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思考の加速




 ―――――『妖精様』に対しては、常に真摯に。




 まかり間違っても機嫌を損ねるような事をしては成らないと、この国は云うに及ばず、世界中で言い伝えられる伝承の金言。 少しでも機嫌を損ね様な物ならば、彼等の絶大な加護が削られ、最悪は領への加護が消える。 私の対応は間違っていない。 そう、真摯な態度は妖精にとって、喜ばしいモノなのだから。


 機嫌よく笑みを浮かべる妖精様。 そして、言葉を紡がれる。




「『名』は、エルデね。 判ったわ。 早速だけど、うちの係累のモノが十一年前にヤラカシて、その上、すっかり忘れて(・・・)いたのよ。 それで、修正に来たの。 ええ、ええ、ごめんなさいね。 十一年も放置するなんて。 悪戯(・・)なら、もっと早くに対処しなくてはならなかったのに。 さて、この地の首領はどなた?」




 恭しく、お母様が『妖精様』の前に進み出て『膝』を折る。 真摯な態度でなくては、どんな不利益が振り掛かるやもしれないと云う畏れが見て取れる。 静かに厳かに奏上するかのように、お母様は言葉を紡ぐ。




「御前に拝します、わたくし。 この地を封じております夫、リッチェル侯爵が妻女、マリアーネ=フレール=リッチェルに御座います」


「そう、マリアーネね。 エルデは、この家の娘として暮らしていたの?」


「はい。 我が侯爵家の末娘に御座います」


「そう…… 残念だけど、エルデは、“ この家の娘 ” では無いわ。 十一年前、この家の娘と他の家の娘を入れ替えちゃったのよ」




 息を呑むお母様。 そして、常に昏く、私を見詰める瞳に浮かんだのは、『希望(・・)の光』。 『妖精様』の『託宣(ハングアウト)」は、お母様が『渇望』し、『希求』し続けた、『真実(・・)』が、白日の下にさらされ、明るく輝く未来の情景(・・・・・)を、お母様に見せているかの様。 こんな容姿の私を娘と呼ばなければならない『理不尽(・・・)』を、常に感じていたお母様らしいわ……


 満面の笑みと、嬉しさが滲み出るようなそんな顔で、お母様は妖精様に問い掛ける。




「……え、エルデは入れ替え子(ヴェクセルバルク)なのでしょうか?!」


「そうなのよ。 入れ替え子(ヴェクセルバルク)なのよ。 それで、貴女の本当の子供は、今、領都アルタマイトの孤児院に居るわ。 まぁ、一目見て判ると思うのよ。 だって、髪の色も目の色も貴女と同じ…… まるで “ 生き写し ” た様なんだもの」


「そ、それはッ!」




 お母様が希求する『現実』となった様ね。 お母様と『生き写し』と云う『妖精様』の言葉に、心からの笑みが零れ落ちている。 その事が理由で、夫であるリッチェル侯爵閣下との仲が冷え込んでいたんですものね。 その懸念が払拭されたのよ。 愛する夫との間の、自分と同じ容姿の女の子。 夫妻が夢見て、切望して、そして、手に入れられなかったモノ。 それが、今…… 手に入ったのだもの。 それは、そんな表情を浮かべるのも無理は無いわ。




「そうよ。 金髪、碧眼の美しい女の子になっているわ。 本当だったら、もっと前に解消すべき事柄(ヴェクセルバルク)なのに、十一年も放置してごめんなさいね。 だって、アイツ、なぜか本当に忘れていたのよ。 その理由が、“ 一過性の怒り ” か、なんかのかすら覚えてないのよ。 単なる『悪戯』なのかも…… 真実が判らないのよ。 これは、こちら(妖精界)の不手際だから、“ この家 ” と “ その子 ” に、特大の加護を授けることに成るわ。 妖精王様からの特別な思し召しなの。 受け取ってね」





 お母様はもとより、兄達の顔にも『輝く表情』が浮かび上がる。 そう、それは、まさしく『家族』を、『幸せ』を、取り戻した(・・・・・)『家族の肖像』。 そんな中、私は一人沈黙を続ける。 何故ならば、私の自身が『幻視(・・)』の真っただ中に居たからなの。 脳裏を駆け巡る『幻視』に、困惑し、そして、混乱もしていた。 どうしようもない程に…… それが故に……



 ――――― ただ、立ち竦むしか、出来なかったの。



記憶の泡沫(・・・・・)』と云うべき、断片的な幻視が、浮かんでは消える。 妙にのっぺりとした絵が、瞬間的に切り替わり、切り替わり…… 絵の下側に綴られる言葉、言葉、言葉。 余りにも早く『幻視』が切り替わると云うのに、全てを読むまでも無く、脳裏に刻まれる。




 それは…… まるで、『絵本の物語』を、読む事に似ていた。 ただし、私の現実に即した『そんな物語』だった。 ……まだ見ぬ未来の事象を提示するかのような、そんな『物語(・・)』だったわ。




 流れる物語の筋道は一つだけの流れでは無く、幾つもの分岐を繰り返す。 その壮大な物語(・・)には、幾つもの終末が有った。 その数、27通り。 遡るように、一つ、また一つと、私に提示される、過去に経験した『未来の情景(・・・・・)』。


 なのに、そのどれもが他の終末と絡み合い、影響し合い、そして、『真の終焉』へと至る『条件(・・)』と成っていたわ。


 つまり…… 今、目の前に展開されている情景は、28回目の情景。 私は、ついに『世界の輪環(ループの世界線)』を越えた場所に立ったと云う事を理解したの。 過去の27通りの終末を潜り抜け、ようやっと到達した、世界の『意思』が真に望んだ世界の始まり。 『幻視』が見せたのは、真の終焉に至る、27回の世界のやり直しの『記憶の泡沫(記録の断片)』。 そして…… 




 それは、私の『27通りの死の様相(・・・・)』。




 幻視が見せた過ぎ去りし(・・・・・)未来の情景(・・・・・)』に於いて、私が切望していた、愛した人(・・・・)に、『愛されたい(・・・・・)』との希望は、全て否定され、物語の中で叶えられることも無く、全ての過程は私の『()』に収斂していた。 


 刑死、毒殺、刺殺、惨殺、事故死、謀殺、爆殺、魔法不全による自爆 等々…… その度に幻視に映るは、歓喜の感情を顕わにする関係者の笑顔、笑顔、笑顔。 




 誰も『哀悼』を捧げる者は居ない。


  誰も『憐れむ』モノも居ない。


   誰も『エルデ』の心情を汲む者は居ない。


    誰も不思議に思う者も居ない…… 


     誰も彼も、私を悪し様に罵るばかり……




 赤ちゃんの頃から、全てを透徹し、諦めきって居た私。 なぜ、そんな心情に成っていたのか、ストンと腑に落ちた。 記憶は封印され、時を巡り遡っていた私だったけれど、完全に記憶は封印されていたわけでは無かったと云う事ね。 『記憶の泡沫』が彼方此方に残り、その残滓が『今』意味を持ち、私の前に曝け出されたと云う事実。 封じられた記憶が繋がり、俯瞰的に『幸せになる人々の(私だけが救われない)物語』を見せつけて来たんだ。


 もしこのまま、流されるままに、生き続けたら……


 このまま、『事態の推移』に、何の抵抗もせず『この身』を任せたら、過去27回の終末の通り、28回目の終焉を迎える事は間違いない。 そして、その28回目こそが、この世界を作り上げた『意思』が切望した未来。 きっと輪環(やり直し)の最後の周回。 もう、二度と世界が輪環(ループ)する事は無い。 きっと、コレが最後だと、そう予想できた。







 

  そして……





           思考は加速(・・)する。








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