第73話 『王族派』
衝撃の、あの日からをトレスする。
ついに王族派の屋敷まで辿り着いたキラ。
対する王族派側は、王女であるキラが生きていたという知らせを真に受けていいものかどうか、意見が割れていた。
筆頭である”ロード・クロムウェル”ライオネル・ヴァン・クロムウェルは、罠の可能性も考えた上で自ら本物かどうかを確かめることにする。
意を決してライオネルはうなずき、それを見た兵士は両開きの扉をまずノックして中のキラ達に知らせる。
「失礼します! 公爵をお連れしました!」
一呼吸置いて兵士がドアを開けると、にわかには信じ難い光景がライオネルの目に飛び込んできた。
キラは行儀良くソファーに腰掛けているが、彼女と一緒に館に入ってきたという同行者達が、まるで酔っ払いが酒をあおるように紅茶をカブ飲みし、茶菓子を貪り食っていた。
一瞬呆気に取られたライオネルだったが、ひと目見てキラを本物だと確信を得る。
「姫様、よくぞご無事で!」
振り向いたキラも、ライオネルを見て表情を明るくする。
「ライオネルおじさま!」
そのままキラの下へ進もうとするライオネルを、あの気弱そうな貴族が止めた。
「クロムウェル卿、まだ本物と見極めたわけでは……!」
「いいや、見れば分かる。キラ王女は産後間もなくからずっと見守って来たのだ」
まだ王家が健在だった頃、クロムウェル家は王族に最も近しい立場に居た。
当時の国王からも信頼を受けており、キラに限らず子息が産まれる度に顔を出し、どんな名をつけるか妃の相談を個人的に受けることもあった。
まるで親戚の子のように成長を見てきたキラの顔が、今更分からないはずがない。
この深い交友があったからこそ、キラもクロムウェル家と聞いてすぐに信用する気になったのだ。
「おじさま、一年近くも国を離れてすみませんでした」
キラは対面したライオネルに、まず頭を下げて謝った。
王女として国難の時期に王国を忘れていたことを、心から申し訳無く思っていたからだった。
「頭をお上げください、姫様。元はと言えば、バルバリーゴめの増長を許した我々貴族の責任なのです」
ライオネルの側もこれが本心だった。
王家に次ぐ第二位の重鎮でありながら、大臣の反乱を防げなかったことは後悔してもし切れない。
「責任なら……王家と貴族、両方にあるのでしょう。それよりも、これからのことを」
キラはここへ来た理由を忘れず、建設的な話をすることを望んだ。
深くうなずいたライオネルも、それに応じた。
「おかけください。まず、我々王族派の面々をご紹介致しましょう」
腰掛けたキラの前に、貴族達がずらりと並ぶ。
王族派はライオネルを含めて五家。
筆頭のクロムウェル家以外は、キラにとっては初めて見る顔だ。
「まず、”ロード・サウサンプトン”ジェームズ・マシュー・コンウェイ伯爵」
冷静ながらも慎重な姿勢を見せていた、小太りの中年がジェームズだった。
鮮やかな青い服の上に金銀の装飾品を身に着けた格好をしており、いかにもという貴族だ。
ジェームズは一礼しながら挨拶し、キラもそれに返す。
「”ロード・エクセター”マチルダ・バレンタイン伯爵」
王族派の紅一点こそが彼女である。
女性当主だがやり手で、大臣がクーデターを起こすまでは領地の運営も上手くやっていたと言う。
長身ですらりとした体格で、灰色の髪は短く切り揃えていた。
特注品の洋服は赤と黒で派手なカラーリングをしており、その上から緑色のマントをかけている。
本来貴族の婦人は『ロード』ではなく『レディ』と呼ばれるのだが、マチルダは婦人ではなく当主本人ということで『ロード・エクセター』の爵位名を継承していた。
「”ロード・ドーセットシャー”スコット・ビショップ男爵」
最後までキラを本物か疑っていた気弱な貴族が、このスコットだった。
線の細い頼りなさげな男だが、意外にも王家への忠誠を貫いて大臣に反発した気骨ある人物でもある。
白と青の洋服の上に様々な装飾品を着けているが、見た印象としては服に着られているという方が合っていた。
「最後に、”ロード・グロスター”ギャレス・ローラン男爵」
甲冑を着ていた男がギャレスである。
それぞれの貴族とキラが挨拶を交わすと、ライオネル達もキラと向かい合う席についた。
「では私からも仲間を紹介します」
そう言うキラの背後では、一部やんちゃを起こした仲間が固まって成り行きを見守っている。
「まずはルーク。彼は、アルバトロスで行き倒れとなっていた私を救ってくれました」
緊張した面持ちで、キラのすぐ隣に座っていたルークが会釈する。
一見女性にしか見えないその顔立ちに、キラの口にした『彼』という言葉が引っかかってスコットは首をかしげるが、キラに口を挟むわけにもいかず黙っていた。
「次に……ああ、ディックさんお皿は置いて、お菓子は飲み込んでくださいね? 彼が、ディックさんです」
「ど、どもっす」
彼はレアと茶菓子を取り合っている最中にライオネル達が来たため、取っ組み合いの姿勢のまま固まっていた。
「そちらの白い毛皮の服の女性が、メイ。新しくできた友人で、何度も助けて貰いました」
「はじめまして」
これまた見た目で男か女か判断がつかず、スコットは思わず前髪で半分以上隠れた顔を凝視する。
「こちらは賢者のソフィさん。厚意で旅に協力してくれています。実は途中、何度もお金を出して貰っていて……」
「ソフィア・カーリン・リリェホルムです。お見知り置きを」
名を呼ばれたソフィアは一度席を立ち、スカートの裾をつまんでお辞儀をするとまた椅子に腰掛けた。
場馴れした様子は、流石貴族出身である。
「その隣の灰色のフードを被った人が、ユーリさん。ソフィさんの雇った傭兵です」
一応会釈はするが、沈黙を保ったままのユーリ。
彼はまだ、王族派への警戒を解いていない。
「革鎧を着た体格のいい男性が、傭兵のエドガーさん。今は私達に味方してくれています」
エドガーは取っ組み合うディックとレアを止めようとしているところで、ばつが悪そうに頭を下げた。
「それから、ええと……カルロさーん、どこに居るんですかー?」
客間を見渡してもカルロの姿が無い。
キラが何度か呼ぶと、何と彼はテーブルの下からネズミのように這い出てきた。
「カルロさん? 何でそんなところに?」
「だ、だってよぉ……メイドさん達の視線が痛ぇんだよ……」
他の仲間と違い、周りに見られているかどうかに人一倍敏感なカルロは耐え切れず、テーブルの下に潜り込んで隠れていたのだった。
「彼がカルロさん。御者で、私達をここまで連れてきてくれました」
キラによる紹介が終わると再び彼はテーブルに潜ろうとするが、エドガーに捕まった。
気を取り直して、キラは次に移る。
「僧服を着ているのが、ヤンさん。教会の人で、傷の治療などで何度もお世話になりました」
「はは、はじめましてっ! ヤン・コヴァ、コヴァ、コヴァチですっ!」
緊張し過ぎたヤンは、盛大に噛んでしまった。
おまけに眼鏡はガストンを振り切る際に紛失してしまったため、王族派五人のうち誰が誰やら分かっていない。
「で、その……赤いずきんを被っている子が、レアちゃんです」
「もがもが!」
口いっぱいにねじ込んだ茶菓子のせいで、レアは言葉が話せなかった。
ただ幽霊でも見たかのようにギョッと見開いた目が、貴族の顔をまじまじと見つめ、青ざめた顔は脂汗を滲ませる。
キラなりに、紹介のし方は気を使ったつもりだ。
「そして、もう一人……。ガストンの罠から私達を救ってくれた仲間が居たんですが、その時に命を落として……」
彼女は唇を噛みしめる。
できることなら、ギルバートも無事にこの場で紹介したかった。
生きて屋敷にたどり着けたのも、ギルバートの犠牲のおかげだ。
詳しい経緯はまだ知らないものの、『ガストンの罠』と聞いてライオネル達は納得した様子だった。
「やはり、ガストンが卑劣な罠を張っていたか」
「奴ならやりかねんでしょう」
ジェームズのつぶやきに、ギャレスが小声で答える。
彼らの間でも、バルバリーゴの右腕であるガストンの悪評は有名だった。
「皆、私を助けてくれた大切な仲間達です。王家が恩義ある人物として扱ってください」
一部素行不良な者もおり、ジェームズとスコットは難色を示すものの、ライオネルはうなずいた。
「かしこまりました。客人としてもてなしましょう」
「もが?」
レアの頭でも、もてなすと言うからにはもっと美味い料理が出てくるという予想がつき、思わず唾液が溢れ出す。
「それから、屋敷の外に乗ってきた馬車を停めてあります。後で敷地に入れてあげてください」
キラにとっては人間の仲間と同じくらい世話になった、掛け替えのない馬達だ。
これもライオネルは快諾する。
一安心したキラは続けて、クーデターから逃れた後どうしていたのか、かいつまんで説明し始めた。
去年の冬にクーデターは起こった。
父王から聖剣を託されたキラは、ガストンの部下に追い詰められた際に抜刀し、初めて力を解放する。
追手を全滅させることはできたが、その反動で彼女は記憶を失ってしまった。
それからキラは訳も分からぬまま三週間程、西へと歩き続ける。
当時帝国だった隣国アルバトロスの首都アディンセルまで辿り着いた時、とうとう行き倒れとなった。
そんな彼女を助けたのが、当時一般市民として暮らしていたルーク・クレセントだった。
ネックレスに刻まれていた文字から辛うじて『キラ』という名前だけ分かったものの、完全に素性不明な彼女をルークは戸惑いながらも同居を許す。
当時ただの宝剣と思われていた聖剣を手掛かりにキラが何者か解き明かそうとするが、突然帝国軍の特殊部隊が彼女をさらった。
この時、ルークは皇帝暗殺を目論む暗殺者という正体を現し、番兵と大立ち回りを演じる。
多勢に無勢で処刑される寸前だった彼を拾ったのが、カイザー・ハルトマンという将軍だった。
カイザーは密かに国家転覆を狙っており、キラの救出を条件にルークを革命軍に引き入れる。
準備を整え、ルークは革命軍に雇われた傭兵のユーリと共に城に潜入、キラを救い出すことに成功した。
直後に任務として皇帝の始末も行ったが、彼女の目の前で殺害したことがまずかった。
流血を目にしたキラは自分でも原因の分からないパニックを起こしてしまう。
これが、ルークが彼女の前で敵を殺傷することをためらうきっかけとなった。
革命は成功し、カイザーの助言でキラとルークはアルバトロス領北部のフォレス共和国へ、賢者ソフィアを尋ねる旅に出る。
乱れた世の二人旅は辛いものだった。
ルークは協力者として、武術家の老人ギルバート・アリンガムを頼り、彼は快諾した。
その後の道中でも血気盛んな若者ディック・オークウッド、冒険者メイと知り合い、共にパーティを組むようになる。
ようやくフォレスに到着し、ソフィア・カーリン・リリェホルムに聖剣の鑑定を依頼したはいいものの、盗賊に聖剣を奪われてしまう。
責任を感じていたソフィアと、再会と同時に彼女が雇用したユーリの二人を仲間に迎え、盗賊を追った先は交易都市ファゴット。
盗品の売買に手を染めていたファゴットの領主は、キラ達に警備隊をけしかけると同時に罪状をでっち上げて指名手配をかける。
やむを得ず、一行は街のレジスタンスと協力し、領主と戦う道を選んだ。
小さな革命を成功させ、その中で出会った新しい仲間を加えて、今度は聖剣を解析できる設備のある北方ドラグマ帝国の魔法大学を目指す。
だが悪名高いギャング団とトラブルを起こし、仲間を失ってパーティは散り散りになってしまった。
キラとルークは近くの修道院の僧侶ヤン・コヴァチに助けられ、一命を取り留める。
生き残った仲間と合流したキラは、ギャング団の追手を振り切るために教皇領へ向けて移動する。
トラブルの元となった傭兵団の生存者、大盾使いのエドガー・グラントと御者ジャンカルロ・チッコリーニの二人が改めてパーティに加わった。
ようやく逃げ込んだ教皇領の聖都ヴェンデッタでは、今度著名な魔術師であるソフィアが魔女狩りに狙われる事態に見舞われる。
定員十二名の聖騎士の一人、ライラ・クリザムの助けで聖都を脱出したキラ達は、ようやくドラグマ魔法大学へ辿り着く。
死霊術師の襲撃という災難に遭ったものの、宝剣がロイース王家の聖剣であること、そしてキラが王女だということが判明した。
記憶を取り戻したが、王国を取り巻く複雑な状況の中心に置かれたキラ。
魔法大学勤務の魔術師の護衛を努めていた王国の騎士オーウェン・ハミルトンは、彼女に王都奪還の計画を吹き込む。
だがオーウェンは大臣のスパイだった。
まんまと彼の案内で大臣の騎士ガストン・ボウマンの罠にはまったキラ達は、ギルバートの犠牲で辛うじて救われた。
後が無くなったキラは世話になった市民の助言で、義賊の長である銀狐を頼る。
そこで銀狐から『王族派』のことを教えられ、クロムウェル家の屋敷へ辿り着いたのだった。
王族派の面々を前に、これまでの経緯を語ったキラ。
一呼吸置いて彼女は再び口を開く。
「……私は今、迷っています」
経緯を説明し終えて、キラは今後についての話を切り出す。
西へ逃げれば知り合いのカイザーは手助けしてくれるだろうが、確実に両国の戦争を引き起こす。
首都に潜り込んで、貴族の集う議会でキラが王家の生き残りであることを証明できれば戦争は回避できるだろうが、そのためには王族派の保有する兵が必要だ。
キラとしては戦争を回避する道を選びたかったが、ここは経験も豊富なライオネル達の意見を聞こうと思った。
「で、殿下、流石に我々の兵力だけでは無理が……」
恐る恐る口を開いたのは、スコット。
王族派も兵を持っているとは言え、全盛期からは大幅に削られ、全て集めても5000人に達しない。
「数も足りていませんが……失礼ながら王女殿下、ご自身を本物であると証明できる物は何かお持ちで?」
そう言ったのはジェームズだった。
彼らはライオネルを信頼しているため、間違い無いと言われればうなずくが、他の諸侯はそうはいかない。
大臣が悪あがきでキラを偽物呼ばわりすることも十分考えられ、何らかの証拠が無ければ説得材料にならないだろう。
するとキラは、腰の革ベルトに差していた聖剣を鞘ごと引き抜き、目の前のテーブルに置いた。
「おじさまはご存知ですよね? 王家に伝わる聖剣です」
聖剣を見た貴族達にどよめきが走る。
ライオネルは疑うまでもなく、それが贋作などではない本物だと見抜いていた。
更にキラは彼らの目の前でゆっくりと抜刀し、これまで訓練でやってきたように聖剣に自分の魔力を注ぎ込む。
剣はすぐにそれに応え、刀身から白い光を放ってその威光をライオネル達に示した。
室内のどんな照明よりも明るく、陽光の如く聖剣は発光する。
「こ、これはまさに伝説の……!」
ライオネルですらこの光景を実際に見たことは無かったが、伝説なら耳にタコができる程聞いていた。
不死鳥の力の象徴である聖剣は陽の光を刃に纏い、王族の呼びかけにのみ応じる。
伝説通り聖剣を起動できる王はもう何代も現れていなかったが、キラはそれを体現できる才能を持っていた。
「この光を見せれば、諸侯も説得できるはずです」
聖剣を待機状態にすると鞘に戻し、キラはそう言う。
これにはジェームズやスコットもうなずかざるを得ず、議会の説得に関しては懸念が払拭された。
「問題は、5000足らずの兵力でどう王都に攻め込むかです。グロスター卿、策は思い浮かびますか?」
マチルダの問いに、ギャレスは思わず唸る。
「どうしたものでしょう……。大臣の兵力は2万とも3万とも言われています。正攻法では勝ち目がありません」
ギャレスは鎧姿から見て分かるように、騎士団長を担っていた。
彼が率いる修道騎士会『クルセイダー』は精鋭揃いとして国内で名が知れており、今でも2500人規模の数は残っている。
だがそれでも4倍以上もの差がある敵軍を突破するには、何か見通しが無ければ無謀である。
「しっかりしてくれ、グロスター卿! 兵法に長けた卿がそんな調子では、どう戦に勝つというのか!」
急に不安になったスコットはギャレスに迫るが、ギャレスも反応に困るばかりだった。
「策についてはこれから考える、それでよいかな?」
収拾をつけるべく、ライオネルが一声発する。
「はい。まずは殿下が我々に合流してくださっただけで十分です」
マチルダに続き、他の貴族達もそれで納得した。
「話し合いは一度ここまでとして……」
ライオネルは手を叩き、侍女達を呼びつける。
「お前達、今すぐ姫様にお召し物を! 風呂の準備もだ」
それを聞いた使用人達は、慌ただしく動き始めた。
「おじさま……」
「ここまでの道のり、さぞお辛かったでしょう。今はお休みください。策は我々で考えます」
キラをはじめ、皆疲れていた。
ようやくたどり着いた安全地帯で、一行はライオネルの言葉に甘えることにした。
To be continued
登場人物紹介
・ライオネル
何か偉そうなおっさん。
前は大貴族だったからね、仕方ないね。
今? 干されてる。
・ジェームズ
ボンドじゃない方。
落ち着いてるけど保守的な男。
ちなみに美食の味わい過ぎで太った。
・マチルダ
アジャンじゃない方。
紅一点だけど肝が据わってる。
弱腰なジェームズやスコットの尻を叩くのが彼女のお仕事だ。つれぇわ……。
・スコット
臆病なヘタレ二号。
こんなのでも大臣に従わない意地は持ってる。
でも荒事は勘弁な。HP1くらいしかないから。
・ギャレス
皆の頼れる騎士団長。合戦ならギャレスにお任せだ。
肝心の兵力は……そう、まあ、そうね……。




