六ヵ月と四日目
―――― 今日は、私の『誕生日』!
とても、とても、待ち遠しかった。 十二歳に成るのよ。 第一成人を認められる、十二歳に成るのよ! もう、嬉しくって嬉しくって。
普通の人だったら、まぁ、誕生日も嬉しいだろうけど、それほどでも無いかな。 けれど、私にとって今日の日を迎え、そして十二歳まで恙なく領都教会に居られたと云う事は、何にも増して幸運だったの。
だって、十二歳に成れば、私の実父であるグランバルト男爵閣下が領都教会と掛け合って、捥ぎ取った権利が行使できるから。
面識も無く、何の権利の継承も認めず、認知すら出来ていないけれど、グランバルト男爵は領都教会との間に、金穀を持ってとある約束事を取り決めていたわ。
それが……
” 我が娘が十二歳となり、第一成人と成る時、領都教会の『第三位修道女』として、任命する事 ”
なのよ。 継承権諸々は全てヒルデガルド嬢が持っているけれど、此処での取り決めは、あくまで 『我が娘』 グランバルト男爵の認識では、我が娘とはヒルデガルド嬢なんだけれども、彼の死後それは妖精様に否定され、私が男爵家の『娘』として教会では認知されているわ。
それでね、幾ら死者とは言え、貴族との約束事…… 金穀を対価に締結された約束事を反故にする事は、神の家たる領都教会の上層部はしては成らない。 よって、『彼の娘』である私は、本日をもって、『第三位修道女』に任命されるの。
やったね! これで、名実ともに貴族の娘から、教会の修道女にその籍が移る。 もう、貴族の誰かからいきなり引き取るなんて言われても、おいそれとはそれは実行できなくなるの。 だって、教会の籍に居るモノを貴族家に引き取る際には、とんでもなく煩雑な手続きが必要だし、その上、引き取られる者が了承しない限り実行に移せない。
ははは! やっと…… やっと…… あの悲惨な『死に様』からの脱却が完了したのよ!!
これを喜ばずして、何を喜ぶと云うの? 神様、感謝申し上げます。 私の心の平安を護って頂き、感謝の祈りを此処に捧げます。
―――――
――― 第三位修道女 ――――
どの教会でその任を受けても、その者は教会の籍に入り、神様に仕える修道女に成ると云う事。 一番低い階位では有るものの、紛れも無く修道女である事に違いないわ。 まぁ、日々の暮らしは変わりないけれど、顔を出せる場所が増えるって事。
さらに言えば、『特例』としてって所が一味違うのよ。
さらっと言えば、グランバルト男爵様が愛娘であるヒルデガルド嬢に対して、並々ならぬ愛情を向けていたって事。 『第三位修道女』はその名の通り通常最下位の修道女ではあるけれど、この領都教会の女子修道院では少々事情が異なるのよ。
領都教会が、曰付き貴族家の淑女を、一時避難的に女子修道院に収容し、彼女達の『悪評』が収まるまで預かっているのがその理由ね。
我が儘一杯に育った貴族令嬢がそれまでの待遇から一気に修道女へと成れるわけ無いもの。 周囲を侍女侍従に取り囲まれ、上げ膳据え膳、身を清める沐浴も侍女の手を借りなくては成らない様なそんな生活から、清貧を旨とする聖修道女に成れるわけなんかないモノ。
それに、女子修道院に収監されるって事は、外の世界との隔絶を意味しているの。 詰まるところ、女子修道院から外には出られなくするって事。 反対に云えば、外の人達もその令嬢に何かの行動と起こす事はほぼ無理筋。
修道院には修道士も居るんだし、なんならその人達は修道院の規律と安寧を護る為に神官騎士って役目も与えられて日々鍛錬に勤しんでいるんだしね。
そんな護られた『聖域』の中に入るには、それ相応の対価を積む必要が有るのよ。 此処に居れば、相当な立場の人しか、中の令嬢には会う事すら出来ないんですものね。 いわゆる『虫よけ』が出来るのよ。
でもね、それはあくまで十八歳以上の女性貴族に対する対処。 それ以下ならば、たとえ貴族の娘とは言え、『修道女』には成れないのよ。 半面、未成年の貴族女性でも、色々な柵やら本人の行動やらで、どうしても、貴族社交界から隔絶を余儀なくされる方もいらっしゃる。
その対応として、領都教会が用意した『地位』が、特例の『第三位修道女』ってわけね。
十八歳未満の貴族の女性で、尚且つ十二歳以上の方限定で、『特別』に認め任じる階位って事。 それには、大層な金穀を積まねば成らないのは、まぁ、知っている人は知っているわ。 貴族の中では、十八歳未満の未成年で問題を起こしそうな令嬢は、まずは学習院への入学と、彼の地の教師の方々の教育手腕に任し、それでもダメなら…… って事ね。
グランバルト男爵様は自身の命運と、仄かな期待を込めて愛娘ヒルデガルド嬢を、その筋では有名なリッチェル侯爵家が治める御領の教会に預ける事にしたのだと思うの。 さらに、十二歳になれば、悪い虫が近づけなくなるように、彼女を『第三位修道女』にするってところまで決めておられたみたい。
……つまり、仄かな期待って云うのは、相当に高い身分の方の力添えが有ると期待していた?
誰かな? まぁ、でも、私には関係ない人よね。
ヒルデガルド嬢と違って、私にはこの領の人達としか面識ないもの。
たとえ、グランバルト男爵様の思惑が奈辺に有ろうと、今は私がグランバルト男爵様の遺児として、教会の孤児院では認識されているし、院長様もそのように取り扱うとしているの。 だから、男爵様の意図はどうあれ、領都教会は結ばれた『誓約』は真摯に実行するだけ…… って事らしかったわ。
私にとって、とても有利な事に成っていたの。
だって正規の方法で修道女に成るには、十八歳に成るまでは堂女扱いの儘で、正式に神籍に入るのは、それまで待たなくては成らなかったんですものね。
まぁ、それでも、立場的には堂女とほぼ変わらないし、私だって今までの生活を変えるつもりはサラサラないもの。 私がそのつもりなら、教会からは、堂女仲間のリーダー的に扱われるかも? くらいだしね。
――――
誕生日の素敵な贈り物として、私は小講堂で『第三位修道女』としての任を受けることに成ったわ。 その階位を授けて下さるのは、何時もなら『導師』の方。 何回か正式な修道女への任を与える儀式のお手伝いをしたことが有るからそれは知っていたのよ。
私もそうなんだろうなって思っていたら、思わぬところから横槍が入ってきてね、なんか上層部で喧々諤々の議論が有ったそうなのよ。 私には知らせない所が、また何と云うか…… まぁ、小さな世界だから、うっすらと暈しながらも、仲間の堂女から聞かされていたの。
なんでも、教会としては『特別』な任である為、それなりの人に『導師』を勤める様に促したかったらしいわ。 それで、白羽の矢が立ったのが、ジョルジュ=カーマン導師。
そう、例の導師様よ。
嫌がったみたいね。 曰付きの私如きの『導師』と成るのは、精霊様の御顕現を促し『託宣』を得た誉有る『導師』にはふさわしくないって。 驕慢に傲慢にね。 揉めたらしいのよ。 でもね、そんな中、薬師院の大聖女様が一喝されたらしいわ。
「カーマンの様な小物が、あの子の導師? ふざけるでない。 そんな弱弱しい加護であの子の導師が務められる訳は無い。 私がしましょう。 あの子の『導師』たるには、それに相応しい『精霊力』が必要です。 かつて、王都大聖堂で『大聖女』だった、わたくしならば、その任に応えられる事でしょう」
まぁ、上層部は真っ青になったのよ。 廃聖女とはいえ、王都大聖堂の元大聖女様が、孤児の私の導師を務めるなんて、前代未聞よ。 ジョルジュ様がゴリ押しで拒否された事を、大聖女様がゴリ押しで自分がするって云うんだもの。
すったもんだが有ったと聞くわ。 双方とも聞く耳を持たなかったらしい。
それで、私の導師様は……
ええ、薬師院の大聖女様が務められる事になったの。
小講堂でお待ちしていたら、大聖女様がそれに相応しい装束でお出ましになって、本当に唖然とした。 光り輝く大聖女様が、私に『第三位修道女』としての証を授けて下さった。
そして、小講堂に居た皆に云うのよ。
「この者は、わたくしの業を受け継ぎし者。 人への慈愛深き者。 我が力をこの者に譲り渡す」
畏れが胸に湧き上がる。 何よりも、コレが大聖女様の『善意』なのだから。 大聖女様は胸の前に手で輪を作り、その中に精霊様への祈りを込める。 眩い光がその輪の中に浮かび上がり、やがてゆっくりと大聖女様の前に膝を突く私の額にスッと入ってくるのよ。
「善き哉。 精霊様もお慶びのよう。 より信心を深く心に刻み、精進を重ね、善き聖修道女を目指さん事を」
「有難うございます、大聖女様」
「うむ、これにて儀式を終える。 皆、ご苦労であった」
にんまりと大きく笑みを浮かべる大聖女様。 周囲の聖修道女様方も、仲間の童女達も、一様に笑顔を浮かべて祝福してくれたの。
孫に祝福与えて喜んでいる、お婆様……
そんな、感じて見られていたって事は、まぁ、否定できない事実でもあるのよね。
これで、私は、正式に神籍に入った。 もう、だれも、私の意思を無視して、私をどうこうする事は出来ない。
それが……
それが、何よりの誕生日の贈り物だったの。