エルデ、王領が外縁に到着。 王領を望み、自身を再確認する
王都への『旅路』は、最終旅程に突入する。
ええ、ついに王領へ足を踏み入れる事になったの。
キンバレー王国は、他の王国とは少々異なる建国時の事情が有って、国土の中央部に位置する王都ガングレーバスを中心に、環状街道六番目に当たる、セスト=エクスト環状街道までが全て王家の領地、すなわち王領と規定されているの。
セスト=エクスト環状街道は、他の環状街道とは違い、築堤をした上を走る街道。 いわば土塁とも云える、そんな街道だったわ。 高さが十五ルイ…… 大体私の背の高さの10倍程の高さという高い所に荷馬車四台が並んで通れるくらいの大環状道路が走っているのよ。
セスト=エクスト環状道路はいわば王領を護る為の土塁と成っているわ。 土塁上の道に出るには、キンバレー王国が許した、各地方へ行く街道しか乗り越える道は無いの。 まぁ、その道って云っても、相当に規模が大きいのだから、さしたる不便は無いわ。
私がリッチェル侯爵領、領都アルタマイトから ” 北上 ” してきた『ベルクライス南方街道』も、許された街道の一つ。
優に街一個手前から緩やかに上り坂に成って、坂の頂上にセスト=エクスト環状街道と直行するの。 その場所には、いわゆる関所と砦が設けられて、王領と外側の領地の境目をキチンと管理しているという訳ね。
王国の防衛という観点から見れば、当然そこには防衛機構が備わっているわ。 環状道路の外側の緩い斜経路の土台は、土魔法により支えられていて、『国境』が侵され、敵の軍勢が王領近くまで攻め込んできたら、斜経路の土台から支えている土魔法の魔力を抜くの。 そうすれば、一気に斜経路は崩壊して、其処に残るのが、高さ十五ルイの土塁だけって事。
機構が施されているのが、外側だけって事で、まぁ…… 外側の大貴族達の領地とか、その門地、連枝の者達は皆見棄てられるってことなのかもね。 そうならない様に、領地貴族達は必死に領軍を養い、対外戦力を蓄えているのよ。
その際たる家門が、キンバレー王国の最外に領地を持つ辺境伯家なの。 辺境伯家の各お家が、武門の名家って云うのは、そう云う所からも来ているのよ。 中央から見れば、野蛮極まりない家門だけど、そうならざるを得なかったと云える『歴史』が有ったのよ。
―――――
ゆっくり、ゆっくり、坂道を上がり、やっとセスト=エクスト環状街道の上に出る。
石造りの砦の関所で、私が第三位修道女である事と、王都聖堂教会に呼び出しを受けている事を証する召喚状を提示すると、お役人の方が恭しく頭を下げてくれるの。
「教皇様直々の召喚状をお持ちの方ならば、なにもいう事は御座いません。 ささ、お進みください」
「有難うございます。 あの、一つ」
「何なりと」
「わたくしは、この通り御呼び出しを受けた、第三位修道女には御座いますが、所属は教会薬師院。 さらに別當様で在らせられる大聖女様…… いえ、廃聖女様に申し付かっている儀が御座います。 行く先々にて、神への感謝と日々の『お勤め』を成せと。 そこで、衛視様にお尋ねいたします。 医薬品、特に傷薬や水薬の備蓄に不足は御座いませんか?」
「……いや、はや、なんとも。 流石は廃聖女様にあらせられる。 王都中央から見れば、この砦は王領の最果てと云う事もあり、十分な物資を受け取っては居りません。 平時ならば、問題は御座いませんが、何かあれば問題になる事は必至。 お申し出、確かに有難くありますが、一兵卒のわたくしには、裁量権は御座いませんので、上長に急ぎお伝えしたく。 暫くお待ちいただけますでしょうか」
「もとより。 こちらの日陰にてお待ち申し上げます」
小娘の第三位修道女に丁寧な対応を取ってくださる。 まぁ、あの召喚状と、その召喚主の御名御璽を見れば、神様に頭を垂れる信徒の方々なら、そう云った対応をして下さるものね。 私自身が何者かをとやかく詮索されるのは、あまり上策じゃないしね。 だってねぇ…… いわば、『罪人の娘』でしょ?
私の『出自』を ” 詮索 ” されるのは、ちょっとねぇ。
―――――
検問所の近くの日陰。 ここから先は緩やかな下り坂になる、王領内側。 セスト=エクスト環状街道の王領側に建設されている石造りの砦の門の中。 傍らを大きな音を立てて荷馬車が通るわ。 荷物を満載している、荷馬車よ。 それも、一台や二台じゃなく、何台も何台も…… 流石は、キンバレー王国一番の環状街道だと、感心したわ。
視界が広がり、一望の元に王領が望める場所で私は待つ。
とても良い天気で、セスト=エクスト環状街道の内側が良く見えた。 遠くに王都ガングレーバスの城壁まで見えるの。 小さくね。 この距離で見えるのだから、実際は巨大な城塞都市。 あの中に王都大聖堂も有るのよ。
『王領』は広い。 水源地なる森や、小高い丘も点在している。 魔物の巣たる、迷宮洞窟もまた、内包していると、『記憶の泡沫』は私に告げる。 一国が生きて行くために必要なすべてのモノが、このセスト=エクスト環状街道内に揃っていると云ってもいい。
初代国王陛下が、神に祈願し、中核たるこの地の守護を願い、努力した結果の光景が私の目の前に広がっているの。
―――― 青く高い空に、白い雲がぽっかりと浮かぶ。
秋の風が高くに流れていたわ。
風に穀物の香りが混ざり込んでいるのは、収穫期だから。 セスト=エクスト環状街道の内側でも、それは同じ。 黄金色に波打つ、小麦畑が点在し、水車小屋から煙の様な粉が上がっているのも見える。
道行く人々は、今年も豊作だったこともあり、表情は明るく楽し気だったわ。 そうね、あちこちで収穫祭が行われる筈だもんね。
人々の安寧と、神様と精霊様への祈りを垣間見た私は、
本当に……
本当に……
心の底から、安心したのよ。
” この国は大丈夫 ” だってね。
悪しき意思は、芽生えていないって。
『記憶の泡沫』いう、その『悪しき意思』って云うのが……
かつての 私の事 なんだものね。
だから、大丈夫。 もう、エルデ=ニルール=リッチェル は、居ない。
――― きっと、王都の秋は静かに緩やかに、時を刻んでいくわ。
――― § ―――
砦の衛視長様は、私の言葉に頷いて下さったわ。 なんでも、収穫期には医薬品を含めかなりの物資が足りなくなっているとの事。 収穫を済ませ、冬になる前に分配が行われる為に、今が一番モノが払底している時期なんですって。
ならば、皆様の安寧に水を差すような、そんな不安は取り除かねば。
腕に縒りをかけて、医薬品の生成に務めるの。 薬師院で行っていた事と同じ。 この道中で各教会や聖堂、小聖堂の薬師院、薬師局でした事と同じ。
精一杯の力を持って、私の内包する魔力が尽きるまで、お勤めしましょう。 身体の調子のおかしい衛視様方も診察しましょう。 移動する前に一晩眠れば、内包魔力は完全に回復するから、出し惜しみは無しな方向でね。
目的地を視野に収めた私は、自身の成すべき事をしながらも、もうすぐ旅が終わるのだと云う事実を、再確認したの。
旅路の終焉はもうすぐそこに在る。
そこで何が待ち構えているのかは、判らないけれど、私は怯まず真っ直ぐに進むわ。
第三位修道女の『エル』は、自身の道を真っ直ぐにね。