エルデ、その魂に刻み込まれた『貴族令嬢の知識』が迸る。
正攻法での 罠 の、食い破り方。
それは、なにも難しい事では無いの。 『 見極め 』 と云う試問に、真摯に応えて行けばよいだけ。 現状 私が持つ 『 知識 』 を、披露するだけで、よいのだもの。
『 足らぬ 』 と、そう学習院側が判断すれば、貴族学院への入学を遅らせるか、拒否すればいいのよ。
勿論、私にとって、そちらの方が断然良いのよ。 だって、『来ては成らぬ』と判断されたら、小聖堂に於いて、『遣い潰されている』ように装う事が、『 可能 』なんだもの。 そして、そちらの方が、私らしく生きて行ける。
しかし、私の 『 役割 』 そして、フェルデンの体面を考えれば、そうも言ってられない。 貴族の面子と云うのは、本当に面倒ばかりで、個人の事情の斟酌など、一切鑑みられないモノなんだもの。 フェルデンの名を『傷つける』と、聖堂教会と王侯貴族の関係修復は、難しくなるんだもの。
もし、『見極め』に何らかの支障があり、学習院への入学が認められなければ、『 私 』 を、フェルデン侯爵家の於いて、『飼い殺し』 と成し、怒りを持つ他家の溜飲を下げさせることは可能よ。
けれど、それだけでは、王侯貴族と聖堂教会の間を取り持つには、いささか弱すぎる。 私が貴族学習院へ入学し、相応の対応をする事によって、両者を取り持つ事の方が、溝を埋めるのに、より大きな力となる可能性がある。
―― 教会には悪しき者だけでは無く、良き者もいるのだと、
そう…… 植え付けねば成らないのだもの。
中々に難しい事だけれども、成さねば多くの倖薄き者達への救いの手が細る。 教会と王国は、云わばこの国の両輪。 どちらが大きくても、向かう先が大きく曲がっていくのよ。 未来への道は、細く険しい物だから、曲がれば闇に堕ちてしまう……
両輪の大きさを等しくすることによって、国の舵取りを容易にせねば、国は割れ動乱と云う闇に堕ちる。 多くの者達の倖せが、私の言動に掛かっているのだと…… 今更ながらに、重き 『 使命 』 に、心が塞ぐ思いが湧きあがるのよ。
――― 静かに瞑目する私に、エクセルバード卿が、言葉を紡ぎ出されたの。
「では、試問を始める。 左にある筆記試問の用紙をとり、問題を解き、終われば右側に。 使用する文具は、机上のモノを使うように。 私物の使用は容認できない。 宜しいか」
「はい、承りました」
エクセルバード卿の開始の御言葉により、 試 問 は、開始された。 まず、一枚目……
えっと? これは…… なに? 十二歳になり、初めて貴族学園に入学した者達への課題なの? 読み書きと、計算の一般則の基礎? へぇ…… 侮られたものね。
執務用の、実務を主眼とした『短い軸』の『 ガラスペン 』を手に取り、インク壺の蓋を開ける。
設問は、いたって普遍的な事。 先ずは、きちんと文章を読み解けるかどうかの、基礎的な設問。 五歳の頃に遣ったわよ、家庭教師により、徹底的に魂に刻まれたんだもの。
計算に至っては、四則演算の『加算』『減算』のみ。 幾枚か、こなして行くと、徐々に桁数が上がり、項目も増えていくのだけれど…… 計算尺を使う必要も無いわ。 黙々と左側に積まれた設問を解き、右側に送る。 うん、此れって、御領の執務室でしていた事と同じよね。
ただ、難易度が、滅茶苦茶に低いってだけで……
暫く試問を進めていくと、『王国の国史』や、歴代陛下の国政に就いての記述が多くなっていく。 王国の成り立ちや、現在の状況を把握する為の基礎的な知識と云う訳ね。
『 算学 』と云えるようになるのは、もう少し先かな? 今は『乗算』『除算』の能力を計っているのね。 まだまだ、計算尺の出番はないわよ。
左から取り、回答を埋め、右に流す。
左から取り、回答を埋め、右に流す。
――― その繰り返し。
明るい『芙蓉の間』 香しい、お茶の香りが漂う。 小間使い達が、茶の準備をしているのよ。 でも、それは私の為のモノでは無い…… 多分ね。 それは、此処に詰めて居られる、学習院の教諭陣の為のモノ。 彼等には大切なお仕事があるの。 時間を潰す為には、お茶だって用意されるのよ。
――― でも、わたしは、そんな暇を彼等に与えては上げない。
周囲の長テーブルでは、集った教師陣が、有る程度溜まる度に、持っていかれる右側の答案を精査されておられるの。 即時の確認ですか…… まぁ、一日二日で、為そうとすれば、そうなりますわね。
残念ながら、中央の大テーブルの上には茶器は無いのよ。 飲まず食わずでどこまでやれるか、それもまた、『 見極め 』 なんでしょうね。
周囲の雰囲気や気配に気を配りつつ、” 作 業 ” を続けるの。 内容も、やっと八歳の頃に済ませた部分に差し掛かるの。 そうね、法律、法典の文書が、少しずつ増えていく。 注釈文に、対応する条文の記載がある。 まぁ、基本的なモノなのだけどね。
家庭教師の方々は、私がイチイチ法律書を確認するのを良しとしなかった。 全て、頭の中に叩き込む様に、そう教育された。 茶会の席に法律書を持ち込むわけには行かないでしょ? との、有難い思召し。 前世の記憶の中から、そんな感じだったのよ。
二十七回繰り返し、繰り返し、魂に刻み込まれた、それらの記憶は、全てを思い出した私にとっては、宝物の様な知識。 王国の基本的な法律は、全て網羅しているのだから、設問で問われるような、ごく初歩的な基本的部分に関しては、十分な知識を持っている。
設問を読み込み、何を意図して作成された問題なのかも読み解きつつ、問題自体に含まれる不備や、設定条件の欠落に関しても、指摘、考察を書き込む事を始めたの。 目に付く不備は、正さねば成らない。 これも、『 貴族の矜持 』 として、遂行せねば成らない行為の一つ。
―――― にしても…… 不備が多いわね。
一つの設問に至っては論外。 言ってみれば『 設問 』が、民からの度重なる不満を、不慣れな行政官が、でっち上げた上申書のような文書。
下調べが十分では無く、条件も整わず、指示を出そうとしても、出せない様な、そんな問題提起。 表面上の問題となれば、法を当て嵌めるだけで済むのだけれど、それをしていては、問題の解決など『 夢のまた夢 』。
下手な『解決策』を提示するだけで、後日、何倍もの民からの嘆願書が手元に届く事に成るのだから。
結局、その設問は、『 解答不可能 』 ……そうとしか記載出来ない 『 答 案 』を右側に流す。 勿論、その理由も、その判断を裏付けるに 『必要な』 法の条文も全て記載してからね。
―――――
国史に関しては、歴代の国王陛下の起草した法案と、その実効性などが問われているの。 ” 偉大な…… ” ” 太陽の…… ” などと修辞形容される、歴代の国王陛下の政を、後世の人間が評価するのは、どうかと思うの。
その時の情勢や財務状況、外国の兵力や好戦性、指向性なんかも、勘案しなくては成らない所なのよ。
手放しで、称賛するのも手なんだけれど、其処には一定の 『 裏側 』の事情も合わせて、記載しておいた方が、より考察の精度は上がる。 なにより、現在の政に反映できるかどうかの視点も、入れなくては設問の意味も無い。
算学は、ようやく計算尺と早見表を使う様な設問が登場してきた。 十歳の頃に、相当、叩き込まれたこの技術は、今でも役に立っているのよ。 『 調薬 』する際には、色々と面倒な計算をしなくては成らないし、間違っても、適当な分量を大釜の中に放り込む事など、出来はしない。 お薬を台無しにしてしまう、主たる原因なんだもの。
――― 緻密な計算と、確かな習熟が求められるのよ、薬師院での『お勤め』はね。
奥の院の皆様が、小聖堂に移った私に対し、未だに色々と依頼されるのは、それが故。 そして、鍛えて下さった、大聖女様の薫陶のお陰。
一層の感謝を胸に、設問を解いていくのよ。
――――
左側の設問の山は、右側の解答の側に移動し、更に『芙蓉の間』に詰められている、教諭陣へと送られて行ったわ。
やがて、最後の設問となる。 数十枚の答案用紙に綴られていた『 設問 』は、回答するにしても『無理筋』な設問だった。 何もかもあやふやな前提に、まともな添付資料一つ、正確な数字一つない、雲を掴むような漠然としたモノ。
その上、設問の意図がとても曖昧で、何を問うているのかも不明。 現状、王国に存在する数々の諸問題に関し、解決策を策定せよ と、云うモノ。 つまりは、辛うじて読み取れるのは、国政に関しての展望だったの。
先ず、前提が漠然とし過ぎていて、どのような状況を想定して居るのかも定かではない。 付随する各種指標の数字も、どれも元に成る状況が不明。 更に言えば、何年後かの状況に対する備えも勘案せずに、現在表層に現れる問題の処理方法を提示せよとの思召し。
ええ、当然 ……まともな回答は ” 不可能 ” なのよ。
こんな指示をもし国王陛下がお出しに成られても、現在の重臣の方々は一斉に反駁されるわよ。 設問自体が、余りにも稚拙。 誰がこの設問を作成したのかは知らないけれど、これを設問を作成した方は、概念的な事以外、『 実務 』 を、一切考慮しては居ない。
予測とは、過去の事実の積み上げによって、成される必然。 政の策定とは、常に予測に基づいた ” より良き世に向かう為の行動理念 ” を作り上げる事。 何よりも過去から連綿と続く、事実の積み上げを必要とするのよ。
優秀な官吏の頭数が足りないならば、どうするか。 狂暴化、異質化する魔物達に対応する兵をどう鍛えるか。 凋落する作柄状況に対し、何を行うか。 枯渇しそうな鉱山、森林を如何に運営するか。 毎年の様に氾濫する河川、流される農作地、放牧地をどの様に保全するか。
―――― 一つの政策で 『 提唱 』するような、問題では無いのよ。
まして、丸ごと解決できるような、そんな、解決策なんて有りっこない。 地道に積み上げ、小さい事から対処し、影響がある部門毎に纏め、試行錯誤の結果導き出された施策に挑戦し、その結果を精査する。 その結果を受けて更に試行錯誤を模索して行くの。
これ以外に、国を運営していく方策など、有りはしない。 人知の及ぶ限りの努力の結果、やっと生み出されるのが、政務大綱であり、この国の方針でもあるのよ。
こんな数枚の紙切れのような僅少の『事実』で、左右されるようなモノでは無いもの。 綴られている前提条件に関する不備を、一点一点箇条書きにしつつ、設問の意図を問うの。 かなり辛辣に、設問の不備を突いた。 いいえ、設問にすらなっていないと、糾弾すらした。 冷たく投げ出す様に…… 解答を右側に移したの。
無様で、無茶な報告書を、執務室で読んだ気分。 もし、これがアルタマイトの執務室に持ち込まれて居たら、担当者の馘首は確実に実行に移す。 勤勉で無能な信念を持つ馬鹿は、組織にとって悪性の腫瘍の様なモノ。 切除し二度と組織に関わらせない様にするのが吉。
溜息が一つ落ちる。 問題はね、この設問を作った人が、” 解答 ” を持っていると云う事。 つまり、奇跡の様な解決策を、お持ちであると云う事。 漠然とした設問ではあるけれど、それに対しての 『 解答 』は、必ず有る筈だもの。 ”正答”の無い設問を、『 見極め 』に出す事など、考えられないもの。
どんな 『 正答 』が用意されていたのか。
『見極め』に供せられる 『 設問 』なんだもの……ね。
最後の設問が、教諭の元に運ばれる。 その書類の行く先を見れば、記憶の泡沫にある顔があった。 且つて私が愛を乞うた人々に、強い影響力を持った教諭。 教条的で、なにより、” リッチェル侯爵令嬢 ” が、聖女であると云う事を信じて疑わない方。
お名前は…… 記憶の泡沫には明確には出てこないのよ。 それ故に…… 不気味な存在なのよ。 ただし、即時の採点は出来ないのよ。 なぜなら、その方の傍らには、随分と分厚い解答の山が置かれていたから。 採点待ちの解答済み答案用紙の山がね。
さてと、解くモノは解いた。 見積時間と同じく、約半日の『 執務 』だったわ。
―――― § ―――― § ――――
手持ち無沙汰となり、使用した筆記用具や文具を片付け、さてやる事も無くなったと、周囲を見渡す。 周囲の長テーブルでは、今も現在進行中で私の答案の採点が行われている。 最後の方の答案には、色々と不備が見つかっているので、その注釈を読み込んでおられるご様子。
誤字とか脱字くらいなら、御愛嬌だけれども、引用されるべき『法』が欠落して居たり、間違った『法』を引用して居たりするのは、頂けないわ。 算学や魔法学の方は、純粋な技術だから、相応に対応する数式や術式を記述すればよいだけだしね。
魔術術式の応用なんかは、習わないらしいのよ。 そう云えば、前世でも既存の術式ばかり使っていた様な気がするわ。 ……製薬の時には、術式を分解して、必要な部分を継ぎ接ぎして、術式改変なんかをしなくちゃならないし、その為には、基本単位となる術式の細分化なんかも必要になるもの。
薬師…… 第二級薬師には、それが要求されるのよ。 それに、課題も戴いているのよ? アルタマイト神殿、薬師院の筆頭聖修道女様より、第一級薬師が使用する、レシピ集を戴いているのだもの。 アレもきちんと修得しなくてはならないのよ。 未だ、八割方って処なの。
頑張ったと思うのよ。 筆記試問は、これで終りね。 あとは…… 何だったかしら? そうそう、まだ、お知らせ頂いていないんだっけ。
「エルディ嬢。 少々予定外ではあるが、正食堂にて昼餐を準備させる。 『芙蓉の間』からの退出を許可するので、ご一緒に如何か?」
「はい…… しかし、まだ、どなたにもご紹介に預かっておりませんわ」
「そうだったね。 私は、マリオート=ルイジール=ピーチェス=ウルティアス。 当、貴族学習院にて、副学習院長を拝命しているウルティアス大公家に属する者だ。 見知り置いて欲しい」
「エルデ=エルディ=ファス=フェルデンに御座います。 先程…… エクセルバード卿が側に居られたご様子。 ……非礼を謝罪いたします」
「いやいや、此方も名乗りを上げず、更にはエクセルバードも声を掛けなかった。 当然の事だよ。 さて、エルディ嬢。 御手を」
「有難く。 しかし、副学習院長と云う重職にある尊き方に、エスコートされる事など、畏れ多くも有り、周囲に要らぬ憶測を与えてしまう可能性が御座います。 さらに、今は 『 見極め 』の最中。 周囲の方々に、予断を与えかねない行いは、厳に慎まねば成りますまい。 誠に有難き事なれど、ご容赦頂きたく」
「……それはフェルデン侯爵家の『 養育子 』 としての言葉かな? それとも、その首に掛かる、聖なるストラを身に着ける、『 聖職者 』としての言葉かい?」
この方…… 見えるのだ。 『 斎戒のストラ 』 が見えておられるのだ。 と云う事は、この方…… 元聖職者? それも、高位の…… 神官…… 様だったの? それは、想定外。
「ほう、博識で情報にも精通する、フェルデンが秘蔵にそのような顔をさせたか。 と云う事は、私もなかなかの者で有ると、自慢して良いかな?」
「お、御戯れを…… このストラを視認されておられるのであれば、わたくしの立場もよくご存知の筈。 今の申し出も、『 見極め 』の一環ですね」
「……聡いね、君は。 教皇猊下が最後まで手放す事を良しとしなかった理由が判ったよ。 そのストラには、刻の香がする」
「予測はしておられると」
「そうだね。 あぁ、ある程度の確信は持っている。 聖堂教会の高貴な方々のご対応を鑑みれば、自ずと可能性が出て来るのも必然かと。 その上、君は大聖女殿の直弟子にして、たった一人だけの愛弟子。 これだけの事実の羅列を見せられて、予測できぬ ” 神に仕えていた者 ”は、居らぬよ。 いや、目の曇った者共は判らなかったか…… まぁ、良い。 既に昼も廻っている。 清貧を旨とする、第三位修道女エル殿。 如何な聖職者といえど、肚は減るだろう。 食事を共にしても良いだろうか?」
「……御言葉に甘えます」
「よろしい。 君の礼節は、極めて礼典側に則っている。 ……皆、そのままで聞け。 彼女の礼法の 『 見極め 』は、私が成す。 試問の採点結果は私の執務室に。 良いな」
無言で、頭を下げる皆様方。 そうね、実質最高権力者の方に宣下されてしまえば、首を下げる他ないわね。 礼法の見極め…… 詰まるところ、食事しながらお喋りを と、云う所かしら。 元、お仲間であり、そして、黄金の鳥籠の管理者様。
この方も又、『 教皇猊下 』や、『 私 』同様…… 神様に深く祈りを捧げておられる方。
何らかの意見交換が出来そうな、可能性を……
―――― 私は見出していたの。
本年最後の投稿です。
本作を楽しんで下さる皆様に、絶大なる感謝を。
そして、来年も又、どうぞよろしくお願い申し上げます。
エルデは、来年も未来に向かって、現状に抗い、疾走します!!
楽しんで頂けると、幸いです。
龍槍 椀 拝
PS 頂いております、『ご感想』は、全て読ませて頂いております。 嬉しく、舞い踊っております。 モチベの源でも御座います。 ご返信が出来ていない事に、申し訳なさで一杯では御座いますが、本編を綴る事を最優先とさせて頂いておりますので、何卒、ご容赦を。
皆様の、ご感想に大変勇気づけられております。
本当に、本当に、ありがとう御座います。 感謝です!