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霧降って血固まる

 クリスを城に連れ帰って、寝台の上に横たえる。

 無理やり意識を手放すように操作したおかげで深い眠りについているその顔は、血色が悪く青白かった。

 常なら健康で血色の良い青年であるクリスの良さは半減されている。

 ヤヌスが側にやって来て、寝台の両脇に立ってクリスの顔を覗き込む。

「ご主人様、クリス動かないね」

「弱ってるね、死んじゃいそうだよ」

「そうだな、このままにしておけば死ぬだろうな」

 このまま召されても、百年経てばまた会える。

 繰り返すよう定められた生だから、今世別れても通常どおりだ。

 だが、いい加減この堂々巡りの無意味さにうんざりしているのはレオナール自身だった。

 浄化の力を持ったクリスをあえて分類するならば光の眷属だ。人間世界で言うところの天使に近い存在だが、その魂を人間の肉体に留めているために、浄化の力を使えば自身の寿命を削る。

 その血にも浄化のエネルギーが満ちていて、相反する力を持つレオナールが贄として多量に摂取すれば、力が働いて原初の姿へと押し戻してしまう。

 元来吸血種族は自身の細胞を自由自在に操る事ができるから、性別も種族も意味をなさないものだ。

 自分が望みさえすれば、男とも女とも獣とも交わる事ができるし、膨大なエネルギーを使って地に満ちるほどの子孫を作る事も可能だ。

 だが、それをやってしまえば最期、贄の取り合いになってしまうのは目に見えているから、太古に複数存在した者たちもあえて積極的に増える事は選択しなかった。自分たちの(えさ)がなくなっては困るから。ただ、それだけの為に。

 お前の暇つぶしの為になどという綺麗事を並べてクリストファーに呪いを掛けて消えた仲間も、悠久の時の中で歪んで捻れて狂っていた。

 クリストファーに干渉し、光の力を介してレオナールにも作用するように呪いを掛けて行った。つまりは、そちらの方が本題で、クリストファーは浄化の力を持って生まれてしまったがゆえに巻き込まれただけだ。

 贄自らが城に訪れるように干渉する事と引換に、レオナールはクリストファーの血しか贄として摂取できないという呪いだ。

 浄化の力に満ちた血は、多量に摂取すればレオナールの細胞を狂わせる猛毒だからマズいのに、渇望する程に芳醇な臭気と口に含めば甘い味わいがする。

 直接首に牙など立てれば、理性が狂って本当に殺しかねない ――― クリスも、自分も。

 クリスの血がレオナールにとって猛毒なように、レオナールの血もまたクリスにとっては猛毒だった。

 それでもこのまま手を拱いていれば、クリスはこのまま死ぬのだろう。

 眠るように召される方がクリスにとって安らかなのは分かっているが、消えかけた命を繋いでやるには人間の(ことわり)を超えていく闇の力が必要だった。

 レオナールは自身の爪を操作して鋭く尖らせたあと、それを使って右手の人差し指の腹を衝く。ぷくり、と球のように浮かんだレオナールの血は、赤黒いのを通り越して黒かった。

 爪をいつもの状態に戻してクリスの口の中に差し込んで、閉じられた歯列を割る。

 そこに自身の血の浮かんだそれを差し込んだ。

 柔らかい舌に擦り付けるようにしたあと、指を引き抜いて口を閉じさせた。

 その直後、意識のないクリスの喉が、コクンと嚥下して動く。肉体は無意識下の条件反射で動いて、異物であるはずのレオナールの血はクリスの中に飲み込まれて行った。

 しばらくして、ザワ、とクリスの髪がざわめくように動く。

 太陽の光を吸い込んだように眩い金色をしていた髪は、頭頂部からその色を失って行く。

 塗り替えるように侵食したそれは、あっという間にレオナールと同じ髪色に変えてしまった。

 青白かった肌は赤みを取り戻していく。

 ピクリとも動かなかった睫毛がぴくぴくと動き、震えるようにして瞼が開く。

 開いたその瞳は、薄紫色に変わってしまっている。

 晴れた空のような美しい色をしていたのに、レオナールにはそれが少し惜しい気がする。

「ご主人……さま?」

 意識を手放す直前の事は思い出せないのだろう、婦人の姿でクリスの前に立っているから半信半疑のようだ。

「ああ」

「ここはお城ですね。連れて帰って来てくださったんですね。でも、私は傷を負っていたはずなのですが……痛くないです」

「傷を負っていたどころか死に掛かっていた。命を繋いでやるのに荒療治をしたが文句は言うなよ?」

「荒療治ですか」

 そう言ってキョトンとした表情を浮かべる。

「私の血をお前に飲ませた。ゆえにお前は浄化の力を失った。そして寿命が伸びた……おそらく三百年程」

 三百年!と驚いたように叫んだかと思うと、クリスは両手を胸の前で組み合わせて飛び起きた。

「それは、私も吸血種族になったということでしょうか?」

 三百年も生きる人間などいない。平均寿命が六十年のこの時代、有に普通の人間の五倍の生を彷徨う計算で、勝手に人外にされたというのに見上げてくるクリスは妙に嬉しそうだ。

「元の細胞が私とは異なるから吸血種族にはどうあってもなれない。普通の人間だと闇の力に負けるから、私の血など摂取すればその時点で死ぬが、お前は浄化の力で私の力を打ち消したから生きている。だが、血とは言え私の細胞の一部だから、特性の影響がでてしまう。それが、年を取らない細胞と、長い寿命だ。お前はその姿のまま三百年程生きる事になるな」

「それって素敵ですね!」

「素敵だと?」

「だってご主人様と三百年ずっと一緒にいられるって事ですよね」

 そう言ってクリスは、心底嬉しそうに笑った。


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