1日目
こんにちは。社畜ことめくるめくです。
社会はクソだ!
という訳で出勤までの息抜きです。10話で終わります。
白く濁ったこの恋を、の方もちゃんと進めたいと思っておりまする
「一緒に君の色を取り戻そうよ」
女は俺の目を真っ直ぐ見ながら、高らかに宣言した。
何を言ってるんだと一蹴したくなるようなその発言に、俺はつい笑みを浮かべてしまう。
「はっ、家もないくせに?」
「そ、それはぁ……って今関係なくない!?」
頬を膨らませて抗議してくる彼女だが、すぐにいつもの調子に戻ると、突然俺の頭をクシャクシャと撫ではじめた。
「ちょ、やめろって」
「まぁまぁ、お姉さんに任せなさいっての」
いたずらっ子を宥めるような声音に、今度は逆に俺がバツの悪そうな顔になってしまう。
「わかったよ。まぁ期待してねぇけど」
「うんうん、よろしい」
女は満足げに頷くと、再び俺の横で歩き始めた。
俺はそんな彼女を追い越さないように歩幅を合わせながら歩く。
これは世界から色を失った俺と、ホームレスの女が出会った、たった7日間の出来事である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「起立、礼」
6時間目が終わった15時30分頃、いつもの号令と共に1日が終わる。
1日と言ってもまだ夕方ですらないのだが、色のない世界に生きる俺にとっては、陽が沈むまでが外で活動できるタイムリミットだ。
色のない世界に生きる、とか格好つけて言ってみたが、ただ単に色を認識できないだけだ。
昔起きた事故の影響ではあるのだが、脳に障害が残ったというよりも、心身の負荷が1番の要因だそう。
ぶっちゃけあまりにも昔の話なのでもう吹っ切れているつもりなのだが、未だにあの時の場面が夢で鮮明に出てくることがある。
その時はいつも決まって俺の名前を誰かが叫ぶのだ。
幼く、必死な声で。
鞄を持って席を立つと、前の席の男がこちらを振り向いた。
「今日ボウリング行かね?」
「悪い、今日買い物してご飯作らないといけねぇから。また今度な」
「あー、そりゃ残念。ま、しゃーねぇな」
こいつは真鏡蒼真鏡蒼同じクラスになってからよく話すようになった。
こいつの周りにはいつも大勢の人がいる。しかし何かと俺に絡んでくるのだ。
一度「なんで周りにあんなに人がいるのに俺に絡んでくるのか」と聞いたことがある。するとあいつは首を捻った。
「……すまん、答えにくいよな」
俺が謝ると真鏡は呆けたような表情になり、突然ケラケラと笑いはじめた。
そんな様子に俺はイラッとしたが、真鏡は呆れたように呟く。
「仲良くするのに、理由とかいるか?」
そう言って再びケラケラと笑い始めた。
今思えばこいつらしい答えだなと思う。いつも周りには人がいるが、それに流されず自分のやりたいことを突き通す。
それが真鏡蒼という男なのだ。
「じゃ、また明日な。断ったお詫びになんか奢れよ」
「横暴すぎんだろ……」
「冗談だ」と、あの時と同じようにケラケラと笑いながら教室を出て行った。
はぁ、とため息をついてから、真鏡の後を追うように教室を出た。
下駄箱では、下校する人やこれから部活の人が慌ただしく行き来している。
さて、帰ってご飯を作ってから何をしようか。小説の続きでも書くかな。
俺は最近始めた小説の執筆にハマっている。
と言っても書いたものを小説投稿サイトに投稿しているだけなので、ただの趣味だ。
密かに将来は小説で食っていければ、なんて思っているのは事実なのだが。
色を白と黒でしか判別できない俺にとって、普通の職業につくのは難しいと思う。普段は特殊な眼鏡をかけているが、色を判別できるようになるわけではなく、太陽の光などで視界が白くなりすぎないようにするためのものだ。
最初は苦労したが、もう10年以上経つと慣れてくるのは必然と言える。
俺は帰り道にあるスーパーに立ち寄り、買い物を始めた。
さて、今夜は何を作ろうか。
そう息巻いたものの、何だか面倒になってカレーに決めた。
俺はレジに並びふと横を見ると、メロンパンを見つけた。
まだ夜ご飯までは時間があるし、小腹も空いたから食べながら帰るか。
そう思ってメロンパンを買い物カゴに入れ、会計を済ませた。
帰り道、徐々に陽も落ちてメガネをかけずに済む時間帯。俺は途中人通りの少ない道を通りながら、メロンパンの袋を開けた。
そしてそのメロンパンにかぶりつこうとしたその時
「ねぇ君、そのパン私にちょうだい」
俺は突如妙な女に声をかけられた。
どこの学校かわからない制服を着ており、スカートはやたらと短い。
こんな制服の学校この辺にあったか?と思っていると、その女は笑みを浮かべながら俺に右手を差し出してきた。
「いや、今から食うんすけど」
そうは言ったものの、満遍の笑みを崩さずに右手を差し出してくる。
「ちょーだいっ」
こいつ聞いてねぇ。
本来であれば素通り、もしくは急いで引き返せばよかったのだが、なぜか俺はそのパンをその女に渡していた。
「ふふっ、素直でよろしい」
女は俺からメロンパンを受け取ると、嬉々として齧り付いた。
「んーっ美味しいっ!」
女は、まるで久しぶりの食事なのかと思うほど夢中で齧り付いている。
変な女に捕まったな、と己の境遇を嘆いていると、女はあっという間にメロンパン平らげていた。
「はぁー美味しかった!ありがとね!」
「いや、別に……」
「明日からもよろしくね!明日もメロンパンがいいかなぁ」
「……はい?」
思わず呆けた声が出てしまったが許して欲しい。
なぜ俺は明日もパンをこの女に貢がなければならないんだ。
咄嗟に断ろうとすると、女は突如俺に覆いかぶさるように抱きついてきた。
「ちょっ!何してんだ!」
「むふふー。良いではないか良いではないか」
無理矢理引き剥がそうとすると、後頭部付近から「カシャ」という音が聞こえた。
なんだ?と思っているとすぐに女は俺から体を離した。
「はい、証拠ゲットー」
「何のだ」
女は俺に携帯の画面を見せてきた。するとそこには俺の後頭部と、女の驚愕した顔が写っていた。
それはまるで俺が女に抱きついているかのように。
「というわけで、これからメロンパンよろしく!」
「どういうわけだ。こんなもん俺の制服の指紋を取ればお前が手を回して抱きついてることもわかるだろ」
そんな俺の反撃に、女は悔しがる素振りも見せず不敵な笑みを浮かべた。
なんだ?と思った瞬間女は口を開いた。
「赤く赤く血潮に満ちたこの身体。千を超え、万を超え、無限の刃が「だぁー!ちょっと待てわかったから!」むぐむぐ」
咄嗟に女の口を塞ぎ、それ以上口を開けないようにする。
「お、お前なんでそれを……」
「ふっふーん。昨日君が帰り道にぶつぶつ呟いてるのが聞こえちゃったんだよねぇ」
不覚。
俺は今度異世界ものの小説に挑戦しようと、かっこいい詠唱を考えていたのだが、まさか聞かれていたとは。
てか改めて人の口から聞くとダサすぎだろ。
ニヤニヤしている目の前の女をぶん殴りたくなったが、そんなことをしても俺の両手に輪っかが嵌められるだけだ。
女はコンクリートの段差に腰掛け、右隣をポンと叩いた。
「ま、座りなよ」
俺は言われるがままに少し距離を取って腰掛ける。
「で?」
「で、って?」
「何が目的だ」
「目的なんかないよ?ただたまたま君が目の前にいたってだけ」
さも当然かのように言い放った女は、楽しそうに足をぷらぷらとさせる。
「あ、そうだ」
「なんだ」
「名前。君の名前教えてよ」
「……柊湊」
「湊君、ね」
何故か満足そうな笑みを浮かべた女は、鼻歌を歌いながらどこか遠くを見つめている。
その時、俺はなんだか懐かしい気持ちになった。
「あ、そうだ」
「……今度はなんだ」
「私のことはアリスって呼んでね」
「アリス?ハーフか何かなのか?」
「ううん、純日本人だよ?」
「ふーん、まぁ最近は外国人っぽい名前も珍しくないしな」
そう尋ねると、女——アリスはクスクスと笑い始めた。
「ふふっ、偽名よ偽名」
「はぁ?偽名って……なんか隠す理由でもあるのか?」
「んー、特にないかなぁ」
「意味がわからねぇ……」
そう言うとアリスはまたクスクスと笑い始める。
そんな彼女に俺は目を離せなかった。
「ま、興味ないけどな」
「あーっひっどーい!」
顔を顰めて頬を膨らませたアリスは、俺の肩を軽く小突いてくる。あざとい。
気がつくと視界が少し暗くなっていることに気づいた。
今は11月だ。陽が落ちるのも早い。
「じゃ、そろそろ帰るか」
「えぇー。んー、確かに陽も落ちてきてるしねぇ」
その返事を聞いた俺は「じゃあな」と言って再び帰路につく。
すると何故かアリスが俺の真横で歩き始めた。
「お前も家こっちなの?」
「家?んー、ないよ!」
「は?」
思わず呆けた声が出た。
「そんな驚くこと?」
「いや、そりゃ驚くだろ……」
「大丈夫!外で寝泊まりしてるわけじゃないし」
「じゃあどこで……」
「まっ、友達の家とかかな。さっ、もう暗くなるよ!帰った帰った!」
そう言って俺の後ろに周り背中を押してくる。それ以上の詮索は無用といった反応だった。
俺は諦めてカバンから眼鏡を取り出す。この時間なら問題ないだろう。
「おっ、文学少年。かーっくいー!」
せめて青年だろ……。と思ったが口にはしなかった。子供扱いされてる気しかしないけど。
「視界がモノクロにしか見えないからな。この時間はかけるようにしてるんだ」
「モノクロ?」
「そ。なんか3歳ぐらいの時に事故に遭ってな。そこから白黒でしかものが見えなくなったんだ。病院の先生曰く病気とかじゃなくて精神的なものなんだと」
ふと後ろの足音が止まったことに気が付き、振り向くとアリスが驚いたように目を見開いていた。
「おい、どうした」
「……ううん、何でもない。ごめんね」
笑顔に戻ったアリスは、再び歩き始める。その様子はなんだかさっきとは違うように感じた。
帰路を並んで歩く俺達には、すれ違う人さえいない。
人気のなく閑散としているが、俺はこの帰路が嫌いじゃなかった。
けれど今はこの閑散とした様子が少し気まずい。俺の目の話をしてからアリスがめっきりと喋らなくなったからだ。
傷を抉ってしまった、なんて思っているのだろうか。
「……ま、確かに目は不自由だが」
俺が口を開くと、アリスは目線を上げた。
「俺はあの時死んでたかもしれないんだ。失明もしてないし、むしろラッキーなまである」
アリスは再び目を見開くと、クスリと笑った。
「君、慰め方下手くそだね」
「……ほっとけ」
照れくさくなった俺は、踵を返して帰路に着こうとした。
すると袖をグイッと引っ張られ、振り向くとアリスがニコニコと笑みを浮かべている。
「なんだよ」
アリスは何か嬉しそうに、それでいて力強く俺を見つめている。
その様子に俺は目を離せなかった。
「じゃあさ」
「ん?」
「一緒に君の色を取り戻そうよ」
大きな決断を下したようなアリスの宣言に、俺は言葉を詰まらせた。
しかしそんな様子になぜか笑みが溢れてしまう。
嬉しい。そう感じたからだ。
「はっ、家もないくせに?」
「そ、それはぁ……って今関係なくない!?」
アリスは頬を膨らませて抗議してくる。俺が笑みを浮かべていると、アリスは突然ニヤリとした。
なんだ?と思う前に俺の頭にアリスの両手が伸ばされ、髪をクシャクシャと撫で回される。
「ちょ、やめろって」
「まぁまぁ、お姉さんに任せなさいっての」
いや、お姉さんって……。と思ったが、言えばまた撫で回される気がしたので、振り払うだけに済ませた。
俺は観念して両手を上げる。
「わかったよ、まぁ期待してねぇけど」
「うんうん、よろしい」
胸を張って満足気に威張るアリス。目のやり場に困るんだけどなぁ。
「あ、その代わりメロンパン頂戴ね」
「それは必須なのかよ……」
大きくため息をついた俺は、諦めて家までの道を歩き始めた。