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エルカリム  作者: Pixy
第四章 亡き王国の為のパヴァーヌ編
78/94

第78話 『秘策』

特務隊を密かに越境させる役目を任されたジョン。

彼には国境破りのある秘策があり……。

 長年の敵国であるロイース王国との停戦協定を結ぶため、アルバトロス連合初の特務隊が結成された。

 初代隊長はクラウス・リチャードソン。

 連合軍の武将であり、同時に西方の小国の領主でもある彼が、政治的交渉も行えると起用された。

 その参謀にサイモン・ディアス。

 会議が纏まりかけた時に必ずと言っていい程口を挟むことで周囲に疎まれている男だが、彼は『十人目の男』という思想に基づいて行動している。

 常に作戦が上手く行かなかった場合を想定して発言することから、クラウスの補佐として選ばれた。

 三人目が『アルバトロスの名無し男』こと、ジョン・ドゥ。

 元義賊の彼は緊張状態の続く国境を秘密裏に越えるべく、道案内として抜擢される。

 能力として申し分無い精鋭部隊だが、問題はクラウスとジョンの不仲にあった。

 生真面目かつ偏屈なクラウスは賊あがりのジョンを嫌っており、ジョンの側もまた貴族であり領主のクラウスを嫌っていた。

 間に挟まれるサイモンは何とか取り持とうとするも、彼もまた癖のある人物の一人。

 対人関係の緩衝材として器用に立ち回れるはずもなく、クラウスとジョンは反発しあったまま出撃を迎える。

「これで全員揃ったな? では計画通り、北門から出陣する」

 隊長のクラウスの前には、彼が率いる黒鉄騎士団の他に、サイモン隊とジョンの無名の旅団の兵士が並ぶ。

 今回は所属を隠しての作戦となるため、全員が部隊章を黒塗りにしての参戦だ。

 表向きは北部の賊を討伐するという名目で、わざわざ出発も首都の北側からという念の入れようだった。

 そこまで重要でもない討伐任務を装うため、見送りも無い。

 クラウスに率いられた特務隊は静かに北門から首都を発ち、しばらく北上したところで進路を東のロイース国境へと向けた。

 旗すら掲げない武装集団は数日で国境線に近づき、案内役のジョンの提案で付近の村に駐屯する。

 特務隊はこれから、ロイースの国境警備隊に見つからないよう越境しなくてはならない。

 村の敷地内に仮設した天幕の中で、クラウスは難しい顔をしていた。

「あの『名無し』とやら、策があると言っていたが……。信用してよいものかどうか」

 どうにもジョンを信じられない彼は、このまま道案内を任せることに不満を抱いていた。

 副将であるトマスとナスターシャがなだめるが、クラウスは不機嫌なままだ。

「ジョンは国境地帯に詳しい。地の利のある者に任せるのは妥当だと考えるが」

 同じテントの中で休憩していたサイモンは、眼鏡のレンズを拭きながら言った。

「その賊が、何故ハルトマン議長に忠誠を誓った? 私には忠誠心があるように見えぬ」

 クラウスはラスカ領を統治する際、何度も野盗の類いを討伐してきた。

 世が乱れる時、必ずウジ虫のように湧いて出てくるのがこの賊である。

 どれだけ叩き潰しても次から次へと新手が現れ、統治者や軍の頭を悩ませた。

 かと言って放っておけば民衆から略奪を繰り返し、討伐されるまで国を荒らして回る。

 無法者を分からせる方法はただひとつ、処刑して首を晒し、民を傷付ければ死が待つのだと教育するのみ。

 それでも我欲に負け、民間人を襲うどうしようもない輩、それが『賊』というものだ。

(盗賊共は平気で人をペテンにかける。まさに悪鬼と言うものよ。あやつとて同類、化けの皮が剥がれるに違いない)

 騎士団長、そして領主として何度も賊と戦ってきた、言わばクラウスの職業病に近い。

 一方、あくまで平民あがりのサイモンはジョンを敵視していなかった。

 統治者は盗賊とひと括りにするが、『義賊』は民衆の味方であることを知っていたからだ。

 義賊は無差別な略奪は行わず、あくまで標的にするのは金持ちや貴族のみ。

 持つ者から奪い、持たざる者、すなわち貧民へと分け与えるのが彼らだ。

 何故そんな儲けにならないことをするかと言えば、ほとんどが義憤である。

 この時代、統治者は民衆から搾取し権力を維持することしか頭にない者も少なくない。

 民を守るどころか締め付けるばかりの国や軍に反発し、法に反してでも己の信じる正義を貫く。

 半ばダークヒーローのように語り継がれるのが、義賊という者達だった。

(ジョンは国への忠誠ではなく、国民への愛着で戦っている)

 民主政を布く上で、指導者ではなく民衆に忠誠を誓うジョンのような士官は必要不可欠だった。

 しかしあくまで『君主と家臣』の忠義という概念に縛られるクラウスには、カイザーへの忠誠心が感じられないジョンの存在意義は理解できなかった。

「あやつ、秘策があると出て行きおったな。よからぬことを考えておらねばよいのだが」

 ジョンは国境破りの秘策があるからと、部下数名を連れてしばらく村を離れると言う。

 元から彼に不信感を抱いているクラウスには、この待ち時間がとにかく苦痛だった。

「ここは我々も不慣れな大陸中央部です。地の利を持つ者に任せてみましょう」

 トマスもこれで何度目か、同じ台詞で彼をなだめる。

「シュナイダーの謀反もあったのだ。警戒せざるを得まい?」

 かつて革命に参加し、連合軍の重鎮ともなっていた武将シュナイダー。

 しかし彼はロイース王国との合戦で敵側につき、カイザーを背後から襲った。

 その時はクラウスとサイモン、そしてヴェロニカの働きで野望を阻止できたが、似たような裏切りが起こらない保証は無い。

 この事件を引き合いに出されては、トマスも言葉に困るというものだった。

「加えてだ、議長閣下の暗殺未遂事件まで発生しておる。狙撃によるものと聞いているが、手引きしたのはあやつではないのか?」

 連合軍に忍び寄る不穏な影は、部下の裏切りだけではない。

 国家元首であるカイザーは狙撃により一度殺されかけており、未だに犯人は見つかっていない。

 噂では内通者による犯行とも言われており、クラウスはジョンのことを疑っていた。

 何せジョンはこの事件の調査にも関わっていたが、何の痕跡も見つけられていないのだ。

「クラウス殿、流石に言い過ぎだ」

 ここでサイモンが釘を刺す。

「万が一ジョンが裏切ったとしても、強引に国境を突破して王族派と接触すればいい。そのための”所属隠し”だ」

 最終手段ではあるが、部隊章を塗り潰して外交問題にならないよう保険はかけている。

 待機していると言っても、サイモンは部下にいつでも動けるよう指示は出していた。

「そうだな。所詮、あやつは保険に過ぎぬ」

 クラウスはそう言って同意し、ひとまずは機嫌を持ち直すのだった。


 一方、精鋭数人を連れたジョンは村を発つ前に村長に会って話していた。

「こ、こんなに大勢の兵隊が詰めかけるとは、また戦争が起こるのでしょうか?」

 初老の村長は恐る恐るジョンに問う。

 最前線である国境地帯の村は、何度も戦火に巻き込まれ、時に国境線が引かれ直すと領主さえ変わった。

 また村が焼かれるのではないかと、村長は恐れているのだ。

「心配しなさんな、ここでドンパチするわけじゃねぇ」

 いつもの調子でジョンは続ける。

「ここだけの話、上手くすれば国境のいざこざが無くなるかも知れねぇんだ。村にとっても悪い話じゃないぜ?」

「は、はぁ……」

 実はこの村一帯はかつて、ジョンが奪った財を分け与えていた地域でもあった。

 顔の利く場所だからこそ、彼は特務隊の待機場所に選んだのだ。

 ジョンは懐から銀貨の詰まった財布を取り出すと、村長の手にそっと忍ばせる。

「ま、こいつは大勢で押しかけた迷惑料ってことで」

 軍人の地位を手に入れた今、必要経費としてある程度の額も下ろせるようになった。

 これは言わば、アルバトロス軍がここに駐屯していることを口外しないで欲しいという口止め料だ。

「こっちの話が纏まれば、村を焼かれる心配も無くなるってもんさ。畑は実るし、子供や若者も殺されねぇ」

 半信半疑の村長の肩に手を回し、ジョンは続ける。

「今回は信じてくれとしか言えねぇ。だが俺はこのために軍隊のスカウトを受けたんだ」

 そう言う彼の目は笑っておらず、真剣だった。

「知ってるだろ、俺はこの辺の生まれだって。ずっと国境のいざこざを何とかしたかった……。ようやく今回、チャンスが巡ってきたのさ」

「……あなたがそう言うなら、信じましょう」

 村長も何度となくジョンの義賊団に世話になってきた身だ。

 恩義もあるし、何より隣国との諍いが無くなるという言葉が本当なら、藁にもすがる思いでそれを信じたい。

「よし。んじゃ、数日かかるから連れの面倒頼むわ」

 村長の肩を軽く叩くと、残していく味方部隊を託してジョンは村を出た。

 部下と共に早馬に乗り、一直線に国境線へ向かう。

 緊張の続く国境とは言え、ほんの数人が越境する程度ならば見つかることは少ない。

 それが手慣れた盗賊とあらばなおさらだ。

 難なくロイース王国側へと侵入したジョン達は、国境近くの街へ進路を向けた。

「さてと……お前ら、顔を隠せ」

 街に入ったジョン達はフードを被り、賑やかな表通りには目もくれず裏通りへ直行する。

 そして自分の同業者を見つけると、挨拶代わりに銀貨を投げた。

「よう、名無しさんが来たぜ。おたくらのボスに用がある」

 ジョンの二つ名はロイースの裏社会でも知られており、盗賊は掴んだ銀貨を懐に仕舞うと案内を始めた。

「ついてきな」

 盗賊の案内に従って、ジョン達は薄暗い地下道へと入っていく。

 そこはロイースの盗賊が詰める拠点のひとつだった。

 大勢の盗賊がひしめき合っており、もしここで騒ぎを起こせばいかにジョンと言えども生きては帰れないだろう。

 案内役が通した先には、長身の女が待っていた。

 銀色の長い髪を後ろで結わえた、褐色肌の女盗賊――他でもない、キラが交渉した銀狐だった。

「久しぶりじゃないか、名無し男。軍隊に入って名前は貰えたのかい?」

 部下に見守られながら、銀狐はジョンへと振り向く。

「俺は一生名無しのままさ。元気そうだな、銀狐」

 まだ両者の間には距離がある。

 互いに踏み込んで首を掻き切るには今一歩足りない間合い、それを保っていた。

「国の犬になりやがった男が白々しい。今更何の用だい?」

 同業者のお隣同士、ジョンと銀狐は面識があった。

 義賊をやっていた頃はある程度の交友もあり、国境地帯を根城とする上で情報や金銭のやり取りもしてきた。

 だがジョンが軍人となった今、状況は変わる。

 銀狐の側には強い警戒心があった。

「まあそう邪険にすんな。うちの大将が、王族派とかいう貴族連中に話を通したいらしくってね」

 それを聞いて内心驚いた銀狐だが、そんな様子は顔に出さない。

「はっ、あの連中も最近えらく人気じゃないか。あたしはお貴族サマの受付嬢じゃないんだが」

 銀狐は他にも王族派に会いたがっていた人物が居たことを仄めかす。

 その話に興味を持ったジョンは、慎重に食い付いた。

「連中、干されてるって聞いてたが意外と繁盛してるねぇ。日陰者にわざわざ会いに行くなんざ、どんな客だか顔が見てぇや」

 顔面に笑みを貼り付けながら、ジョンは心の内で考えを巡らせる。

(このタイミングで俺達以外に王族派に会いたがるって言やぁ、敵か味方かのどっちかしかいねぇ。情報は全部銀狐の手の内だ……)

 自分が優位に居ると分かっているのか、銀狐は余裕の表情を見せていた。

「いくら払う?」

「おぉっと、情報交換はナシかい」

 アルバトロス側の事情をある程度打ち明ければ交渉できると踏んでいたジョンだが、銀狐は足元を見ていた。

「んー、そうだな。銀貨1000枚くらいでどうだ?」

「国から金貰ってんだろ。金貨で払いな!」

 王族派に関して何かを知っていることは間違い無い。

 そしてその情報をアルバトロス側は喉から手が出る程欲していることを、銀狐は理解している。

「OK、OK! 隊長のところから拝借してきた金貨が、ざっと15枚ある」

 ジョンは懐から金貨入りの財布を取り出した。

 これは彼個人の持ち物ではなく、クラウスが管理していた軍資金から勝手に持ち出してきたものだ。

「全部出しな」

 義賊から軍人に鞍替えしたジョンに対して、銀狐は厳しかった。

「待てって、18枚で全額なんだって! ケツの毛まで毟る気か!」

「あんたのケツの毛なんて一銭の価値も無いだろ」

 強気を崩さない銀狐に折れ、ジョンは全額を彼女の部下に渡す。

 部下から財布を受け取った銀狐は、中身をひと目見ると後は手に乗せた重みで大体の枚数を把握する。

「ケチのあんたが随分と羽振り良くなったもんだね」

「勘弁してくれ……。上官からくすねるのって大変なんだぞ」

 銀狐と交渉する上で先立つ物が要るだろうと、クラウスの目を盗むだけでも一苦労だった。

 ジョンは肩をすくめ、相手側の続きを待った。

「少し前のことさ。王女を名乗る小娘がここを訪ねて来やがった。最初はアルバトロスまで逃して欲しいって話だったが、王族派のことを教えてやるとそっちに食い付いて来てね」

 それを聞いて、ジョンは自分とサイモンの考えが当たっていたことを確信する。

(ビンゴだ。俺達も無駄足じゃなかったってことだな)

 まさか銀狐に接触していたとは予想外だが、おかげで先に情報を知ることができた。

「金と引き換えに案内してやったよ。今頃よろしくやってるんじゃないかい?」

 彼女の言葉を聞き、ジョンはおどけたように口笛を鳴らす。

「おたくも丸くなったもんだ。王女サマと会って手まで貸してやるたぁな。……で、それって何日前だ?」

「十日前だよ」

 この日数なら、王都への侵攻準備を整えて事を起こす前のはずだ。

(OK、俺にもツキが回って来やがった)

「ついでに国境越えを手引きして欲しい。お狐様なら余裕だろ?」

 ジョンとしてはこっちが本題だ。

 元々ここへは情報を買うのではなく、部隊が越境するための協力を得るために来た。

「人数によるね」

 銀狐は銀狐で、多めに巻き上げた金貨で手引きを引き請けていいものか考えていた。

「実はちょいと大所帯になっちまってな……。1万弱を警備隊に知られずに通したい」

「その軍隊で、ドンパチおっぱじめようってのかい?」

 彼女は眉をひそめた。

 いくら旧知の同業者とは言え、戦争の手引きなどまっぴらだからだ。

「国境でやるつもりはねぇよ。ただ、その王女サマとやらと手を組んで、王都を盗りたいって思ってな」

 ここで隠しても仕方がないと、ジョンはここに来た目的を明かした。

 それを聞いた銀狐はと言うと、大笑いをし始める。

「ぶひゃひゃひゃっ! あんたも随分と……ふ、ふひひっ! デカく出たもんだねぇ。国盗りかい!」

「そんな大層なもんじゃねぇ。王女サマと貴族に恩を売って、うちの大将と仲良くしてくれって頼むだけさぁ」

 笑うだけ笑った銀狐は、目尻に涙を浮かべながら答える。

「ひ、ひひ……! ふぅ、銀貨でいいから追加で払いな。国境線をエスコートしてやるよ」

「じゃあ1000枚」

 ジョンは最初に提示した金額を出す。

「あんたのことだ、もっと持ってんだろう?」

「同業のよしみで頼むぜ。こちとら軍資金に勝手に手つけちまってんだ」

 だが銀狐は鋭い目で睨むばかりだった。

「……分かったよ、1200だ」

「1500」

 彼女もジョンの癖は知っている。

 最初から全額は出さず、常に手元にいくらか残るようにしておく。

 本当に同業者だったなら程々でやめておくのだが、今のジョンは軍人ということで銀狐も容赦がなかった。

「いや、マジで素寒貧になるから待ってくれって。1300でどうよ?」

 ジョンの側も今回は頼み込むしかない。

 銀狐の方は情報も地の利も握っている、圧倒的強者なのだ。

「1350。これ以上は負けられないね」

 クラウスからくすねてきた金貨含め、予算のほとんどを使い切ることになるが、ここで交渉決裂だけは避けたい。

「……OK、1350枚でよろしく頼むわ」

 ジョンも折れるしかなかった。

 金貨の時と同じく、部下を経由して銀狐に料金を払ったジョン。

「おたくもえらく手厳しくなったな」

「国家権力の犬にはね」

 随分と嫌われてしまったが、何とか銀狐一党からの協力は取り付けた。

 万が一のために盗ってきた金貨を対価に、貴重な情報の土産付きだ。

 早速溶かしてしまった金貨18枚の借りをどうクラウスに釈明すべきか、ジョンは考えながら盗賊の根城を後にする。


To be continued

登場人物紹介


・ジョン

軍人になっても手癖の悪さは抜けない。

でもそのおかげで銀狐に話が通せたから多少はね?

それでもギリギリでケツ毛まで毟られそうになった。


・銀狐

同業者なのでジョンとはお知り合い。

だけど国家権力の犬は勘弁な。

ここ数日だけで金貨何枚稼いだんだ……繁盛してるなぁ。

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