エルデ、リックデシオン司祭様と約束を果たす。
エステファン様に連れられたのは、、『探索者ギルド』。 そこは、王都のはずれに位置し、北方街道の起点ともいえる場所だったの。 今までよく目にしていた街並みとは違い、かなりうら寂しい場所。 まぁね、北方域の辺縁系の御領は、農地に恵まれず、山がちな地域。 その上、王国北辺には巨大な山脈が横たわる場所。
夏でも涼しいと云われている場所ならば、冬場にはとても寒い場所。 肥沃な土地は望む事は出来ず、その代わり、あちらこちらに鉱山が有るのよね。 まぁ、大深度迷宮も数多く報告されている場所でもあったわ。 そんな、御領に続く北域街道の起点ともなれば、人も結構…… 『荒くれ者』が、多いのも頷けるわ。
そんな感じの街並みの中に建っていた『探索者ギルド』の内部は、私の良く見知った雰囲気なのよ。 皆さんいい感じに ” ギロッ ” って睨んで下さるし、その後、私の聖杖をみて、” ビクッ ” ってされるのも、全く同じ。
何も知らない小娘の修道女かと最初は睨むんだけど、聖杖に付けた『薬師の徽章』に、思わずって感じね。 そうそう、こんな感じだったわ、南方外縁部の冒険者ギルドの方々もね。 にこやかに微笑みながら、エステファン様に続くの。 そんなギルド内の様子を全く気にもしないエステファン様は、この場所の総大将でもあるのよね。
何かしらの『意思』を私に見せる輩には、一瞥をくれるだけ。 そして、沈黙が訪れるの。 はぁ…… 何とも言えない感じなのが、エステファン様が完全にこの場所を掌握してらっしゃることの証左とも言えるわね。
彼に続くと、ドンドンと奥深くの場所に連れ込まれるのよ。 扉の上には、『ギルドマスター執務室』の文字。 重厚な扉を開き中に入ると、膨大な資料が積み上がった巨大な執務机を背にされた。 傍らのサイドテーブルの上に置かれた茶器を手にし、軽くこちらを見遣る。
私は、目を伏して礼を捧げると、にこやかにお茶を淹れて下さったの。
応接用のテーブルにカップを置いてから、茶を淹れて下さった。 黒茶の良い香りが立ち上る。 そして、こちらを向いてお話を始められたの。
「エルちゃんの『常設依頼』は受け取る事にしたよ。 秘書がその手続きに来るから、ちょっとばかり待っててね。 そっちの応接用のソファで寛いでくれたらいいよ。 それでね、此方としての要望なんだけれど……」
「対価と云う事ですね。 医薬品ですか、それともポーション類ですか? 頂ける薬草やら魔法草によって、お出しできる数量には限りが御座いますが……」
聖杖を執務室の壁に立てかけ、応接用のソファに腰を下ろし、淹れて戴いた黒茶を頂きながら、そう答えるの。 常設依頼を出すからには、それ相応の対価を準備しなくては成らないもの。 そして、それは、相手の有る事。 何かを重点的に補充して欲しいと云う要望もあるはずだから、それをお聞きするのよね。
「まぁ、それは、外縁部の冒険者ギルドの方々と同じで良いんだ。 それよりも欲しいモノが有る」
「何で御座いましょう?」
「『聖水』なんだ。 外縁部の冒険者ギルドの方々の要望では、医薬品の方が重要だと聞き及ぶ。 しかし、王領の辺縁部では少々事態が異なるのでね」
「と云いますと?」
「あぁ、それなんだが、コレを見て欲しい」
手渡されるのは、巨大な執務机の上から取り上げられた一冊の報告書。 けっこう分厚い報告書なのよ。 それを私に手渡されたの。 なになに……
報告書は語る。 王領の『迷宮』と『魔の森』での出来事を。 出現する魔物と、その被害を。 なぜ、ギルドマスターが『聖水』を所望されるのかの答えが其処にはあったの。
探索者の天敵とされる魔物。 それがアンデッド。 生き物の ” 気配 ”を持たぬ魔物に対して、通常の気配察知を索敵の主とした探索者が被害に会う確率はとても高いの。 中位の聖職者の資格を持つ冒険者ならば、それら魔物の死の気配を追う事は可能だけど、探索者のパーティーには、聖職者は通常組み入れられないのよ。
だから、被害に遭う。 それがスケルトンであれば、こすれ合う骨の音やら、手に持つ得物の音で判明するかもしれない。 でも、高位魔物であるレイスなんかが出現したら? 音も気配も出さずに、浮遊して近づいてきたら? 間違いなく被害に遭うわ。
「それで、『聖水』が必要なのですね」
「そうなんだ。 ここ暫く、アンデッド系列の魔物の出現頻度が突出して高まっているのだよ。 力自慢の聖戦士とか剣士でも、アイツ等には手を焼く。 その上、対処可能な聖職者は限りなく、冒険者ギルドのパーティーに吸取られている。 土台、彼等の数は少ないし、彼等は『癒し』の担い手でもあるので、此方には、来てくれない。 どうしても、あちらの方が稼げるからな」
「成程…… アンデッドには『聖水』が効きますものね。 ……ん。 ならば、聖水に【昇霊】の符呪を付ければ、更に有効と成りましょうか?」
「出来るのか?」
「まずは、問題なく。 そうだ、少々お待ちを」
そう告げてから、ソファから立ち上がる。 執務室壁に立てかけてあった聖杖を水平に手に持つ。 創造神様と精霊様に言上げをする。
”我エルデ、無明の闇より湧き出したる、穢れし魂を浄化せんがため、聖水を勧請す。 永久の眠りに至る道を見出し誘う力、与え給えん ”
頭を垂れ、真摯に祈り、手に聖水の『湧水術式』を浮かべる。 なにか…… なにか、受ける物…… そうだ、先程の茶器。 まだ、応接テーブルの上に、水差しが一つ。 中には、少々黒茶が入っているけど、それは、昇華させといてっと。
『湧水術式』の魔法陣の下に水差しを持って行って、起動魔法陣を紡ぎ発動。
魔法陣より糸の様な水が滴るの。 するすると水差しの中に入っていくわ。 この魔法陣…… 実は覚えたて。 一級の魔法陣なの。 そう、あの聖櫃の中に入っていた、上位の錬金術が綴られたスクロールの中に有ったのよ。 使えるなぁと思って、習得していたのが役に立ったわ。
付与術式付きの『聖水』が一杯に満たされた後、術式を霧散させ、水差しをエステファン様に差し出したの。
「これで、大丈夫なはずです。 【昇霊】の符呪付きの『聖水』に御座います。 契約の対価としてお納めいたします」
「えっ! ま、マジで?」
「ええ、紡げるようになっていて、本当に良かったと思います。 これで、幾許かの対価に成りますでしょうか?」
「も、勿論だよ。 ……ね、念のために【鑑定】をかけても?」
「勿論に御座いますわ。 よく念を入れてお調べください。 小ポーション瓶に小分けされる事を推奨いたします」
「あ、あぁ。 勿論だよ。 では……」
黄金のモノクルをポケットから取り出されたエステファン様は、食い入るように水差しの中を見ていたの。 ほぅっと息を吐き出される。
「これほどの『聖水』を容易く紡がれるか…… それも、こんなに……」
「まだまだ魔力は御座いますから、必要ならば……」
「い、いや、それはダメだ。 王都の物価から云っても、『依頼』の対価には多すぎる。 これで結構。 いや、参ったな。 常設依頼を出したところで、それに応えてくれる探索者が居るとは限らないのに、これでは、契約不履行になってしまう」
それは、困るわよ。 契約不履行で思いだしたわ。 採ってきてもらった薬草や魔法草…… どうやって、王都薬師院に持ってきてもらおう? ちょっと、その辺もお願いしなきゃ。
「あの、すみませんが」
「どうしたんだ?」
「ええ、採取した薬草や魔法草の送り先とその輸送方法なのですが……」
「あぁ…… それも有ったね。 うーん、そうだね。 それじゃ、こうしよう……」
エステファン様は、羊皮紙を一枚取り出し、応接テーブルに置かれた。 順を追って図解して下さったの。 まず、今紡ぎ出した『聖水』を小ポーション瓶に入れる。 水差しに入っている量から、多分70~80本にはなるからそのうち、50本を目を掛けている探索者パーティーに分ける。 先渡しの対価とするのだそう。
そして、彼等が薬草なり魔法草を持って帰ってきてくれたら、更に一本ずつ渡していくとの事。
残余の聖水瓶を探索者ギルド御用達の商家に渡す。 彼等とて、アンデッドに悩まされずに荷を運ぶ事に腐心しているのだから、それを対価に、ギルドに集まった魔法草と薬草を王都薬師院に運んでもらうとの事だったわ。
うん。 これで、大丈夫。
その方々に、出来上がった医薬品やポーション類を探索者ギルドに運んでもらえたら、此方で輸送業者を用意する必要も無く、此方で対価を用意する必要もなくなるわ。 うん、これは、皆にとって善き事よね。
ニッコリと笑い、承諾する。 エステファン様も、大いに喜ばれたの。 早速秘書の方をお呼びに成られ、契約に入ったわ。 恙なくすべての契約が済んで、にこやかにお辞儀をする。 これで、やっと、リックデシオン司祭様とのお約束が果たせそう。 集まった薬草で何が出来るか……
何が必要かは、おいおいリックデシオン司祭様とご相談申し上げて、安価で市井に流せるようにしないとね。 病に傷に怯えることなく暮らせるようにしなくてはッ!
王国の市井の皆さんは……
皆、この世界の大切な人達なんだもの……
誰一人、要らない人なんていないんだもの……
皆が倖せに暮らす ” 権利 ”を持っているのだもの……
頑張らなくちゃね!!