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閑話 エルデを迎える者達の想い




 エルデが、別邸に到着する少し前。



 別邸執事長 バン=フォーデンと 別邸家政婦長 ミランダ=エステファン が、小さく言葉を交わす時間が取れた。 


 並々ならぬ意欲を以て、あの(・・)冷徹と評せられる主人、フェルデン侯爵閣下が、招聘した人物。  グランバルト男爵家の遺児。


 ―――― 名前を 『 エル 』 とだけ、聞かされていた。


 今は亡き、男爵夫人…… 公式には、上級伯夫人である、フェルデン侯爵家の末姫が忘れ形見。 その方をお迎えできる事は、彼等にとって、何よりも心躍る出来事であった。 バン=フォーデン執事長の瞼の裏に、満面の笑みを浮かべた、グランバルト男爵夫妻の姿。 そして、男爵夫人の腕の中に、黄金の波打つ髪と紺碧の瞳を備えた、愛らしい嬰児の姿。


 様々な不幸が、グランバルト男爵家に降りかかり、その幸せな情景は永遠に失われてしまった。 しかし、そんな幸せな時が有ったのだと…… その嬰児にお伝えしたいと、バン=フォーデン執事長の胸には刻まれている。


 エル……


 何故に、庶民の名を名乗っているのか。 何故にグランバルトの名を名乗らないのか。 幾許の不信感と共に、その方と逢えるその時を、心待ちにしていた。 漏らされるのは、ミランダの言葉。




「これで、末姫様も心安らかに永遠の眠りに着かれましょうね」


「そうであって欲しいと、心から願うよ、エステファン家政婦長。 男爵様は…… 末女様との御子を得てから、まるで人が変わったかのように蓄財に走られました。 良からぬ筋の話も聞き入れ、様々な者達への便宜を図り、その対価を受け取られました。 末女様との御婚姻。 深く愛する娘児…… 愛する方々が、不自由なく生きていく為に、灰色の世界の事柄に手を染められた。 建国以来、優秀なる財務官吏を輩出してこられた、誉れある男爵家でしたが、その誉れよりも、愛する方々を取られたと…… そう、本邸の執事長様から、お聞きしていたのです」


「……残念な事に、末女様はご出産の折り、産褥が元で身罷られた。 男爵家から籍も抜かれ、法衣上級伯様と…… 形ばかりの御再婚…… 不運と不幸は、グランバルト男爵様から全てを取り上げられ、最後に残ったは、愛する娘児…… 只お一人。 なのですね」


「その為に、巨万の富を教会に積み上げられ、黄金の檻を作り上げられた様なのです。 そして、その檻の中に棲むは、あの方だった。 その筈なのです……」


「なのに、何故、清貧を旨とする聖修道女などに? 預けられておられたアルタマイト聖堂は、その筋では有名な、場所ではございませんか。 還俗を念頭に置いた、云わば避難所。 莫大な金穀を対価に、収容された貴族女性は完璧に護られていると…… そうで御座いましょ、執事長様」


「……たしかにな。 あぁ、確かにそうなのだが…… 私にも判らない。 あの方自身、莫大な個人資産をお持ちであり、男爵家の仮継嗣と云う身分保障も有る筈なのですが…… 身柄がアルタマイト聖堂に有るうちは、あちらの大司教様の御意思で、あの方は成人年齢まで教会で預かられると、そう申されていた。 ご主人様が、どのような伝手を辿っても、それだけは揺るぎが無かったそうです。 業を煮やして、王都聖堂教会の貴族派枢機卿を抱き込み、あの方の身柄を王都に移管させたと、そう本邸の執事長様は教えて下さいました。 が、今度は、教皇猊下以下教会派の枢機卿達が立ちはだかられた。 なんとしても、還俗を許さないと云う、そんな意思が垣間見られたと……」




 深い溜息をバン=フォーデン執事長は一つ落とす。 様子を伺うエステファン家政婦長。 小さく言葉を繋げ、事態の深刻さを思う。




「そこに、今回のリッチェル侯爵家と聖堂教会との対立が起こったのですね。 それが元で、王国と聖堂教会に深い溝が……」


「まさに。 その修復と、双方の面目を立てる為の方策と、ご主人様は仰られていました。 グランバルト男爵令嬢様も、ようやく貴族へと帰還できるのです。 出来るのですよ、エステファン家政婦長。 ご主人様は仰った。 ” 『御姿の御色(黄金の瞳、紺碧の髪)』は、アレとはかなり異なるが、聞くに、年端も行かぬ令嬢なれど、醸す雰囲気は『高位の御令嬢』のそれと勝にも劣らない為人だ ” と。 ご主人様が、内々にお調べに成っておられた様なのです。 ……あの方も、貧しく(つま)しい生活から、ようやく抜け出せるのですよ。 私設小聖堂付き修道女(・・・)として『派遣(・・)』されるとは云え、きっと御令嬢は、内心、歓喜している筈でしょう。 なにせ、まだ、十五歳の女児。 フェルデン侯爵家の娘として、王立学習院、高等部への編入も可能なのですよ。 これを喜ばぬ者など、居ないでしょう」


「それは、何より。 貴族としての誉れでも有りますでしょう」


「そうですね。 聖堂の『守り人』などと、『表向きの理由』などは、教会の規範が有った為に成された御決断。 これも、聖堂教会側の面目を保つ方便でしょうね。 豪奢なドレス、装飾品、磨かれた技を持つ侍女。 そんなモノや者達が(かしず)くのですから、御令嬢も、さぞや心楽しく暮らせよう。 また、侯爵家に籍を置く女性ならば、それが当然なのですから。 そして、それを支えるのが、我らが使命でしょう、エステファン家政婦長」


「はい、勿論に御座います。 ええ、ええ、わたくし達も、誠心誠意お仕えいたしましょう」


「本邸のお子様方に於かれては、何分と様々な感情が有られる。 それについては、解きほぐれるには時間も掛かろうが…… 皆様方の御心に慈愛があれば良いのだが……」


「本当に残念な事は、エル様のお母様に当たる、旦那様の妹姫ミリリア=アンネマリー=ディ=フェルデン様が、男爵家の断絶前に侯爵家にお戻りに成られた事。 男爵様が御自裁を成される前に、侯爵家に累が及ばぬ様にと、全ての繋がりを断たれ、侯爵閣下に願い出られた。 侯爵家としても如何ともし難く、その申し出を受けられた。 また、ミリリア様は、先の御当主様により、フェルデン侯爵家の『傷』と成らぬ様に、グートマン法衣上級伯家の御当主様の後添えとして、婚姻を結ばれましたね。 ……結局はそれも無駄に成りましたが」


「そうでしたわね。 ミリリア様は、悲嘆に暮れられました。 可愛い我が子と引き離され、全ての男爵家の権利を失い…… 娘児の親権すらも…… 更に、ご高齢のグートマン法衣上級伯家への輿入れ…… 落胆のあまり、御身体にも支障が出始め…… 産褥もあり…… 全ては悪い方に傾きました。 あれほど早く身罷られるとは、侯爵家の者達一同、だれも想像だにしておりませんでしたものね」


「……そうでしたね。 最後の時には、御自身の傍に誰も寄せ付けず、ただ、ただ、悲嘆に暮れられたミリリア様。 旦那様の御顔が怖くありました。 ミリリア様は、婚家に運ばれる事も無く…… 身罷られてしまわれた」


「旦那様が、お嬢様を御引取に成るのも、その罪悪感からでしょうか?」


「それは…… 判りません。 ……旦那様の御宸襟を伺う事は、とても難しいのですよ」


「……左様に御座いますか。 では、私たち侍女は、お嬢様に心を砕きましょう。 ミリリア様の忘れ形見ですから、誰にも後ろ指を刺されない、素敵な御令嬢に成って頂きましょう」


「心安らかに、お過ごし頂ける様、私も尽力いたしましょう、エステファン家政婦長」


「はい、バン=フォーデン執事長」 





 第三位修道女 エルが、別邸に到着する少し前。 別邸を差配する二人の高級使用人達は、まだ見ぬ 男爵令嬢(第三位修道女 エル)に思いを馳せ、彼の方の力になる事を誓い合っていた。


 全ての目算は……


 当人によって覆されるとは、この時……



 予想だにしていなかった。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] 聖女ヒルデガルドが全く聖女とは思えない。育ての父親まで犯罪に走らせるとか聖女の皮を被った悪魔に見えます。一家離散の元凶。法律とは言え、財産と身分を返そ…
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] 聖女ヒルデガルドが全く聖女とは思えない。育ての父親まで犯罪に走らせるとか聖女の皮を被った悪魔に見えます。一家離散の元凶。法律とは言え、財産と身分を返そ…
[一言] なんというか、ドンマイとしか言えないな
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