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エルデ、二十七回 繰り返した世界の強制力に怯む事無く抗う(2)

 


 猊下の御手から、自分の手を放さず、静々と何も言わず、付いて行く私。



 その後ろにリックデシオン司祭様が続かれていた。




 仄暗い魔法灯、窓から差し込む青白い月光。 衣から紡がれる衣擦れの微かな音、毛足の長い絨毯を踏む足音。 その他に音は聞こえず、静けさの中を歩む私達。 荘厳で神聖な空気が、『その場』を支配していたわ。


 きっと、猊下は御心内で、私に伝えるべき『お話(・・)』を、整理されている。


 今後の事も何かしら考えて居られるのが容易に推測出来たの。 だって、難しい表情を浮かべている猊下を見れば、そんな事、一目瞭然なんだもの。 そして、思い出したのは、先程の猊下の言葉。




 ” 背景を知らねば、エルデがこれから下すであろう『判断』に狂いが生じる ”




 つまり…… この先、私は何らかの 『 判断(・・) 』を下さねば成らないのだろうなと、そう思う。 その『判断』は、きっと、私の行く末を左右する判断。 必死に悲惨な末路から逃げ出した私に、まだ、世界の理は、試練を課すと云うの?


 もう、私以外の人が倖せになる物語(・・)から、いいかげんに放して欲しい。 そんな物語の ” 排除されるべき邪悪(他人の倖せの為の贄)な敵対者 ” 、そんな 『役割(ロール)』なんて、嫌だもの。


 自分らしく生きたい。 誰かを愛して、その人に愛されたい。 



 ――――― ささやかな…… たった一つの、私の想い(願い)



 『神様』、そして『精霊様方』と結んだ 神聖な契約も有る。 幸せを希求する人々(無垢なる民草)を害すれば、問答無用で ”私の命は神様に召される ”のよ。 だって、それが『神聖聖女』たる者の(いましめ)とも云える物なのだもの。 諸々を諦め、真摯に神様の使徒として、倖薄き人達に神様の慈愛を広める事。


 それが、今の私に与えられている 『役割(ロール)』。


 今は、これ以上…… 他には要らない。 そして、いずれ、見つけたいと思うの。 私が愛して、そして、愛してくれる方を…… そんな方を見出す為に、今は一歩一歩進んで行くの。  やがて、応接用のローテーブルと椅子に到着すると、ドカリと猊下は腰を落とされた。


 出来るだけ、楽な姿勢を取って欲しい。 なんだか、長いお話になりそうなのだもの。 豪奢な椅子の傍には、サイドテーブルもある。 リックデシオン司祭様は、如才なく栄養価の高い飲み物が入ったカップをそっと準備されていたわ。


 私は、その椅子の傍らの、敷物(ラグ)の上に跪いて、教皇猊下の脈を取り続けていたの。 ちゃんと継続的に診ないと、何時また変調をきたすか、判らないんだもの。 そう、教皇猊下はそれ程の齢を重ねられているのよ……


 カップから、飲み物を口にされ、教皇猊下は、ようやく御言葉を紡がれたわ。




「”遣り過ぎた” と云ったのは、他でもない、エルデがしかと『生誕(・・)』を見たと云った、その『聖女』の事だ。 枢機卿共は、彼女に教会での特別位である、『大聖女(・・・)の位』を…… その娘(・・・)に任じようと、リッチェル卿(・・・・・・)に持ちかけた。 あちら(高位貴族)も、名誉は欲しい。 が、王侯貴族達は、教会の特別位を神聖視していない。 貴族派枢機卿達は、自分達の価値観を過信(・・)していたようだ。 その証左にな、前段階である『聖女認定(・・・・)』には、少なからず教会での奉仕の義務がある。 しかし、あの聖女…… 名を…… 何だったか?」


「ヒルデガルド=シャイネン=リッチェル侯爵令嬢でしょうか?」




 猊下は、ヒルデガルド嬢の名すら、曖昧にしか憶えて居られない。 『お話』自体が、貴族派枢機卿様方の中だけで進められていた…… と云う事、なんだろうな。 暗澹たる気持ちを心に持ちつつ、猊下のお話の続きを待ったの。




「おお、そうだ。 神名ヒルデガルド。 そうだった。 そのヒルデガルドを教会に迎え、聖女が試練を与えなくては、大聖女の職位は授ける事は出来ない。 聖典に明確にそう規定されている。 大聖女位授与は、大変名誉な事でもあるので、リッチェル卿も二つ返事で、了承すると思っておったらしい」


「……教会とは良い関係を持ちつつも、ある程度の距離以上近づきませんわ、リッチェル侯爵様は。 ” 色 ” が付けば、朝議の場に置いて、そのように見られます。 あの家は、今は政務の中枢から外れております故、どんな”色”も、嫌います。 更に云えば、ヒルデガルド嬢は、リッチェル侯爵夫人の若かりし頃にそっくりの容姿をされておられます。 リッチェル卿は、愛する妻にとてもよく似たヒルデガルド嬢を…… 深く愛されて居られると、そう側聞いたします。 決して、手元からお放しには成られないでしょう」


「まさしくな。 そして、貴族派枢機卿の幾人かが、その事に激怒した。 自分達の権威が、軽く扱われたと、そう感じたらしい。 聖堂教会の聖典と、王侯貴族達の行動規範が、全く別の物であることを失念していた。 いや、聖堂教会の方が上だと、思い込んでいたと云ったところか…… まぁ、激怒はしたが、易々とそれまでの方針は転換できんかったがな。 怒りの色を隠そうともせず、ヒルデガルドの聖女研鑽の儀を教会で勤める事を、リッチェル侯爵に申し出よったよ。 ……色々と便宜を図ると確約した上でな」


「それは、悪手を打ちました。 元来、気位が高い高位貴族の方々は、自らの上には国王陛下以外には置きたがりません。 更に云えば、彼等にとって『宗教』とは、領民を慰撫する一つの手段であるのです。 其処に権威など、認めようとはしないでしょう。 でも…… 貴族派の枢機卿様方は、貴族的な便宜の図り方、ご存知だったのでしょうか? リッチェル侯爵様としては、貴族派枢機卿様方の御言葉など、意識にも留めて居られなかったでしょうが…… もっとも、神の奇跡を顕現させる事が出来る者には、特別の配慮をするやもしれませんが」




 高位貴族の典型の様な、()お父様。 あの方は、上昇志向が強い上に、貴族である誇りと、家名をとても大切に扱われる方。 でも、”家族”に対する思い入れは、何処の貴族家より厚い。 自身が認めた、自身の ” 家族 ” に対しては、何処までも甘い……


 私達の取り換えが発覚し、そして、何よりも侯爵夫人に似た、”令嬢”を切望していた侯爵様。 私に対しての思いや感情が、奈辺にあったか、それは伺い知れないけれど、あの日を境に、私はリッチェル侯爵家の家人では無くなった。 いえ、その前からそうだったかもしれない。


 言い換えれば、自身の切望する願望の姿()が、現れたのですもの。 ……過去のあの方の思考方法や、行動原理から鑑みて、溺愛しているヒルデガルド嬢の扱いには細心の注意を要すると思われるの。




「それは…… そうだな。 枢機卿では『神降ろし儀(託宣の受領)』は不可能だが、教皇たる儂には可能だ。 それを故に、王国は()を丁重に扱うからな。 王国の安寧の為に神意を聴く…… まぁ、いわゆる『お告げ(託宣)』と云う事だ。 そうそう、大聖女オクスタンスも行使可能であったな。 ただ、とても、精神力を使う。 有体に云えば、滅多には『神降ろしの儀』を出来ぬと云う事だ」




 ……それは、知らなかった。 でも、『神聖聖女』として、あの別次元へ誘われた私には、なぜかストンと腑に落ちる。 そうね、神様の御意思を直接戴けるのは、研鑽と献身を求められるものね。 大きく嘆息を吐きながら、猊下は続けられた。 




貴族派枢機卿等(あ奴ら)は、他人(教皇)の真摯たる『献身の結果(祈りの果実)』を、自分の愚かな ”欲望”の後ろ盾としたのよ。 しかも、儂はそれを許していない…… 突然、リッチェル卿から、大聖女位 授受(・・)だけを実行せよ と、そんな無茶を云ってきた。 勿論拒絶した。 聖典に乗っ取らない、階位の授受は、コレを厳しく禁じているからな。 さて、エルデ。 そなたの出自がリッチェル侯爵家ならば、こういった揉め事に於いて、卿がどのような態度に出るか、予測できるか?」




 苦く微笑まれる教皇猊下は、その表情のまま、私に問われた。 まず、この場合に考える立場を作る。 それは、『神籍』にある神官では無く、王国の藩屏たる『貴族』としての思考の在り方。 そして、答えは必然と口に出せる。 そう、教育されてきたもの。 激しく、執拗にね。




「関係を切ります。 また、此方が実力行使しようとすれば、聖堂教会に対し敵対します。 それも激しく。 あの方ならば、聖堂教会では無く、神聖ミリュオン聖王国の法王猊下に繋ぎを付け、聖王国の導師をこの国に招きその方に、ヒルデガルド嬢の『聖女』としての位を授受させようとなさいます」


「良く判っている。 リッチェル侯爵とは、取り換え子が発覚する前は、余程、心内を開いている父娘だったのか」



 ちょっと、寂しくなった。 そんな事は一切ない。 心寒い関係性しか持てなかった。 と云うよりも、私の事は視界にも入れたくなかった程よね。 リッチェル侯爵様とは、幼少の頃からお目に掛かった事も指折り数える位だったし…… ね。



「いいえ、観察の結果です。 あの方は、愛さない者には心を開きませんから。 それで、王国は、神聖ミリュオン聖王国の導師(聖女認定者)を迎えられたのですか?」


「いや、国王陛下はそれに難色を示された。 『聖女』とは、とても尊いモノ。 そう認識されておられる。 (いたずら)に、他国他宗教の導師を以て、戒壇(聖女認定)などしてしまったら、『聖女』自体をこの国から手放すのも一緒。 この国から精霊様方からの加護が剥奪されてしまいかねない。 それは、民草の人心離反を防ぐの為にも、避けねば成らない。 そう云う、ご判断だった」


「玉座にお座りに成られる方の考え方ですわ。 第一に王国の安寧をお考えになる。 さしものリッチェル侯爵様も、陛下の強い意志には、無理強いは出来ませんわね。 それで、今度は聖堂教会への『 嘆願 』 と相成りましょう。 しかし、決定的に擦り寄っていた貴族派枢機卿様方とは拗れてしまった。 だとすれば、教皇猊下に王命を以て…… でしょうか? こちらにも配慮したモノであればよいのですが」





 猊下の御脈が揺らぐ。 核心的な事柄だったようね。 極々、内密の勅命だったようだしね。 でも、開陳された一連の事実で、何となくだけど王侯貴族の方々の動きが見える様に思えたの。 そして、それをそのまま口にしてしまった。 御身体に無理出来ない方を前にして、不用意だった事は認める。 もう少し、自重するべきだったわ……





「よく見える目を持っているなエルデは。 陛下よりの『勅命』が下った。 ヒルデガルドを、研鑽無しで『聖女位』を授与する様にと。 『聖女生誕』が、事実(・・)であれば、特例が適用されるべきであると。 あちらにも、良く見える目を持つ者が居ると云う事だな。 貴族籍は放棄せず…… というよりも、リッチェル侯爵家の御令嬢(・・・)に『聖女位』を授けて欲しいと云う事になる。 そして、聖女生誕が事実として認定されれば、無理筋では無くなるのだ」


「成程…… それでは、既にアルタマイト神殿にお問い合わせされているのでしょう。 そして、アルタマイト神殿の、オズワルド大司教様がそれを保証された。 その場に居合わせた神籍にある者が、『聖女誕生』を、その目で見たと」


「それが、エルデであったとは、迂闊だった。 もっと…… よく知るべきだった。 オズワルドもエルデの存在を秘匿しておったな。 既に神籍に有る者を、書類上とは言え、貴族達に見せるべきでは無いと。 そして、その者が…… まさか『神聖聖女』とは…… 神の御采配は、いかにして、このような複雑な状況を作り出されたのか……」




 遠い目を成された猊下。 運命の糸車は、その回転が速くなり、様々な糸を一緒により合わせていくように感じてしまったの。 猊下の御心痛も如何ばかりか。 問題は山積し、御自身も(呪い)に取り付かれておられた。 今も尚、山積した問題は、この国と民草の未来に昏い影を落としたままなのだし…… でも、それを一介の第三位修道女の私が知る事に、なにか意味があるのかしら? 『神聖聖女』だから? でも、私は秘匿されたモノだから……



「教皇猊下。 『お話(・・)』は、まだ続くのでしょうか? 一介の第三位修道女は、この件に関しまして、何も関連が無いように思われますが?」




 沈黙を守る教皇猊下。 酷く辛そうな御尊顔が、暫し歪む。 


 何か…… 何かある(・・)のね。


 頭の中に、様々な推論が組み上がり、そして、それを否定していく。 何故、この話に私が絡むのか、全く判らない。 判らないなりに、自分でも考えてみる。


 そう、かつて、侯爵令嬢だった時に習い覚えた思考方法を以て。


 もう、二度と使う事が無いと思っていた、考え方を思い出しながら……



 現状を考察してみたのよ。




  ――――   王国と、民草と、聖堂教会の関係性の未来についてね。









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