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人間は愛嬌です

「私を起こしたのはお前か」

 柩から半身を起こした男はクリスティーンをジロリと見上げた。

 不機嫌そうな眼差しに思わずクリスティーンは柩の前で跪き、両手を胸の前で組み合わせて頭を垂れた。

「はい。長きに渡るご無礼を謝罪し、お力をお借りしたく、お怒りは承知の上で参りました。クリスティーンと申します。お怒りをお収めいただけるのであれば、この身に流れる血の一滴までお捧げする所存でございます」

「はっ、利己的な人間の考えそうな事だ。国の上層に贄として差し出されたお前はそれで構わんのか、クリストファーよ」

 クリスティーンは男の最後の言葉に、ハッと目を見開く。

「今、なんとおっしゃいました?」

 驚愕を浮かべて男を見上げるクリスティーンに、皮肉に口元を歪ませて言葉を返す。

「今がいつかは知らんが、昔から私の元にやってくる英雄の名前はクリストファーだと決まっている。おおかた私を封印する事に成功したクリストファーが、こちらを油断させる為に女装して侵入してきたのに気を良くした人間が、お前を女として育てたのだろうが、捧げた血の味でわかる。……お前、男だろう」

 本当の事を伏せていれば、しばらくは大丈夫だと司教は言っていなかったか。

 初端からバレました、司教様、と心の中で泡を食いながら、クリスティーン改めクリストファーは額にダラダラと冷や汗を浮かべる。

「大体な、男の血はマズいんだよ。童貞(バージン)なら騙せると思ったのかもしれんが、処女(バージン)の血の味とは別物だからな? お前では贄にすらなりはせんのだ」

 男だと言う事のみならず、童貞だということまでバレている。クリストファーは顔を赤らめながら頬に両手を充てた。

 神に身を捧げた聖職者は、本来ならば姦淫は罪とされているが、この二百年の間で人口は下落の一途を辿っている。

 そのため、産めよ増やせよ地に満ちよという訳で、司教職以外は子を成して良いという事になっている。

 周りの同世代の男子達は、既に意中の女性と初体験を済ませているのは当たり前のこの時代、それを指摘されるとかなり恥ずかしい。

 浄化の能力を持っているとは言え、女ではないからもちろん聖女ではないクリストファーも、思春期の少年らしくそういう欲求も憧れもある。

 だが、悲しいかな聖女クリスティーン役に抜擢された自分は、もちろんバージンでなくてはならなかったのだ。

 そして、目の前の柩の人物はどう見ても男。これは一生童貞だな、とクリストファーは自分の置かれた状況を忘れて呑気に考える。

「えーと、では私はこの先どうすれば? ここに置いて頂かなくては帰る場所もないのです」

「いや、そうではなくて……お前、私になにか要求があって来たのだろう。自分の役目を忘れていないか?」

 クリストファーは自分に課せられた使命を指摘され、ようやくその事を思い出し、はっと目を見開いた。

 取り繕うように笑顔を浮かべ、空色の瞳を潤ませて冷たい相貌を下からあざとく覗き込んだ。

「瘴気と魔獣の侵攻で国は滅びの危機にあります……ご主人様のお力におすがりしたく存じます」

 男はその様子に一瞬で真顔になり、紅い瞳を眇めて口を開く。

「お前、割とアホだろう。そして国も相当アホだ」

 ちょっとどころか相当抜けてる気がする当代クリストファーを、男は面倒くさそうに見やってため息をついた。


――― 当代もやっかいなヤツがきたな。

 

「まぁいい、とりあえず私が飽きるまで城には置いてやる」

「ありがとうございます、ご主人様」

「お前は名前が長いから、今からクリスだ。私はレオナールでもドラクルでも好きに呼ぶがいい」

「私を愛称で呼んで下さるのですね! しかも、私もご主人様の愛称を決めても良いとは!」

 そう言って、クリスは乙女よろしく嬉しそうに胸の前で両手を組み合わせ、キラキラと瞳を輝かせた。

 何か嫌な予感がする、とレオナールは目を眇める。

「では、ドラ様と!」

「いや、お前のセンスは壊滅的だな! 私の威厳がなくなるからやめろ。そのままご主人様と呼んでおけ」

 えー、とクリスは不満を口にしながら唇を尖らせた。

 レオナールは億劫そうに柩から身を起こす。そして、まるで体重を感じさせずに柩から長い脚を出した。

「私は状況確認の為にしばらく出かけて来る。使い魔を置いて行くから、適当に過ごしていろ」

「かしこまりましたー」

 レオナールが鋭利な爪が目を引く青白い指を一つ鳴らすと、どこからともなく双頭の黒猫が姿を現した。

 黒い双頭の猫はトトト、とレオナールに近付いてきて、その足元にまとわりついた。

「ヤヌス、このアホの事は任せたぞ。部屋はどこでも適当に案内してやれ」

 ヤヌスと呼ばれた黒猫は、主人の命に応えるように、ニャーンと一鳴きした。

 そして主レオナールは目覚めた時同様、黒い霧のように霧散して姿を消した。

 その様子を呆然と眺めていたクリスは、またはっと気づいたように、

「行ってらっしゃいませ、ご主人様」

 とすでに現象の収まった部屋の中で頭を下げた。

「いや遅いから」

 声のした方に視線をやれば、ヤヌスが居た場所に、明らかに双子の男女の子供が立っていた。

「誰?」

「こいつ、ご主人様が言った通り、バカだな」

 と、男児が言う。

「ええ、そうね」

 と女児が返した。

「ああ、ヤヌとヌス!」

 的外れなクリスの得心に、双子のヤヌスは侮蔑の視線を投げかけた。


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