エルデ、旧友に会うも『世界の意思』の干渉に恐怖する。
何とかリックデシオン司祭様とのお約束も果たす事が出来たわ。
勿論、王都薬師院での根回しも司祭様の協力の元、終える事が出来たの。 薬師院奥の院にて、探索者ギルドからの薬草を受け取ったら、私の元にそれが送られて、力無き市井の人々用の、格安医薬品を錬成する事が出来る様に成ったの。
勿論、それは、通常の『お勤め』を終えた後でね。
奥の院での製薬は、高貴な方々向けのモノが多いから、そちらの作業に関して手を抜く事は、薬師院の引いては、王都大聖堂のお財布に大打撃を与える事に繋がるから、絶対に出来ないのは周知の事実。 ゆえに、私は常に全力で製薬する事になるのよ。
―――― 望むところよ!
年末年始のお休みが終わり、街に日常が帰ってくる頃、ついに薬草の第一便が王都薬師院に到着したの。 ええ、ついにね。 その知らせを心待ちにしていて、来る日も来る日も、空いた時間に符呪付き『聖水』を紡ぎ出していたの。 今じゃ、小ポーション瓶に優に100本以上の備蓄を作り出していたのよ。
満を持して、第一便の馬車の到着を待っていたって事よね。
第一便の薬草が来るまでは、薬品類の製薬は出来ないから、お渡しできるのは当然『聖水』のみになるのは仕方ないでしょ? それに、どの程度の薬草が入手できるか判らないから、出来るだけ備蓄していたのよ。 対価としては、薬草箱一箱に付き一本の小ポーション瓶って事で、あちらとはお話が付いているわ。 まさか、薬草箱100箱以上って事は無いだろうしね。 ……足りる筈よね。
待ちに待った荷馬車がやって来たのは、新年になって二週目の事。 それも朝からでは無く、お昼過ぎだったの。 薬師院奥の院で、御姉さま方のお手伝いをしている時に、お知らせが届いたの。
皆様に席を外す事への謝罪を奉じつつ、急いで薬師院の正門に足を運んだの。 立派な荷馬車が止まっていたわ。 荷馬車の荷台の横には、王都でも有数の商家の紋章が刻まれていたの。 ええ、私にとっては、なんとも懐かしい紋章にみえたのよ。
リッチェル領 領都アルタマイトの片隅に在った、その商家の『紋章』らしきものに見えたんですもの。 でもね、そうじゃ無かったの。 よく見るとちょっと違った。 リッチェル領 領都アルタマイトに有る『アムラーベル商店』の紋章には無い、蔓草の縁取りがあったの。 えっと…… そっか。 エルネスト=アルファード老のアムラーベル商店から暖簾分けされた、分家…… というか、そう云った方の王都の御店だったのね。
うん。理解した。
にこやかに荷馬車の御者台から一人の少年とも青年とも言えない殿方が降りて来られるの。 しっかりした体躯で、身嗜みも良くこちらに向かって歩む姿には、商人としての自信の様なモノを感じる程。 しっかりとした教育がされて居るのだと思わせる立ち居振る舞いが、爽やかな雰囲気を齎していたわ。 そして、私の前に到着すると、しっかりと首を垂れて真摯なご挨拶をされたの。
「探索者ギルドからの『御届け物』です。 受取人は王都薬師院様。 こちらの木札に受け取りのサインを。 ギルドへのお荷物が有る場合は、わたくしがお運び申しますので、お申し付けください」
「はい! 有難うございます! では、此方の倉庫に、薬草箱を。 その間にサインを致しま……」
木札を持った、彼の前に立って、受け取ろうとした私は、思わず固まったの。 爽やかなその青年の顔は、私の見覚えがある顔。 そして、記憶の中の顔よりも大人びた…… でも、『記憶の泡沫』に刻まれているモノよりは年若い……
「ルカ?」
「えっ? エル? なんで?」
「こっちに…… 王都の御店に…… ??」
「いや、その…… なんで、アルタマイト教会に居る筈のエルが?」
そう、かつてアルタマイト教会の孤児院で、自身の行く道を私に尋ねて来た、ルカの姿がそこに在ったの。 えぇ? どうして? アルタマイトのアムラーベル商店に勤めているんじゃなかったの? 王都に出てきちゃったの? まるで…… まるで…… 『記憶の泡沫』で、此方に居た時のように……?
驚きと、恐怖に震える私に、ルカは懐かしそうに声を掛けて来たのよ。
「なんで、エルが王都の薬師院に居るんだ?」
「王都聖堂教会の偉い人に召喚されたの…… る、ルカは…… なんで、王都に?」
「あぁ、おやっさんに、一人前の商人になるんだったらって、かつての配下の人がやってる王都の御店に行けって、ブンターゼン商会を紹介されて……ね。 大きな商売をするんなら、王都の御店に行くべきだって。 エルネストのおやっさんに、そう云われたんだ。 こっちには一年前に移籍に成ったんだよ。 色々と勉強させてもらっている」
「そ、そうなんだ…… びっくりしたよ」
「それは、俺の方だよ。 エルがまさか王都に居るなんてな。 ……元気にしてたか?」
「う、うん。 頑張ってるつもり……」
「そうか。 下働きは、辛いけど、頑張れよな」
「えっ? う、うん。 有難う……」
「じゃぁ、俺は薬草箱を置いてくるよ。 その間にサインをしておいて」
そう私に告げると、木札を渡してくれたの。 受取のサインをその木札に刻んで…… 薬草箱を運ぶルカの後ろ姿を見詰めてしまった。 しっかりとした足取り。 荷物を運ぶ姿も堂に入っている、いっぱしの商人の様。 アルファード老が送り出したって事は、ルカ…… 貴方って…… やっぱり……
あの方が認めたって事なのよね……
つまりは…… これからどんどんと力を付けて行く商人になるって事よね。 色々なところと繋ぎを付けつつ、商家のつながりや…… そして、貴族の方々との繋がりを付けて……
「お待ちどう様。 薬草箱28箱納品終わったよ」
「あ、有難う……」
「何かあっちに、持って行くもの有るのか?」
「え、えぇ。 ちょっと待ってて」
踵を返し、正門脇に置いておいた『聖水』の入った木製のケースを持って行く。 中には30本の『聖水』が入っているのよ。 えっと…… 二本、多いわね。 えっと…… まぁ、初回って事で仲良く分けてもらおうかしら。
「これをお願いします」
「あいよ。 ってコレ、『聖水』の小瓶じゃんかッ! いいよなぁ…… コレが有れば、街道で突然アンデッドに襲われたって、撃退できるし、最初から荷に振りかけて置けば、魔物除けにもなるし…… 高いんだよなぁ」
「えっと…… 初回のお取引なので、二本余分に入っているわ。 あちらとご相談して分けてね」
「そうなのか? それは、嬉しいが…… いいのか?」
「私が作ったの。 もしよかったら…… 受け取って欲しいな」
「いや…… マジか」
「ええ」
「是非とも交渉しなくちゃな。 判った。 あ、その……」
「なにか?」
「俺、これからも、この便を任される事になっているんだ。 ま、また、会えるよな」
「ええ、此方も、私が担当だから」
「そうかっ!! そうなんだな。 毎度有難う!!」
にこやかに破顔して、ルカは私の手を握って大きく振るの。 まるで、子供のように…… その顔が輝くのよ。ちょっと圧倒されつつも…… なにか、とても嬉しくなったの。
「ええ、また……」
街中の雑踏に紛れて行く、ルカが操る荷馬車の後ろ姿を見詰める。 彼に会えた事は嬉しいし、なにより、彼の屈託のない素敵な笑顔が見れた事に心が温かくなったの。
でも……
一抹の不安が過るの。
彼が王都に来ちゃったって事は、彼の商才が認められたって事。 彼が属する商家が、貴族社会との繋がりを求める様な事態と成れば…… 『学習院』への編入を目指すかもしれない。 ルカはとても優秀よ…… さらに、厳格な商家で教育を受けているのだもの…… その商家の後押しだって期待できる…… そうなれば、『学習院』への編入も夢では無いわ……
彼が王都に来て、そして、『学習院』に編入する事にでもなれば……
『記憶の泡沫』にある…… 記憶の中に有る『彼の立場』が成立してしまうのよ。 まるで既定の路線と云う様な…… 『世界の意思』からの、強い干渉の様な……
そして、その標的は…… やはり……
私なのかしら……
急激に体温が下がる。
ガタガタと震えがくる。
両方の手で、しっかりと身体を抱きしめて……
襲い掛かる不安に耐えていたの……