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エルデ、『戦場』である王立貴族学習院 に降り立つ。

 


 貴族学習院の設立年代は古く、十五代も前の国王陛下の御世だった。 それまでの王国は、貴族家で教育された後、女性は社交界に、男性は官吏や王城に勤める者、領主として国王陛下の藩屏たるを誓う儀式のみだったと、記録に有る。


 貴族の令息、令嬢を一堂に集め、教育の場を設けたのは、相応の理由があった。


 王領と周辺の王国領の力が均衡し始めた為。 王権に挑戦するかのような動きが有ったのも事実。 陛下の権威を損なう事は看過し得ない。 強く、貴族達に藩屏たることについての意義を摺り込む為に、貴族学習院は設立された。


 支配機構の維持の為ね。 


 侯爵家の領地が、王領外に有るのも、それが理由だし、侯爵様方が王領に住まうのも、それが理由。 侯爵家の連枝が辺境伯家として、王領周囲の広大な領土の要として置かれているも、交易、農産物、畜産物、木材、鉱石、等の重要資源を持つ 村や街、山や森 等が、辺境伯家の直轄に成っているのも、同じ理由。 


 全ては、辺境伯家を通した侯爵家の、そして、王家の強い支配を『 確 立 ( ・ ・ )』する為。


 王立貴族学習院は、そんな王国の支配体制を、若き貴族に刻み込む為に設立された。 授業は決まった形は無い。 かなり緩く組まれている。 目指すは、若き貴族達への摺り込み。 多くの茶会や、舞踏会と云った、社交の場を形作る。 勿論、国家論や領地の差配を学ぶ時間も有る。 定期的に開催されている ” 勉強会 ” の様な、会合なの。


 主催となる、高位貴族の号令の元、その高位貴族に付く者達が、学習院から供せられる教諭から、既知の知恵や、経験、そして慣例を学ぶ。 その場に居る為には、当然の様に ” 社交 ” を行い、何時 誰が 何の 『 会合 』を開くのかを知らねば(・・・・)成らない。


 社交を軽視する者は、学ぶ機会を失う。 人との繋がりを軽視する者は、貴族社会から排除される。 そして、繋がりを断たれたモノが ” 御継嗣様 ” であったらならば、その者が ” 当主(・・) ”とは成れない。 周囲がさせない。 そうでなくては、その ” 貴族家 ” は、没落の道を歩み、血族ごと消滅するしか、道は無くなる。


 学習院に入学すると云う事は……


 この国を背負う気概を持ち、『 貴族家の矜持と誇りノブレス・オブリージュ 』を自覚し、自身の価値を高め、表明すると云う事に他ならない。 民を護り、率い、国力を増大し、以て 国を富ませる事を成さしむ。 国王陛下の忠実な藩屏たるを、心からの底から『 誇り(・・) 』とし、安寧な国を作り出す事を、第一の目的と成す。



 ――― それが、王立貴族学習院の設立理念。



 まして、第一王子殿下が在籍されている現在。 将来の『 家門 』の在り方を問われていると云っても、間違いでは無いのよ。 


 御令息は、自身の才覚を以て、未来への道を切り開かなくては成らない。 


 では、高貴なる血を受け継ぐ、” 御令嬢達 ” は?


 それこそ、『 見極め 』の時間。 早々に御婚約を結ぶ方々も居られる。 それは、高位の貴族に成れば成る程、顕著であるのよ。 でもね、伯爵家以下の家格御令嬢達は、自分の未来を掛けるべき男性を見つけ出さねば成らない。 その機会となるのが、この貴族学習院での在籍期間。


 女性達の間での、活発な社交(・・)。 茶会で、昼餐会で、舞踏会で…… 彼女達の見極める『厳しい視線』が、懸命に努力する令息達(・・・)に注がれる事になる。 他の令嬢に抜きんでる為(・・・・・・)には…… 未来に安寧を求める為には…… ” 悪辣な思考 ” も、 ” 卑怯な手段 ” も、……許容される場所となる。




 かつての私が、道を踏み外し、外道に堕ちた…… 大きな 理 由(・ ・) でもあるの。 だから、関わりたくなかった…… 極力、距離を置きたかった……




 でもね、現世では…… 私の『立ち位置』は、とても難しいモノとなっている。 異様なほどの思惑が私を取り巻き、そして、絡め、堕とそうと、してくるのよ。


最初から 『 苛む為の標 的(・ ・) 』 として、学習院に入れようとする一派。 


黄金の花園に 『 異 物(・ ・) 』の侵入に、強く警戒する一派。 


血脈ゆえに、貴族的に ” 正しい(・・・) ” 扱いをと 『 願 う(・ ・) 』 一派。 



   ―――なにより、陛下の御宸襟。 



 王国の王侯貴族と、聖堂教会の見えざる断絶を、強く懸念されていると、教皇猊下は仰っていた。 事実、その旨の『お手紙』は、聖櫃(アーク)を通して、教皇猊下より頂いていたのだもの。


 強く…… 強く成らねば。



 ―――



『記憶の泡沫』にある情景通りの、貴族学習院の偉容を誇る学び舎に到着する。 衛士が常駐する、玄門を超えて馬車は行く。 黒塗りの宰相家の家紋が付いた馬車は、誰何を受ける事無く、玄門を通過する。 さしたる時間も掛からず、学習院の玄関に到着した。


 扉が開かれ、バン=フォーデン執事長が先に出る。 周囲を確認して、手を差し伸べられた。



「エルディ御嬢様、御手を」


「はい。 良しなに」



 差し出された手に、掌を載せ粛々と馬車から降車し、エスコートされるがまま、歩みを進める。 玄関には学習院の小間使いの者が待機しており、彼の先導に従い控えの間に向かう。 ……侯爵家の令嬢に対する出迎えにしては、余りに簡素。 エスコートしている バン=フォーデン執事長の額に青筋が立つ。 


 軽く、エスコートされている手の中指を、彼の掌にタップする。 それだけで、私の真意は彼に通じる。



 ” 捨て置きなさい。 最初から判っていた事です ”



 少々、眉を下げたバン=フォーデン執事長が私を見て、小さな小さな溜息を一つ。 そして、今まで見た事も無いような、厳しい表情を浮かべ、先導する小間使いの者を睨みつけていたのよ。


 雛鳥を護る、親鳥の様ね。 でもね、護ろうとしている 『 雛 鳥(・ ・) 』 は、龍種(・・)の雛よ。 ……大事無いわ。 その後も先導する小間使いの者の歩みは留まらず、控えの間に到着する。 


 小間使いの者の歩みは、極めて質素なそのお部屋で止まる。 用意が出来るまで、その場で待機する様に命じ(・・)られた。 更に……


「ココは貴族学習院の内懐であり、貴族家の使用人が存在して良い場所では無い」


 と、冷酷に告げられ、バン=フォーデン執事長の退出が求められる。 思わず抗議の声を挙げそうになる執事長。 でもね、それも想定内。 だから、そっと『掌会話(ヴォイレスサイン)』を紡ぐ。



 ” 大事無い。 此処は引かれよ。 後は、任せよ ”



 ってね。 絶句するバン=フォーデン執事長。 私の顔をマジマジと見詰めて、そして、両の瞼を閉じる。 彼の…… 胸に当てる拳が震えていた。 胸に当てる拳の意味は、私にとっても、驚くべき事。


 ええ、彼は、私に対する所業に、怒りを覚えてくれたの。  そう、彼は…… 『怒り』を、感じてくれたのよ。


 フェルデン侯爵家に対する軽視よりも、()に対する扱いにね…… 



 ――― それだけで十分。



 その怒りも、私の力となる。 彼の様子を微笑みを以て、受け入れたの。  


 反対に、学習院の使用人は私の『掌会話(ヴォイレスサイン)』には気が付かない。 所詮はただの使者(メッセンジャー)。 つまりは、学習院側の御手先(さしがね)でしかない。 彼には何の決定権(・・・)も無い。 ただ、云われた事を伝える為だけの存在。 ならば、此方も相応の対応をするまで。


 悔し気なバン=フォーデン執事長に対し、声を紡ぐ。




「後程、迎えを願います、バン=フォーデン執事長」


「御意に。 予定時間に正門前に」


「宜しくてよ。 では。 ()でね」




 交わす視線に、熱が籠る。 私を心配する光が灯る執事長の瞳。 対する私は、頬に笑みを載せ、首を右に少し傾け、扇は手に持ち腰に当てる。 


 そう…… 『仕草会話(ムヴェトク)』で、表明するの。



 ” 任せなさい ” ……と。



 深く腰を折った執事長は、踵を返し控えの間を後にする。 さて…… ここからが、戦の本番。 質素な控室に、小間使いの者のと二人きり。 扉は閉められている。 はぁ…… これが、曲がりなりにも、未婚の貴族女性(・・・・)に対する対応なの…… 有り得ない。


 この人…… 後で、相当なお咎めを受ける事に成るわ。 それも、自分の不注意で。 貴族学習院は、そんなに甘くない。 どんな『 噂 』を貴方が立てようとも、貴方の話を聞く人は居なくなる。


 それ程の失態なのよ。 『未婚の未成年女性』と、二人きりで小部屋の中に長時間居たのですからね。



 ” 何も無いッ! ただ、指示を受けて、案内しただけだ ”



 と、幾ら言い募っても、その非常識を行った人に、人は信を置かない。 在籍中の御令嬢達は、この事実を知れば、もうこの人を望む人は居なくなる。 そして、その御令嬢の御親族もまた、決して繋がりを持とうとはしない。 


 それが、貴族的思考(暗黙のルール)。 私の名声など、最初から期待していないので、私に対する評判など、どうでもいい。 


 フェルデンの家名を傷つけない為に並べるのは、この人に長時間この小部屋に強制的に連れ込まれた事。 只それだけ(・・・・・)。 証人はバン=フォーデン執事長。 そして、この部屋を用意し、彼を遣わせた、貴族学習院。 隠蔽できない様に、暴いてあげるから…… フェルデンの名を穢そうとした貴方。 ……その首、洗って待っててね。


 そんな失態を犯した ” この人 ” に、何を言っても、『 無 駄(・ ・) 』で有る事は、間違いない。


 扉を開けず、着席の許可も出さない『 愚か者 』に、何も言う必要は無い。 ただ、ジッと佇み、その時を待つ。 心の中で、牙を研ぐ。 神様の御心とは乖離するかもしれない。 けれども、貴族的思考(フェルデンを名乗る)の私は、それを止める事は無い。




 シンと静まり返る控えの間。 ジッと佇む私を見て、不思議そうな表情を顔に浮かべる、その小間使い。 普通ならば、既に着席を求めているだろうし、高位貴族の令嬢として、何らかの 『 文句 』を付けようもの。


 誰かの意向を受けて、貴族学習院に初めて訪れた私の不作法を、大げさに喧伝する。 その為に、口の軽そうな、どこぞの貴族家の子弟に、その役目を負わせた者が居る。 予測された、事象の一つ。 陰湿な粘りつく様な悪意の塊。 透けて見える、背後の居るモノの意思(憎悪)


 もし、前世の私ならば、バン=フォーデン執事長に、強硬な抗議を告げるように指示していた筈。 仮にもフェルデンが名を名乗る事を許された私に対し、この仕打ちをする者を容赦なく吊るし上げるくらいの事は、息をする様にしていた筈。


 前世の私の性格を鑑みれば…… この人の、貴族の立場など吹き飛ぶくらいに、辛辣に糾弾していたと思うの。


 でも、それは悪手(・・)。 個人を攻撃しても、その後ろ側で糸を引く者達には、なんら痛痒など感じさせることなど、出来ないもの。 そして、かれらの思惑は完成する。 私の『使命』を邪魔しようとしている者達の思惑を鑑みれば、容易に辿り着く結論。 


 それに、悪手(・・)を用い、この不愉快な現状を突破すれば、宰相家の名に傷が付く。 既存の王侯貴族と、聖堂教会の間に横たわる大きな問題もまた、重大視されてしまう。 それでは、本末転倒よ。 貴族と教会との乖離を狙い、教会の力をその傘下に収めようと画策する者達が居る。 そして、幾重にも権謀術策は練られていると見ていいわ。


 その為に用意されている ” 小間使いの者(口軽き者) ” なのだから。


 ならば…… どうするの、私としては?


 アルタマイトで、習い覚えた貴婦人たちとの茶会を思い出す。 ヒリヒリした緊張感と、言外の悪意の応酬を。 私が成されて最も傷付いた方法が有ったの。 そして、後で途轍もなく、叱責されたのよ。


 そう、リッチェル卿に…… 手紙でね。 『才無き者』と罵られ、『民の安寧を破る愚か者』と謗られ…… そして、私は理解してたの。 


 貴族間の交渉事とは、悪意の応酬であると。 そして、最も心の弱い部分を突けなければ、目的を完遂する事など、不可能であると。 心から血潮を噴き出しながら、魂に刻みつけた ” 貴族が思考 ” を、この際、存分に使うつもり。


 何をするのかって? それは、勿論……



 ―――― 全く何もしない事。



  ” 小間使いの者(口軽き者) ” に、なんら意思決定権は無い。 結局は『捨て駒』と同じ。 フェルデンからの抗議が有れば、彼が独自に行った事と、そう切り捨て、自分達は安全な場所に居る。 切り捨てられた不満は、私への讒言へ変化する。 簡単な ” 術策 ” ね。


 透けて見える、そんな悪意と思惑に対して、一番の対処方法は、頭からこの人を無視する事。 存在自体を認識しなければ良いのよ。 相手から何かをされたり、云われたりした場合にのみ、対応すればいい。 


” 噂好き ” な気質の者に、実際の行動に出る者は少ない。


 増して、相手が筆頭侯爵家に連なる者。 宰相家の血脈を受け継ぐ者だとしたら? 私に対する口撃や、暴力行為は、フェルデン侯爵家の矜持を傷つける。 その様な愚を犯す様な貴族は居ない。 よって、彼が考えそうな事は、『高貴な血筋』が故に、私が彼に対し、『 何か(・・) 』不満を言うのを待つ事。 それを針小棒大に広めれば、彼にそう指示した者達への、使命の完遂に成るのだから。 


 ――― だから、彼の存在自体を認識しない事にしたの。


 あくまでも、彼は使者(メッセンジャー)。 私が対応すべき人は、少なくとも何らかの決定権を持つ人でなくては成らないのよ。 だからこその、沈黙。 不気味さが彼を捕らえているのよ。 顔色に出ているわ。


 男性の癖に、胆力の無い…… 『苛む』つもりならば、自分が『苛まれる』覚悟もお持ちでしょうに。 心理戦は、アルタマイトの茶席で既に実践済み。 表情を無くした沈黙は、どんな罵詈雑言よりも堪えるのは、経験済み。 存分に 『 戦って 』 あげるわ。


 相当な時間をその控室で過ごした後、



 ……やがて控えの間にノックの音がした。




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― 新着の感想 ―
[良い点] がんばれー [一言] 体力が必要なんですね…。大変。
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