第75話 『立場』
キラは叔父のエドワードに続き、幼馴染とも再会を果たす。
その様子を見ていたルークは胸中複雑で……。
エドワードと会った後、一行は夕食の準備が整うまで広い屋敷の中を見て回ることになった。
今頃侍女達は食事だけでなく、大所帯の客の寝室を確保するためにてんてこ舞いだろう。
「するってぇと、どうなんだ? この国の王様が二人居ることになんのか?」
「現時点ではそのようです」
歩きながら、さっきのやり取りを見ていても今ひとつ飲み込めないディックがルークから説明を受けていた。
一方レアはどっちを向いても高価そうな装飾品ばかりのため、いくつかくすねてもバレないだろうとチャンスを伺っている。
「やめておけ。つまみ出されたいのか」
エドガーはお見通しで、仲間の列から外れそうなレアを引っ張り戻した。
「いや、だってあのロウソク台とか、売れば結構な金になりそうじゃない?」
「盗みはよくありません! バチが当たりますよ!」
もはや信仰がどうこうというレベル以前の問題で、ヤンは彼女を咎めて説教を始めた。
ライオネルに連れられて本館の一階を見て回っていると、数十人の兵隊が正門から入ってくるところが見える。
「巡回部隊が帰って来たようです」
「ということは、アル兄も?」
ライオネルがうなずいて答えると、キラは顔を明るくして一団に駆け寄っていった。
キラの目当ての人物はすぐに見つかった。
鎧の上から赤い外套を被り、裏地がダークレッドの黒いマントを羽織った若い男。
艷やかな黒髪は長く伸ばし、顔立ちは端整ながらも左目の眼帯が厳つい印象を与える。
「アル兄! 私を覚えてない?」
「あなたは……。もしや、キラ王女ですか?!」
彼はアルバート・リム・クロムウェル。ライオネルの子にして、クロムウェル家の長男である。
年齢はキラよりも一回り大人で、彼女らが小さい頃は文字通りに兄代わりとなって遊んであげていた過去があった。
特にキラは幼少期からアルバートに懐いており、『アル兄』と愛称で呼ぶ程に仲が良かった。
しかし今から6年程前、本格的に騎士を目指すことを決意したアルバートは、一度家から離れて軍学校に入ることになる。
その後は中々会う機会がなく、ライオネルから騎士として軍に入隊したことだけは聞いていた。
「覚えててくれて嬉しい! ずっと会いたかったぁー!」
「忘れるはずがありません。しかし、どうやって……」
そこへ後から追いついてきたライオネルが、簡単に説明した。
「そのようなことが……。御身がご無事で何よりです」
ライオネルと同じように一歩遅れてやってきたルークは、ここでようやくキラの言っていた『アル兄』とは誰だったのか分かった。
(なるほど、キラさんの幼馴染だったのか……)
ディックは納得するというよりも、敵意を露骨に顔に出す。
(新手のライバルかよ……こいつぁディック様大ピンチの巻か?!)
その間にも、キラは数年ぶりに再会したアルバートに話しかけた。
「アル兄、その目、どうしたの?」
キラが心配しているのは、アルバートの左目の眼帯だ。
「戦傷です」
戦場に出れば、誰しも傷を負う。
キラの背中の火傷痕のように、傷跡が残ってしまうことも少なくない。
アルバートの場合は目で、矢にやられた左目は完全に潰れていた。
命は無事だったものの、戦士にとって片目を失って遠近感が分からなくなることは十分致命傷。
周りも大貴族の跡取りたる彼を案じ、第一線を退くことを勧めた。
だがアルバートは諦めず、片目での戦闘訓練を己に課して克服し、今に至る。
「姫様、アルバートと共に中へ」
積もる話もあるだろうが、ライオネルはいったん屋内へ戻るよううながす。
いくらここが敷地内とは言え、狙撃でもされればひとたまりもないからだ。
するとギャレスもまた、巡回に出ていた部隊の出迎えに来ていたようで、キラ達と鉢合わせになる。
「グロスター卿。出迎えかな?」
ライオネルの問いに、ギャレスはうなずいた。
「ちぃーっす。たっだいまー!」
その時、一人の騎士が大声で屋敷に入ってきた。
年齢はまだ若く、やや小柄な体格から女性だと分かる。
彼女もアルバートと一緒に戻ってきた、巡回部隊の一人のようだ。
「やめないか! 王女殿下とお客人が来ているのだぞ!」
すぐにその若い騎士を咎めるギャレス。
「マ?(本当に?)」
「だからそういう下品な言葉遣いはやめなさい!」
しばし二人のやり取りに呆気に取られていたキラだったが、ギャレスに聞いてみることにした。
「あの、そちらの騎士は?」
「殿下、とんだご無礼を。これは私の一人娘のシエル・ローランです。シエル、王女殿下にご挨拶なさい」
シエルは歳はキラとほぼ同じくらいで、青空のような水色に透き通る髪をボブカットにした、快活そうな娘だった。
甲冑の上には『クルセイダー』統一の白い外套を被り、白いマントは裏地が髪色に合わせて水色をしていた。
「ちゃーっす、シエル・ローランでーす! よろぴくー!」
シエルはまるで友人にでも接するかのように、満面の笑みで右手を振りながら挨拶した。
その様子が面白いと思ったキラは、同じように気さくに返す。
「ちゃーっす、シエルさん。キラ・サン・ロイースです」
「おぉー、この挨拶にノってくれたの姫様が初だわ。マジ感激」
作法に無い謎の挨拶を始める娘を見ていたギャレスは、右手で顔を覆っていた。
「シエル、あまり姫様に粗相の無いようにな」
その場に加わったアルバートが、彼女に釘を刺す。
「ふぇーい」
口を尖らせて抗議しながらも、表面上は従うシエル。
どうやら二人は同僚らしく、既に天真爛漫な妹分とその尻拭いをする兄のような関係が出来上がっているようだ。
キラは自分と同世代ということもあり、堅苦しい空気を粉砕してくれるシエルが気に入った。
「シエルさん、時間のある時にゆっくり話しませんか?」
「いいよー。私、面白い話いっぱい知ってっから!」
そのままペラペラと話し出しそうなところを、ギャレスが捕まえて引っ張って行った。
「お前はまず報告をしなさい。殿下、失礼致します」
シエルが嵐のように去った後、アルバートがフォローに入る。
「申し訳ございません。シエルはまだ若く、騎士としての立ち振舞が成っておらず……」
日々同僚としてシエルに振り回される彼は、大きなため息をついた。
「いいじゃない、ああいう子が居てくれた方が賑やかで楽しいよ?」
キラはディックやレアという癖の強い仲間で経験済みだ。
それからも彼女は、幼馴染のアルバートに親しげに話しかけた。
少し離れた場所からルークは、複雑な心境でそのやり取りを見守っていた。
苛立ちとも焦燥感とも取れるモヤモヤとした感触が胸を満たし、表面上は平静を保っていても彼は内心穏やかでなかった。
癖で顔に出さないようにしていたが、今日が初対面のライオネルはともかく、付き合いの長い仲間の目をごまかせるものでもない。
「……ルーク、お前はライバルだけどな。今は同じ気持ちみたいだな」
いつの間にか隣に来ていたディックが、そう言ってルークの肩を叩く。
「何のことですか?」
「そりゃ、あんな美形で貴族な幼馴染に出てこられちゃな。あー皆まで言うな、分かってる」
「……?」
ディックはルークの嫉妬心を見抜いていたが、当の本人は胸中に芽生えた未知の感情の正体を知らないでいる。
更にその様子を距離を置いて見ていたのが、エドガーだった。
(ルークも年頃だ、嫉妬のひとつも覚える時期だろう。俺にもあったな、あんな時代が)
昔の思い出を振り返りつつ、今度は視線をキラとアルバートへ向ける。
(娘も生きていたら、今頃男の一人くらい連れてきただろう。もしそうなったら俺は……冷静さを失っているかもな)
可愛い娘の彼氏への嫉妬のあまり、つい剣を抜いてしまうかも知れない、とエドガーは僅かに笑った。
しかしエドガーも娘を奪う側として義父に頭を下げ、妻と結婚した身。
嫉妬心を抑えた上で、その彼氏がちゃんとした男なのかを冷静に見極める必要があったに違いない。
(……まあ、妻も娘も守れなかった俺には、ただの妄想でしかないな)
ルークは相変わらずディックに絡まれているが、視線を外せないままのキラとアルバートの会話に、嫉妬以外に違和感を覚える。
(キラさんは愛称で呼んで友人のように接しているが、アルバートさんはあくまで”騎士と主”の距離を保っている……)
「アル兄、憧れてた騎士になれたんだね! 今までどこで戦ってたの?」
それこそ妹のように屈託なく話しかけ距離を詰めようとするキラだが、その度にアルバートは後ろに下がった。
「しばらくは内地の警備隊に、その後は西部戦線の配属です。今は父と共に王族派に」
子供の頃はそれこそ、本物の兄妹のようにじゃれついて話したものだったが、もうそれは許されないのかとキラは途端に寂しくなった。
「アル兄……もう、昔みたいに話してくれないの?」
捨てられた子犬のような眼差しに対して、アルバートは引き締めた表情を崩さず答える。
「今は、立場というものがあります故」
そのやり取りを見ていたライオネルは、胸中では心を引き裂かれるような感覚だった。
二人が幼馴染で兄妹同然に育ってきたことを、ライオネルは自分の目で見てきて知っている。
だがどちらも大人になった今、このアルバートの対応は正しいものだ。
幼馴染と言えど、身分は王女と騎士。一線は引いておかなければならない。
かつてのライオネルもまた、この過程を経てきた一人だった。
個人的にも親しかった先王とは子供の頃から共に育ったが、途中で友人を卒業し、君主と家臣の関係となった。
(だがそれでも、変わらぬものはある。確かにあるのだ……。お前も、姫様との間にそれを見つけろ)
キラと同じ寂しさを、アルバートもまた内心感じているはずだとライオネルは考える。
だがそれを乗り越えた先に、新しい絆が育まれるはずだと、彼は若い二人を見守ることにした。
「そっか……もう戻れないんだね。いえ、私ももう、子供ではありませんから」
状況が変わったのだと飲み込めたキラは、一個人から王女という立場に戻って背筋を伸ばす。
「では、アルバート。屋敷の案内をして貰ってもいいですか?」
「かしこまりました。お仲間の方も、どうぞこちらへ」
ここからは、ライオネルと一緒にアルバートが屋敷の中を案内した。
後に続くディックは、さっきの会話を見ていて思ったことを小声でつぶやく。
「何つーか……貴族の世界ってのも、大変なんだな」
旅の中でキラが王女だと分かっても、彼女はそれまで通りに接してくれることを望んだ。
ディックをはじめ仲間達は望み通り、対等の旅人同士として見てきたが、合流した王族派はそういうわけにはいかない。
「貴族の世界なんて、そんなものよ。決していいものじゃないわ」
経験者のソフィアは語る。
その間にもアルバートは部屋を案内して回り、ライオネルはほぼ黙って見守っていた。
「こちらが、お客人用の寝室です」
ルーク達に充てがわれたのは、男女で二部屋。
内装は広く、どちらも十数人がゆったりと寝泊まりできる空間だった。
直前に使用人が掃除をしてベッドを整えた後で、埃ひとつ落ちていない。
「いい部屋ですね」
屋敷を歩き回ることにも疲れてきたキラは、適当なベッドを自分用に決めて腰掛けようとする。
「姫様には個室をご用意してあります」
「えっ?」
旅の中で宿に泊まる時はいつも仲間と相部屋だったため、感覚が狂いキラは素っ頓狂な声を上げた。
本来は王女ともなると客人の中でも別格で、専用の部屋が充てがわれる。
早い話が仲間とは別の部屋で過ごせ、ということだ。
当然、身の回りの世話をする侍女と護衛の兵士もセットなのだが、いきなり見ず知らずの人間に身を委ねるのは彼女も不安だった。
「あの……ルークについて来て貰っても、構いませんか?」
キラの提案にアルバートはしばし迷ったが、考えた末に答えた。
「彼は姫様の”従者”、という扱いでよろしいでしょうか? そうであれば問題ありません」
彼の目から見て、常にキラを守るように隣に控えているルークは、仲間と言うよりも専属の従者か護衛のようだった。
王女を他の客と相部屋で泊まらせることは許されたことではないが、王族側が選んだ従者であれば個室に入ることも許可される。
そうしなければ、従者も仕事にならないからだ。
だがこの時ばかりは、黙っていたライオネルも小声でアルバートに注意する。
「待てアルバート、それでは……」
彼からすれば、いくらキラの恩人で客だったとしても、完全に信用できるか分からない平民を王女の側につけるなど考えられないことだ。
「父上、姫様もお疲れです。気の許せる”従者”が一人居た方が、休まるのでは?」
この提案はアルバートなりに、キラに気を利かせてのことだった。
そのためにルークを従者として扱うという方便を使い、キラの要望を通そうとしたのだ。
(こういう知恵ばかりつけおって……)
ライオネルはそう思いながらも、息子の言葉にも一理あると考え、それ以上は何も言わなかった。
沈黙を承諾と受け取ったアルバートは、改めてキラに確認する。
「姫様、よろしいですか?」
キラは自分の判断でルークを従者扱いしていいものか分からず、隣に立つルークに目線で問いかけた。
するとルークは迷わずうなずいた。
「はい。私は元よりそのつもりです」
魔法大学でキラが王女だと分かった時から、ルークも覚悟はしていた。
例え食客でも平民が王女の隣に居続けるわけにはいかない。
彼女との約束を果たすためには、そこから踏み込んで従者となる必要があった。
(ほう。今後も姫様の側に立つつもりか)
ためらいのない返答に、アルバートはルークに対しての評価を少し改めた。
「分かった。だが武器の持ち込みは禁止だ。剣と、仕込んでいるナイフは預かる」
そう言われたルークは、大人しく従う。
(目立つ剣はともかく、服の裏の投げナイフを見抜くとは……。流石、王国騎士と言うべきか)
洞察力の鋭さにルークもまた、アルバートという騎士への見方を改める。
魔法大学で新調した魔法剣と予備の短剣、そして投げナイフを全て外し、ルークは丸腰となった。
彼から武器を取り上げて侍女に預けたアルバートは、キラとルークの二人を仲間から引き離して、三階にある王族用の客室へと案内した。
個室だと言うのに仲間の寝室より広く、クロムウェル家の精兵に固められ、教育の行き届いた侍女達が控える豪勢な部屋がそこにあった。
貴族の屋敷において客人を泊める部屋はひとつの顔であり、その貴族の格を表すものでもある。
クロムウェル家のような大貴族ともなれば、いつ王族を招いても失礼の無いよう備えはしておくものだ。
今は大臣の刺客からキラを守るための、言わばシェルターも兼ねている。
「どうぞ、滞在中はこの部屋をお使いください」
自信を込めてそう言うライオネルに礼を言いつつ、キラは内心落ち着かなかった。
(うーん、もうちょっと狭くて飾りの大人しい部屋の方がよかったかも……)
どうもこの光景は、かつてアルバトロスの城に囚われていた時の軟禁部屋を思い出す。
一方、ルークはアルバートから説明を受けていた。
「従者用の寝室は明日までに用意する。それまでは使用人の詰め所を使うように」
ルークが従者としてついて来るということは急な話で、準備がまだだった。
王族の従者ともなると本来は貴族出身者が努め、扱いもそれ相応に高くなる。
今回はルークが平民だということで、アルバートは柔軟に対応した。
「御用があれば、メイドを通じてお呼びください」
説明を終えるとライオネルとアルバートの二人は下がり、後にはルークと侍女が残される。
程無くして侍女が夕食を運んできたので、キラはルークと二人で食事にすることにした。
彼女も本音を言えば村の宿のように仲間とテーブルを囲みたかったが、今は立場がそれを許さない。
アルバートの図らいでルークを同行させて貰えただけでも、キラにはありがたかった。
「ルーク、美味しいね」
これまでもそうだったように、空腹でもがっつかずに料理を口に運んでいくキラ。
ルークは最初遠慮したが、今まで通りがいいというキラの願いで、彼女が食事を終えるのを待たずに一緒に食べた。
柔らかな牛のステーキに、貴重な香辛料入りのスープ、鶏肉とホワイトソースの溶け合うグラタン、どれも最高級の料理ばかりだ。
キラは子供の頃から馴染みがあるが、慣れていないルークは砂でも噛んでいるような味だった。
ゆったりと夕食を過ごしながらも、キラはこれからのことを考えて少し緊張していた。
(ここからが正念場だよね。頑張らないと……!)
王族派という味方を得て、状況は動いた。
後は王都の議会に乗り込むタイミングを見計らうのみ。
その瞬間は、こうしている間にも刻一刻と迫っていた。
To be continued
登場人物紹介
・アルバート
ウェスカーじゃない方。
キラの言う「アル兄」の正体。
大貴族の跡取り息子でナイト様で王女の幼馴染とか人生超勝ち組やん。
ルークの立つ瀬が無い。
・シエル
姫騎士ならぬギャル騎士。くっころとか言わなさそう。
相手が王女でも平気でタメ口を利く恐れ知らず。
ああ、敬語を使えない若者ってそういう……(納得)




