第79話 『強行軍』
ジョンの持ち帰った情報から、キラが王族派と接触したと確証を得たクラウス。
彼は予定通り、敵地へと国境越えを開始する。
数日してジョンが戻り成果を話すと、クラウスは開口一番に声を荒げた。
「軍資金に手を出すとは何事だ?!」
ともすれば、そのまま背中の矛を抜きそうな勢いをトマスが必死に止める。
一方、槍の間合いの一歩外に立つジョンは飄々としていた。
「まあそう怒りなさんな。肝心の王女サマの足取りは掴めたんだ。褒めてくれたっていいんじゃないですかい?」
相変わらず、顔は薄ら笑いを浮かべるが目は笑っていない。
クラウスがこういう反応を見せることは予想がついていたが、それでも怒りを感じずにはいられなかったからだ。
自分は命懸けで有益な情報を手に入れてきたにも関わらず、この扱い。
ジョンは少なからず不服を感じていた。
「必要ならば『こういう事情で金が入用である』と言えばこちらも考えたというのに。そういった手順を踏まないから賊だ何だと言われるのだ」
対するクラウスはと言うと、成果を持ち帰った結果論ではなく、軍規に背いて勝手に軍資金の金貨を持ち出したことを怒っていた。
「……金貨を持ち出したことについては後で説明を貰う。もう一度聞くが、キラ王女が王族派と既に接触しているのは確実なのだな?」
そう言うサイモンも、ジョンの手癖の悪さには内心呆れていたが、今はそれより重要なことがある。
「銀狐もつまらん嘘はつかねぇ女でさぁ」
元同業者としての経験上、金貨まで使っての情報の売り買いで嘘はつかないと分かっていた。
すぐに発覚するような偽情報を売れば、もう二度と盗賊業界で信用が得られなくなるからだ。
(まあ、今でも俺を『同業者』と認めてくれてるかどうかっつーのはアヤシイんだがな)
話がややこしくなるからと、正規軍に鞍替えした自分と彼女との間に確執が生まれていることは伏せていた。
「クラウス殿、議長の読みは正しかったことになる。我々は当初の計画通り越境し、目的を果たす。よろしいか?」
ここでサイモンが口を挟む。
「それに関しては異論無い」
ジョンの行いには憤慨したクラウスだが、そこさえ除けば得られた成果に文句は無かった。
最初はキラが王族派と組むかどうかも分からぬまま、起こり得る可能性に対処するために特務隊は送り込まれた。
それが可能性から確定情報に変わった今、迷う必要などどこにも無い。
王国側へ越境し、キラと王族派に合流、そして王都を奪還し、最後には彼らに恩を売る。
これがロイースと停戦を結ぶ最短の道だ。
「んじゃ、早く出発しやしょうぜ。先方も待ってるし、モタモタしてたら気の早いお姫様が王都に突っ込んじまう」
ジョンがそう言ったのは、単なる冗談でもなかった。
(銀狐に話を通したことと言い、亡命するより危険な王都奪還を選んだと言い……あのキラって王女、かなりの武闘派だ。もしくはただの馬鹿か)
少なくとも決断力と行動力があることは確かだ。
「名無しよ、貴様の責任は後で問う。今はロイースへ急ぐ!」
釈然としないものはあったが、クラウスも気持ちを切り替えて今すべきことに着手する。
将校用と兵卒用の野営テントを撤収し、すぐに移動準備を終えると9000人の軍隊は東へ向けて村を発った。
向かった先は街道ではなく、険しい山の中だった。
人目につかないためにこの獣道を使うと、銀狐から指示があったのだ。
「ほ、本当にこんなところを進むのか……?」
行軍中の兵士の一人が半信半疑でつぶやく。
傾斜が険しく、木々が生い茂るせいで大勢の人間が移動するのに向かない。
しかも霧が出てきており、進めば進む程に先の見通しは悪くなる一方だった。
時刻はまだ午前中だというのに、霧のせいで既に薄暗い。
「このままじゃ遭難するぞ」
「狐とかいう女はまだなのか?」
先頭の兵士達に不信が広がり始めた、その時だった。
「自分の視界が悪いってことは、敵からも見えないのさ」
突然、先頭集団の斜め後ろから女の声がする。
「だ、誰だ?!」
思わず槍を構えて振り向く兵士の肩を、また背後から叩いてからかう銀狐。
「ご挨拶だねぇ。ガイドだよ、ガ・イ・ド」
まだ濃霧とは行かないまでも、霧が立ち込める薄暗い森の中、慣れていない兵士は彼女の手玉に取られていた。
「いよう、待たせたな」
そこへ部下を引き連れたジョンが加わる。
元義賊と言うだけあって、視界の悪い山林でも不自由なく動けているのは彼らだけだった。
「女とスープは待たせるなって習わなかったのかい?」
険しい山道を進むため、不慣れな部隊は遅れてしまっていた。
「んじゃ、冷めたスープが干乾びねぇうちに山岳ツアー頼みますわ」
「……ついてきな」
銀狐はそう言って背を向け、先に進み出した。
霧の中に見失いそうになり、慌てて後を追う兵士達。
見通しの悪さに一人がランタンをつけようとするが、亡霊のごとく霧の中から現れた盗賊がそれを止めた。
「よしな、兄ちゃん。明かりなんてつけちゃ、敵さんに見つかるだろ?」
無名の旅団以外には見えていなかったが、銀狐は一党を率いて特務隊を囲むように配置していた。
集団からはぐれて迷子になったり、今のように誰かが照明を使ったりしないよう、面倒を見るのが仕事だ。
少し距離を置いて後方から見ていたクラウスとサイモンは、顔を見合わせる。
「あやつも所詮は賊だ。気を許すでないぞ」
「はっ」
クラウスの言葉にトマスが応答する。
薄暗い山林、険しい傾斜、立ち込める霧――隠密行動には適しているが、もし銀狐に裏切られれば逃げ場のない袋のネズミだ。
「我々も気を抜くな。ここは既に敵地だ」
サイモンも部下に一層の注意を呼びかけ、自身も木々の間を縫うようにして前進する。
身を寄せ合うように道なき道を進む特務隊。
中には足を踏み外す者も居た。
「うわっ!」
だがその度、霧の中から盗賊が現れて支えてくれるのだった。
「お客様、足元が不安定ですのでお気をつけくださいってな」
ニヤリと笑った彼らはまた、霧の向こうへと消えていく。
盗賊団員からは特務隊の動きは丸見えなのだ。
永遠とも思われた長い山道はやがて下り坂となり、山林を抜けた先にはロイースの国土が広がっていた。
「案内してやるのはここまでだ。王国軍がピリピリしてるから、気をつけて行きな」
視界が開けたところで銀狐は振り返り、そう言う。
「恩に着るぜ、銀狐。ツアーガイドお疲れさん」
「いいさ。代金は頂いてるからね」
銀狐はわざと、ジョンから受け取った金貨18枚入りの財布を手元でちらつかせた。
(あれは軍資金から勝手に持ち出された……!)
その光景を見ていたクラウスは思わず彼女に掴みかかりそうになるが、トマスとナスターシャが止めた。
特務隊側のこの反応が見たくて、銀狐は財布を見せたのだ。挑発に乗ってはいけない。
「またのご利用をお待ちしてまーすっと」
小馬鹿にしたように立ち去る銀狐だが、ジョンとすれ違いざまに一言残す。
「……上手くやんな、名無し」
「おうよ」
例え正規軍に組み込まれたとしても、義賊時代の信頼は無くなっていなかった。
その間にクラウスとサイモンは王国側の地図を取り出し、現在位置と目指すべき王族派の屋敷を確認する。
この時代、地図は戦略を決める上で重要な”兵器”であると同時に、地形を正確に把握することが難しいものだった。
敵地の地図ともなるとなおさらで、本来はロイース王国との全面戦争を視野に入れて諜報部が作り上げたものだ。
「この辺りから、おおよそ南だな」
クラウスはそうつぶやく。
「馬の足なら1日で着くだろうが、歩兵も含めてとなると3日といったところか」
サイモンの言うように、特務隊は騎兵も含まれているが全員ではない。
歩兵の行軍速度に合わせるとどうしても日数がかかってしまう。
「3日か……」
クラウスは渋い顔を浮かべた。
キラが行動を起こすまでの猶予がどれだけあるか不明瞭なことと、敵地をさまようリスクを考えてのことだ。
特に王族派と話をつけるまで、王国軍に見つかって戦闘になることは避けたい。
「夜間も移動し続ければ、何とか1日は短縮できまいか」
今は時間が惜しいと考えたクラウスは、強行軍で王族派の屋敷へ向かうことを提案する。
「待て、クラウス殿。それでは肝心な時に兵が疲弊しきってしまう」
ここでサイモンが異を唱えた。
彼の指摘ももっともで、兵士も馬も生き物のため、休憩を取らなければ倒れてしまう。
「ふむ……」
目的地へ急ぐ無理か、それとも敵地に長く留まる危険か、どちらをリスクと考えるかの問題だ。
短縮できそうな1日という時間の重みをどう捉えるかにもよる。
そこでクラウスの斜め後ろから声をかけたのは、彼の副将ナスターシャだった。
「主様、お身体はよろしいのですか?」
「うむ。私はな、ナーシャよ。この作戦に国の命運がかかっていると考えておる。失敗するわけにはいかぬのだ」
その前では自分一人の体調程度、大した問題ではないと彼は言う。
「でしたら……」
「むむ、考えがあるのか?」
何か案があると思ったクラウスは続きをうながす。
「交代で仮眠と軽食を取りながら進めば、この策は両立できます」
クラウス達が悩んでいる間、彼女は簡単に紙に書いて計算していた。
箇条書きで休憩の頻度と部隊ごとのシフトも載っている。
「私はこの案で行こうと思うが、サイモン殿はどうだ?」
そう問われたサイモンは、提案者のナスターシャに目を向けた。
「妥協点だが……これでもかなり負担になるだろう。君は構わないのか?」
彼は華奢で体力の無さそうなナスターシャを心配していた。
鍛えた男でも辛いと言うのに、女性には更に負担になるだろう。
「はい」
ナスターシャは短く答える。
まだ釈然としない様子だが、サイモンも一応納得した。
「何でもいいから、早く行きましょうや。急げばお姫様が玉砕する前に着ける」
クラウスから蚊帳の外にされていたジョンが、茶化すように先を急かす。
越境後も、先導は索敵に優れた無名の旅団と決まっていた。
王国軍に発見され、戦闘に入ることを避けるためだ。
「……下手なことを考えるでないぞ」
まだジョンを信用する気になれないクラウスは、彼をひと睨みする。
鋭い視線を受けてなお、ジョンは笑いながら肩をすくめた。
「おぉ、怖い怖い」
凄まれてもどこ吹く風といった様子で、彼は部下と共に部隊の先頭へ移動する。
その背中を睨みながら、クラウスは副将二人に言った。
「トマス、ナーシャ、あやつを信じるでないぞ。常に賊共を警戒しておくのだ」
「はい」
ナスターシャは素直に応じたが、トマスはそれに一歩遅れて返事をしる。
(クラウス様の悪い癖が出てしまっているな……)
トマスも付き合いの長い身、主の人の好き嫌いによるトラブルは何度も経験していた。
そんなことを考えている時、サイモンと目が合う。
サイモンも同じような思考を巡らせているのか、困り顔だった。
懸念を抱えつつも、特務隊は王国兵が巡回する土地を慎重に南下することになる。
彼らにとっては未知の敵地で、強行軍が始まった。
To be continued
登場人物紹介
・銀狐
盗みだけじゃなく山岳ガイドもこなす何でも屋。
こうまでして稼いだ金貨も、貧しい人にあげてるうちにすぐ無くなる。
悲しいなあ。
・クラウス
くっ……! 落ち着け、あんな安っぽい挑発に乗るな!
ジョンと銀狐からめっちゃからかわれる総大将。
そろそろ胃潰瘍発症しそう。




