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エルカリム  作者: Pixy
第四章 亡き王国の為のパヴァーヌ編
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第80話 『最後の一歩』

王族派の屋敷を目指し、強行軍で進む特務隊。

目的地は目前というところで、王国軍が立ち塞がる。

 王族派と接触すべく、特務隊は国境を越えてロイース領に入った。

 ここから南の屋敷を目指し、部隊は南下する。

 ジョン達の部隊が先導として敵の動きに目を光らせ、出来る限り接触を避けて進む。

 もし発覚が避けられない場合は、やはり義賊あがりの彼らが速やかに巡回兵を始末した。

(これでよしっと……)

 背後から急所を短剣で一突きにしたロイース兵の死体を茂みに隠し、ジョンはため息をつく。

 これはほんの時間稼ぎで、じきに兵が戻らないことに気付いた敵は捜索隊を派遣するだろう。

 だがその頃には、特務隊はもうここには居ない。

 王族派と合流するまでの間、敵に見つからなければそれでいい。

(正規軍ってのも、思ってたよりラクじゃねぇな)

 部下も敵兵の死体を隠し終え、ジョン達は周囲を警戒しながら後続の部隊に前進の合図を出す。

 やがて日は暮れたが、クラウスの指示通りに夜も移動を行う強行軍が実行された。

 月明かりを頼りに、特務隊はヘトヘトになりながらも南下し続ける。

 そしてナスターシャの書いたシフト通り、夜明け前に交代で仮眠と食事を摂る。

 警戒を厳にしながら、将兵達は代わる代わる湿った土の上で短い睡眠を貪った。

 発案者のナスターシャは馬に騎乗しているとは言え、やはり疲れの色が出ていた。

 そんな彼女に、見回り中のサイモンが声をかける。

「流石に辛くはないか? 君も将だ、多めに休んでも構わないだろう」

「平気です」

 こういう状況下でも、頭脳労働を行う指揮官は優先的に休ませるものだった。

 いざという時、判断力が鈍って間違った指示を出しては困るからだ。

「そうは見えないが。……何故、そこまでして?」

「主様の策だからです」

 黒いローブの下から、ナスターシャはサイモンの目を見てはっきりと言う。

 なお「何故」と問うと、彼女は淡々と話し始めた。

「私はかつて、朽ちて消える運命でした。その命を主様に拾われ、こうして生きていられます」

 ナスターシャは昔、魔法の才が無いからと師に捨てられた弟子だった。

 浮浪者となっていたところを、当時騎士団長だったクラウスに指揮の才能を見出されて拾われ、副将となった。

「この命は主様に捧げたもの。私は主様に従うのみです」

 語り口は淡々としていたが、頑として主張を曲げないという意思が感じられた。

 こうなるとサイモンも強行軍を諦める道は引っ込めざるを得なかった。

「分かった。だが悪いことは言わない、あと1時間は寝ておいた方がいい。補佐の君が倒れては、クラウス殿も困るだろうからな」

 そう言い残し、彼は部隊の見回りに戻ろうとする。

「……お心遣い、感謝します」

 すれ違いざまに、ナスターシャは小さくそう言った。

 その頃、離れた場所では仮眠を終えたジョンは部下と交代し、周囲に敵が居ないか見張っていた。

 目立つ焚き火をするわけにもいかず、マントに包まりながら地面に腰を下ろす。

 冬も近いこの季節、夜にもなると北風が冷たい。

「ジョン殿」

 そこへ話しかけてきたのは、クラウスの副将のトマスだった。

「ああ、大将んとこの……。あんま脅かさねぇでくれ、俺は気が小さいんだ」

 味方の一人が近付いていることは気配で察していたが、ジョンは冗談としてそう言う。

「すまない。少し、よろしいかな?」

 ジョンは拒否せず、ただ黙っていた。

 それを肯定と受け取ったトマスは、隣に腰掛けて話し始めた。

「この間、私の主がきつく当たっていること、申し訳なく思う」

「あんたが謝ることじゃないさ」

 携帯食の乾パンを水と一緒に噛み砕きつつ、ジョンは答える。

「クラウス様は、まだ怖いのだと思う。これまで敵として討伐してきた盗賊と、肩を並べるのが」

 ジョンはそう言うトマスの顔を横目で見やる。

「じゃあ、あんたは? 俺達が怖いのかい」

「怖くない、と言えば嘘になる。だが同じ志の下集まった仲間だ。信じたいと思っている」

 トマス達異教徒も、かつては賊と同じように忌み嫌われ、討伐隊を出されたこともあった。

 それでも貫きたい信念、信条がある。ジョン達も同じだと彼は考えていた。

「それだけ聞けりゃ上等。人を人とも思わない奴とは組めないんでね」

 賊になる前から、ジョン達のような貧民は貴族から人間扱いされなかった。

 生きるために盗みを覚え、大人になる過程でそれを生業とするまで、そうかからなかった。

「ジョン殿にも思うところはあるだろう。今はどうか、同じ部隊としてクラウス様のことも信じては頂けまいか」

 少し考えた末、ジョンは水筒の水をラッパ飲みしてからトマスに向き直る。

「ま、上からの命令なんでね。今のうちは従っときますぜ」

 彼は貴族のクラウスが嫌いで、クラウスもまたジョンのことを嫌っている。

 それでも命令とあらば手を組んで作戦を遂行しなければいけないのが、軍人の辛いところだ。

 ジョンは地べたから立ち上がり、周辺の見回りに出るため歩き出す。

「少し話せてよかったぜ、旦那」

 背中越しに右手を振ると、トマスも短く返した。


 その後も綱渡りのような行軍は続き、何とか王国軍と衝突を起こさずに目的地へ近付きつつあった。

 クラウスの決断が功を奏したか、最初3日と見込まれていた日数は2日へ短縮できた。

 兵も馬も疲れていたが、一度王族派の屋敷へ到着できれば、そこで休めるという見通しがあってのことだ。

 2日目の午前中、もう目的地のすぐ手前というところまで来ている。

 部隊の中心部で馬に騎乗し、クラウスとサイモンは神経を尖らせる。

 そこへ、斥候に出ていたジョンが戻ってきた。

「ふぅ……。何とか道を開けて来やしたぜ」

 邪魔な敵兵は全て闇討ちで静かに仕留めたが、数が多かったせいかジョンの装備はところどころ返り血で汚れている。

「目指す屋敷はこの林の先のはずだ。敵の数はどうだった?」

 サイモンは最後の一歩を強引に踏み出すべきか、慎重にすべきかを悩んでいた。

「うじゃうじゃの十倍は居やしたぜ。開けた穴はすぐ塞がっちまいそうだ」

 彼の報告を聞いて、クラウスとサイモンは顔を見合わせる。

「急いだ方がよいかも知れぬな」

 不本意だったが、クラウスはジョンの案を汲み取って林を強行突破すべきと考えた。

 後ろを振り向いて副将二人に目線をやると、まずトマスがうなずく。

「ここは行くしかないかと」

「私も急ぐべきと考えます」

 隣のナスターシャも続いた。

 ここで異論を唱えたのが、やはりサイモンだった。

「待って頂きたい。敵の規模によっては、到着前に包囲されるのではないか?」

 彼のスタンスを理解しているクラウスは、黙らせることはせずに続きを促す。

「それに、先方と示し合わせているわけでもない。急いで屋敷に着いたとて、すぐに受け入れてくれるとは限らん」

 サイモンの言葉ももっともで、彼らは本来敵国の部隊なのだ。

 周囲の将兵らは、一斉に総指揮官であるクラウスに視線を向ける。

 今この場で指揮権を持っているのはクラウスであり、彼の一言で最後の一歩をどう踏み出すかが決まる。

 重要な決断を迫られ、クラウスはしばし考えた。

(急ぐべきは確かだ。しかしサイモン殿の指摘も正しい。早く結論を出さねば、いたずらに時間を浪費してしまう……)

 すぐに彼はうつむいていた顔を上げ、決断を下す。

「よし。本隊はこの場に伏せ、少数の部隊で林に突入する! そして王族派と交渉した後、改めて本隊は屋敷へ移動せよ!」

 今はちょうど近くの丘の影に布陣しており、まだ屋敷を監視する王国軍には見つかっていない。

 その間に発見されにくい少数部隊で忍び込み、王族派との約束を取り付けようという考えだった。

「今はそれが合理的か……」

 サイモンに続き、ジョンもうなずく。

「ですかねぇ。で、俺は潜入部隊に入ってるんですかい?」

「貴様にも来て貰う。サイモン殿、残す本隊の指揮を頼んだ。私自ら交渉に向かう」

 危険な役目にはなるが、ここは総大将が出向かなければ王族派は信用しないとクラウスは考えた。

「了解した。クラウス殿、くれぐれも気をつけてな」

 交渉中、林の外で待機する本隊も将をつけなければいけなかった。

 いつ他の王国軍部隊に発見されるか分からず、緊急時に判断が下せる武将が必要だったからだ。

 クラウスは素早く少数部隊の人選を決める。

 ジョンと無名の旅団から十人程、そしてクラウス、トマス、ナスターシャの三人が率いる黒鉄騎士団の精鋭もやはり十数人。

 無名の旅団は斥候、黒鉄騎士団は全員が軍馬に騎乗し、いざとなれば強行突破する構えだ。

「時間が無い、すぐに屋敷に向かうぞ」

 クラウス率いる30人弱の部隊は、本隊を残して林の中へと足を踏み入れる。

 前もってジョンが邪魔な敵兵を排除していたため、ある程度はすんなり通ることができた。

(このまま行けるか……?)

 出来ることなら、見つからないまま王族派と接触したいところだ。

 だが味方から連絡が途絶えたことを不審に思った王国軍は、既に兵を送り出して来ていた。

 弓兵が馬上のクラウスを発見し、侵入者と判断して矢を放つ。

「クラウス様!」

 側面から飛来する矢に対し、トマスが庇うように前に出てハルバードの穂先で矢を打ち払う。

「主様、お急ぎください」

 ナスターシャはいつでも指向性防壁の呪文を完成させられるよう、準備していた。

「助かった! ジョン、貴様らは敵を食い止めておけ!」

 クラウスは黒鉄騎士団の騎兵を率いて馬で駆け出し、屋敷へと急ぐ。

 林の出口は目前のはず。馬の足であればすぐに屋敷にたどり着く。

 彼の読み通り、堅牢な屋敷はそこにあった。

「な、何者だ?!」

 これも予想通り、屋敷の番兵は突然現れたクラウス達に驚いて槍を向ける。

 かなり警戒していたのか、相手側も殺気立っていた。

「矛を収めよ」

 クラウスは部下にそう命じて交戦の意思が無いことを示しつつ、自分の槍を残したまま馬を降りる。

「そこで止まれ!」

 門を守ろうとする番兵に対し、クラウスもそれ以上刺激しないよう無理には進まない。

「まず、こちらに争う意思は無い! 私はクラウス・リチャードソン、アルバトロス連合よりの使者として参った!」

 彼は片膝をつき、そう声高らかに宣言する。


To be continued

登場人物紹介


・トマス

板挟みで苦労が絶えない中間管理職ポジション。

副将ってそういうものなので、うん……。


・ナスターシャ

その副将のもう片割れ。

こっちは体力的にきついけど痩せ我慢中。

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