エルデ、誓約を護る為に動き出す
リックデシオン司祭様とのお約束で、私は秘匿された『聖女』となったの。 でも、表向きは今までと同様の、王都薬師院、奥の院勤めの『 修道女 』
宝物殿での出来事から、リックデシオン司祭様と上位の神官様方の間で何かしらの会合が催され、そして、その場に於いて私の階位の『昇位』が決定されたのよ。
つまり……
特例の第三位修道女から、正規任命による第三位修道女へと。 表向きの理由は、私が第二級薬師の称号を得た事で、薬師院、『奥の院』での製薬のお勤めを、そつなく熟しているという事実が有ったから。 大聖女オクスタンス様の直弟子と云う事も考慮されたらしいの。
年齢未達での『昇位』は、大変珍しいのだけど、『奥の院』の薬師神官様達が、全員一致での『推挙』して戴いたと云う、トンデモナイ栄誉を頂いたのも、周囲の関係者様方への十分な『眼くらまし』になったと、リックデシオン司祭様は二人きりの、任命式の時にお話しくださったの。
聖女うんぬんは、今は表に出せないし、出す必要も、出す理由すら無かったのよ。 だから、沈黙を守り通すのよ。 『聖女の力』で何かを ” 仕出かす ” と、それだけで誰かの眼を引くし、そうなれば、一介の第三位修道女など、守ってくれる人など居ないにも等しいんだもの。
――――
リックデシオン司祭様の言葉を借りるならば、『神聖聖女』の資格を得、『聖櫃』への接触接続権を得たのよね、私。
であるならば、早速 大聖女様にお手紙を綴らねばならなかった。
この事態に、真っ先に思ったのが、ソレなの。 二度と破滅への道を辿らずに済む、安堵感って云ったら無かったもの。 この機会を与えて下さった大聖女様と、試問をして下さった創造神様の慈しみに、感謝しかなったわ。
つらつらと長い手紙を綴ったの。 ええ、真摯に綴らせてもらったわ。
内容は、この度の試練を受けさせて戴けた事への感謝、そして、『聖櫃』への接触接続権を得られた事への感謝、さらに、『聖櫃』内に収められている、第一級『錬金術式』と『製薬術式』の使用を許可して頂いた事への感謝をね。 外に出せないお話なので、綴ったお手紙は『聖櫃』内の御文庫へお納めした。
別に懐かしのアルタマイト教会薬師院の大聖女様宛に、ご機嫌伺いの様な形式で、アレの中の御文庫にお手紙を奉じたと、綴ってお出したのよ。 他の神官様方が見ても、何のことか判らないでしょうし、また見られて困る事なんて無いように綴ったモノをね。
ご機嫌伺いの『お手紙』は、教会の早便にてアルタマイト教会へと送られたの。 暫くして、ほんのりと右の手の掌が暖かくなった。 ちょうど、聖刻が刻まれた場所ね。 私は『聖櫃』に意識を繋げてみたの。 御文庫が薄っすら光っているのが判ったわ。
御文庫には、大聖女様からのお手紙が入っていた。
沢山の『言祝ぎ』が刻まれていたの。 大聖女様だけでは無かったわ。 ええ、あちらの枢機卿オズワルド大司教様からも、薬師院筆頭聖修道女マルエル様からも…… ね。 『言祝ぎ』は、神様への感謝と、今代の『神聖聖女』の生誕に言祝ぎを下さった。
大聖女様は最後にこう綴られたの。
”倖薄き民への慈愛、忘れる事なかれ。 誓約は密やかに、厳格に適用される故に、そなたの身命は常に『命の天秤』に乗せられると心得よ ”
人の業に、心縛られ、倖薄き民への慈愛を忘れると、創造神様の鉄槌が下るのよ。 真摯に、常に真摯に。 弱き者の立場に立って、物事を視よとの思し召しなの。
最後の最後まで、本当にご心配をおかけしております。 有難い事です。 でも、大丈夫だと思います。 だって…… 悲惨な最後を迎えた前世のエルデ達は皆、自己愛を我利に捕らわれた為に、そうなったのですもの。 それが、痛い程判る、今の私ならば、その道を歩むわけには行きませんもの。
私を愛して下さる方が、沢山居らっしゃいます。 ええ、その事は理解しておりますもの。 だから、もう、二度と無い物強請りは致しません。 受けた愛を、倖薄き人達にお返したく存じ上げますわ。 ただ、私を愛して下さる、素敵な殿方にまだ会えない事が唯一の心残りでは有りますが……ね。
――――― § ―――――
年末年始の神様への奉賀。 教会の神官様達はその準備に大わらわになる頃、私の所属する王都薬師院の扉は閉ざされているの。 理由は、『お清め』。 通年、製薬に勤しむ薬師院は、この時期一斉に大掃除をするのよ。 汚れた機器を洗い清め、散乱する薬品やら薬草やらの整理整頓。 穢れを取り除き、作り出された廃棄物を処理していく時なのよ。
そうは云っても、常に清潔整頓を旨にされて居る薬師院としては、そんなに大掛かりな事はしない。 よくある口実と云う事ね。 疲れ切った薬師修道女や、神官様方に休暇を与える為の方便なのよ。 そうよ、お勤めとはいえ、働き続ける事はその御手の精緻な微細な忌避を纏わせる。 体と心を休める時期と云われる所以なのよ。
私は…… 別段、疲れてはいないんだけどね。 御部屋の中で眠りに付く同僚修道女様方とは違い、元気に歩き回っているのよ。 手には聖杖を持ち、外出用のコートを纏って今日はとある場所に向かっているの。
リックデシオン司祭様とのお約束が有ったのよ。 市井の人々が困っていると云われれば、嫌も応も無いわ。 行く先は冒険者ギルド。 王都の冒険者ギルドは、この国の中枢でもある総本山とも云えるの。 だから、其処で、前に辺境でお願いした常設依頼が掛けられないかと思ってね。
巨大な総本部に足を踏み入れると、其処は外縁部の冒険者ギルドとは違い、豪華で荘厳な雰囲気を持つホールだったの。 まるで、国のお役所の様な雰囲気を持った空間。 皆様は醒めた瞳でお仕事をされて居たわ。
まして、年末年始の間と云う事で、此方も静かなのよね。 まぁ、そう云えば、そうよ。 冒険者さん達も、お休みは必要だし、冒険者ギルドもほんの一部の窓口を除き、ほとんどが閉まっているのだものね。
数少ない空いている窓口の一つに向かう。 『依頼』の受付窓口なのよ、其処。
とても美しく、凛とした雰囲気の受付嬢さんが、相手をして下さった。 でもねぇ……
「……そのようなご依頼は受け付けておりません」
「左様にございますか? 辺縁の冒険者ギルドでは、お受付頂いていたのですが?」
「王都の総本部では、そのような事は有りません。 不確かな報酬で、あやふやな依頼を受け付けるなど、前例は有りません。 お引き取りを」
「どうしても、ダメなのですか?」
「問題外ですので、お帰り下さい」
凛とした口調で、そう申されたの。 ちょっとイラついていらっしゃるのか、白磁の額に青筋が立ち始めているの。 仕方ないと、踵を返すと後ろの方で、声がする……
”幼い修道女が何を言っているのかしら? 此処を何処だと思っているの? 王都冒険者ギルド総本部よ? 此処で依頼を出す方は大商人か貴族の方だけ…… もし大聖堂からの御依頼ならば、最低でも助祭様が来るべきなのを知らないのね。 身の程…… と云うものをご存知ないのかしら?”
ですって……
気位が高そうだとは思っていたけれど、そこまでとは思ってなかった。 つまりは、庶民に近い立場の『小娘』が、ココに来ること自体がオカシイと仰られるのね。 でもね…… たしか…… 『記憶の泡沫』の中では、” 侯爵家の居候小娘 ”が、相当上から目線で、依頼を出していたと思うのよ。
……だった筈よ?
結構、無茶なご依頼を掛けた筈なのよ? でも、彼等はそれを受けたの……
やはり、対価と貴族的身分が、モノを言うのが、王都の冒険者ギルドって訳なのね。 判った…… うん、判ったわ。
―――― ここでは、本当に欲しいモノなんか、絶対に手に入らないって。
聖杖を握りしめ、”徽章”を杖に巻き取るの。 もう、誰にも見られない様に。 怒りを面に出さない様に。 そして、厳しい表情を浮かべながら、外に出ようと歩みを始める。
―――― でも、どうしようかなぁ?