エルデ、出自の秘密を知る。
王都への旅路は続く。
残る旅程は半分を切ったわ。 王領に入るまで、残り三家の領地を抜けるだけ。 各家の領都は、それぞれ、ノーベ=エニャ環状街道、オット=サマネア環状街道、セイテ=サ-ヴァ環状街道がベルクライス南方街道と交わる交通の要衝に建設されているの。
アーバレスト上級伯爵領を後に、北上を続けるベルクライス南方街道は、その設備や状態が格段に良くなるの。 もう、この辺りから王領の影響下に有るという証左ね。
街道は、街の中以外でも石畳で舗装され、行き交う馬車の数は増えるばかり。 街並みも、見渡す限りの畑などはもうなくなり、そこここに人家や集落が見え始めるの。
行き交う人も、どんどんと増えているの。
街道沿いに、魔法灯火の街灯が目に入り始めると、其処はもう王領に入る寸前となるわ。
アーバレスト上級伯領から北、エチュード上級伯領、トーン伯爵領、フォルッテッツ伯爵領の領都に有る、領都教会の薬師院でも、お世話になったわ。 別當の助祭様に大聖女様からのお手紙と、私の考課簿をお渡ししてから、薬師院でのお手伝いに入るのは、何時もの事。
お世話になる分、しっかりと『お勤め』しなくてはね。
王領に近くなるにつれて、医薬品の備蓄は潤沢になり、私の手仕事は、下準備の為のモノとなっていった。 結構な量の生の薬草を乾燥し粉にして、効能に従い分別したりね。 何時でも製薬出来る様にって。 もう、此処まで来たら、第五級薬師なんてそんなに珍しくない存在だから、皆さんの下働きを勤めることに成るのよ。
まぁ、それでも、手早く大量に処理するのは、色々な『魔法』を使う事が出来る私だから可能なのよ。 それに、大聖女様直伝のちょっとした ” 近道 ” …… なんてモノもあるから、必然的に時間の余裕が出来るのよ。
―――― 王領に近寄るにつれて、教会の規模も大きく成るわ。
時間が有り、そして、其処には知識の宝庫も有る。 つまり、教会の図書庫ね。 高価な本とか、王都の通達文書とか、公式掲示文書とか、庶民が読む壁新聞とか…… 綴ってあるモノも大きな『本』って感じになって居て、なかなかと面白いモノなのよ。
お勤めが終わって、日没後の『お祈り』迄の空いた時間…… 私の足は決まって図書庫に向いていたわ。 だってねぇ…… リッチェル領に於いて、通達文書とか、公式掲示文書とかは有っても、壁新聞なんて無かったもの。 王領周辺では、民の識字率も上がって居て、色んな情報が掲載されている壁新聞も発行されていたわ。 それを綴ったモノまで有ったのよ。
小さな出来事は、どこそこの商家に跡取りが産まれたとか、大きな事は王都での行事や貴族様方の動向とかね。 市井の事が時系列的に良く判るのよ。 壁新聞を保存しておく事を考えた人に賛辞を送りたくなったわ。
―――― § ――――
セイテ=サ-ヴァ環状街道がベルクライス南方街道と交わるフォルッテッツ伯爵領の領都教会で、私は以前から、少々気になっていた事を調べてみる事にしたのよ。
それは……
―――― 私自身の事。
リッチェル侯爵家の『令嬢』と、“ 取り替えられた ”、エルデ=グランバルト法衣男爵令嬢の立ち位置。 つまりは、グランバルト法衣男爵家の事情ね。 だって、リッチェル領 領都アルタマイト教会では、男爵様が何を為し、何故、御自裁成されたかは、詳しく教えてもらえなかった。
渡されていた文書関連にしても、その点の記載は一つも無かったわ。
だから、ちょっと調べてみる事にしたの。
だって、王都 聖堂教会に着いて、いきなり何か大きな事に巻き込まれるのは嫌だったから。
男爵が『御自裁』と有るから、ご自身で命を断ったと云う事よね。 つまり、その原因が有るはずなの。 それをしなければならなかった事態。 それに付随して、ご自身の妻女を、なんの権益も金員も渡すことも無く、法衣男爵家に対する全ての権利を、放棄させた上でご実家に帰されたと云う事実。 さらに、多くの金穀を積んでヒルデガルド嬢をアルタマイト教会の女子修道院にお入れに成った事実。
そうせざるを得ない、” 特段の事情 ” とは、何だったのかを知りたいと思ったのよ。
一年から三年ほど遡れば、何かわかると思って、通達文書とか、公式掲示文書を漁ってみたけれど、特段それに該当するような記述は無かったわ。
ただ、グランバルト法衣男爵家は当主を失い、その家名と家産は王家預かりとなったとだけ、公式掲示文書に有るだけ。 御当主様が御自裁されたんだから、何かしらは有るのだろうけど、コレはオカシイのよ。 だって、法衣男爵家の傍系の方が居られる訳だし、その方がヒルデガルド嬢が成人するまで、仮爵として、男爵家を切り盛りするのも、貴族的思考では当たり前なんだもの。
そして、三年前の貴族年鑑を引っ張り出して、王家直参家の部分を拾い読みしてみたの。
驚いた事に、グランバルト法衣男爵家には、分家は存在していない。 五代くらい前から一人っ子が続いていたらしいの。 つまりは、仮爵に成る権利の有る方が存在しないと云う事実。 へー、そうなんだ。 これは、また…… 貴族的な考え方から遠いお家だったんだ。
公文書関係は、なかなかグランバルト法衣男爵家について綴られたモノは無かったのよ。 どうやら、私が頂いた『一件書類』が全てみたい。 でも、あれも……
あの中身…… かなり特殊よ?
だって、本来なら有り得ない程、全ての権能権利が、一人の女性に継承される事が決めてあるのだもの。 当時はまだ十一歳だから、正式には無理だからって…… 仮契約みたいな感じでね。 それも、貴族院議員総会の承認印とか、国王陛下の御名御璽入りの確約書とか…… 色々と破格な扱いなのよ。 まるで、ご自身の命を対価に、捥ぎ取られた様な…… そんな感じもあるの。
手詰まり感のある中、私は一つの手掛かりを得たの。 それは、壁新聞の記事。 ” 疑惑の自裁 ” と云う記事を見つけたの。
『微細な事実』と、『憶測』で組み上げられた記事は、グランバルト法衣男爵が何かしらの不正を成し、巨額の公金を横領していたというモノ。 そして、それは法衣男爵が遊興に使ったのでは無く、別の誰かに密かに送金された後、使途不明となっている…… というモノ。
グランバルト法衣男爵は、冤罪を主張しつつも、男爵夫人から男爵家の権利をすべて剥奪し、ご実家に戻し、愛娘をアルタマイト教会女子修道院に入れ、御自裁されたと云う事だった。
うむ…… これは……
覚悟の自裁ではあるけれど、二重帳簿や王都の豪商を通じての送金実績は有るものの、その先が誰なのか、誰かの指示でそうしたのか、そう云ったことを全く、一言も、口を割ることなく、自分と一緒に暗い闇の中に持って行ってしまった…… と、そう書いてあったわ。 御自裁の日が、貴族検察への出頭日の前日と云うのが、また何と云うか……
記事によると、グランバルト法衣男爵家は、何代も続く財務担当の官吏を輩出している家系で、男爵自身、極めつけに優秀と云う事が、王城関係者への取材で判っているんだって。 そんな人が必死に隠した黒幕が居るって書いてあったの。
そして、『一件書類』を精読した者だけが知る、国王陛下を含めた貴族院議員と云う ” 王侯諸侯 ” が、彼の存念の為に、『横紙破り』的な 『確約書』を彼に差し出し、『契約』を結んだって云う現実。
つまり……
そう云う事なんだろうなぁ……
なんとなくだけど、陰謀臭がする。 ほんとに『自裁』だったのかなぁ…… この手の頭のいい人って、絶対に逃げる算段してそうなのよ。 その前に手を打たれたって感じもしないでもないわ。 そして事実は闇の中。 関係者一同が、グランバルト男爵の死によって、混乱する事無く、誰の誹りも受けることなく、事態を闇に葬ったって事になるのよね。 表立っては、波風は立たず、そして、事態は収束されたのよ。
こんな為人の男爵様だから、最愛を妖精様に取り替えられちゃうのよ。 妖精様の罰は、何時も上げて落とすんだもの。 もし、取り換えが行われて居なかったら…… 男爵様は、無茶をしなかったかもね……
―――――
そうそう…… 奥様は、その後、どうしたのかしら? もう一度貴族年鑑を持ち出して、調べてみたの。
奥様は、婚家からご実家に帰って……
――― でッ!?!
うぇ、御再婚されていた? それも、最低日数を御実家で過ごされた後、直ぐに? …………ご実家って、フェルデン侯爵家よね? 筆頭侯爵家よ、フェルデン侯爵家は。 筆頭侯爵家の御令嬢の御経歴に、トンデモナイ傷が付いたわけよね、男爵家から離縁されるって。
なんでまた、そんな高位も最上位の侯爵家から、直参とは言え法衣男爵家に? って処にも、疑問が残るけれど、それよりも、時間を置かずに御再婚って云うのは…… はぁ、此処にも闇が有りそうね。
――― で、そのお相手は???
ふむふむ…… 法衣上級伯爵家に嫁したと。 新しい旦那様はっと…… えぇ? 貴族検察一等法務官のベルデン=シュバイン=グートマン法衣上級伯? こ、これって…… グランバルト男爵を担当していた、貴族検察の『法務官』と同じ名前よ……
うわぁぁぁ…… ぐ、偶然というには…… あからさまに、恣意的な匂いがする。 うん、相当に、胡散臭いよぉ……
言い換えるならば…… 腐臭のする 闇 だらけ。
知らなきゃよかった、でも、良かったのかも? 気を付けなくちゃならない事を、知ったから。
そして、私は結論に至る。 旅の最終目的地を前に、調べておいてよかった。 本当に良かったと思ったの。
ええ、そう
――――― 私は、この人達とは、関係ないわ。
ええ、全く、これっぽっちも、全然、関係ないわ。 関係なんかするもんですかッ! 赤の他人以上に、知らない人よッ! 面識すらないものッ!!
私が大々的にグランバルト男爵家の遺児とか公言しちゃったら、何かしらの厄介事に、絶対に巻き込まれるわね、コレは…… うん。 黙って居よう。 誰かから聞かれても、知らぬ存ぜぬを押し通そう。
じゃないと……
――――― 皆に白い目で見られる、
犯罪者の娘に、
仕立て上げられちゃうわよ。