生まれる前から決めていました
レオナールとの会話が済んだと見て、双子のヤヌスがクリスを挟んで寝台の上にのる。
「クリスぅはやくごはん~」
「暇だったから小麦挽いておいてあげた」
待ちきれない、と言わんばかりに両方向から腕を引く。
レオナールは、イブの言葉に目を眇める。
餌付けされているのは知っていたが、まさかまんまと手伝いまでさせられていたとは。
クリスが居ないのに粉を挽けるのだから、今まで一緒に作業をしていたのだろう。それがいつごろからなのか分からないが。
ちゃっかり労働力を手に入れているあたりが厚かましいクリスらしいと言えるが、お前はそれでも私の使い魔なのか、とぼやきたくなる。
低級魔とは言え、一応ヤヌスは闇の眷属である。
ため息が出そうになるが、あえてそれをこらえるように飲み込んだ。
ヤヌスのお手伝いとやらも、結局のところ暇つぶしだと分かっているから。
「待って待って、両方から引っ張られたら起き上がれないよ」
クリスがそう言うと、心得たとばかりにアダムとイブは猫の姿に戻った。
腕が開放されて、クリスは寝台の上で起き上がる。
「スースーする……そうか、背中を引っ掻かれちゃったからか」
寝台から身を起こした事で導士服に穴があいているのがわかったようだ。
「ご主人様、新しい服が欲しいです」
いつものようにあざといお願いポーズを決めてくるが、既に青年になり、それなりに雄の体躯を持った男がそんな事をしても可愛いどころか奇妙なだけである。
だが、教会の間違った教育のせいで、いつまでたっても身に付いた少女的行動が抜けない。はっきり言ってバカだ。
「わかった、脱げ。作ってやる」
「はいッ」
クリスが犬であったなら、そのしっぽはブンブンと回転しているだろう。
それくらいにご機嫌な様子で導士服を脱いでいる。
人間ならば一から寸法を計り、布地を切り、縫い合わせると言った作業が必要だが、人外であるレオナールの手に掛かれば、魔力を使って服を仕立てるくらいは造作もない事だった。
今まで着ていた導士服を綺麗に繕ってやることも出来なくはないが、汚れを取り、薄くなった布地を元通りの強度にし、かつ部分的に修繕するよりも、一から作った方が簡単なのだった。
導士服を脱ぎ、下着姿になったクリスは寝台の上で立ち上がった。
そして ――― ゴッ
盛大に天蓋に頭をぶつけた。そのまま頭を抱えてしゃがみこむ。
「いたー」
「お前は……デカいんだからわかるだろう」
「ちょっと考え事をしていました」
「考え事、ねぇ」
呆れ顔でクリスを見つめる。
「ご主人様、もう一つお願いがあるんです」
「なんだ」
「私と結婚してください!」
旅先から帰宅してそのままだったため、白いパンツに足元は黒いショートブーツというとんでもない格好で、キラキラと目を輝かせてあざとい ――― 以下略の状態で自分を見上げて来るバカに侮蔑の視線を投げかける。
頭をぶつけてどこかおかしくなったのだろうか。
「お前、頭大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです、結構痛いです」
「ああ、結構イタイよな」
さっぱり会話が噛み合わない。
「そうじゃなくて! 私、もう浄化の能力は失ってしまったのですよね?」
「ああ。使おうとしてもおそらく発動せんだろうな。浄化を発動させる聖気が変質してしまっているから」
「ではもう、聖女のお役は務まりませんよね。つまりは! 結婚できます!」
両手をグッと握りしめ、ブルブルと震わせながら力説しているクリスに首を傾げる。
「さっきからお前の言うことがさっぱり理解できんのだが。浄化の力を失うのと、結婚がどう繋がるのだ」
そう告げると、まだちょっと震えている気がする。
ああ、寒いのか、と得心して、レオナールは指を鳴らした。
黒い霧に運ばれて来た衣類の原料が、クリスの体にまとわりつくようにして新しい服に変わっていく。
どうせもう浄化能力もなくした事だし、教会の連中もクリスを見限って置き去りにしていったのだから導士服でなくとも良いだろう。動きやすいよう従僕姿にしておく。
寒さからは開放されただろうに、まだブルブルしている。否、もじもじしているのか。
「今まではバージンを貫かないとダメって言われていたのですけど、もうその必要はなくなりましたし、私もお嫁さんが欲しいです」
やや早口で最後まで言い切り、顔を真っ赤にして両頬に手を当てている。
「ご主人様、クリスと結婚するの?」
「ご主人様、クリスってやっぱりバカだよね」
待ちくたびれたのだろう、ヤヌスが茶茶を入れている。
「嫁が欲しいのはわかったが、私でなくとも良いだろう。村に行けばお前に似合いの若い女がいるだろうが」
「一目惚れだったんですよね~、前世から」
クリスは遠くを見るように恍惚の表情でそう言った。
その言葉に、レオナールは首を傾げる。
確かにクリストファーは繰り返す生に縛られている。だが、その歴代の者達全てが、前世の記憶など持たずに生まれていた。少なくとも、今まではそうだった。
「お前、前世の記憶なぞ持っているのか」
「いいえ?」
クリスの疑問形の返答に、双子のヤヌスが寝台の上でズッコケている。
「お城に来る前に、夢に見たんです。今のご主人様のお顔を。でも、今まで男性の姿だったから、似ているけれど違うなって思っていたんです。ご主人様と似ているのに違う女性……だから、それはきっと前世の私が愛した女性なんだって」
「仮にそうだとしても、今世は違っていても構わんだろう。それに、私とお前は種も違うしな」
「私はご主人様がいいんです! それに、三百年もこの姿なんですよ? 絶対普通の人は無理じゃないですか」
相手云々はともかく、珍しくクリスがまともな事を言っている。確かに青年の姿のまま寿命が尽きるまで生き続ける事になってしまったクリスが、普通の人間の伴侶を得るのは厳しいかもしれない。数年は良いだろうが、確実に相手は老いて行く。
「一夜限りの遊びも楽しいものだぞ? 結婚に拘らなければ相手はいくらでもいるだろう」
「そんなはしたない事はしません。私はこう見えて敬虔な信徒なんですから」
どこから突っ込めば良いかな、とレオナールはげんなりとした表情を浮かべる。
「お前が伴侶にと願うこの私は、はしたなくてハレンチの極みのようなものなのだがな」
飽きる程の享楽と怠惰は貪り尽くした。人間世界で言うところのゲスの極みというやつだ。
「神は過去の罪は赦せとおっしゃっています。ご主人様の過去は気にしません」
そう言って得意げに胸を張り、力強く拳で胸をドンと叩いた。
そして、盛大に咳き込んでいる ――― ゴッホゴッホ
ヤスヌが黒猫の姿でニャーニャーとクリスを嘲笑っている。
「神……ねぇ。千年以上生きて来た私にとってお前は赤ん坊同然だ。食指も動かんよ」
そう返して、覚めた表情で片眉を上げたレオナールに、クリスは不満そうに唇を尖らせた。
諦めきれないのか、うーんうーんと悩む様子を見せ、クリスはひらめいたようにポンと手を打つ。
「じゃあ、ご主人様と一夜限りの遊び、いかがでしょう?」
ニコニコと邪気のない笑顔を浮かべるクリスに、レオナールは盛大なため息を吐きだした。
「一夜限りの遊びは、はしたないのではなかったのか」
やっぱりバカだこいつ、とレオナールは手で顔を覆った。
黒猫の鳴き声が、ばーかばーかと響いていた。




