エルデ、神々しい風景に自身の道を見出す
「小さな修道女様、こんな場所に何か用ですか?」
その声は、私の耳朶に届く。 柔らかだけど、疲れ果てた人の声。 怒りに満ちた私の心は、その声にいきなり癒されたの。 ええ、それほど柔和で慈しみに満ち、何よりも他の人々を想う響きを含んでいたから。
「ええ、まぁ…… 少々願いをと。 『依頼』を携えてまいりましたが、受け付けては戴けなくて……」
「それは、それは…… 見たところ、階位を授けて戴いていない、修道女…… 第三位ですか? しかし、その聖杖に巻き取られている徽章は、第二級の薬師様とお見受けいたします。 なにかご事情でも? あぁ、すみません。 私は探索者協会のエステファン。 一応、ギルマスの任についております」
「お初に御目に掛かります、探索者協会のギルドマスターで在られる、エステファン様。 わたくしは、現在は王都薬師院にてお世話になっている、第三位修道女エルと申します。 御目に掛かれれ光栄に御座います」
「なっ! あ、貴方が修道女エル? これは、御見それいたしました。 かねがね、南方外縁部の冒険者ギルドの方々から、決して侮る事なきようにと、申し送りが有りました、あの修道女エル様でしたか!」
「そのような事…… 勿体なくあります。 エル様などと仰られるのは、どうかと思います。 修道女エルとお呼び頂ければ、幸いに存じます」
私の姿をじっくりと上から下まで見詰めているエステファン様。 えっと…… なんで、こんなにじっくりと見詰められているのだろう? 慈愛に満ちた渋い御声は良いのだけれど、その御姿は正装を着崩した、いわゆる ”遊び人” の様。 白い御髪が少々目立ち始めた、壮年の男性。 疲れを見せるお顔も、生やした御髭に御顔の半分が埋められているのよ。
なんとも掴みづらい…… 御仁ね。
そして、ニヤリと相貌を崩されるエステファン様。 一気に親し味深さを増したわ。 たぶん、何か、思い付かれたのか、そう云った感じを受けたの。
「……つまりエルちゃんは、冒険者協会に、例の『常設依頼』を掛けようと来たのかい?」
「えっ?」
「堅苦しいのは苦手なんだ。 まぁ、少し話がしたい。 こちらの席に来て欲しいな」
「え、ええ……」
誘われるままエステファン様がいらっしゃる、冒険者ギルドの食堂…… 飲み食い出来る場所に足を向けたの。 雑多な雰囲気は何処の冒険者ギルドでも同じ。 食事も飲み物も提供する場所で在り、ガラの悪い場所では、酒場と何ら変わりのない場所。 『迷宮』や『魔の森』の近くの場所では、情報交換に関して極めて重要な施設というのが、私の見解。
そんな場所にエステファン様は私を連れ込んだのよ。 仮にも神籍にある私をよ? 信じられる?
ドキドキしながらも、エステファン様の付かれているテーブル席に近寄ったの。
「まぁ、お座りな。 立ってちゃ『お話』も出来ないよ」
「はぃ…… でも、少々障りが……」
「あぁ、そうか…… エルちゃんは、『神籍』に居るんだっけ。 でもまぁ、心配ないよ。 王都冒険者ギルドの総本部の中で悪戯するようなバカは居ない。 まぁ、まっとうな『食事処』と云う事だよ。 酒は出るが、女は居ないし、まして、そっちの商売をしようもんなら、娼館ギルドが黙っちゃいないからね。 さぁ、どうぞ」
立ち上がって椅子を引いてくれたエステファン様。 洗練された仕草に、この方が『貴族』である事が伺い知れるの。 きっと何処かの貴族家の連枝の方ね。 言葉はぞんざいだけど、どことなく気品が有るのよね。 黙って、促されるまま椅子に座る。 エステファン様は私の前に腰を下ろしテーブルに肘を置き顔を組んだ掌の上にのせて私を更にじっくりと見てくるの。
「あの…… なにか?」
「いや、そうだね…… 辺境の癒し手が、冒険者ギルド総本部に持って来た『依頼』の事なんだよ」
「はい…… ご存じなのですか?」
「外縁部の冒険者ギルドからは、幾つかの報告されている。 報告書はこっちにも流れているんだ。 まぁ、王都の総本部は無視しているけれどね。 その事で、どう君に言っていいか…… 判らないんだ。 言い方を気にしなければ、君は『依頼』を出す場所を間違えた…… と云う事かな」
「と、いいますと?」
「あぁ、そうだね。 君は王都の冒険者ギルドの事をよく知らない。 だから、外縁部の冒険者ギルドと同じだと思って此処に来た。 間違いないかい?」
「ええ、違うのですか?」
「おおいに、違うと云ってもいい。 まず、王都の冒険者ギルド総本山は、探索や採取を切り捨てた戦闘特化の冒険者ギルドと云ってもいい。 探索と採取を主な業務にするのは、『探索者ギルド』の方なんだ」
「そうだったんですね。 業務の分業化……と云う事ですか? それでは、本日はどうして冒険者ギルドへ」
「『嘆願』をもってね。 ただ、まぁ、年末の最後の会合と云う事もあって、本日はやって来たという訳さ。 『探索者ギルド』の本部は、王都冒険者ギルド総本部とは別の場所に有るしね」
「左様に御座いましたか。 それで、『嘆願』とは?」
私の問いかけにエステファン様は、目を輝かせてお応えに成ったの。 まるで、そう聞いてもらう事を念頭に、言葉を探し誘導したかと云う様に。 そして、それに応えた私が、問いを口にしたと云う様に。
「よくぞ聞いて下さった! 昨今、王領内の『迷宮』や『魔の森』で、” 事故 ” が多発しているのだよ。 エルちゃん。 君が南方外縁部の冒険者ギルドで見聞きしたことが、王領内でも起こっているという訳さ。 詰まるところ、被害が大きく成って、薬草やら魔法草の調達が難しく、更に、此方で使う薬品類の在庫が払底しているから、どうにかして欲しいってね。 はぁ……」
「つまり…… 魔物の出現数が増大し、個々の力も大きく成っているのですか? それに伴い、怪我やデバフを喰らって、『異常状態』が続いて探索もままならないと?」
「正解。 探索や採取を主な業務している探索者の損害がここ二年、増大傾向にあってね。 こちらで使う薬品類や、ポーション類の在庫が不足し始めているんだ。 なにせ、対魔物戦に特化した冒険者ギルドも、同じように被害が増えているんだ。 そのため、こっちの回復用の物資を根こそぎ持って行かれている。 まぁ、王領内の安全を考えると、冒険者達の回復を急ぐのは当たり前なのだが、あそこまであからさまにやられると、探索者達が王領を退去しかねんのだよ。 憂慮する事態になりかけている。 まして、南方外縁部の冒険者ギルドであれば、探索の帰りに採取した薬草が、回復薬やポーションに成って帰ってくるんだから、アイツ等も馬鹿じゃない。 自身の安全を考えれば、ギルドの鞍替えを考えてもおかしくないんだよ」
「それは……」
私のせいでも有るのかな? 南方外縁部の冒険者ギルドの方々は、ちゃんと筋道をつけると仰ってくださったのよ? そして、今も薬草やら魔法草と医薬品の等価交換は継続している筈よね。 小さな村の小聖堂でも、その役割を果たせるように、下級の薬師様方が精一杯にお勤めしている筈なのよ。 いい事…… な筈なんだけどな?
そんな事を思っていると、その思いが顔に出たのか、エステファン様も困った顔をして私を見詰めて来たのよ。 まるで、” そんな事は判っているよ ” と、仰っているみたい。 盛大に溜息を洩らされたエステファン様は、口を開き重く言葉を綴られたの。
「……『良き話』を持ってきてくれた、”第二級薬師 ”の話を聞かず追い返すなんざ、本当におかしいんじゃないか? でもさ、王都冒険者ギルド総本部は、受付嬢に至る各局までも、特権意識は抜けていない。 薬草など、何処でも手に入ると思っていやがるんだからな。 まぁ…… そんなわけで、ちょいと願いがある」
「はい、何でしょう」
居住まいを正したエステファン様は、私に真摯に語り掛ける。 その様子はあまりにも熱心で、年若き修道女に対するモノにしては、極上のモノでもあったの。 思わず身が引き締まる思いに背筋を伸ばして、エステファン様に向き直る。
「第三位修道女エル様に於かれては、『探索者ギルド』で、君の要望である『常設依頼』を出して頂けないだろうか?」
「それは、願ったりですが……」
「そうか!! 有難い! 有難いぞ。 詳細は、『探索者ギルド』で詰めよう!」
エステファン様は、手を引かんばかりに私を誘い、王都冒険者ギルド総本部を出られたのよ。 冬の冷たい空気が顔に心地いいわ。 落葉している街路樹が黄色い絨毯を敷き詰めた様な道をエステファン様の先導で歩みを進めるの。 あの場所で、この方に出会えたのも、きっと何かの縁ね。 神様の思し召しと思い、この『御縁』を大切にしようと、心に誓うの。
弱い陽光が、枯れ枝の間を抜け、天空への階段のように暖かな光を投げかけているの。 神話に出てくるような、神々しい光景に、この道は間違っていないと、そう思ったのは……
…………内緒。