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エルデ、最後の旅程を粛々とこなす。





 王領の平坦で、整備されている『ベルクライス南方街道』を北へ北へと歩みを進める。




 王領内の道は、よく整備されていて、魔法灯の街灯が夜道を照らし出しいて、夜の道行きにも不安を感じないわ。 収穫期と云う事もあって、夜遅くまで人々も、あちらこちらを行き交い、点在する町や村の夜間の灯りは消える事が無いんだもの。




 そんな中、一つ困った事があって、私は夜の道を辿っているの。


 そうよ、本来は眠っている時間にも、旅を続けているのよ。




 だって…… 小教会や祈祷所が無いのよ、王領には。 厳密に云うとあるには有るのだけど。 これまでの御領であれば、ベルクライス南方街道沿いに、小さな教会や祈祷所があったりしたんだけど王領内では、” 管区 ” と ” 教区 ” が、厳密に策定されていて、それに準じた規模の教会が設置されているの。


 街道沿いに建設する事はしなくて、区分された地域に一つ、その地域の何処からも等しい距離にある場所が、教会の設置基準に成っているのよね。


 だから、王領内を走るベルクライス南方街道沿いには、教会が無いのよ。 


 これは、大聖女様からもお教え頂いていたわ。 だから、大聖女様の『御挨拶状(・・・・)』も王領内の分は殆どない。 というよりも、王領に入ったら王都までの道行きでは、教会のお世話になる事は無いのよ。 だから必然的に足は速くなる。 夜でも、歩き前へ進むのよ。


 休息できるのは、街の『宿屋』や市井の『治療所』なんかになる訳なのよ。 


 宿屋は…… まぁ、お金さえ支払えば、いつでも利用は可能よ。 でも先立つモノ(宿泊代金)は、必ず必要。 相手だって商売だし、王都教会の召喚状なんて、彼等にとっては知った事ではないものね。 そして、私の手元にある『お金』は、甚だ僅少。


 だって、普通…… 要らないんだもの。


 領都教会で、第三位修道女としてお勤めしている限り、私的に大々的に『お金を使う』なんてこと出来る訳無かったし、必要も無かった。 第三位修道女(貴族の預かり子)に任命された時に頂いた『特典』に、お小遣いが少しはあったけど、それは童女同胞(アコライト仲間)達と食べる『甘いモノ』に化けてしまって、溜めてなかったんですもの。


 路銀として下賜された『お金』は、一般的に云って凄く少ないの。 だって、道中は教会に泊まることに成るし、食事なんかも教会で一緒に出されたモノを食べられるんだものね。 現金はほどんと必要ないって事なのよ。


 修道女は、道を修める女性。 ” 清貧を旨とし、慎ましやかに生活し、以て神様と精霊様方の御心に沿う生活を心がけるべし ” って、第三位修道女になる時に『お説教』を頂いたもの。 だから、まぁ、街の宿屋に泊まるのは、ちょっとね。



 ―――― だって、結構するのよ。



 素泊まりにしたって、銅貨五枚は下らないし、それだけあれば、食事で頂く黒パンなら、『二十斤』は買えるわよ。 ちょっと贅沢して、『白パン』なら十斤ね。 屋台で『お肉』の串焼きなんかも片銅貨五枚もあれば十分だしね。 ちゃんとした寝床を諦めたら、頂いた路銀は私の懐の中に納まるのよ。


 女の子としてはどうかと思うんだけど、それでも、何かと物入りになるのが王都での暮らし。 それは、『記憶の泡沫』にも焼き付けられているの。



       だって……



 『身分』も、『権能』も、何もかも一切合切 ” 剥奪 ” されて、王都の城壁外に『放り出された事』も、有るんだもの。 鉄貨一枚も持たない私は、王都の最貧の貧民窟のゴミ箱の横で餓死したのよ。 それが、女性としての『尊厳』だけ(・・)は、失わなかった、誇り高き、” エルデ ” の、『最後』よ。


 二十七通りの最後の内で、『それ』が、一番マシな死に方だったなんてね。 




 ―――― だから、『お金』は大切なの。 身に染みて理解しているから……





 領都教会に居る間は、教会に護られていたし、お小遣いで贖う『甘いモノ』は、私が教会で孤立しない為の『投資』でもあったのよ。 そんな少しの事で、領都教会での暮らしは、本当に豊かになったのは事実。 まさか『王都』に召喚されるとは思ってなかったから、しっかりと『投資』していたのよ。


 路銀の少なさは、王都までの旅程としては異例なほど少ないわ。


 でも、コレも又試練だと思う事にしたの。 ないよりはマシだし、少なくとも王領の外側では、困る事は無いんですものね。 路銀の少なさは、『なにかしら(・・・・・)の理由(・・・)』が有ったと思う事にしているの。 


 でも、真剣に大聖女様は、『心配』されていたわ。 私にとって王領の道行きが厳しいモノになるだろう事は、完全に予想されていた様なのよ。 グランバルト男爵様が『娘』に教会に残された、『莫大な金員』は、全てリッチェル侯爵家に戻ったヒルデガルド嬢へと渡ったのを、『ご存じ』だったのかもしれないわ。



 ――― まぁ、私がそうしたんだけどね。



 だって、リッチェル侯爵家と領都教会の間に亀裂なんて生みたくなかったんだもの。 私の個人資産が何にも無いのは、孤児院の院長様はよくご存じなのよ。


 でも、薬師院の聖修道女様はどうかしら?


 エルデとヒルデガルド嬢がヴェクセルバルクによって取り換えられていた『事情(・・)』は、ご存じでも、まさか、グランバルト男爵が積み上げた『金員』を。全て(・・)あちらに引き渡しているとは…… 思ってないかもしれないわ。


 私がヒルデガルド嬢に贈られた『個人資産』を使うと思って、路銀を最小限度まで絞られたのかもしれない。 だって、領都教会の懐事情は、潤沢とは言えないんだもの。 それに、導師ジョルジュ様もほぼ同時期に、王都大聖堂に御召し上げされて居るんだもの。


 流石に二人分の路銀の捻出は、” 辛い ” わよね、領都教会のお財布的に…… なんとなく、事情は理解できているつもりよ、これでも。


 でも、大聖女様は、大司教様から知らされていたのかもしれないわ。 グランバルト男爵様が愛娘に贈られた『個人資産』は、私には渡る事が無かった事を。 だから、余計に心配されていたのかもしれない。




 そんな心配を解消する為、大聖女様は私に、そっと教えて下さったのが、王領内の市井の『診療所』の事。




 かつて大聖女様が王都大神殿で『お勤め』されて居た頃、市井の治療院の方々も大聖女様謹製のお薬をお買い求めになっていた事が有るの。 町方の人で、お金に余裕のない方々の治療を担当されていた市井の治療院の方々に、格安で…… ほぼ無料で、お薬をお渡しに成って居たそうよ。


 そんな方々は大聖女様に相当『恩義』を感じられておられた様なのよ。 そこで、大聖女様は私に、” もし王領内で困った事が有ったら ” って、その方々の御芳名と診療所の場所を地図に書き加えて下さったの。




     ―――― § ――――




 地図に示されたベルクライス南方街道沿いの診療所は、夜の道行きでのオアシスとなったわ。 事情を話し、泊めてもらうの。




「このような夜遅くに、申し訳御座いません。 待合室の片隅で良いので、泊めて貰えないでしょうか? 」


「修道女様がこのような夜に…… 一体どうしたのですか?」


「はい、王都大神殿からの召喚状により、リッチェル侯爵領の領都アルタマイト教会より参じました。 しかし、王領ではベルクライス南方街道沿いに教会は無く、難渋しております」


「アルタマイトの教会…… もしや、大聖女様が隠居されている教会ですか?」


「はい。 現在はアルタマイト教会の薬師院別當様として、お勤めになって居られます。 わたくしも、薬師院所属の第三位修道女に御座いますれば、大聖女様の手解きも受けております。 もし、何かお困りの事が有ればお手伝い出来るやもしれません」


「そうですか! それは、それは!! 大聖女様の元で研鑽に勤められていた修道女様ならば、是非、泊って行ってくださいませ。 あの方には並々ならぬ慈悲を受けたのです。 どうぞ、此方に」





 とまぁ、こんな感じで、立ち寄る市井の治療院では、『歓待』して下さったのよ。 全ては神様の思し召し。 大聖女様の慈悲の心が、私を大いに助けて下さったの。 勿論、こんなに良くして戴いたのに、何もしない訳には行かないわよね。 一泊のお礼に少なくなっている薬剤類の補充をしたり、製薬をしたり、コレもお勤めの一つの形と、頑張ったわ。


 ある診療所では、担ぎ込まれた急患の対処もしたの。 収穫期と云う事もあって、人が沢山動き回っているでしょ? 事故だって有るのよ。 馬車の車軸が突然折れて、倒れた馬車の下敷きに成った人とか、大鎌で自分の足を切りつけちゃったりした人とかね。


 診療所の人達も、まだ幼いと云える私が、的確に対処しているのを不思議そうに見ておられた。 だけど、怪我の治療は、此処までの旅程で訪れた冒険者ギルトで『沢山』経験したわ。 切り傷、骨折、打撲、なんでもござれよ。 市井の治療院でも…… 働けるかな?





 ―――― でも、旅程は続くの。





 大体は、次の日の昼前には出立するのよ。 そして、また急ぎ足で北上する。


 そうやって、段々と王都ガングレーバスに近づいて行くのよ。




 徐々に人が多くなり。

   街並みが続く様になり……

       街道の幅も広くなり……

         行き交う人の身形(みなり)も、洗練されて行く。



 行き交う人の中に、明らかに貴族と思われる人の姿も多くなってきたころ……


 ついに、私は王都ガングレーバスに到着したの。


 城塞都市である……










   ――――― 王都ガングレーバスにね。









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