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エルデ、” 見極め ” 深淵を覗くモノ達は、観察される。



 

「時間に遅れぬ様に、行きましょう」


「はい、エルディ御嬢様。  お嬢様、出立ッ!」




 張りの有る御声で、私が邸外に出る事を宣する家政婦長様。 人格を伴わない単なる『記憶の泡沫(過去世界の情報)』から、これは、完全に宮中様式と理解できた。 いやはや、フェルデン侯爵家は、どれだけ高貴な方々を雇われているのかしら。


 記憶を刺激されても、もう、心が痛む事が無い事に気が付いたの…… そっかぁ…… アノ痛みは、過去の私の残滓達の、悔恨と後悔の感情だったんだ…… つまり…… これからは、『記憶の泡沫』は、過去の生きた時の、私に見えた『 事実 』の羅列と成ったのね。 もう、何を見ても、昏い過去に心が痛む事も無く、ただ一心に 『 今 』 を、生きて行けると云うね。


 そっかぁ…… 神様と精霊様方への 『 感謝の念 』 が、更に強く私の心に浮かび上がる。 透き通る程に純粋な信仰を、心に持つ事が出来ました。 これで、私は…… 『世界の意思』に何の憂いも無く、抗い、戦う事が出来るわ。 黒く染まる事無く、欲望に飲み込まれる事無く…… ね。 




       ――――




 身形を整えた後、お部屋を出て、玄関に向かう。 ミランダ家政婦長が私を先導し、周囲に気を配られていた。 玄関に向かう回廊で出会う、フェルデンの使用人の方々は、私達の姿を認めると、すぐさま手に持つモノを下ろし、首を垂れられる。


 仄かな笑顔を浮かべ、軽く頷く。 『仕草会話(ムヴェトク)』で、”有難う” の感謝を示す。 彼等が真摯に職務を遂行する事で、フェルデン別邸の『 格 』が、保たれているのだから。 フェルデンの名を名乗る者ならば、その献身を『評価』し『謝意』を示す事は、必然と云えるの。


 数名の使用人達が、そんな私の『仕草会話(ムヴェトク)』を認め、軽く握った拳を胸に当て、更に深く腰を折る。 ……あの方々も『仕草会話(ムヴェトク)』を習得されているのね。 ホントにもう、フェルデンが家の方々は何処まで教育されているのかしら?




 ――― 玄関脇で、数名の執事と上級侍女達が、

           廊下の先で列を作り頭を垂れて待っていた。




 高位貴族の、当主様同様の送迎の礼法。 それも、最上級のモノ。 この別邸の方々は、私を『養育子(はぐくみ)』の、仮物令嬢では無く、フェルデン血族の貴族令嬢(蒼き血を持つ者)として、真摯に対応して下さっている。 彼等の内なる感情は判らない。 何を思い、どうやって心の折り合いをつけているのかも…… 私には想像できない。


 でも、私が見える部分では、フェルデンに仕える者としての、最上級の礼節を私に捧げてくれている。 それが、理解出来た。 過去の私ならば…… 少し、怖気が走る。 驕慢で傲慢な過去の私ならば…… 捧げられる礼節は、” 当然 ” のモノとして、受け取っていたかもしれない。


 そんな感情を今は持てない。 私は自然と仄かに笑みを浮かべて、軽く頷く。 全ては神様の思召し。 ならば、彼等が護り通している 『 フェルデン侯爵家の矜持 』 を、傷付けるような愚行を侵す訳には行かない。 そう…… 心に刻みつける。


 私の態度と『仕草会話(ムヴェトク)』は、彼等に小さな驚きと、僅かな熱量の上昇を、玄関ホールに与えたみたいだったわ。 執事たちは、引き締まった表情を浮かべ、上級侍女達は僅かに頬を染めて、私を見送ったのよ。


 その間を抜け、玄関口に待つフェルデン侯爵家 別邸の執事長様の元へと歩みを進める。 玄関の大扉を抜けた先、馬車溜まりにはフェルデンの黒く輝く紋章付き馬車が待機していたの。  私が馬車に近づくだけで、バン=フォーデン執事長が、馬車の扉を開けて下さった。 貴人に対する、見事な対応。 


 でも、本来ならば見送るだけの執事長様が、ここで、礼法の様式とは違う行動に出たの。 私に声を掛けられた。 それも、極めて『申し訳の無い』と云う様な表情を浮かべつつ、声色にも『 無念の色 』をにじませつつ……ね。 なにか…… 事情が有る様ね。





「エルディ御嬢様。 本来ならば、旦那様が御同行いたします所、公務により此方には、出向かれない事となりました。 また侯爵夫人もご予定が合わず、彼の方も御同行が出来ませんでした。 申し訳ございません。 フェルデン侯爵家御当主様の名代として、本日は、わたくし、バン=フォーデンが、エルディ御嬢様の御手を取らせて頂きます」


「左様に御座いましたか。 介添えはミランダ家政婦長がするものとばかり、思っておりました。 執事長が邸を空けても、宜しいのですか、バン=フォーデン?」


「旦那様よりの御指示に御座います。 万事、お任せあれ。 ミランダには、この後、残る執事、上級侍女達の差配を任せました。 家中の人務は、家政婦長に権能が御座いますれば、わたくしが介添えとして、御同行する事となりました」


「フェルデンが家格を鑑みれば、フェルデンが『()』の初の御披露目となるべき今回の『お披露目』に於いて、その ” 当主 ” が付添うは、自明の理。 しかし、それを状況が許さなかった。 しかし、家格を維持する為には、” フェルデン卿 ” に、準じる権能をお持ちの方でなくては成らない。 成程。 問題を治める為に、別邸の最高責任者であり、フェルデン卿の 『 名代(・・) 』を、勤める事を認められて(・・・・・)いる、バン=フォーデンが、その役目を負った。 理解しました」


「…………御意に」


「では、行きましょう。 『 見極め 』の開始時間は、定められています。 遅参する事は、『 傷 』と成りましょうから」


「はい、エルディ御嬢様。   エルディ御嬢様、出立」




 差し出された手を取り、馬車の中へ。 向かい合うように、執事長様と座ると扉が閉められる。 見送る者達が全て、首を垂れる。 厳粛な空気の中、軽やかな音を立てて、馬車は滑るように動き始めた。




      ――――――




 街中を行く、フェルデンが馬車。 揺れを感じさせない、キャビンの中から、流れる街の風景を見つつ、バン=フォーデン執事長に言葉を紡ぐ。




「 『 見極め 』には、時間もかかりましょう。 『 見極め 』は、二日間と聞きました。 何か、貴方が知り得た事柄は?」


「調べました所、貴族学習院側では、第一王子殿下と同学年となる為、学年教諭陣が全て参加されると。 さらに、今回の 『 見極め 』 を、実質差配される方が、副学習院長であらせられる、ウルティアス大公閣下であると、掴めました」


「ウルティアス大公閣下? あぁ、リッチェル侯爵家が源流たる、王家の御連枝。 なるほど、そちらの線からの『ご希望(・・・)』だったのですね」


「エルディ御嬢様への悪意は、高い場所から流れ落ちる水のように御座いますな」


「そうね。 リッチェル卿が、ウルティアス大公閣下に働きかけ、愛娘に行使された『蔑み』を、教会から捥ぎ取った『対価』たる ” わたくし ” に、為そうと。 教会が権威を徹底的に貶め、以て、王国の序列を確定させる…… でしょうか? わたくしが、無様を晒せば、そんな方々の思惑の通りになる。 教会権能へ王侯貴族様方が挑戦し支配されようと…… かしら?」


「御慧眼、誠に。 厳しき 『 見極め(・・・) 』 と成りましょう。 この事は、内密にするように旦那様に伝えられて居りましたが、独断にて、お伝えいたします……」


「有難う、バン=フォーデン。 状況の掌握は、これからのわたくしには、必要な事でしょう。 血族とは言え、わたくしは『 養育子はぐくみ 』。 フェルデン卿の御立場故、あまり、わたくしに目を掛けても、宰相閣下としての職責に、問題が生じましょう。 王家は、貴族の均衡を重要視します。 ならば、あまり表立っては動けない。 と、云うよりも、悪意持つ貴族達の尻馬に乗らねば、その者達の手綱を取る事さえ難しい。 複雑な御立場ですね、フェルデン卿は」


「…………御意に」





 状況は確定した。 ()も…… この先の戦場(貴族学習院)では、()も助けてくれる者は居ないって事。 貴族学習院の実質の最高位の副学習院長が敵に廻っているのだものね。 どこまで、何を『 見極め 』られる事やら。 でもね…… 簡単には負けないつもり。 


 少なくとも、わたしは…… リッチェルの遣り様は、理解し修得している。 リッチェル領、領都アルタマイトでの日々は、私にそれを刻みつけた。 辺境域と云う、王領の威光が薄い場所で、貴族の矜持を護る為に奮闘した、あの頃の記憶は未だに新しい。



   ――――― ならば、存分に戦うだけ。



 軽く広げた扇を口元に当て、女性の戦場(社交場の情景)に思いを馳せる。 ヒリヒリした空気と、合意を引き出せたときの『安堵感』 そして、『達成感』が思い起こされた。 フフフと、思わず笑みが零れる。


 抗う意思は、何よりも強く。 聖なる力を持つ(本物の)、聖職者以外には見えない 『 斎戒のストラ(精霊様からの賜物) 』が、両胸の上で静かに揺れている。 邪なる企みは、粉砕する。 その上で、王侯貴族と聖堂教会の深い溝を修復し、対等な立場を取り戻す。


 私が持つ、全兵力は、総員で一人。 私、只一人。 でもね。 神の御意思と、精霊様の御恩寵は、我にあり。 ならば、吶喊するしかないじゃ無いの。 相手が権謀術策を用いるならば、それを吹き飛ばす、『 神意 』を以て、真っ直ぐに抗うのよ。 



 私は一人の様に見えて…… 一人では無い。


 凪いだ湖水の様な心。


 困難なのは、百も承知。 


 まずは、戦場にまともな橋頭保を作り上げ、自身の安全を確保しなくては…… ね。


 ――― 頬に笑みが広がる。 



 そんな私を見詰めるバン=フォーデン執事長の瞳には、畏敬の光が宿っていた。 懐かしさと、畏れと、敬愛とが綯交ぜに成ったかのような表情を浮かべて居られた。 それは、私を通して、母 ミリリア様を見詰めるのではなく、私自身を見詰めておられる。 と、云うよりも、私の中にフェルデンが 血 脈(・ ・) を『見つけた』かの表情だったの。 不思議な感覚は、直ぐに彼の言葉で解消される。




「その豪胆さと、困難に立ち向かう気概…… ミリリア様とは似て非なるモノに…… 御座いますな。 言葉を変えさせていただけるのならば、先々代をより 強 く(・ ・) 思い出してしまいます」


「先々代の宰相閣下? 鉄血宰相と云われ畏れられた、ヴォーデン=エルクシール=バン=フェルデン宰相閣下ですか?」


「はい。 旦那様のお爺様に当たられる方。 王国の困難に真っ向から立ち向かわれ、並み居る貴族達を知略と豪胆で率いられた…… 尊き御方です」


「そんな方に似ていると? バン=フォーデン執事長は、ご面識が?」


「彼の方の手足となり『お勤め』しておりました。 別邸に居るモノ達も又…… 有難き事に、フェルデンが血脈に無いフォーデン家に、フェルデンが血脈を示す、” 『バン』と付け加えよ ” と。 彼の尊き御方は、手足となった者達に対し、その栄誉を分け与え、報いて下さいました」


「成程、そう云う事でしたか。 それで、バン=フォーデンと云う、家名なのですね。 

 納得致しました。 執事長や別邸の者達が、宮中の約束事に、妙に精通されていると云う疑問も、氷解いたしました。 アノ場所(王城内)での『お勤め』…… さぞや、ご苦労された事でしょうね」


「エルディ御嬢様は、その約束事、御見識を何処で身に付けられたのですか…… そちらの方がよほど、驚愕に値します」




 ニコリと笑みを浮かべ、口元を小さく開いた扇で隠し、首を左に傾ける。 ” 乙女の秘密を暴くなかれ ” 私の知る情報の出所(記憶の泡沫の事)は、強く、強く、隠蔽する。


 私の表情(・・)に目を見開かれるバン=フォーデン執事長。 宮中での女性陣の口の堅さと頑固さには、相当苦労されたみたいね。


 そんな彼の過去(・・)の情景を、今、馬車の中で見せ付けられたバン=フォーデン(執事長様)は、本当に、本当に……






     困惑していたのよ。






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― 新着の感想 ―
[一言] 更新感謝です^^ 『聖なる怪物の道征き』 そんな言葉が浮かんでくる今話でした。
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