『 浄化 』しようとしても、初代様の『想いの残滓』が強すぎた。 ”穢れ”では無いが故に、【 浄化 】の魔法も効力が無い。 しかも、誰もその想いに応えず、放置しておけば、必ず、王国は崩壊する程の ” 怒り ” が、有った。
――――まるで『 呪詛 』の様に。
でも、その『 想い 』を受け止め、留めている『 モノ 』が、有った。 そう、それが、『初代様の聖杖』。 初代様の『 強い神性 』が、【神気】を纏っていたものだから、『初代様の聖杖』は、魂を得て ” 付喪の精霊 ” と成られていたわ。
それに……
ただの、『神聖なる杖』では無かったからこそ、『 杖 』は『 呪物 』 には成らず、この祈祷所に 『 記憶の依り代 』 として、聖壇に固着されて居たのよ。 さもなくば、初代様が怒りを感じ、悲しみに心を砕かれた時に…… この国は崩壊していた筈だもの。
何をしたら、それ程までに、初代大聖女様が強く怒りを感じ、哀しみを胸に刻まれるの?
だって……
その、『思念』が、『存念』が、本来ならば『 この国を護る 』 はずだった、この神聖なる 『 守護と豊穣の祈り 』 の、魔法陣を損壊せしめたのよ?
傍らにずっと立ち、初代様の御業を支え続けていた、『 聖杖 』 が、初代様の意思を堅固に護り続け…… その意思を、封じ込めていたのよ。 たぶん…… そうしないと、初代様が『 厄災 』 と、成っていた筈。
聖杖は、『厄災』を回避する為にも、何人もこの場所に近寄らせず、魔法陣の修復すら拒んでいたのよ? この国を、世界を覆い尽くす、『 呪い 』を拡散させない為に、自身の『魂』を以て、此処に……
だから、私が提案した方法を受け入れて下さったのよ。 初代様の『記憶の残滓』を、『 聖杖 』 に刻み付け、消えぬ様に保護する事を。
一体、王家は何をしたのよッ!
【状態保全】術式を展開し、起動した私の心には、初代様の『 怒りと哀しみの感情 』が、反響となって逆流して渦巻いているの。 あれほど、僅かな記憶の残滓なのに…… 胸が張り裂けそうなくらい ” 哀しい ” のよ。 長い、長い 時を経ても、これ程の感情が取り残されているのよ……
それに…… 名前……
『神聖聖女エルゼ様』 と、枢機卿様が口にされた名前…… 祈りを捧げられた、その口にされた『聖名』は、私の名前では無い。 『神名』ですら無い。 私は『エルデ』であり、『エルディ』でもあるんだけど、決して 『 エルゼ 』 では無い。
閣下が祈りを捧げられたのは…… きっと…… この 『 哀しみ 』の、持ち主。
『 初代大聖女様 』への祈りだったのね。
――――― § ―――――
深く祈祷されていた閣下は、頭を上げられ、周囲を見渡し、私がほぼ倒れ込んでいるのを認められた。 そして、顔色を変えつつも、私の傍により背中と膝裏に腕を回されると、無言のまま私を持ち上げられた。 こわばった表情のまま、沈黙を守りつつ、『巡星の祈祷所』から、退出されたの。
「エルディ嬢。 立てますか?」
「なんとか…… 上位枢機卿様、この仕儀は?」
「少々お待ちを。 この祈祷所は、今後も封じます故」
ふらつきなながらも、なんとか立ち、閣下の後ろに下がる。 複雑な印呪を手に、封印の術式を編み直される。 ピタリと閉められた 『巡星の祈祷所』の木製の扉は、何人の侵入も拒む、【神聖大結界】が刻まれてゆく。
出入り口にこの【神聖大結界】が張られると、お部屋を包み込む様に重結界が張られる事に成る。 壁抜けしようとしても、人知の及ぶところ抜く事は出来ない。 それ程、高度な魔法なの。 流石は 上位枢機卿様ね。 その御業は、神様と精霊様の御加護の賜物。 そして、この術式を紡ぎ編める方は、神官としては途轍もない力を秘めておられる方のみ。
王国に、何人も居るとは思えないわ。 王国魔導院の魔導士様方の使う魔法とは、全く違う『 術理 』の魔法。 魔力と信仰を糧とした、『奇跡の行使』 故に、神官の使う魔法は、『 神聖魔法 』と云われる所以なの。
術式が組み上がり、木製の扉に大きく『 結界紋章 』が、浮かび上がる。 中央に、 ” 何人も入る事無かれ ” そう神聖文字が綴られている。
「ふぅ…… これで、保全は完了しました。 改めて、御礼を申し上げます、第三位修道女エルデ。 流石は、オクスタンス様が手塩に掛けられた、『神聖聖女』。 長き年月、封じる事が出来なかった、あの『 呪物 』を、封じて下さった」
「……閣下。 なにかお間違いでは?」
「え?」
「封じたのでは御座いません。 神様と精霊様方の御力を借り、 ” あの子 ” を『永久の眠り』に、誘いました。 神聖さが故に、護らねば成らなかった、呪詛の様な重く湿った 『 想い 』 を、あの子に定着させました」
「つ、つまり、まだ?」
「あの子は、その想いも『 愛おしく 』、決して失っては成らないモノだと、確信しておいでに御座いましたよ。 王家が何をしたかは存じません。 が、初代様がそれ程の 『 怒り 』 を抱かれた事は事実です。 護国の魔法陣を損壊しようと、そう意思を固められるほどに。 『 建国記 』 に記載されている事柄が、すべて事実であるとは申しません。 しかし、初代様の事跡を鑑みるに、これ程の怒りを覚えられたのは、何故でしょうか?」
「…………」
「多分、その沈黙がお答えなのでしょう。 誰も、この部屋に関する事柄を、わたくしにはお伝えに成られませんでした。 閣下はそんな わたくし に、あの子の処置を願われた。 理由も過去も明かさずに。 その事は、わたくしの胸に刻まれる事に御座いましょう」
「エルディ嬢……」
「 『 見極め 』 は、終わりましたか? 少々、疲れました。 フェルデンが別邸に帰還したく存じます」
「う、うむ。 承知した。 何も…… 聴かぬのだな」
「すべては神様の思召し。 もし、わたくしが知る必要があれば、御導きは『 真実 』を、わたくしに提示されましょう」
「理解した…… 君は…… 真の、心に信仰を置く、『神聖聖女』なのだね」
「秘匿されては居りますが、常に強く意識はしております。 役柄、職位などは、わたくしには意味が無いのです。 祈りこそが、わたくしの ”全て” ですから」
「承知した。 ……『貴族学習院』は、君を迎える。 無用の擾乱など、君が興す訳が無い。 君の高潔さは、間近で刮目した。 故に、君を蔑むような輩は、私が許す事は無い。 君は、人の間の柵に、『大いなる意思』により授けられし 『 役割 』 を、理解している。 わたしも、微力ながら協力しよう。 ”溝が埋め、膨大な倖薄き民を救う 『 慈しみへの道 』 を、開かん” と云う事ですね」
「御意に」
この意思確認の間にも、全力で『魔力回復回路』は輪転する。 残念な事に『お薬』は、持参していない。 地力だけが、頼りなのよ。 それでも、立って歩けるくらいには、『魔力』は溜まる。 なぜなら、この場所は、『闇の魔力』が何故か濃いから。
完全魔力枯渇状態から、抜け出した私。 足の震えも収まり、歩くには十分。 もう、閣下に抱きかかえられる必要も無いわ。
往路とは違い、ゆっくりと歩を進める。 下り道と云う事もあり、足取りは軽い。 歩き出す前に、閣下がチラリと、豪華な造り方の扉を見られたが、私が歩き出したのを確認され、首を横に振られた。 何気ない仕草ではあるけれど、其処には重い意味が含まれていたわ。
『仕草会話』で云う所の、 ” 路を違えるな ” であり、多分…… きっと…… あの豪華な扉の向こう側は、私が立ち入るべき場所では無い。 そう確信が持てたの。 頭の中に出来上がっていたマッピングだと…… あの扉の向こう側は、王城。 それも、かなり深い場所。
前世の記憶にも無いような場所であり、王族ですら立ち入りは制限されるような場所なんだろうなと、当たりが付いた。 其処に、何処からともなく、現れる人。 説明するには複雑に過ぎる状況で、秘匿されるべき事柄が、余りにも多い。
お気遣いして下さったのだろうな。
疲れ切った私を、早くフェルデンに送り届けようと、ちらりと考えられたのよね。 何となくだけど…… ほんの些細な仕草だったけど…… ウルティアス大公閣下の為人が、垣間見れたわ。
『 善性 』 が、強く公平に物事を見詰めようとされる。 『慈愛の心』も深く、傷付き病んだ者には、惜しみなく手を差し伸べられる方。
神職に在られる方としては、最上の為人。 でも…… 『爵位的な御立場』、『御家の使命』を、背負われると、それが阻害される。 まして、『黄金の鳥籠』の管理人としては…… ね。 苦悩と苦難の連続だと思う。 それでも尚、崇高たらんとして、努力されている。
わたしは、そう判断する。
あくまでも、個人的な、私の私見。 ならば、その重き荷の片棒は担がせて頂くと事にしよう。 私が貴族学習院で問題を起こせば、この方の肩にずっしりとした 『 重荷 』が、課されてしまうモノね。
儘ならない現状に、そっと溜息が零れる。
何もしない事が、良しとされない事くらい、よく理解している。 ならば、何を成すのか。 閣下の御言葉によれば、私は貴族学習院に入る事となる。 その『黄金の鳥籠』の中で、どのように飛ぶのか。 何が成せるのか……
小聖堂に帰って、じっくりと考えたいと、今はそう思うの。
――――― § ―――――
約束通り、バン=フォーデン執事長は、貴族学習院の玄門で、私を迎えてくれた。 疲れ切った私を見詰め、優し気に目を細め、心配に溢れる表情を浮かべ、…………何も、云われなかった。
こうして、第一日目の 『 見極め 』 は、終わったのよ。