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『渇望』 湧き…… 求むるは…… 

 つらつらと思考の海に沈みこむエオルド。



 虚空を睨みつける視線は何も像を結ばず、ただ、ここ一年で自身に振り掛かり、そして、自身の不明に対する後悔を心の奥底から汲み上げる。 余りにも無様な自分に嫌悪感を抱きつつも、手にすべき『モノ』について、深く考察を進めていた。




   ―― § ――




 エオルド自身、キンバレー王国に存在する八家ある侯爵家の継嗣として、強くその未来を嘱望されていた事は、その身に受けた領地経営と礼法の教育を通し、しっかりと認識していた。王国南部を領地として封じているのには、それなりの理由も存在している。


 序列二位のリッチェル侯爵家の長男として、王国の”食糧庫”とまで讃えられる領地を恙なく纏め上げる手腕を期待されている事は、教育の厳しさから重責なのだと思っていた。 幼少の頃より、善き領主となるべく研鑽を続けていた。



 ――― 次代の侯爵家の当主として立つために。



 幼き頃から、王都にて他の侯爵家の継嗣たちと友誼を結び、学習院で経営学と礼法を重点的に学び、善き成績を収めた彼は、学習院の卒業を以て、現当主()にも認められる青年貴族となった。


 学習院卒業を機に『従伯爵』の爵位を父侯爵から叙せられ、いずれ王国の藩屏たる侯爵位を継承する為、まずは領地経営を盤石とするよう父侯爵に言い渡された。



 ――― 統治に関しては、自信があった。



 領政については、十全たる『能力(・・)』を保持していると、そう信じていた。 その証左が、学園卒業時、首席たる成績を収めた事。 何よりも領地経営学に関しては他の追従を許さぬ程、隔絶した成績を収めた事に由来する。



 絶大な自負心と共にリッチェル侯爵領へと帰還したのだった。





 ―――――




 今回、共に領地へ帰還するのは、母であるマリアーネ。 随身格として、二人の弟達。 領主代理として、この地の最高責任者となるべく、任地と成る領への帰還。 領都アルタマイトでの領主代理の任官式は、当然、盛大に執り行われる手筈となる。


 残念な事に、父侯爵は王城での仕事の為に、どうしても抜けられず、本領帰還は叶わなかった。 しかし、領主一家が揃い、自身の栄達の最初の一歩を見守ってくれる。 心躍るがそれも表には出さず、静かに、揺れる馬車の中ので、『()』が来るのを待っていた。


 侯爵家の者達の帰還と領主代理として、継嗣の帰還と云う事で、王都からの旅路には多くの馬車が連ね凱旋将軍の様に威風堂々と領都アルタマイトへと帰還した。 領地へと馬車の車列が進入した時、ふと思い出した事があった。 




 ――― 家族は此処に居る者達(王都から向かう者達)が、全て(・・)では無かった事。




 領には末の妹であるエルデが居た。 ずっと領にたった一人で暮らしている妹。 その容姿は、自分達とはまるで違う。 金髪碧眼のリッチェル侯爵家の者とは違い、艶やかな茶色の髪と、深い緑色の瞳を持った、物静かな妹だったと記憶していた。


 その容姿から、父侯爵は、母の不貞を疑う程。 あれほど娘を切望してた父が、エルデにはまるで興味を示さなかったのは、それが理由かもしれないと、まだ幼かった自分と弟達も理解した。 余りにも違う外見に、母も困り果てた。 



 ―――― そして、遠ざけた。



 半面、自身の不貞が疑われた事に、母は激怒していたのもまた事実。 娘のエルデには、侯爵家の娘としての教育に万全を期したいと、強く思われたのだと思う。 王都より選りすぐりの教師たちを領都へと送り、また、母が信頼する実家に相談して、厳しい乳母を紹介してもらったと、そう口にしたのは、生まれて幾許も経たないエルデを領都に送る日の朝餉の場であったなと、そう思い出していた。




 どんな娘に育っているのか。




 親の目の届かない所で、領都の使用人達に甘やかされて、驕慢で傲慢な娘に成っているのではと、そんな懸念もある。 いくら優秀な教師たちでも、厳しいと評判の乳母となる女性でも、そこはやはり雇用主の娘であるから、どうしても甘やかしてしまうかもしれない。


 エルデは今、十一歳。 一年間王都で暮らし、貴族としての矜持や振る舞いを憶えさせねば、学習院でリッチェル侯爵家の評判を下げる事に成ると、そう危惧していた。 周囲に同年代の者達が居ないと云うのが、その危惧の根拠でもある。


 辺境の地では彼女たち以上の地位の女性はいなかった為に、学習院でそのような御令嬢達が、どのような末路(・・)を辿るのかは、この目で見て来た。 王都から遠く離れた領地の娘たち…… 辺境伯やその重臣たちの娘を学習院で見ていた。


 強烈な自負心と、矜持の高さ。 攻撃的とも思える、口調や仕草。 全く優雅とは言えない、ある意味 ” 力強さ ” が、彼女達から感じられ、王都在住の者達からすると、余りにも異質だと感じられた。


 それは、王都で暮らす高位貴族はおろか、王家直轄の直参下位の貴族達も、彼女達の高い矜持と強い言動に不快感を持つに至っていた。 それは言い換えれば、王都在住のモノとしては行き過ぎた、貴族の矜持、貴族の存在意義ノブレス・オブリージュと、思われるモノだった。


 強い言動が前面に出ている彼女達に、ややもすると『蛮地の王女様(辺境伯令嬢)』や『田舎者(辺境家の令嬢)』と云う形容(・・)を当てはめ蔑みもしていた。 王都の社交界でもまた、そう云った風潮が醸されていた。 


 そして、彼女達の…… 学習院の卒業後と云えば、王都の社交界から排除され、そして、意気消沈して領地に帰る。


 二度と王都の社交界に出る事は無く、領地にて近くの者達へと嫁ぐ。 辺境が領地では、至高の階位を持つ『姫』として。


 エルデも又、そんな者達と同じ様に成っていると思っていた。 王都の邸宅にて、本格的に社交を学ばねば、当然エルデもそうなると……




 ――― 思い込んでいた。



  




           ―――― § ――――






 凱旋将軍の様な一行は、領都アルタマイトの本邸に入った。 王都の本宅とは又別の意味で、威容を誇るアルタマイトの本邸。 白亜の豪邸の車寄せに煌びやかな馬車群を待つ本邸の使用人たち。 執事長であるセバスティアンが深く腰を折り、馬車群の到着に備えている。


 馬車の車窓からそれを見つつ、その隣で凛とした表情を浮かべ、頭を垂れず真っ直ぐにこちらを見詰めている一人の少女が居た。 艶やかな茶色の髪が日の光を反射しキラキラと輝いて、深い緑色の瞳には強い意思の光を秘めた少女だった。





「母上…… エルデでしょうか」


「……そのようね」


「随分と…… 大人びた雰囲気ですね」


「王都より大勢の教師を派遣しました。 彼等の評もすこぶる善き物では有ります」


「『田舎の王女様』……か」


「えっ?」


「いや、なんでもありません。 さて、到着したようです」





 少女の表情に、辺境の女性達に似た強い色を見出したエオルドは、少々不快感を感じた。 嫋やかで、男性に護られる女性が、王都では善き女性の理想と云われる。 が、目の前で待つ少女は、学習院で見た辺境の令嬢が如く、強い光をその瞳に宿していたからだった。



 遠く離れ、ほぼ一人で暮らしてた自身の妹との再会は…… 



         善きモノでは無かったと、その時は感じていた。





 ―――





 虚空に視線を向けつつ、一人誰に云うでもなく、口の中で呟く。





 ” エルデを見誤ったのは、きっと、その強い瞳の光が有ったから…… 王都での社交とは違う、隙を見せぬ気概の表れなのだ、アレは…… それを、俺は…… もし、時が戻るのならば、ぶん殴ってでも、意見しただろう。 『よく見ろ』と。 『よく目の前の淑女を見ろ』と。 アレは…… 『エルデは、この領に於いて、掛け替えのない人なのだ』と…… そう、云い聞かせただろうに。 俺は、愚かだったのだ。 何が首席ぞ。 何が秀才ぞ。 人を見る目がどれ程無かったか…… しかし、俺は知ったのだ。知ってしまったのだ。 だから…… 必ず…… ”






 エオルドの瞳に『 執着 』の光が灯る。



 学習院で秀才と呼ばれた男の脳裏に術策が紡ぎ出され検討され始める。



 『失ってしまった至宝を手に取り戻すのだ』と。









    ―――― そう、自身に言い聞かせながら。 








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― 新着の感想 ―
気持ち悪いと思う人ばかりですが、ちゃんと自身の至らなさを知りそして優秀な人材を得たいとする優秀な跡取りと感じます。 ちゃんと領地の従僕達たちの能力も認められるしね。 残念なのは主人公が得た「来るであろ…
アホやな。過去ばっか見てないで前向けよ。
ストーカーですね
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