第二話 月
傾いた日が二人を照らす。
もう一日が終わろうとしている。
果てしなく広大なこの平原を、二人は横に並んで歩いて行く。
今日はあっという間の一日だったな、アリア。
色々ありがとうな。
サカが心でアリアに話しかける。
「そうだね。私もサカにたくさん助けられたよ。
特に、あの変態に会ったときね。」
ああ、あの変態スライムか。
女性ばっか狙う粘着魔法のやつな。
もう粘着魔法使えるから使ってやろうか?
(ニヤァ)
パチン!
サカのニヤけた顔がビンタによって潰されるまで0.1秒とかからなかった。速すぎる。
すかさずアリアはサカの尻に蹴りを入れる。
ズドン!
トラックが事故った時の音じゃん。
すみません、アリアさん。ってかビンタ、さっきより強くなってないか?
「そう?さっきと同じで全力だったんだけど?」
不思議そうにサカを見つめるアリアの赤い瞳。
攻撃力が上がったからか。
サカはアリアの信頼を取り戻そうと真面目に答える。
モテたい。
「心の声、聞こえてるから。キモい。」
本当にごめんなさい……
◆
ところで、夜はどこに泊まればいいんだ?
もう日が完全に落ちてしまった。俺の生活老人スタイルだから10時には寝たいんだよ。
はあ、とアリアは深い溜め息をつく。魂が全部出てきそうなくらいのやつだ。
「ついにこれを話さないといけなくなってしまったのね。」
今日見た表情の中で一番絶望している表情。
どうした。そんなに話しにくいことか?
足を止めてサカは聞く。
「うん……あのね、私たち、同じ家で寝食を共にしないといけないの。」
「だからね……」
(な、なに?同じ家で!?しかも美少女と二人きり!?やっぱり夢なのでは!?だったら全力でイチャついてやる!)
「キモっ。ガチでキモいんですけど。身の危険感じるわ。警察呼ぶよ?」
今日聞いた声の中で一番低い声。
うわっ、怖。誠に申し訳ございませんでした。
本心ではありませんが、本能でございますのでお許しください。
「やっぱり地球人は、理性も感情も未発達なのね。」
と言うアリアはどこか嬉しそうだ。
ベガ星の方々には敵わないです。
……ところで、なんで同じ家に泊まることになってるんだ?
一瞬の静寂ののち、サカが言った。
「考えれば分かるでしょ?これも船長の策略なの。
目的は『交配」』なんだから。
先に言っておくけどサカとは絶対そんなことしないからね。
強要したら殺すからね!」
アリアの表情は、体育祭のリレーの第一走者みたいに表情が引き締まっている。鬼の形相だ。遠藤憲○かよ。エンケンさん、用意、ドン。
アリアのサカを睨む目が、一層鋭くなる。
あ、これまずいな。真面目に生きた方がいいな、これ。生存を最優先しよう。
「分かったみたいだね、サカ。
行くよ。家に。」
なんでそんなに楽しそうなんだよ。
◆
ガチャッ。
広っ。俺の、家賃20,000円1LDKアパートよりよっぽどいいな。(一人暮らし一般高校生)
まさに月とすっぽんの差だ。
ねぇ。
窓際に立つアリア。
アリアが窓の外を眺めて言う。
「今日は、月が綺麗だね。」
時間が、止まる。空気が、澄む。
月が、綺麗……?
おい、それって……
「そうだよ。」
その言葉に、サカは顔の表情が引き締まる。
それって。
「それって……」
言葉が漏れる。
「私、サカのことそういう風に思ってた。」
本当なのか?アリアが俺のことを……
こんな美少女から、こんな言葉を賜ることができるとは…
「もう死んでもいいわ!」
かの二葉亭四迷の言葉だ。
「うん!そうだね!」
アリアの笑顔が眩しい。
「じゃあ俺ら、もうそういう関係でいいよな?」
「うん!もう近づかないでね!」
「……え。」
「近づくな、って月が綺麗、って言ったのに矛盾してるぞ?」
どっちだよ。
「え、月が綺麗って言っただけで別に矛盾してないよ?」
アリアは不思議そうに言う。
……どういうことか分からんけど、、、
「俺も月が綺麗だと思うよ?」
「え?私、サカにそんな風に思われることしたっけ?」
そんな風に。
「ああ、したよ。アリアは俺を何度も助けてくれた。気持ちの面でも。だから、ありがとう、アリア。一生幸せにするよ。」
得意気、といった表情でサカが言う。
「キモっ。なんで?」
「サカ、月が綺麗だね、っていう言葉の意味、知って使ってる?
何?幸せにするって。頭の中お花畑なの?それとも養蜂場なの?」
アリアは至って真面目に真面目に答える。ブーンブーン。
「養蜂場じゃねえよ。知ってるわ。つまりは、その、『あなたのことが好きです』ってことだろ?」
こっちも大真面目。
「何言ってるの?『早く死んでください』って意味でしょ?」
「さあ、早く死んでください。ねえ、さっき死んでもいいって思ってたよね?ねえ?」
ニヤニヤしながらサカの痛いところにズカズカ入り込んでくる。
「ああ、そういうことね。」
一旦落ち着こう。
「ベガでは、『月が綺麗ですね』が、『早く死んでください』っていう意味なんだな?」
「うん。」
「地球、特に日本では、『あなたのことが好きです』って意味なんだよ。そして死んでも良いって言うのは私も好きですって意味だ。」
「じょ、冗談でしょ!?」
驚いたのかアリアは窓にもたれ掛かれ、月光を受ける。
その様子はモデル並に様になっている。
「本当だ。魔法で俺の心を視ればわかるだろ?」
アリアは赤面して、いまにも蒸発しそうだ。
(か、かわいい。)
「も、もう!ちょっと待ってて!顔洗ってくる!」
慌てるアリア。
(か、か、かわいい。)
そうか、地球の人、とりわけ日本人は月を美しい女性と見ているのに対して、ベガは死神みたいなものと捉えているのか。
これが価値観の違い、か。
というかベガからも月が見えるんだな。
って地球の衛星なのに遠いベガから見えるわけないよな?
本当に見えるのか?
ガチャッ。
丁度いいタイミングだ。
「アリア、落ち着いたか?」
アリアがタオルを口元に当てながら再び窓際へと歩く。
「も、もう大丈夫。」
顔がまだ赤いから多分大丈夫じゃない。でもかわいいならOKです。
「あの、一つ聞いていいか?」
サカは、アリアに背を向けて問う。
「なに?」
「ベガから月って見えるのか?」
「……見えなくはない。」
見えなくはない?
「見えるってことだよな。」
サカは依然として背を向けている。
「多分。」
アリアの声は、いつにも増して細々としている。
「多分ってなんだよ。見えるんだな?」
「……うん。」
「も、もういいよ、月の話は。さっさと寝てまた明日に備えよ?」
「そうだな。今日は色々迷惑をかけた。また、明日な。」
サカはアリアを一瞥し、手を振る。
「うん。おやすみ。」
「おやすみ。」
月の光が二人の寝室に差し込んでいる。
月は、星によって象徴するものが違うみたいだ。
だけど、星によって、月を慈しむ気持ちは変わらないらしい。
どの星でも、「月が綺麗」というフレーズが存在するらしい。
価値観は違っても、美的感覚はもとから同じように備わってるものがあるのかな。
そう思うと、心の中の摩擦みたいなもの摩擦みたいなものが消え、安らかな気持ちになった。
その夜は、地球にいた時よりも、ずっとぐっすり眠ることができた。
サカ。
身長 174cm。
出身は地球。
17歳。
諸事情により昆布中学校在籍中。
アリア曰くブスだが、客観的に見てみると標準より少し上くらい。
髪は緑がかった黒髪。
魔法使用時は交感神経が優位になるため、家にいるときは基本的に使用しません。
とアリアが言っております。