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第1話 かわいそうな妹

「ねえ、あのシモン様から頂いた薄紅色のドレスを出してちょうだい」


「しかしフロレットお嬢様、まだご無理をされてはお身体が……」


「いいのよ。せっかくシモン様がお見舞いに来てくださるのだもの。少しでも可愛いと思っていただきたいの」


「それは……ええ、かしこまりました!」


 私から右脚の自由を奪ったあの馬車事故から、はや二ヶ月。ようやく寝台から身を起こせるようになっていた私は、身体中がひきつれるような痛みをこらえ、なんとか立ち上がりました。


 幸いなことに早期に治療呪文の恩恵を受けることはできましたが、それも万能なものではありません。呪文でいくら治癒にかかる時間を速められたとしても、一度失ってしまったものは取り戻せないのです。


 それでも私は三人の侍女たちに抱えられるようにしながら、時間をかけて久方ぶりのドレスに袖を通しました。


 それというのも、私が事故にあってから初めて婚約者であるシモン様が訪ねていらっしゃるからなのです。はやる心でようやく着替えを終えた私は、ふうっと深くひと息ついてから、ソファーに腰かけ彼の訪れを今か今かと待ちました。


 しばらくして。騒がしくなった外の様子を確認した侍女が、シモン様の訪れと、まずお父様にお会いになっていることを告げました。


 訪問先ではまず当主への挨拶からというのは、この国の貴族の慣例です。私は背筋を伸ばしてお待ちしていましたが、しかし一向に婚約者様はいらっしゃいません。


「お嬢様、ご気分がすぐれないのでしたら、一度お休みになられてはいかがでしょう」


 私の顔色の悪さを心配した侍女が、とうとう口を開いた……その時です。私の部屋を訪れたお父様は、どこかうかない顔をして、こうおっしゃいました。


「フロレット、少し話があるのだが」


 シモン様は? いらっしゃらないのですか? ──そう問いたいのをぐっと我慢して、私は従順にうなずきました。


「はい、何でございましょう」


「ローベ伯爵令息との婚約関係についてだが、このたび解消される運びとなった」


 じっとその顔を見つめたまま、私が何も言えないでいると。どこか気の弱いところのある父は少しだけ困ったような顔をして、まるで言い訳をするかのように言いました。


「その、お前が悪いわけではないのだよ。ただローベ伯爵は、代々外交の任を拝命しておる家柄なのだ。その脚では度々の外遊に同伴するのは辛かろうと、ご配慮頂いてのことなのだよ」


 父はそう言いますが、シモン様ご自身がここにいらっしゃらないということは、つまりはそういう事なのでしょう。


「かしこまり……ました」


 私はそう小さく言うと……ただ父に顔を見られないようにと、深く深く、頭を下げました。


 そう、あの事故は……右脚だけでは飽き足らず、私の婚約者までをも、奪って行ってしまったのです。



 *****



「ああフロレット、貴女はなんてかわいそうなのかしら! 悲惨な事故にあっただけでなく、婚約者に捨てられてしまうなんて!」


 あの婚約解消の一件以来。私のただひとりのきょうだいであるベネットお姉様は、ことあるごとに私に向かって「かわいそう」と口にするようになりました。


「男なんてしょせんは皆あの男と同じよ。だからもう二度と婚約なんてする必要はないわ。でも安心してね。お母様のぶんまで、わたくしが一生貴女を守ってあげるから」


 幼い頃に母を亡くした私にとって、姉はほとんど母親代わりの存在でした。姉はもともと、とても面倒見の良いひとだったのです。


 そんな姉は不自由な身となった私に、かいがいしく世話を焼いてくれました。しかし一日中付きっきりで「かわいそう」と何度も言われ続けていると、気が滅入ってきてしまうのです。


 それでも初めは、仕方のないことだと思っておりました。確かに自分ではできないことをやってもらっているのだから、「かわいそう」と言われても仕方のないことなのだと。しかし――


「まあっ、フロレット! 部屋を出て一体何をしているの!?」


 ある日、侍女に付き添われて屋敷の廊下を少しずつ歩こうとしていると、血相を変えた姉に呼び止められました。


「そろそろ歩行の訓練を始めなさいと、お医者様に言われているのです」


「でもまだ痛みがあるのでしょう!? それなのに歩けだなんて、お医者様もなんとひどいことをおっしゃるのかしら!」


「お姉様、大丈夫ですわ。もうほとんど痛みはありませんの」


 私は笑顔で応えましたが、しかし姉は怒りの形相で、有無を言わせぬよう首を横に振りました。


「ダメよ! 昔から貴女は何でもすぐに我慢して、大丈夫だと強がってしまうことを私はよく知っているのだから! 訓練など、まだまだ先でもいいでしょう? そんな無理をしなくても、私がいくらでも助けてあげる。だからゆっくりゆっくり……ね?」


「でも……」


「ねぇフロレット、いい子ね。お部屋に戻りましょう?」


「……はい」


 助けてもらっている立場の私に、反論などできるはずもありません。私はそう小さく答えると、黙って部屋へと戻りました。


 そんなやり取りが続いていたある日のこと。私はとうとう耐えられなくなって、姉に言いました。


「私のことは侍女たちも居てくれますから、付きっきりでなくとも大丈夫ですわ。たまにはお義兄様とごゆっくり過ごされてはいかがでしょう」


「あら、あんな人どうだっていいのよ。たったひとりの妹が不自由しているというのに、姉の私がお世話をしてあげなくてどうするの!」


 姉はそう強い口調で言い放つと。一転して私の頭をゆるりと撫でながら、口角を深く吊り上げて言いました。


「ああなんてかわいそうなフロレット。わたくしが必ず、貴女を守ってあげるからね……」


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