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エルデ、二十七回 繰り返した世界の強制力に怯む事無く抗う(3)

 

 聖堂教会とリッチェル侯爵家の間だけの事では無い。 既に、国…… というか、王家も絡んでいる雰囲気もあるわ。 王家とて、聖女の血脈をその血筋に入れたいのは、アリアリと判るのですもの。 周囲の高位貴族もまた、王家の血筋の強化と成れば、賛成に回るわ。


 産まれ直した二十七回の世界では、第一王子殿下はヒルデガルドに惹かれていたけれど、ご自身の御婚約者である公爵令嬢に真摯に愛を捧げられておられた。 ただし…… あの方は、御身体が弱いから……


 二十八回目。 そして、最終の周回と思われる『 今世(・・) 』……


 数多の精霊様が、ヒルデガルド嬢に加護をお与えに成った。 二十七回の前世では、『取り替え子(ヴェクセルバル)』が発覚したけれど、彼女は聖女に成る事は無かった。 二十七回、私が贄となり、彼女は二十七種の精霊様から加護を戴けた。


 そして、二十八回目…… 全ての加護と、あの場に居た妖精が云った、妖精王の加護が合わさり、『聖女誕生(・・・・)』となった…… きっと、あの子は何も変わって居ない。 ただ、ただ、愛されて、慈しまれて、天真爛漫に己の生を真っ直ぐに生きて行くだけなのよ。


 二十七回の前世とは違い、今回はヒルデガルド嬢は、既に『聖女』として認識されている。 更に云えば、王都聖堂教会も、教皇猊下も、ヒルデガルド嬢が神籍に入らず、『聖女』位を取得する事を、追認するしかない。 だって、既に…… 王命()が下っているのだもの。 


 そう…… 障害は取り払われた。 彼女が第一王子妃…… 王太子妃…… そして、国母(王妃)と成る事も出来る様になった。


 取り替えられていたと云え、彼女はれっきとした侯爵令嬢。 その上、とても希少な『聖女』が力を持つ女性。 更に、見目麗しく、慎ましやかで、穏やか。 皆に愛される、そんな女性が居るのならば、身体が弱い御婚約者は…… たぶん…… 身を引くわ。


 ―――― もしかしたら、ヒルデガルド嬢が、公爵令嬢に癒しの手を差し伸べるかもしれない。


 有り得る…… リッチェル侯爵ならば、そのぐらい遣りそう。 ヒルデガルドの倖せの為、公爵令嬢を排除する目的で、公爵家に恩を売って、身を引かせるくらいの芸当…… やりかねない。


 でも、其処に、私が絡む事は無い筈。 公爵家からの要請も無いし、おそらく、王宮薬師院や王宮魔道院辺りが、出張っている筈だし……


 王都聖堂教会が出張る時は…… そう、公爵令嬢が遠き時の輪の向こう側へ、旅立たれた後、道行きを安寧に導師が葬送祭礼を行う時くらいね。


 だから、私は、其処には介在しない。 しない筈なのに…… なんで?


 いくら考えても、私には関係の無い事なのよ。





 ――― 教皇猊下が重い口をやっとお開きになったの。 思いもかけない方向からの、お話だった。





「軋轢が出来た枢機卿達は、なんとかリッチェル卿の怒りを解こうとした。 最も貴族寄りの枢機卿が、様々な提案を出したが、頑として受け入れなかった。 一度、生まれた流れは、容易には止まらぬ。 山間部の枯れ川が、天候の急変により濁流轟々たる荒川になるも同じ。 あ奴らの高慢には、最高位と云っても良い『聖女位』も、道具(・・)でしかなかったからな。 そして、最良の手札を、一番に切ってしまった」




 大層渋い表情を浮かべられた猊下は、忌々し気に言葉を紡がれるのよ。 




「……様々な()をぶら下げつつ、ヒルデガルドとやらを教会に招いて、【癒し】の魔法の修行と称し、様々な者達に施術させた。 当然、修行と云う事で、対価は無い。 対して、その患者たちは、高位の爵位を持つ老人で在ったり、裕福な商人であったり。 当然、高額の喜捨をする。 聖女の修行の一環として、帳簿には乗らぬ金穀なのだよ。 つまり、奴らの懐に入るか、権能の強化に使われる」


「ツッ………… そ、それは、聖職者の所業とは思えません」




 もう、言葉に出来なかった。 無理矢理、捻り出した言葉は、貴族派枢機卿様方への痛烈な批判。 自身の財欲の贄にしたと云うの? 『聖女』を? どんな悪逆非道な者でも、そこまではしないわ。 その身を害する者は居ようとも、その神聖な職務を、自身の懐に入れに金銭に替えようなどと…… 聖職者の風上も置けないわ。




「確かにな。 当然、『聖女』たるヒルデガルドも、その事に気が付いた。 アレは、教会の『神籍』を持つ者では無い。 貴族の娘なのだ。 もし、その修行を積むにあたって修道女の中から見出された『聖女』ならば、枢機卿の言葉に、何の疑問(・・・・)も持たなかっただろう。 しかし、ヒルデガルドは貴族の娘。 あ奴等、不逞の輩の遣り様など、貴族に連なる者にとってはあからさまに過ぎた。 当然、家族の者にその事を報告する。 力ある侯爵家の当主である、リッチェル侯爵は、施術を受けた高位貴族の老人達とも繋がりが有る。 内密に聞き取りをしたらしい。 とんでもない高額の謝礼を聖堂教会の枢機卿から求められたと、そう云ったと。 経過観察も必要な老人も居たため、リッチェル侯爵は、聖堂教会を通さず、直に娘を連れ彼の方の元に向かったのだ。 そして、本当に無償にて【癒し】の奇跡を施した。 いつも、そうであると、ヒルデガルドが申し出た通り。 当然、その高位貴族の老人は激怒する。 同じような事をされて居た者達を見出して…… 後は、判るな」


「それは、大変な不祥事。 聖職者が貪欲に私腹を肥やす事は、余りにも神様の御心と離れます」



 激しい憤りを感じ、思わず口にした言葉。 でも、影響はそれだけには留まらない。 王都の聖堂教会は大聖堂にはあまり関係の無い事だけども、地方の聖堂教会にとっては、貴族様方からの慈善事業と云う名の「喜捨」は、聖堂教会という物自体の運営に直結する。 聖堂に付随する薬師院や孤児院、貧窮院などの慈善事業も全て「喜捨」によって成り立っているの同然。 だから…… 最も幸薄き者達への影響がとんでもなく大きくなるのよ。 その事を、猊下にはお伝えしなくてはッ!!




「……教会も組織です。 組織を維持するには、それなりの金穀が必要ですが、それは、あくまでも、『喜捨』という範囲で行われるべき事柄。 命の対価をどれ程の金穀で贖うかは、施術を受けた者、その家族の御心次第。 強要など、しては成りません しかし、「喜捨」を悪しき事だと云う認識を持たれる事は避けなければ成らない事柄です」


「うむ。 たしかにな。 エルデが行っている、庶民や探索者(シーカー)向けの廉価なポーションの方が、教会としては正道と云えるのだろう。 美容や不老の効能を持つ、高価なポーション類などは、本来、教会の奉仕では無いが、それでも、金穀は必要だ。 よって、それは、王国でも見逃してはいた。 一番彼等の怒りを買ったのは、『聖女(貴族の娘)』を裏金の『種』(貴族派聖職者の財源)とした事。 その事に、王侯貴族は激怒しているのだ。 まして、ヒルデガルドは王立貴族学習院の学生だ。 未成年の高位貴族の娘に『聖女の力』を行使させ、その対価を懐に入れる。 まぁ、無茶も良い所だ」


「収まりが付きませんね」



 悩みは深い。 とても、不快で遣る瀬無い感情が私の表情を昏くする……




「その通りだ。 しかも、その事は教会の最高責任者である、儂にも秘匿されていた。 体調が思わしくない儂に、そのような事を知らせるべきでは無いと云う判断の元にな。 それは、王侯貴族も知って居る。 儂が ” 過去に成した事 ” もまた、考慮に入れられたようだ。 責任は儂の所までは届く事は無いと、『勅命(・・)』の添え書きにもあった」


「『罪には問わないから、云う事を聞け』…… ですか」


「そうなるな。 実際、リックデシオン司祭により、数人の枢機卿は断罪され、異端審問により邪教崇拝者として処罰をうけた。 もう、この世には居ない。 しかし、それでも尚、リッチェル卿の怒りは収まらない。 愛娘を穢されたと思っているらしいからな。 しかし、王国と聖堂教会が反目すれば、民衆が不安に思う。 事実、王都の情勢不安は、王領の魔物の増加で、増している」


「国王陛下が、政治的に不安定(民草の不満が昂る事)になるのを、避ける為に指示された。 ……受けられたのは、宰相閣下でしょうか? 側聞しますに、宰相閣下は国王陛下の懐刀。 よく切れる鉈の様な方だと、大聖女様も仰っておいででした。 大聖女様の御存じの宰相閣下は先代様でしょうが、その薫陶を遺憾なく受けられた、今代の宰相閣下も優れた方なのでしょう」


「エルデ…… お前の眼は何処まで遠くまで見えているのか? 教会関係者で、儂の話からそこまで推測できる者は、極々限られている。 ……まさしく、侯爵家の教育と云う事か」


「愛されない娘では有りましたが、教育だけは偏執的とも云う程、執拗に施されましたので」



 自身の貴族的思考を褒められても、ちっとも嬉しくないわ。 でも、今、此処で、求められるのはそう云った思考方法。 つらつらと考えるだけならば、私にとって、別段影響を受けるような事は無いと思っていたから。 だから、ついつい、深い思考に付いて、お話してしまったの。 深い色をした猊下の瞳を見て、私は、その考えが浅はか(・・・)だった事を知った……



「……エルデ。 お前の推測通り王国宰相フェルデン侯爵が乗り出した。 幸いな事に、こちら側の首謀者は異端審問官の手に依り、罪が確定し罪に等価の罰を受けている。 その事を、フェルデン侯爵は高く評価している。 今後も、聖堂教会内の浄化を期待していると、そう申された。 しかし、まだ弱い。 彼が汗を流し、事態を収めるには、彼の『利』が無さすぎる。 多くの貴族、更には、民衆の怨嗟を受けて迄、王国と教会の仲を繋ぐのは、彼をしても無謀と云える。 国王陛下の宸襟は、あくまで忖度すべき事柄であり、絶対ではない。 こちら側に残っている貴族派枢機卿達が、なんとかフェルデン卿に接触し、”執り成し”を求めた」


「……そこに、わたくしが絡むのですか?」


「まさしくな。 エルデ。 お前は自身を孤児というが、その出自を辿れば男爵家の娘。 そして、母親が侯女ミリリア=アンネマリー=デー=フェルデン。 つまり、エルデは、フェルデン卿の姪となる。 フェルデン卿から、貴族派枢機卿に、『エルデの還俗(・・・・・・)』が求められた。 それを対価に『執り成し(・・・)』をしようとも…… そう云っているらしい」


「ツッ!!」






 ―――― 絶句した。






 どうして、放っておいてくれないのッ!! もう、貴族の生活なんてこりごりなのよ。 もう、貴族の生活なんて無理なのよ。 あんな環境の中で、また、私は何かしらの役割(ロール)を求められるの?  無様で…… 『聖女(ヒルデガルド)』に対する、天秤の反対側に乗れと?


 なんとも情けない表情を浮かべているのだろうな、私。


 何故(なにゆえ)に、事態が私を巻き込む様に推移するのよ。 世界の理が希求した 『 時を稼ぐ 』 為の方策は成った。 『(呪い)』が取り払われた教皇猊下は、その天寿が全うできる。 天空と大地の繋がりは、猊下の御霊を以て、維持され次代の『繋がり(・・・)』が成熟するまでの 『 時 』 は、稼げたはず……


 ならば…… 何故?



 耳の奥で木霊の様に先程、猊下が漏らされた言葉が響いたの。





 ―――  一度、生まれた流れは、容易には止まらぬ。





 …………と。





 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ひぃぃ
[良い点]  まさに急転直下。  そりゃないぜ神様。 [気になる点]  ヒルデガルトが聖女となる事がこの世界の維持救済に必要なのだろうか? [一言]  ヒルデガルトを「聖女」にさせる労力の対価としてエ…
[良い点] 読後、衝撃的すぎてしばし放心状態にorz ここから物語がどうなっていくのか、本当に楽しみです。 そして同じくらい、怖い。 [一言] 更新感謝です^^ 世界の理が希求した時は稼げたから神聖…
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