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『さよならを言う前に』2


      2


 夜景が過ぎていきます。街の象徴めいた超高層ビルに寄り添うように、多くの企業ビルが遠くに立ち並ぶ新市街の街並み。

 ――関東再開発計画最重要都市ナユタ

 かの内乱によって壊滅した東京に代わり、この国の新たな首都として造られている街。

 最終的な構想では、世界でも類を見ない面積を有する、エクストリーム・シティ化を見据えており、そのために様々な国の企業、団体の力を借りて、今も拡大を続けている街。

 今のところの人口は、確か一五〇万人。以前の東京を顧みれば、まだまだ巨大都市とは言えまえせんが、それでも内乱後のこの国では、かなりの人が集まっている街なのだそうです。

 今現在ナユタと呼ばれている街は、大きく二つの〝街〟に分かれています。


 ――一つ、再開発計画によりあらゆる企業、団体が集合し業務中心区として発展する新市街。

 ――一つ、内乱以前よりの工業地帯であり、権利問題や住民の反対で開発が進まない旧市街。

 

 今日、新市街と呼ばれる街は今も拡大を続け、いずれは旧市街を全て再開発し一つの街とする予定なのだそうですが、それもまだまだ先の話のようです。

とにかくこの街は、国の再生の象徴として造り上げられ、第二の戦後復興を成し遂げんとする姿勢から、世界中の注目を浴びている――と、かような事をこの間テレビで言っていました。

 実を言えば、注目を浴びる理由はもう一つあるのですが、列車に乗って数十分、いまいちもう一つの〝理由〟のほうは、実感できません。

 まあ……いいんですけど。

『発車いたします。白線の内側までおさがり下さい』

 さて電車はナユタ中央駅を出発し、次なる駅へと向かっています。

 本当なら真っ直ぐ家に向かえば良いのですが、人間、ショッキングな出来事があれば腹の一つも減るものです。

 ナユタで本格的に一人暮らしをするにあたり、わたしは自宅から三駅以内の食事事情について入念にリサーチをしておきました。情報誌に載っているお店で美味しそうなところは、あらかじめ何軒か目星をつけておいたわけです。

 今日はもう、何と言うか、色々とあり過ぎましたし……。

「というわけで、いざ、ナユタ北駅」

 終点の比良野の二駅前、大型ショッピングモールが併設されたナユタ北駅に止まると、わたしは電車を降り、改札へと向かいます。

 そろそろ七時半になる頃ですが、北駅の中は大勢の人が行き来しています。スーツ姿の人もいますが、私服の人が断然多く、若い人が大半な印象です。

 どなたも、普通の人のようです。

「邪魔だよ」

「あ、ごめんなさい!」

 どうも道の真ん中でぼうっとする癖が抜けません。通り過ぎていくスーツの人に頭を下げ、わたしは歩き出します。と、左足にぐにょりとした感触が――

「んだよ、痛ってえな!」

 怖い声が聞こえました。どうやら誰かの足を踏んでしまったようです。

「ご、ごめんなさい、気付かなくって……」

 あ、これ余計だ。

「はあ!? 気付かなかっただぁ?」

 相手は男の人でした。若いお兄さん。金髪で、背が高くて、日に焼けていて、耳の形が人とは違っていました。両耳とも耳介が半ば鳥の羽になっていて、これは、たぶんキツツキのような。片方の羽には小中大と連なって金のピアスが付けてあり……これ、痛くないのかな。

 フュージョナーの人です――柄の悪い。

「そんなんで済むと思ってんのか!? クソガキがよお!」

 たちまち胸倉が掴まれて、わたしの足は地面から離れます。わー、力持ち。

「いや、あの、そのごめんなさい。こういうところは慣れていなくて。大変申し訳なかったというか……」

「何うだうだ言ってんだよ。なあクソガキ、こんなもん付けてるから人様の足踏んじゃうんじゃねえの?」

 男の手が眼帯を掴みます。左目が目蓋の裏側で疼きます。

 ……っ、この野郎!

「やめて下さい! 触らないで!」

「るっせえクソガキ! 責任取れやコラ――ッ!?」

 男の声に驚きが混じったのは、何故だったのでしょうか。

 わたしにわかったのは、金色めいた何かが男の頭を突き飛ばし、一拍置いて物凄い力で襟を引っ張られた事です。

「え? え?」

 思わず、バランスを崩して尻もちをつきます。

どうやら猫みたいに襟を掴まれているようで。

「フェンちゃん!」

 と、非難めいた女の子の声が後ろから聞こえ、

「コマ! この子お願い」

 頭の上からさらに別の女の子の声が聞こえました。

「ごめんね。ちょっと後ろに行ってて」

 襟から手を離して、すぐ傍の女の子がそう言って微笑みました。さながら金をそのまま糸にしたかのような綺麗な髪と、その間からひょこんと飛び出した斑紋のあるネコ科めいた耳。

 それに、すぐ真横にある彼女の足は、人間の足とは違う肉食獣めいた足。足先から足首までは黒い靴のようなものを履いています。

「こっち」

 背中を叩かれ、わたしはまた別の誰かに手を取られます。

 と、男の人が立ち上がりました。

「……クソが。どこのガキだ、てめえ」

「ガキはあんただろ。謝ってたのにいちゃもんつけやがって。女の子胸倉掴むかよ、普通」

「ああ? てめえには関係ねえだろ。引っ込んでろ、クソがよ。それとも何か、お兄さんに相手して欲しいのかよガキ」

「馬鹿は考える事が滅茶苦茶だな」

 獣脚の女の子が前のめりの姿勢になります。その瞬間でした。

「――よし動くな、動くなお前ら! ナユタ市警だ。動くんじゃない!」

 野太い男の人の声が、いきり立っていた空気に割って入りました。柄の悪い男が逃げようとするのを、紺色の制服を着た腕が掴みます。

 警察官さん、です。

「はい、そこまで。抵抗するな、話は後でゆっくり聞くから。そこの君達も動くなよ。蹴り入れたところも見たからな」

「げ、まじかよ」

 女の子がしまったと言う顔で、猫耳をぴくりと動かしました。

「もーフェンちゃん、だからやめてって言ったのに」

 わたしの腕を掴んでいた女の子がむうとした顔で言います。

 この子もフュージョナーです。額から生えた二本の触角に、綺麗な黒髪。背中には黄色い大きな蝶の翅が生えています。学生服を着ている、同い年くらいの子です。

 ……どうやら翅が制服を突き破って生えているように見えるのですが、これ、どういう構造になっているんでしょうか?

 いや、それよりもまず、確か、この制服――……

「君ら、三ツ花学園の子だな。面倒な事をするな。学校に知られたらどうする気だ」

 男の手を掴んでいた警官さんが、猫耳の子に言いました。

「いや、どうもこうも女の子が襲われてたら助けるでしょうが。警官なんだからそれくらいわかってよ」

「それこそこっちの仕事だ。俺は近くにいたんだから――」

 抵抗しようとするチンピラ男の腕を捻り上げて、警官さんが言います。

「ほら行くぞ。君らからも事情を聴かないといかん」

 警官さんはそう言って、わたし達に付いて来るように促します。

 ……お夕飯、食べられるんでしょうか?


 ――体のどこかに動植物の部位を持って生まれてくる人間。それが《フュージョナー》です。

 体に現れる生物は人によりけりで、魚の鱗が生えている人もいれば、カブトムシの角が生えている人だっています。

 現れる箇所も特定ではなく、たとえば角が手の甲から生えたり、髪の毛の一本が一輪の花になったり。そう、さっきのキツツキの羽が耳から生えた人など、現れる部位と現れる箇所は対応しません。

 今現在、この地球上でフュージョナーと呼ばれる人は、だいたい人口の四割ほど。

 そして、このナユタ市は、世界でも有数の『フュージョナーとの共存(共同生活)』を主眼に置いて造られた街なのです。

そう、これこそが、世界がナユタに注目するもう一つの〝理由〟です。まあ、さっきの北駅や電車の中を見る限り、フュージョナーの方の姿は少なかったので、共同生活もなかなか一筋縄ではいかないようですが。

「いやー参った。蹴り一発でえらい絞られてしまった」

 ナユタ北駅のショッピングモールの中を歩きながら、猫耳の子が頭を掻きました。

「当たり前でしょ。毎回毎回ああいう人に絡むのやめてって、いつも言ってるのに」

 その言葉にむーっとした顔で、蝶の女の子が噛みつきます。

「まあまあ、おかげでわたしは助かりましたし。ありがとうございます」

 道行く二人に、わたしは改めて頭を下げました。二人が立ち止まって、振り返ります。

「ああ、いえ。いいの、別に。フェンちゃん、ああいうシチュエーションになるとすぐ飛び込んじゃうから。ヒーロー願望が強いの」

「な……っ、別にそういう問題じゃないだろ! 女の子が襲われてたら助けに入るのは常識!」

「はいはい」

 蝶の女の子はそう言って、ゆるやかに立ち止まりました。

「まだ自己紹介してなかったね。私は北園(きたぞの)(こま)(くさ)。コマって呼んで」

「あたしは芳崎(よしざき)フェンネル。まあ、好きに呼んでくれよ」

「あ、はい。あの、わたし、咲分花桃です。……あ、わたしも花桃でいいです。よろしくお願いします」

 慌てて自己紹介を返して、わたしは頭を下げます。

「あいよ。よろしくな、咲分さん」

「よろしくね、花桃ちゃん」

 お二人はそう言って笑ってくれます。

 良かった。今日は色々な人に会う日ですが、どなたも良い人そうです。

 普段はあまり初対面の人に慣れ慣れしくしないわたしですが、ひとまずお二方を名前でお呼びましょう。心の中で。

「それで、お二人のその制服、三ツ花学園のものですよね?」

 ボタンが四つ付いた紺色のブレザー。胸元に、一年生である事を表す白ナデシコを象ったピンバッジ。どうやら同い年のようです。

「あぁ。やっぱり目立つよねえ、この制服」

「花のピンバッジ付けている高校生、そうはいないもんなー」

 フェンネルさんはそう言ってけらけらと笑います。長く豊かな金髪は染めているのではなく、どうやら生粋のブロンドのようです。ちょっと背が高くて、どことなく、島の先輩方を思い出します。

「花桃ちゃんはナユタに住んでいるの?」

 駒草さんが覗き込むように、わたしに言います。大きな瞳に見つめられると、ちょっとどぎまぎします。可愛らしい顔に大きな翅とぴょんと伸びた触角は、さながら絵本に出て来る妖精のようです。

「ええ、まあ、住んでいるというか、今日から住み始めるというか」

「うん? 引っ越してきたの?」

 そう言ったのはフェンネルさんです。

「ええ、来週からこっちの学校に通うんです。ええと、三ツ花学園に」

「「おー!」」

 二人が声を揃えて歓声を上げました。

「いいね、同じ学校じゃん! ひょっとして、同じ学年?」

「はい。一年生です」

「「おおー!!」」

 再び二人の声が重なります。

「いいね、いいねー。 同じクラスだったら面白いんだけどなあ」

「あ、あたしらさ、学校じゃお助け隊みたいな部活やってるから、何かあったらいつでも言ってよ」

「お助け隊?」

 ちょっと意味が取れません。一体どういう部活なのでしょう。

「そうそう、《相談部》って言って、学校の皆の悩み事を聞いて解決しようって部活。まあ、あんまり活動してないんだけど……」

 話を聞くだけだと何やらかなり大変そうな部活です。

「花桃ちゃん、知ってるかな。うちの学校、今年からフュージョナーの生徒を入学させる事になったんだよ。で、普通の人との共学だと色々と悩み事も出て来るでしょ? そういうケースに柔軟に対応するために、生徒が気軽に相談できる部署を置こうって話になったんだって。それで出来たのが、相談部ってわけ」

「……大変な事になるのがわかってるなら、最初から共学にしないほうが良かったんじゃ」

 うーん、と顎に人差し指を当てて、駒草さんは考えるような素振りを見せます。

「まあ、そうだよね。でもさ、この先社会に出たら普通の人と暮らす世界に入っていくわけじゃない? そういう時困らないように、今から共同生活をやっていこうって考えみたいだよ、学校は」

 なるほど。まあ、わからなくはないです。今は、フュージョナーとして生まれてくる人も増えているそうですし。何より、ナユタもまた、そういう目的で造られた街ですし。

「ていうか咲分さん、変な時期に転校になったね」

 男の子みたいに鞄を担いで、フェンネルさんが言います。

「まあ何か事情はあるんだろうけど、五月に転校って、前の学校に通い始めてからすぐに転校って事じゃん? 何、ご両親の都合か何か?」

「ちょっとフェンちゃん、いきなり失礼だよ」

 駒草さんが怒ったようにたしなめます。

「いえ、気にしてないですよ。両親の都合ではないんですけど、実はわたし、今年の初めまでずっと体調を崩してまして……。それでまあ、ちょっと半端な時期でも編入出来る学校を探していたら、見つかったのが三ツ花だったんです」

 おおよその事情を、わたしは二人に説明します。

 話していないところはありますが、嘘は言っていません。

「そっか。大変だったんだね。ごめんね、変な話させちゃって」

 フェンネルさんが申し訳なさそうに言います。

「お詫びと言っちゃなんだけど、どう? お腹も空いたし、そこでご飯食べていかない?」

 そう言って、フェンネルさんは親指ですぐ傍のファミリーレストランの看板を指します。

 行こうとしていた店とは違いますが、せっかくこれから通う学校の生徒さんと出会った事ですし、食事を御一緒するのもやぶさかではありません。

「はい。喜んで」

 わたしが頷くと、フェンネルさんはにっこりと笑って言いました。

「ドリンクバーくらいなら奢るよ」

 そこはメインディッシュじゃないんですね、フェンネルさん。


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