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エルデ、心の恩人の危機を知る


 ――――旅は続く。


 王都ガングレーバスへの道程は、ベルクライス街道を軸に、北へ北へと向かう道筋。 途中八家の御領を貫く事で、領都教会の聖堂八か所を経由するのは最初から規定されていたのよ。 薬師院も各聖堂に付属していたし、其処への『ご挨拶』も必須だったから。



 リッチェル侯爵領から北へ五つ目のアーバレスト上級伯爵領。 



 ちょうど、王領と周辺侯爵領の中間に位置する、アーバレスト上級伯爵様が治めている、交通の要衝。 王都を中心に同心円を描く、環状街道の一番外側に当たる、サン=チェント環状街道とベルクライス南方街道が交わる場所に当たるの。


 穀物や畜産物の交易所が有って、王領、王都の(台所)とも云われる場所なの。


 交易での経済が発展しているこの領では、王国南部の大商人達がこぞって本店を置いているのも、特徴と云えば特徴。 それが故に、商工ギルドの力が強い場所でもあるわ。 民政に力を入れざるを得ない場所柄に、領主たるアーバレスト上級伯爵が任じられているのも頷ける。


 アーバレスト上級伯爵様は、貴族らしい貴族とは言えない御方なの。


 その名は、遠くリッチェル侯爵領にも轟き渡っていたんだもの。 御継嗣様は、まぁ、貴族の体面を重んじなければならないので、王都で教育を受けられていたんだけれど、御次男以下男性の御令息の方々は、従爵位も得ず、領にて汗をお流しに成り、領政を助けるべく、色々な場所に居られるのよ。



 例えば、農業ギルド。 例えば商工ギルド。 例えば冒険者ギルド。



 代々の御当主以外の御令息が、身分を頂かず領地の各所にそれなりの地位を得るのは、相当に研鑽を積まれた結果。 そして、それは、彼の上級伯爵家の家風とも言えるわ。 優秀なのよ。


 今代の上級伯で在らせられる、バグフリート=エルノス=デァ=アーバレスト卿の御令息は全部で七人。 多いわよね。 でも、妻女はお一人なの。 とてもお優しく、何もかもを包み込まれるような、そんな御夫人は、お家の中に向ける視線は人一倍厳しいのも、南方領域の中では常識に成っていたわ。


 強権を以て領政に当たるバグフリート卿にただ一人、『否』を唱えられる御方。 聡明で、慈悲深く、心優しいお方なのだけれど、瞳の奥底に光る『貴族の矜持』は何人たりとも、冒す事を許さない、強烈な御意思を持っておられるのよ。 ご自身の出自は、辺境伯の末娘。 流石は、南部辺境伯家の御姫様なのだと、そう当時は思っていた。 御芳名(神名)は……



    ――― エバレット様。



 私がまだ、侯爵家の娘だった頃、一度お目に掛かる機会が有ったわ。 幼い私が必死で『リッチェル侯爵家』の領地を見詰めている事を、誰よりもお知りに成り、心を痛めて下さったの。 




 ”幼い貴女に、『このような場所(お茶会の席)』で『このようなお話(領政に関わる話)』をする様に強いられるリッチェル侯爵家に少なからぬ怒りすら覚えます。 何かお困りに成る事が有れば、アーバレストの名をお出しなさい。 決して悪いようにはしないわ。 いえ、私がさせない。 宜しくて?”




 アーバレスト領に足を踏み入れる私は、そんなエバレット様の御言葉を思い出してしまったのも、無理は無いわ。 だって、あの頃、本当に一杯一杯だったもの。 その夜、寝台の中で思わず涙してしまったのも、とても良い思い出よ。



 どうされているのかしら?




        ――――― § ―――――





 領都の中に入ると、なんだか様子がおかしい。 なんだろう? 人々の表情が昏く重い。 その上、そこかしこに、精霊様に対する嘆願の御札が掲げられているの。 人々は軽口も叩く事無く、ひたすらにご自身の成すべき事を成して、少しの時間が有れば、その御札に頭を垂れられているのが見受けられた。



 なにか…… とても嫌な予感(・・)がしたわ。



 急いで領都教会の聖堂に向かう。 何かしらの情報があそこには有るはずだから。 到着し、薬師院の司祭様への目通りを願う。 数々の『ご挨拶状』と私の『考課簿』をお渡しする為に。 残念な事に、司祭様は薬師院に居られず、薬師院の聖修道女様が対応された。 ご挨拶もそこそこに、この領に起こっている(まがつ)に関してご質問したの。




「エバレット様が病を得られました。 『呪詛』……かもしれません。 薬師院はもとより、聖堂の高位神官達も、御領主の御邸に詰めておりますが、未だ原因も対応も出来ていません。 既に発症さえれてから二週間。 体力も限界に近づいており、御命が……」


「な、なんて事!! な、ならば、わたくしも!!」


「第三位修道女エル。 旅の貴女にそれは申せませぬ。 貴方には、貴女の使命が御座いますのよ?」


「いいえ、違います。 アルタマイト聖堂の薬師院別當で在らせられます大聖女様よりわたくしは、言付かっております。 ”道中、様々な人を助けよ” と。 わたくしに授けられた様々な大聖女様の御業は、その為に有るのだと、そう確信しております。 さすれば、このような事態成れば……!!」


「…………判りました。 貴女にも、お手伝い願います。 大聖女様の推挙状は、何よりも強い。 貴方に何処まで出来るかはわかりません。 第三位修道女として、第五級薬師として、出来る限りの助力をして下さい。 精霊様にお祈りしております」


「はい。 神と精霊の聖名に於いて、わたくし第三位修道女エルは、自身の精一杯を尽くす事を此処に宣します」





 エバレット様が!! あんなにも気高く、強い人が!! 急がなくては! 背嚢を下ろすことなく、聖杖を突き、領主様の御邸に向かう。 私の聖杖に付けられている徽章(バナー)がその道を開けていく。 第五級とはいえ、薬師なんだもの。 ギッと前だけを見据え、その足を進める。 石畳にブーツが叩きつけられるカツカツと云う音が響く。


 待っていてください。


 貴女は、まだ逝くべき人では無い。


 私の全ての術を以て…… 私は…… 私は……





       ――――― 貴女の心に報いたいっ!!











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― 新着の感想 ―
[一言] エバレットって出てくるだけで嬉しい
[一言]  全くの別人だろうが、あの人の名前がここで出てくるとは。  それだけでどんな為人か判るというもの。
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